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20話 フランの秘密

 一人旅をしていた少女、フランシエルがニールたちの仲間になって数日が経つ。

 彼女は明るく元気いっぱいでよく動く。魔物退治の他に、宿屋の手伝いも進んでする程だ。好奇心が旺盛で、王都で目にする様々なものに目を輝かせる。ニールも初めて王都に来た時は人通りの多さや街の規模に驚いたが、フランシエルはさらにその上を行く。

 本当はどこかの国の王女なのでは、というエンディの予想もあながち外れてはいないのではないかと思えるほどだが、お互いの出身や素性について必要以上に踏み込まないというのが仲間内での暗黙の了解になっていることもありニールも他の誰も、彼女からあれこれ聞き出そうとはしなかった。分かるのは、武術はある程度の訓練を受けたということくらいだ。

 フランシエルはじっとしていることをあまり好まないようで、暇ができると適当に人を誘い王都の散歩に出かけたりもする。今はちょうど、ゼレーナと二人で市場を見に行くと宿屋を出て行ったところだ。


「フラン、ちゃんと馴染めているみたいで良かったな」


 ニールが言うと、ルメリオがそうですねと頷いた。


「……ところでニール、貴方、随分とフランさんのことを気にかけているようですが?」

「ああ、フランは魔物相手には強いけど、小さい子みたいなところがあるからなんか心配でさ……俺も王都に来たばっかりの頃に騙されかけたことがあるから、同じような目に遭わないかなとか」


 フランシエルは十七歳にしては素直で無邪気だ。ニールは彼女と話していると小さい子供の相手をしているような気分になる。それでも彼女は親しみやすく、放っておけない雰囲気がある少女だ。


「……ほう」


 てっきり同意してくれるものかと思ったが、ルメリオの返事は素っ気なかった。


「ルメリオはそう思わないのか?」

「いえ、貴方の言うことはもっともですが、私が期待していたのはそういう答えではないのですよ」

「期待ってなんだよ、そんなこと言われても分からないぞ」

「ふふ、もう結構。貴方もまだまだお子様ということですね」

「なんだそれ。ルメリオ、変だぞ」


 ぶつぶつとこぼすニールを見ながら、ルメリオは静かに笑うだけだった。


***


 ゼレーナとフランシエルは市場の雑踏の中にいた。フランシエルが市場に来るのは決して初めてではないのだが、彼女はあちらこちらに視線を移し、何にでも興味を示す。


「……飽きないんですか?」


 たまりかねてゼレーナは問うた。フランシエルは少し目を放せばいなくなってしまいそうなほどのはしゃぎようだ。


「全然飽きない! 何回来ても楽しいよ」


 果物を並べる店に近寄ったかと思えば菓子を売る屋台に吸い寄せられ、次は服飾店の窓を覗く。蝶々のような動きにゼレーナは心の中で頭を抱えつつ、後をついて行った。彼女を放って帰ろうと思えないあたり、ニールに妙な影響を受けているのかもしれない。


「ねえゼレーナ、あっちにもお店があるの?」


 フランシエルが一本の狭い路地を指した。いつの間にか、市場の端まで来ていた。

 市場も王都の中心近くであれば真っ当な店ばかりだが、そこをはずれて貧民街の近くまで行くと、段々と怪しい店が並ぶようになっていく。正当な許可がなく開かれた店ばかりで、盗品と思しきものや中毒性の高い嗜好品が売られていることもある。人通りは少なくないが、ならず者も混じっている。ゼレーナは何度もその周辺で占い屋を開いているためすべて見慣れた光景だが、フランシエルにとっては未知の領域だろう。


「あっちの方には大したものは何もありませんよ」

「そうなの?」


 フランシエルは不思議そうに裏道の方を見ている。ここで強引にでも連れて帰るべきなのかもしれないが、後でフランシエルひとりで貧民街近くまで行ってしまったら、危ないことに巻き込まれるおそれがある。

 ある程度、ものを知っている人間がついて行った方がいいだろう、ゼレーナは小さくため息をついた。


「そんなに気になるなら行きましょう。何かあったらすぐに逃げますからね」

「うん、ありがとうゼレーナ!」


 まったく物怖じせず、フランシエルはさびれた道へ踏み出した。

 少し歩いて、今まで見てきた街の様子とは違うことにフランシエルも気づいたらしい。勝手にあちこちに行こうとはせず、ゼレーナの隣にくっついている。


「あっ……」


 フランシエルが、道の端に広げられた敷物に目を留めた。その上には男が座っている。フードで顔を隠し、擦り切れた衣服を着ている。右足を汚れた包帯でぐるぐる巻きにしていた。小さな木の器を自分の前に置いて、力なく座っている。


「……可哀想」


 フランシエルがごそごそと懐を探り出した。ゼレーナはその腕をつかんで止め、彼女を引っ張って早足で男の前を通り過ぎた。


「ゼレーナ、どうしたの? あの人は……」


 男からは見えない距離まで来たところで、ゼレーナは彼女の手を放した。フランシエルが困惑したように問うてくる。


「あの男の怪我は嘘です。見せかけの怪我で同情をひいて日銭を稼いでいるんです」


 男のことをゼレーナは知っていた。貧民街に住む男だ。普段は包帯をはずした状態で元気に歩き、必要なときだけ怪我人のように振舞う。


「そう……なんだ……ゼレーナは物知りだね」


 そのような人間がいることに、フランシエルは少なからず衝撃を受けたようだ。先ほどの楽しそうな様子から一転し、表情が少し曇っている。


「もういいでしょう。ここに楽しいことなんてありはしませんよ。さっきの市場に戻りましょう」

「そうだね……」


 フランシエルは最後にもう一度辺りを見回し、あ、と小さく声をあげた。


「ゼレーナ、あの子は?」


 二人から少し離れたところに、幼い少女が一人で立っていた。手に何かを持っており、道行く人へそれを差し出しているがまったく足を止めてもらえない。


「孤児でしょうね」


 親が故人となったり行方をくらますなどで、幼い身ひとつで生きていくことを強いられる子供は少なからずいる。ゼレーナも同じ境遇故、彼らを見て心苦しく感じるが、すべての子供の面倒など到底見切れない。何とか、自分にできることを見つけて金や食べ物を得るしかないのだ。

 あの少女は、野から摘んできた花を売っているらしい。彼女なりに考えてのことだろうが、買い手は見つかりそうにない。

 フランシエルはその少女のもとへ、ゆっくり近づいていった。ゼレーナは少し後ろで見守ることにした。少女がスリなどを働こうとしたら、軽く魔法を放って撃退すればいい。


「こんにちは、お花を売ってるの?」


 しゃがんで目線を合わせ、優しく話しかけてくるフランシエルに少女は驚いたようだが、やがて頷いてみせた。欠けた陶器の杯に、小さな花が何本かさしてある。摘んできて時間が経っているのか少し色あせていた。


「一輪はいくら?」

「……三ゼル」


 小さな声で少女は答えた。


「じゃあ、一輪買うね。はい、三ゼル」


 フランシエルが硬貨を取り出し、少女の手にしっかり握らせた。引き換えに白い花を受け取り、少女に小さく手を振ってゼレーナのもとに戻ってきた。


「ゼレーナ、待たせてごめんね」

「……いえ」


 彼女が支払った代金で、あの少女はほんの少しの間だけは飢えから解放されるだろう。


「……欲しくないものを、わざわざ買わなくたっていいんですよ」


 少女の姿が見えなくなるところまで来てから、ゼレーナはフランシエルにささやいた。


「ううん。あたし、花は大好きなの」


 ゼレーナの横を歩くフランシエルは、指先に小さな花をしっかり持ったままだった。


***


 しばらく王都内で姿を見せていなかった魔物が再び現れるようになったと、ニールたちのもとに話が舞い込んできた。数匹で現れて店先の品物を荒らす狐のような姿のそれは、ニールたちに見つかるや否や逃げ出した。魔物の逃げ足は速く、追いついた時には森の中の彼らの縄張りの中だった。

 一匹一匹はそう強くないが、十数匹が相手になると厄介だ。魔物の口の中には、尖った牙がずらりと並んでいる。噛みつかれれば痛手になる。


「えいっ!」


 フランシエルの斬撃が、最後の魔物に命中した。魔物が短く鳴き、地面に倒れ伏した。


「やったー!」


 全員が気を抜いたその瞬間、フランシエルの背後にあった茂みがわずかに揺れ、何かが飛び出してきた。


「痛っ!」


 先ほど相手にしていたものと同じ姿の魔物が、フランシエルの右腕に食らいついていた。ずっと隠れて、反撃の機会をうかがっていたのだろう。驚いたフランシエルが大きく腕を振ったが、魔物は離れなかった。

 ゼレーナが氷の矢を飛ばして魔物をフランシエルから引きはがした。ルメリオが彼女の周りに魔法の壁を張り、弱った魔物にニールがとどめをさした。

 続けて飛び出してくる魔物はいない。今のが本当に最後の一匹だったようだ。


「フラン!」

「フランさん!」


 ニールとルメリオが、噛まれた腕を押さえてうずくまるフランシエルの元に駆け寄った。腕当ては魔物に噛み千切られており、服の袖に血が染みていた。


「傷を見せてください。すぐに治します」


 しかしフランシエルは、傷口に置いた手をどけようとしなかった。


「大丈夫、何ともないから」

「強がらなくていい。血が出てるんだぞ、大丈夫なはずないだろ」


 ニールはフランシエルの噛まれていない方の手をつかみ、傷から離して袖をめくりあげた。フランシエルが小さく声をあげた。

 彼女の腕を見たニールとルメリオは揃って息を飲んだ。


「これは……!?」


 むき出しになったフランシエルの腕は、白色の鱗で覆われていた。

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