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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
二章 騎士団と自警団
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10話 毒舌魔術師の軌跡

「ほーぉ、っつうことは姉ちゃん、騎士団に入んのか?」


 昼食の席にて事の顛末を聞き、ギーランも少なからず興味を持ったようだった。


「……いえ、まだそうと決めた訳では」


 普段は何でもはっきりと言うゼレーナだが、今回は歯切れが悪い。


「悪い話ではないだろう」


 とイオ。


「それはまあ、その通りですが」

「俺ぁごめんだぜ。騎士ってのはどうも気にいらねえ。すかしてる奴ばっかりだ」


 ニールは黙って食事を口に運んでいた。時折フランシエルが心配そうにこちらを見てくることも、この場にいつもと違う気まずさが漂っていることも分かってはいた。仲間たちは皆ニールが騎士を目指して王都を訪れ、夢やぶれてしまった経緯を知っている。その上で、ニールではなくゼレーナに騎士団入りの声がかかったことに対しどう対応していいものか迷っているようだ。


「あ、あのさ、僕ずっと気になってたんだけど……」


 場の空気を変えようとしたのか、エンディが切り出した。


「ゼレーナは、誰に魔法を習ったの? 魔法を独学でっていうのはとてもじゃないけどできないことだからさ。僕は父さんの繋がりで魔術師の人を紹介してもらったけど……」


 それだけではありません、とルメリオも口を開いた。


「ゼレーナさんの所作はどれを見ても良家のご令嬢のようです。今すぐにでも社交界に行けそうなほどですよ。実は立派な家のお生まれなのでしょうか?」


 ルメリオの言う通り、ゼレーナは魔術師隊の長エカテリーンの前でも礼儀正しくかつ自然に振舞っていた。普段でも、物言いがきつい時はあるが言葉遣いそのものは丁寧だ。


「……いえ、わたしは生まれも育ちも貧民街です」


 ゼレーナは静かに答えた。


「子供の時に、一人の魔術師と出会ったのが魔法を学ぶきっかけでした。この国の人間ではない流れ者で、会った時にはすでに老人だったのでもうこの世にはいませんが。魔法以外にも、読み書きから礼儀作法まで様々なことを教えてくださいました」

「それはそれは……良い教師の方に出会えたのですね」

「ええ。その出会いがなければ、きっと幼い頃に路地裏で独り死んでいたでしょうね」

「……それなら占い師やったり俺たちとつるんでないで、騎士団に入ればいい」


 ニールの口からついて出たのは、かなり棘のある言葉だった。再び場の雰囲気が重くなる。アロンがそわそわし出した。

 食事を終えたゼレーナが席を立った。


「今日は別行動にさせてください。わたしの方でできることはやっておきます」


 それなら私も、とルメリオが名乗りをあげかけたが、ゼレーナは目つきでそれを一蹴し足早に宿屋を出て行った。

 ニールが自分のしたことに罪悪感を覚えたのは、扉が閉まり彼女の姿が消えてからだった。


「……ルメリオ、ごめん」


 ルメリオがため息をついた。


「私に謝って頂かなくて結構。私も貴方を責めるのがお門違いなことくらい分かります」


 激しい後悔がニールを包んでいた。ゼレーナに落ち度があるわけでも何でもなく、ただの醜い嫉妬だ。彼女には何度も助けられてきたのに、仲間なら応援するべきだと分かっているのに。


「……せっかく、エンディとはお別れしなくてすんだのに、今度はゼレーナとお別れになっちゃうのか」


 アロンがぽつりと言った。


「ゼレーナ、あんまり優しくはないけど……でもおれ、ゼレーナのこと好きだ。だからさみしいな」


 そうだね、とフランシエルも続く。


「何にも知らないあたしにも色んなことを教えてくれたよ」


 ゼレーナはどのような決断をするのだろう。もう愛想を尽かされてもおかしくないようにニールには思えた。

 彼女は明日、答えを出すと言っていた。


***


 その出会いは、ゼレーナが七歳の時にやって来た。

 己自身で稼がなければ、その日の食事にはありつけない。ゼレーナがとった方法は小さな器に水を張り、それを使って占いをするというものだった。しかし、痩せこけてみすぼらしい子供がする占いに金を払おうとする者は極めて少ない。

 もう数日、まともなものを口にしていない。今日も実入りがなければいよいよ泥棒に手を染める必要がある。

 道端に座り込んでいたゼレーナの前に誰かが足を止めた。

 現れたのは一人の老人だった。深緑色のローブを着て、髪も眉も、長く伸びた(ひげ)も真っ白だ。しかし背筋は伸びており、貧民街には似つかわしくない身なりだった。

 老人は黙ってゼレーナを見つめていた。


「占いしてく? 一回五ゼルだ」


 ゼレーナが声をかけても老人は答えなかった。何もしないなら邪魔だから帰れ、と言おうとしたその時、老人が懐を探った。

 てっきり金を出してくるものと思ったが、ゼレーナに差し出されたのは小さな紙片だった。


「は? バカにしてんの?」

「これを取って、燃えろと念じてみなさい」


 ゼレーナの苛立ちなど気にも留めていないかのように、老人は言った。


「嫌だ。あたしは遊んでるヒマなんかないの。あっち行けよジジイ!」

「わしの言う通りにできたら、何でも好きなものを食べさせてあげよう」


 老人の言葉にゼレーナはぴたりと動きを止めた。腹の虫はもう鳴く元気すら失っている。見ず知らずの老人の言うことを聞くのは(しゃく)だったが、まだ幼いゼレーナは誘惑に耐えきれなかった。

 しかし、念じたところでどうなるというのだろう。ゼレーナは言われるがまま紙片をつまみ、燃えろと心の中で唱えてみた。


「えっ!?」


 信じられないことが起こった。紙片が一瞬にして消し炭になり、跡形もなく燃え尽きたのだ。


「今のなに……?」


 それを目の前にして、老人は驚いた素振りなどまったく見せなかった。


「あんたがやったの!?」

「いいや、お前がやったんだ。自分の力で」


 老人は呆然とするゼレーナを手招きした。


「約束を守ろう。おいで」


***


 ゼレーナは皿に顔を近づけ、(さじ)で料理を口の中に必死でかきこんでいた。温かい食事にありつけたのはいつ以来だろうか。煮込み料理の中に入っている肉は、固くも傷んでもいない。

 ゼレーナを食堂まで連れてきた老人はしばらくそれを黙って見ていたが、ゼレーナが落ち着いたところを見計らって口を開いた。


「名前は?」

「ゼレーナ」

「親はいるのか?」

「かあさんは死んだ。とうさんは前にどっか行っちゃって、帰ってこない」


 パンをもぐもぐと咀嚼(そしゃく)しながらゼレーナは答えた。

 老人はふむ、と呟き、何かを考え込むように目を細めた。


「家はこの近くにあるのか?」

「あるけど」

「……よし、ならこうしよう。お前はわしを家に置いて、わしの言うことを聞いて勉強をするんだ」

「へ?」


 そして、と老人は続けた。


「代わりに、食べるものには困らせない。服もきちんとしたものを着せよう。靴も用意する」

「くつ……」


 生まれてこの方、ゼレーナは靴を履いたことがなかった。それは金持ちが履くもので自分では手に入れられないとずっと思っていた。

 「勉強」という言葉にはぴんとこないし、いきなり現れた老人の言うことを聞いてもいいものか――少しだけ迷ったものの、ゼレーナは頷いた。いざとなったら、逃げるなり何なりすればいい。


「いいよ、その『べんきょう』ってやつをやってやるよ」


***


 そうして、ゼレーナと流れ者の老人、ロレンツォの生活が始まった。

 地面に座って日銭を稼ぐ生活から一転、ロレンツォに師事し様々なことを学んだ。彼は温厚で決して暴力を振るうことはなかったが、教えたことをゼレーナができるようになるまでは自由に行動することは許さなかった。

 教えられることに一体何の意味があるのか理解できず、逃げ出したいと思ったこともあった。しかし温かい食べ物の味を知ってしまったゼレーナは、それを目当てにずるずるとロレンツォに従う羽目になっていた。

 そのうち、自分の名前を綺麗に書けるようになった。指を使わずに数をかぞえて計算ができるようになった。乱暴な言葉遣いを直すのには少し苦労したが、半年経つ頃には別人のように丁寧に話せるようになった。

 生活に必要なことを一通り覚え、次に始まったのは魔法の修練だ。

 ロレンツォは優れた魔術師だった。何もない場所に火を起こしたり、手を使わずにペンを動かして文字を書いたり、目の前に動物や花の形をしたものを浮かび上がらせる。

 ゼレーナは火や風を自由に起こす自然魔法に最も適性があった。時には怪我をするほど修練は厳しかったが、数年ののち紙を燃やすなど訳もなくなるほどに成長した。


「先生は、こんな生活をしていて楽しいんですか」


 ある日、ゼレーナは師に問うた。


「老いぼれと暮らすのが嫌になったか?」

「いえ、そうではなく。人にものを教えるだけの生活が楽しいのかと思っただけです」


 ロレンツォは穏やかに笑った。


「ああ。お前が成長していくのを見るのはとても楽しいよ。いつか、お前にも分かる時が来る」


***


 当たり前になっていた日常は突然壊れてしまった。ゼレーナとロレンツォが出会ってから、既に六年経っていた。

 買い物を終えて帰ってきたゼレーナが見たのは床に倒れ伏す師の姿だった。すぐに医者を呼んだが、手の施しようがないと告げられた。それでいい、とロレンツォはいつもと変わらぬ穏やかさで言った。

 ゼレーナの懸命な看病も空しくそれから彼の病状はどんどん悪化し、遂にはほとんど立ち上がることすらできなくなってしまった。


「……ゼレーナ、お前の手を煩わせたくない。少し歩けるようになったら出ていこう」

「駄目です先生。まだ教えてもらっていないことがたくさんあります」


 寝台に横たわるロレンツォの傍らを、ゼレーナは離れなかった。


「いいや、もうわしが教えることはない……こんなに早くすべてを覚えるとは思っていなかったよ」


 苦しそうに息をしながらもロレンツォは笑った。


「……わしは、ずっと故郷を出ずに生きてきた。年を取って、最後にもっと広い世界を見てみたいと旅を始めて……お前と出会った。わしは家庭を持たなかったが……子や孫を持つ者の気持ちを味わうことができた。お前と過ごせて、楽しかったよ」


 老人はゆっくりと顔を動かし、ゼレーナの方を見た。


「お前の中に眠っていた魔術の才能をどうしても放っておけず、色々なことを押し付けてしまった……お前の時間を奪ってしまってすまなかった」


 泣きそうになるのをこらえ、ゼレーナは首を振った。


「嫌になっていたらとっくの昔に逃げてます。先生に出会えなかったら、わたしは今頃生きていなかったかもしれないんです」


 生きていられたとしても、悪事に手を染めて心を汚していたかもしれない。綺麗な体でいられなかったかもしれない。


「……ゼレーナ、最後の願いを、聞いてくれるか」


 すべて聞き漏らさないために、ゼレーナは身を乗り出した。


「……わしが教えたことを、お前が必要ないと思ったなら、忘れてしまっても構わない。自分の心に正直でいなさい。後悔のないように生きなさい。お前は強く賢い子だ。自分にとって何が良いのか、きちんと選ぶことができるはずだ」


 死なないで、置いていかないでと(すが)りたかった。しかし、それでは師が安心できない。いつかこの日が来ることは、頭のどこかで分かっていた。

 ゼレーナはロレンツォの手をとり、しっかりと握った。


「……分かりました、先生」


 返事を聞き、老人は安心したかのように微笑んだ。

 ――そして翌日、ロレンツォは帰らぬ人となった。

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