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ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける  作者: 花乃 なたね
二章 騎士団と自警団
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5話 死神に愛された少年

「えっ!?」


 それはエンディと知り合ってから、初めて聞かされた事実だ。しかしニールには信じがたい話だった。今日まで、エンディは一度も体調を崩したことがない。


「それは……何ていう病気なんだ?」

「正式な名はつけられていない。王国の歴史の中で同じような症状が確認されたことはあるらしいが……極めて例が少ない未知の病だ。治す手立ても見つかっていない。発症すると髪や肌の色が徐々に白くなっていき、日光に当たると火傷してしまう。疲れやすくなり筋力も徐々に落ちて、いずれは立つこともできなくなり……やがて死に至る」

「嘘……!」


 フランシエルが息をのんだ。


「どんどん生気を失う様子から、『死神に愛された証』と呼んだ記録が残っているらしい。エンディの病気が分かったのはあいつが七歳の時だ……それさえなければ、騎士になれたはずなんだがな」


 アルフォンゾがうつむき締めくくった。

 驚きのあまり、ニールは声が出なかった。ニールだけではない。周りの仲間も同じだ。思い出されるのは、元気なエンディの姿だけ――

 ニールははっとした。そういえば、エンディの容態はどうなっているのだろう?


「エンディは大丈夫なのか?」


 アルフォンゾが顔を上げた。


「先ほど医者に診てもらった限りでは、一時的な高熱らしい。安静にしていれば今日明日に死ぬことはないそうだ。今も医者が付き添ってくれている」

「そうか……」


 とりあえずは安心だ。しかし、とアルフォンゾが切り出した。


「お前たちには悪いが、エンディを自警団の一員として活動させるのはもうやめて欲しい。いつどうなってもおかしくない状態だ。これ以上、危険な目に遭わせるわけにはいかない」


 彼の言うことはもっともだ。今回はエンディが倒れたのが街中だったから良かったが、もしも魔物との交戦中であればそのまま魔物の餌食になっていたかもしれない。


「弟を仲間として認めてくれたことには感謝する。なかなか外に出ることも叶わなかったうえ、あの見た目だ。友達らしい友達が今までできたことがなかったからな。お前たちの訪問はいつでも歓迎する。会いに来てやってくれればエンディも喜ぶだろう」


 その時、部屋の扉がノックされ使用人が入ってきた。アルフォンゾの元にやって来て彼になにかささやく。アルフォンゾは頷き、立ち上がった。


「すまない。医者から呼ばれた。気が済むまで(くつろ)いでいってくれ」


 そう言い残し、使用人とともに足早に部屋を出ていく。再びその場にはニールたちだけとなった。


「……信じられないよ。エンディ、昨日まであんなに元気だったのに」


 フランシエルがぽつりと言った。


「さっきの話だと体がだんだん弱っていくらしいけど、エンディは全然そんな風に見えなかったしな……」


 もちろん飛びぬけて身体能力が優れているわけではなかったが、エンディは普通に走り、魔物相手にも足手まといになることなく立ち回っていた。


「おそらく魔力のおかげでしょう。あの子は操作魔法もそれなりに扱うことができますから、自分の体を操作して、かかる負荷を抑えていたんでしょうね」


 ゼレーナが見解を述べる。彼女はエンディの魔法を操る技術を高く評価していた。

 アロンがニールの袖をつかんだ。


「なあ、おれたちはもう、エンディといっしょにいられないのか?」

「そうだな……お兄さんもああ言ったし、これからも一緒に戦うことはもうできない」


 答えながら、ニールは胸が苦しくなるのを感じた。このような形でエンディが離脱するのはやり切れない。

 嫌だ、とアロンは首を横に振った。


「そんなのいやだ、エンディ、また元気になるんだろ? そしたらもどってきてくれるんだろ?」

「アロン、気持ちは分かりますが、ご家族の判断でエンディをもう戦わせないで欲しいと言われたのです。私たちがそれに文句をつけてはいけません」


 ルメリオが静かにアロンを諭す。アロンはニールの袖を持ったまま、泣きそうな顔で目を伏せた。


「エンディは、いろんな話をしてくれたんだ。英雄の話も……いっしょに英雄になりたかった」

「しかし……病状については本人が一番よく分かっているはずなのに、もしものことがあったらどうするつもりだったのやら」


 ルメリオの呟きに答えたのは、椅子には座らず壁にもたれて立つイオだ。

 

「今まで黙っていたということは、戦いの最中になにかあってもそのまま死ぬつもりでいたんだろう」


 イオの隣に立つギーランが口を挟む。


「あの年なら自分のことは自分で決めれるだろ。死神の好きなようにさせてやりゃいいんじゃねえのか」

「もしも今日みたいなことが戦いの最中に起きたらどうするんです、いつだって誰かが守ってやれるとは限らないんですよ」


 ゼレーナの問いに、ギーランは肩をすくめた。


「そうなりゃそん時があいつの終わりってことだ。俺だってずっとそう思って生きてきた」

「……ギーラン、貴方の考えが間違いとは言いませんが、私たちには貴方ほど簡単に割り切ることができないのですよ」


 ルメリオがため息混じりに言う。


「皆、ここで俺たちがあれこれ言っても仕方がないよ」


 ニールは仲間たちの顔を見渡した。意見がそれぞれ違うことは当たり前だ。だが、こんなことで衝突したくはない。エンディがこの様子を知ったらきっと悲しむだろう。


「お兄さんはまた来てもいいって言ってくれたし、その言葉に甘えさせてもらおう。俺たちは、今まで通りできることをしよう」


 アロンはかなり沈んだ様子だったが、異議を唱える者は誰もいなかった。


***


 部屋の扉が優しくノックされ、兄のアルフォンゾが姿を見せた。

 寝巻姿のエンディは寝台の上で上半身を起こし、兄の方を見た。医者が即効性のある熱さましを処方してくれたおかげで、エンディの高熱はひいていた。しかし数日は安静にするよう言われている。


「具合はどうだ?」

「うん、だいぶ楽になったよ」


 そう答えながらエンディは窓の方に顔を向けた。自分のせいで、仲間たちに迷惑をかけてしまった。


「ニールたちは?」

「……つい先ほど、帰っていった」


 アルフォンゾが近くにあった椅子を寝台の横に引き寄せ、腰かけた。


「エンディ、彼らには本当のことを話した。お前を危険な目に遭わせるべきではないということも伝えた。彼らは理解してくれたよ」

「……うん」


 きっとそうなるだろうとはエンディも思っていた。病のことを隠し続けていたことに、ニールたちから愛想を尽かされても仕方のないことだ。


「彼らは、またお前に会いに来てくれると言っていた……いい仲間を持ったな。エンディ」

「……そう」


 だとしても、今までと同じように困っている人を探して歩きまわることも、宿屋で集まって騒ぐこともできない。

 優しく語り掛けてくれる兄に対し、エンディは素っ気ない返事しかできなかった。


「……エンディ、お前の気持ちは分かる。だが」

「もういいよ、兄さん」


 エンディは再び寝台に横たわり、上掛けを首のところまで引き上げて兄に背を向けた。


「しばらく一人にして」

「……分かった。何かあったらすぐに知らせるんだぞ」


 アルフォンゾが部屋を後にし、足音が遠くなっていく。

 兄の思いは分かっていた。しかし、今のエンディは素直にそれを受け入れることができない。

 エンディを産んですぐ母親は帰らぬ人となった。十二歳年上の兄から母の命を奪ったと恨まれてもおかしくなかったのに、アルフォンゾはエンディをとても可愛がってくれた。騎士の務めで家を空けることの多い父に代わり、もう一人の親のように振舞ってくれた。

 二人で立派な騎士になろう、と話していた矢先、エンディは頻繁に体調を崩すようになった。更に、徐々に髪が白くなり始めるという謎の症状に見舞われた。

 例の極めて少ない奇病であり、父や兄がどんなに手を尽くしても治る術は見つけられなかった。

 魔法の才能があったため、父親のつてで騎士団所属の魔術師に時々魔法の手ほどきをしてもらうことはあったが、騎士になるというエンディの夢はそこで潰えてしまった。

 そのうち、日光を直接浴びると肌がひりつくようになった。外を出歩こうものなら、奇異の目を向けられるようになった。

 アルフォンゾが騎士団入りをするころには、エンディは部屋に閉じこもる生活を余儀なくされていた。

 鏡に映る自分の顔は、まるで変わってしまっていた。兄にそっくりだった黒髪も、母親譲りだという青い目も色を失って、白と灰色に染められてしまった。

 己の体を(むしば)む病を、「死神に愛された証」と呼ぶ者がいたらしい。エンディにとっては、まるで自分自身の風貌が死神のように見えた。

 やがて竜人族と王国との戦争が始まり、父も兄も長く家を留守にするようになった。使用人は優しくしてくれるが、孤独感は募っていった。

 またしばらく経ち、魔物が王都に出没するという話がエンディの耳にも入ってきた。父や兄のように、誰かを守れる人間になりたかった。幸い、自分には魔法の才能がある。その頃には、寝込むことも少なくなっていた。

 奇妙な見た目が分からないように顔を隠せるローブをまとってみると、その姿は本で見た死神の姿そのものだった。ならば人ではなく魔物の命を狩る正義の死神になってやろうと、屋敷を抜け出して夜の王都を駆けまわって――そうして、ニールたちと出会った。

 彼らはエンディの姿を気味悪がることもなく、志を共にする仲間として受け入れてくれた。ずっと欲しかった友達と過ごす日々は、今までにないほどに楽しかった。

 だが、その時間がこれからも続くことはない。


(どうして、僕だけ)


 悔しくて悲しくて零れる涙を、抑えることができなかった。

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