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3話 小さな仲間

「何もいないな……」


 ニールは周りを見回した。森のそれなりに奥まったところまで来たはずだが、魔物らしき姿は見えない。


「ぜったいにいるはずだ。何人も魔物を見たって言ってたからな」


 長い距離を歩いてきたが、アロンは疲れたなど不満を零すことはない。それはニールにとってはありがたいことだった。


「そういえば、どんな魔物なんだ?」

「木みたいなやつだったらしいぞ」

「木か……。見つけるのは難しそうだな」


 周辺は見渡す限り木ばかりだ。もしも隠れるのが上手い魔物なら探すのは至難の業だろう。もしかしたら今の時点で、気づかずに通り過ぎているかもしれない。


「参ったな。これじゃどこにいるのか全く分からないよ」

「おれはまだまだ探すぞ。ニール、大人なんだからもっとがんばれよな」

「元気だなアロンは……」


 そうして歩いているうちに、二人は開けた場所に出た。中央にニールの背丈と同じくらいの太い木が一本生えている。幹には(つた)が幾重にも絡みついていて、その周りには数本の倒木があった。どれも朽ちかけている。


「ちょっと疲れたな。ここで休も」


 アロンが中央の木の幹に背を預けて座り込んだ。ニールも木に近づいてアロンと同じように座ろうとしたところで、あることに気づいた。


「ん……?」


 幹の表面が、かすかにだが波打っている。まるで呼吸をしているかのようだ。そのように動く木など見たことも聞いたこともない。そもそも周りの木が枯れているのに、なぜこの木だけ真っすぐ立っているのだろう。

 ――まさか


「アロン、危ない!」

「え?」


 ニールはアロンの腕を引っ張って立たせ、さっと後ろに飛びのいた。

 それと同時に木が大きく跳ねた。太い根が地面の上にむき出しになり、まるで足のようになっている。幹の中央に、ぎょろりとした大きな目がひとつ現れた。赤い瞳がニールとアロンを見据えている。


「こいつが魔物だ!」


 アロンが叫んだ。ニールが前に出て剣を抜く。その瞬間、木の魔物の体に巻き付いていた蔦がほどけ、二人の方に伸びてきた。蔦はアロンの前に立ったニールの剣の刃に絡みつき、そのまま強い力で引っ張ってくる。

 ニールは予備で持っていた短剣を取り出し、蔦を切った。剣を取られることは免れたが魔物はひるむ様子を見せない。蔦の長さはあっという間に元に戻り、鞭のようにしなった。


「アロン、あれに捕まっちゃ駄目だ!」


 蔦の一本一本は細いが、集まった状態のものに叩かれればかなり痛手になる。更に切っても再生してしまう。もし体に巻き付かれたら、強い力で押さえられて何をされるか分からない。

 ニールもアロンも、魔物の蔦をよけるばかりになっていた。なかなか隙がなくニールが斬りこんでいくこともできない。魔物の動作は遅いが、根がうねって体の向きを変え適格に攻撃を繰り出してくる。このままではニールたちの体力が尽きてしまう。


「アロン!」


 ニールは、おろおろと魔物の一撃から逃げるアロンに呼びかけた。


「俺があいつの気を引く! その隙に、目を狙って矢をうつんだ!」


 今この状況で頼りになるのは、アロンのクロスボウだ。彼が矢をつがえ狙って射るまでの時間をニールが稼ぐしかない。


「わかった!」


 アロンが答えた。

 ニールは魔物の前に躍り出た。


「俺はここだぞ!」


 声の限り叫ぶ。魔物の不気味な一つ目がニールを睨んだ。

 ニールはできるだけその場を動かないようにしながら、蔦の攻撃をさばき続けた。魔物が体の向きを変えてしまっては、アロンが狙いをつけにくくなる。

 動き回るニールに痺れを切らした魔物が、蔦を大きく振り上げた。

 その蔦がニールに向かう前に、アロンが放った矢が、魔物の目に突き刺さった。魔物が鋭い叫びを上げる。立て続けにもう一本、また一本と矢が魔物の目を射抜いた。

 隙をつき、ニールは魔物に突っ込んでいった。剣を振り上げ、その目に向かって斬りつける。

 魔物の断末魔が響き、幹を支えていた根が力なく崩れた。まもなくその体も周りの倒木と同じく、地面にその身を横たえた。


「やった……のか?」


 クロスボウを抱えたアロンが、ニールの方に近寄ってきた。

 魔物は起き上がる様子を見せず、表皮ももう波打ってはいない。


「……ああ。俺たちが勝った」

「やったあああぁぁぁ!」


 アロンは大喜びで、子ウサギのようにぴょんぴょんと跳ねた。


「魔物をやっつけたぞー!」

「アロンが頑張ってくれたおかげだな」


 ニールが言うと、アロンは自慢げに胸をそらした。


「そうだ。おれががんばったからだ……でも、ニールも役にたったと思うぞ」

「はは。ありがとう。さぁ帰ろう」


 ニールが森に入ってから時間が経っている。アロンの家族はかなり心配しているはずだ。ニールはアロンを連れて、来た道を戻り始めた。


***


「ニールは、何をしてる人なんだ?」


 帰る道すがら、ニールの隣を歩くアロンが尋ねてきた。


「うーん、何て言えばいいだろうな……実は俺、別の村から、騎士になるために王都まで来たんだ。でも、騎士にはなれなかった」

「なんで?」

「騎士は、誰でもなれるわけじゃなかった。ちゃんとした家に生まれないと、騎士団に入ることは認められない。けど、魔物に困っているのに助けてもらえない人がいることが分かったんだ。だからその人たちの力になるために色々なところを見て回ってる」


 まだ大したことは何もできていないが、今日、森に巣くう魔物を退治しこの村の助けにはなれただろう。


「ふーん……」


 理解したのかしていないのかアロンはそれ以上追及してくることはなく、黙ってニールと一緒に歩き続けた。


***


「ただいまー!」

「クルトさん、戻ったよ」


 アロンの家にはクルトとその妻、そして四人の子供たちが一堂に会していた。子供たちはおそらくアロンの兄弟姉妹だろう。


「アロン!」


 アロンの家族が一斉に、行方知れずだった少年のもとに駆け寄ってきた。


「アロン、無事でよかったわ……」

「いったいどういうつもりなんだ! 一人で勝手に森へ行くなんて……」

「父さん、おれ、魔物をやっつけたんだ! 木みたいなやつがさ、蔦をひゅーんって伸ばしてきて、でもおれが目をねらってさ、そしたら魔物がたおれた!」


 涙を浮かべる母と、自分を叱る父など意にも介せず、アロンは先ほどのことを嬉々として語った。


「……どういうことだ?」


 戸惑うクルトが、説明を求めるようにニールの方を見た。


「森の中で、魔物に遭ったんだ。それで、アロンと二人で戦ってたら遅くなってしまった。ごめん」

「だから、もう心配はいらないんだぞ!」

「そうか……ニール、息子のことも、魔物のこともありがとう」

「お礼にするには足りないけれど……良ければ食事をどうかしら?」


 クルトの妻が提案してくれた。今はすっかり昼だ。ニールの腹の虫が空腹を訴えていた。


「いいのか? じゃあ、是非とも」


***


 クルトの妻手製の料理を食べ、ニールは玄関に立った。


「どうもご馳走様でした」

「礼には及ばないよ。こちらこそ、本当に色々とありがとう」


 クルトが言い、アロンの肩に手を置いた。


「アロン、ニールにお礼を言うんだ」


 アロンは何も言わなかった。先ほどから彼は妙に静かだ。食事は残さず食べていたので体調が悪いわけではなさそうだが、家に帰ってきているのに今もクロスボウを大事そうに抱えている。

 短い間とはいえ共に冒険をしたニールと別れるのが寂しいのかもしれない。やんちゃだが勇気のある少年のことをニールもすっかり気に入っていたので、懐かれるのは素直に嬉しい。ニールはアロンに笑いかけた。


「じゃあな、アロン。また会おう」

「……やだ」


 アロンは呟くように言うとニールの隣に立ち、家族と向かい合った。


「おれ、ニールについて行く!」

「ええっ!?」


 アロンの両親とニールが、同時に声をあげた。


「何を言ってるんだアロン!」

「ニールと一緒に行けば、おれは英雄になれる! 誰からもすごいって言われる英雄になってもどってくる!」

「わがままを言って、ニールさんを困らせては駄目よ!」


 両親の言うことにアロンは耳を貸さなかった。兄弟たちは顔を見合わせて、事の成り行きを見守っている。


「ニールさんからも言ってやってください。ついて来られても迷惑だって」

「え、ええと……」


 ニールは戸惑いながら隣に立つアロンを見た。帰り道で話した、自分のしていることに対し何か感じ入るものがあったのだろうか。

 アロンは魔物を目の前にしても少しも怖がらなかった。逃げずに立ち向かい、疲れたとも言わず最後まで自分の足で歩いて帰ってきた。見た目よりもずっと強い少年だというのが、正直なニールの気持ちだった。

 アロンはまだ九歳だ。彼を連れていくならば、ニールはその命に責任を持たなければいけない。それでも、故郷から遠く離れた地で自分の意志に賛同してくれる人物に出会えたことが嬉しかった。たとえそれが小さな少年だったとしても。


「……あの」


 ニールは口を開いた。


「俺はしばらく王都にいるから、もしアロンが帰りたいって思ったらここにはすぐに来れる」

「えっ……」


 アロンの両親はそろって目を丸くした。


「もしクルトさんと奥さんが許してくれるならだけど……アロンが一緒に来てくれたら俺は嬉しいなって」

「な、父さん母さん、おれ、行っていいだろ?」

「ねえ、あなた……」


 困り果てた様子で、アロンの母は夫の顔を見た。

 クルトはしばらく目を伏せて考え込んだ後、顔を上げた。


「すまないが、息子に付き合ってやってくれるか。体だけは丈夫なやつだ」

「父さん!」


 アロンの顔がぱっと輝いた。


「もしアロンが迷惑をかけるようなら、その時は引きずってでもここに連れ帰ってきてくれ」

「ああ、分かった」

「やったやったー!」


 アロンはその場で小躍りしている。


「おれ、すごい英雄になって帰ってくるからな!」

「……アロン、気を付けてね」

「じゃあ、行ってきまーす! ニール、早く行くぞ!」


 母親の心配を知ってか知らずか、アロンは元気に家を飛び出した。


「アロン、一人で勝手に行くなって!」


 初めてできた仲間は、小さくてとても賑やかだ。

 アロンの家族に別れを告げ、ニールも彼の後を追って走った。

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