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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
二章 騎士団と自警団
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9話 二人の魔女

 このようなことになるなんて、一体誰が想像しただろうか。

 テーブルを挟んでゼレーナの向かいに座っているのは、本当なら絶対に出会うことのないはずの騎士隊の長だ。

 エカテリーンが指先を宙で踊らせるとポットがひとりでにふわりと浮かび、ゼレーナの目の前に置かれたカップに茶が注がれた。

 ゼレーナはその様子を黙って見つめていた。操作魔法は動かす対象が大きいほど多くの魔力を消費するが、小さなものを器用に操るのも技術を必要とする。

 ゼレーナの視線を感じてか、エカテリーンが口を開いた。


「君にとっては珍しいものでもないだろう?」

「……そうですが、わたしは操作魔法はそこまで得意ではありませんから」


 ゼレーナの操作魔法の腕前は彼女に比べれば粗末なものだ。魔力を高めたり占いに使う魔法球を手で持つのが面倒な時に、自分の近くでふわふわと浮かせておくくらいのことしかできない。

 つい得意な自然魔法を多用してしまうが、操作魔法ももう少し腰を入れて修行してみてもいいかもしれない。


「操作魔法以外は、何に適性がおありなのですか」

「自然魔法と生成魔法も扱える。治癒魔法だけは残念ながら駄目だったよ」


 それでも、三種類の魔法を使えるなら魔術師としての能力は恐ろしく高い。魔術師隊隊長の名は伊達ではないということだろう。

 さて、とエカテリーンが指を組み、身を乗り出した。


「色々と困惑していることとは思う。だが、君に我々の仲間になって欲しいというのは本当なんだ。率直に今の気持ちを聞かせてくれないか」

「……わたしは本来なら、この場所に足を踏み入れることは絶対に許されない立場です。わたしは」

「『貧民街の魔女』と呼ばれているそうだな」


 一体どこまで調べられているのだろう。露骨に顔をしかめたゼレーナを見て、エカテリーンは少し慌てた様子で付け加えた。


「すまない。これは偶然に耳に入った話だ。わたしも一部からは『騎士団の魔女』と呼ばれている。似たようなものさ」


 そう言って一口、カップの中の茶を味わう。エカテリーンは出で立ちや口調こそ男性的ではあるものの、所作は優雅な上流階級のそれだ。


「……魔女というと、どうにも悪者という感じがしてあまり気分は良くないものだ」


 貧民街の人々も、得体の知れない力を恐れてかゼレーナとは距離をおいている。中には頼って来る者もいるが、ごくわずかだ。


「話が逸れたな。先ほども言ったように、才能がなければ魔術師にはなれない。身分という壁を設けてしまうと、ただでさえ他の部隊に比べて少ない魔術師隊の人数が更に減ってしまう。わたしたちの部隊は例外なんだ。実際、平民ながら才能を発揮して頑張っている者も少なくない」


 ゼレーナの脳裏にニールの顔がよぎった。身分の低さゆえ憧れの騎士団入りができなかった彼は今どんな思いでいるのだろう。


「もう一つ、気になっているのですが」


 ゼレーナは切り出した。


「女の騎士というのを、わたしは今日あなたの存在をもって初めて知りました。女の騎士はどのくらいいるのでしょう」


 この国において、平民ならば夫や親の仕事を手伝いながら家事をこなし、貴族ならば着飾って社交界の華となるのが一般的な女性の在り方だ。男性と肩を並べて戦う女の騎士がいるなど、ゼレーナは考えたことがなかった。

 エカテリーンは小さくああ、と呟いた後ひと呼吸おいて答えた。


「……正直に言うと、今、女で騎士を務めているのはわたしだけだ。才能のある者なら女性であっても誘うのだが、受け入れてくれたことはない」


 だが、と彼女は続ける。


「女であっても、望むなら騎士団で活躍できるような環境を整えたいとわたしは常々考えている。剣士隊や弓術士隊にまで普及させるのは難しいかもしれないが、まずは魔術師隊の中で、女でも活躍することを当たり前にしたいんだ」


 エカテリーンの眼差しは真剣だった。彼女はまだ若いが、他の魔術師たちを率いるためにどれほど努力をしてきたのだろうか。


「君がもし我々とともに活躍してくれたなら、多くの女性を勇気づけることに繋がる。それから……物で釣るようで申し訳ないが、騎士として生きるなら、きちんとした住まいを手配しよう」


 貧民街の占い師から一転、騎士団所属の魔術師へ――まるでおとぎ話のようだ。

 今ここでゼレーナが首を縦に振れば、薄暗い路地裏に二度と戻ることはないだろう。だが、そう簡単に決めていい話ではない。


「仰ることはよく分かりました……ですが、すぐに答えを出すことはできかねます」


 ゼレーナは静かに言った。


「少し考える時間を下さい。あなたはお忙しい身でしょうからお時間はとらせません。明日、必ず返事をします」

「そうか。分かった……いい返事を期待しているよ」


 エカテリーンは頷いた。


「仲間を待たせていますので、今日はお(いとま)させて頂きます」

「案内しよう。こっちだ」


 エカテリーンに案内され、ゼレーナは椅子から立ち上がった。


***


 人数分のカップとソーサーが意思を持っているかのように宙を泳ぎ、それぞれの前にほとんど音を立てることなく着地していく。

 アロンとフランシエルが、その様子をぽかんと見つめていた。


「おおおおお~」

「すごーい……!」


 それらを操っているのは、魔術師のフェリクだ。


「こういうことをすると楽をしていると思われがちなんだけれどね、魔術師にとってはこれも修行のうちなんだ。魔力を自分の手足と同じように、時にはそれよりも素早く器用に動かすことが求められる」


 ニールたちはフェリクによって応接室に通されていた。彼は涼しい顔で今度はポットを魔力で動かし、雫をこぼすことなく中身をカップの中に注いでいく。


「……僕ももっと頑張らなきゃ」


 エンディが小さく呟いた。


「さて、改めて自己紹介をしよう。僕の名前はフェリク。魔術師隊の副隊長だ。よろしく」


 フェリクは穏やかに言った。戦線に立つ騎士というより、物腰の柔らかな貴族のようだ。


「自警団の噂は僕たちにも届いているよ。大したものだ」


 ニールたちのことを馬鹿にしているようには聞こえなかった。純粋に感心しているようだ。

 彼がひと息ついたところで、ニールは口を開いた。


「……あの、フェリクさん」

「うん?」

「もし、ゼレーナが騎士団に入りたいと言ったら、明日から彼女は騎士になるんですか」

「ああ。そうだね」


 フェリクはあっさりと答えた。


「驚くのも無理はないよね。ただこれに関しては魔術師隊が特殊だと思ってくれ。魔法の才能を持って生まれるかは天が決めることだ。両親ともに才能があるとその子供もそれを引き継ぎやすいと言われているけれど、確実ではない。親にはまったく才能がないということもあり得る」


 自分もそうだと、エンディとルメリオが言った。


「他の二つの部隊に比べて、魔術師隊はやはり人数が少ない。ここ最近、入隊者の数は輪をかけて減っていてね……エカテリーンも必死なんだ」

「エカテリーン様は、騎士団で唯一の女性なんですよね?」


 エンディの問いに、フェリクは頷いた。


「ああ。王国の歴史を一から見ても、女性で騎士となったのは彼女が初めてだね……例外はもちろんあるけれど、騎士隊長は世襲するのが習わしだ。前隊長が授かった子供の中で、魔法の才能を持っていたのはエカテリーンだけだった」


 本来なら、次の騎士隊長の座は他の者に渡るだろうと思われていたとフェリクは語る。


「エカテリーンは騎士として生きることを選んだ。女が騎士、しかも隊長なんてと裏では何度もささやかれて、実際に隊長の地位を奪おうとする者もいた。けれどエカテリーンは自分のすべてを修行に捧げて、実力でそれを振り切った」


 エカテリーンの男性を意識した服装や立ち居振る舞いは、強くあろうとする意志の表れなのだろう。


「……今でも、彼女が隊長であることを良しとしない者は少なからずいる」

「あのような美しい方の元で働けるなら、またとない幸運でしょうに」


 ルメリオが言うと、フェリクは軽く笑った。


「そうだね。もちろん彼女のことを信頼して、慕っている騎士も大勢いるよ」

「貴方もその一人というわけですね」

「……僕はただ従兄というだけさ」


 フェリクの話を聞きながら、ニールは目の前のカップをぼんやりと見つめていた。

 もしも自分に魔法の才能があったなら、ゼレーナのように声がかかっていたのだろうか。自分はろくに話も聞いてもらえず門前払いとなったのに、ゼレーナは隊長と直々に話までできている――

 ゼレーナはどう答えるのだろう。彼女のことだからきっぱり断りそうだが、絶対とは言い切れない。

 その時、部屋の入り口の扉が開いた。現れたのはエカテリーンとゼレーナだ。


「すみませんね、お待たせして」

「ゼレーナ……」


 ニールの聞きたいことを察したらしく、ゼレーナは遮った。


「とりあえずは保留です。今日のところは帰りましょう」

「あ、ああ。そうか」

「フェリク、すまないが彼女らを出口まで送ってくれ」

「分かった。皆、僕について来て」


 フェリクに案内され、ニールたちは騎士団本部を後にした。

 もう、ここを訪れることはないのだろうか。ニールは少しだけ後ろ髪を引かれる思いだった。

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