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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
二章 騎士団と自警団
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15話 たった一人の召使

 ニールが本調子を取り戻し、再び自警団として駆け回る日々に戻って数日後のこと。


 「本当にごめんなさいねぇ」


 宿屋「月の雫亭」の女主人、ジュリエナが申し訳なさそうに眉を下げた。


「いや、気にしないでくれ。大変なのはジュリエナさんたちの方だ」


 ニールと王都やその近隣に家がない仲間たちは、ずっと彼女とその妹たちの宿屋で寝泊まりをしている。

 だが今日は事情が異なっていた。王都内に住む彼女らの祖父母が揃って倒れてしまったとのことで、看病のために宿屋を閉めざるを得なくなってしまったのだ。


「明日からはまた泊まれるようにするからねぇ」

「ああ。忙しいのにありがとう」

「あたしたちの準備ができるまではいてくれていいからぁ」


 ジュリエナがそう言って奥へと引っ込んだ。

 さて、とニールは腕組みをし、考え込んだ。


「今日はどうしようか……」


 傭兵とは違い対価をとっていないので、自警団の懐事情はなかなか寂しい。たまに王都の人々から寄付があったり、倒した魔物の体の一部が売れる場合はそれを換金するが、それでも常に余裕とは言い難い。

 月の雫亭ではジュリエナの善意で、長期滞在であることと空き時間にニールたちが仕事を手伝うことで宿代を安くまけてもらっているが、他の宿屋でそれをするには厳しいものがあるだろう。帰る家があるゼレーナ、ルメリオ、エンディ、アロンを除く四人が泊まる費用は結構な痛手だ。

 頭をひねるニールを横目に、ゼレーナはテーブルに頬杖をついている。


「どこかの飲んだくれのための酒代が馬鹿にならないですからね」


 ギーランが顔をしかめた。


「んだよ、俺だけが悪いみたいに言うんじゃねぇ」

「僕の家に来て欲しいけど、泊まるってなると父さんか兄さんの許可がないとなぁ……」


 エンディの父と兄は今、遠く離れた戦地にいるため連絡はできない。


「俺は野宿でいい。それなら一人分は金が浮くだろう」


 イオの申し出にニールはいや、と首を振った。


「危ないことはできるだけして欲しくない。何か考えるよ」


 とは言ったものの良い手が思いつかない。その時、アロンがぱちんと手を叩いた。


「そうだ、ルメリオん()、すっごく大きかったよな! 絶対みんな入るぞ!」

「私の家ですか!?」


 まさか自分にお鉢が回ってくるとは思っていなかったようで、ルメリオは目を白黒させた。

 彼が住んでいる屋敷の外観はニールも覚えていた。外観は古かったが、大きな屋敷で泊まるなら十分だろう。


「ルメリオ……駄目かな?」

「……空き部屋はありますが、まともな寝具などは用意できませんよ。私にそれほどの財はないので」


 歯切れがいいとはいえない返事だ。しかし、頼れるのはもう彼しかいない。


「雨風がしのげて、魔物に襲われる心配さえなければそれで充分だ……頼む」


 懇願を受け、ルメリオは観念したかのように息をついた。


「……食事の準備は分担で手伝って頂きますよ」

「ああ、もちろんだ。ありがとうルメリオ!」

「何だか楽しそう……僕も一緒に行っていい?」


 遠慮がちにエンディが問う。ええ、とルメリオは頷いた。


「一人でも八人でも大して変わりません」

「じゃあじゃあ、ゼレーナも一緒に泊まろうよっ」


 フランシエルがゼレーナの腕を引く。彼女は冷たい目でフランシエルを見た。


「わたしは自分の家があるので結構です」

「えー、ゼレーナも一緒がいい! 女の子があたし一人だけじゃつまんないー!」


 腕をぎゅっと掴んで離さないフランシエルにとうとう根負けし、ゼレーナは(うめ)きつつも同意した。


「はぁ……もう、行けばいいんでしょう、行けば」

「やったー! えへへ、嬉しい」

「ルメリオの家は隣町だよな。最近は魔物騒ぎも落ち着いてるし……軽く見回るだけにして少し早めに移動するか」


 今夜の心配が解消され、ニールの肩も軽くなった。外出の準備を終えたジュリエナたちと共にニールたちも宿屋を出発した。


***


 ルメリオの家はニールたちが以前訪れた時と変わらずやや寂れたままだったが、庭の花は色とりどりに美しく咲き誇っている。

 この様子を初めて見たフランシエルは感嘆の声を漏らした。


「わぁ、きれーい!」

「お褒め頂き光栄です。さあどうぞ」


 ルメリオに促され、ニールたちは屋敷の扉をくぐった。

 エントランスはがらんとしていた。エンディの家にあったような調度品は何ひとつ見当たらない。他の部屋へ繋がる扉と、二階へ続く階段があるだけだ。外観と同じく内装も古びていたが、汚いという印象は受けなかった。掃除は行き届いているらしい。

 ニールはぐるりと辺りを見回して言った。


「ルメリオ、ここに一人で住んでるのか?」

「いえ、もう一人いますよ。いま呼びます」


 ルメリオが玄関に垂れ下がっていた紐を揺らした。静かな部屋に鈴の音が響き渡る。

 程なくして一階の右奥にある扉が開き、小さな人影が現れた。


「ほわっ! ルメリオさま、お帰りなさいませ!」


 姿を見せたのは小さな子供だった。年はアロンと同じくらいか、もっと幼いかもしれない。とてとて走ってルメリオの前までたどり着き、ニールたちを見て目を丸くした。


「こちらの方々は……」

「例の、私の友人たちです。今夜ここに泊まることになりましたので失礼のないように」


 それを聞き、子供は顔を輝かせた。


「ひゃぁぁ~! は、初めましてです、ミューシャといいます! ルメリオさまのお手伝いをさせて頂いておりますのです! みなさまのことはお話に聞いていますです! お会いできてとっても嬉しいのです!」


 少々舌足らずではあるが、幼い見た目にしてはしっかりした話し方だった。薄い桃色の髪は短く、ゆるゆるとした癖がついている。水色の瞳をした目は興奮のあまり今にもこぼれそうだ。半袖のシャツとサスペンダーがついた短いズボン、木靴という従僕らしい姿をしている。一見、性別がどちらか分かりづらい。服装からするに少年だろうか。


「かわいいー!」


 フランシエルに言われ、ミューシャは顔を赤くした。


「ふえっ!? ミューシャ、かわいいなんて言われたのはじめてなのです……!」

「ミューシャ、ぼーっとしていないで空き部屋を綺麗に片付けて、できるだけ快適に寝られるように用意しなさい」

「は、はいっ、お任せくださいなのです、すぐにご用意しますのです!」


 もじもじしていたミューシャが一転、てきぱきした動作で二階に上がっていく。


「さて、お部屋の準備はミューシャがしますので、先ほども申し上げましたように夕食の準備をお手伝い頂きますよ」

「どうしたらいい? 何でもやるよっ」


 張り切るフランシエルに対し、ルメリオはにっこり微笑んだ。


「いえ、お嬢さん方はご自由にお(くつろ)ぎください。準備は男の仕事ですよ」

「えー、それは悪いよ。体動かした方がお腹すくし。ゼレーナもそれでいいよね?」

「……まあ、肉体労働でなければ」

「そうですか? ではお言葉に甘えて。お願いしたいのは買い出しと、裏の森での材料の調達です」


 この屋敷の裏手に広がる森は、かつてルメリオの家族のものだった。貴族の地位を失うと同時に新領主の手に渡ったものの、領民に対して自由に採集や狩りができる場所として開放してある。もちろん資源の独占はご法度(はっと)だ。

 ルメリオも領民という扱いではあるため、森に立ち入ることは禁止されていないらしい。

 ゼレーナが買い出しの方に名乗りをあげた。


「エンディも一緒に行きましょう。あと、ギーランを荷物持ちに借りますよ」

「うん、分かった」

「酒も買うからな」


 残ったニール、イオ、フランシエル、アロンが森での材料確保へまわることになった。以前、魔物にさらわれた時も率先して野営の準備をしていたイオは特に頼りになる。


「野草と(きのこ)は俺が適当に見繕っていいか」

「ええ。イオにお任せします」

「動物とるなら、おれにまかせろ!」

「美味しいのいっぱいとってくるね!」


 意気揚々とフランシエルとアロンが飛び出していく。ニールとイオもその後を追った。


***


「イオ、これって食べられるやつか?」


 ニールは摘み取った茶色いカサの茸をイオに差し出した。イオは茸のカサの中央を指で撫で、裏の部分を確認して頷いた。


「ああ」

「良かった。俺の村の近くで見るやつに似てたからさ。ただ毒がないか見分けるのにあんまり自信なくて」


 毒のある茸は、うっかり食べると最悪の場合死に至る。小さな村ではすぐの治療は難しいため、茸を採る時は必ず有識者に確認してから、というのがニールの故郷での決まりだった。

 森の茂みががさがさと揺れ、アロンとフランシエルが顔を出した。それぞれ、息絶えた鳥や小動物を抱えている。


「見ろ! おれがとったぞ、すごいだろ!」


 アロンが野鳥の足をつかんで高々と掲げる。なかなか肝のすわった子供だとニールは改めて感心した。

 フランシエルが向こうで摘んだという茸をイオに見せた。カサは鮮やかな紫色で、かなり毒々しい見た目だ。


「イオ、これは美味しい?」

「捨てろ」


 食い気味に言われ、フランシエルは残念そうにそれを茂みの中に押し込んだ。


「駄目だったかぁ。竜人族って茸食べないから、あんまりよく分かんなくて」


 茸がこんなに美味しいってこっちに来て初めて知ったんだよね、と語るフランシエルをよそに、イオは短剣を取り出した。


「獲物を貸せ。ここである程度さばく」

「あたしもやるよ。二人でした方が早いでしょ」


 こういうのは鮮度が命! と、フランシエルは慣れた手つきで獲物の血抜きを始めた。イオと共に、顔色ひとつ変えることなく作業をこなす。


「フラン、すごいな」


 ニールが言うと、フランシエルはふふんと得意げに胸を張った。


「竜人族なら皆できるよ」


 あっと言う間に下処理は終わった。ニールとイオが摘んだ森の恵みと合わせて、十分な量だろう。

 協力して採ったそれらを抱えて、ニールたちはルメリオの屋敷へと引き返した。

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