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19話 不思議少女は修行中

 巨鳥の魔物との戦いから数日後、ニールたちは王都からそう遠くない街道を歩いていた。近隣に現れた魔物の集団を討伐した帰り道だ。幸い、そう手間をかけずに対処することができた。

 新たに仲間になったイオの戦闘技術はとても頼りになる。本人は相変わらず口数の少ない青年だが、勝手な振舞いや和を乱すような行動はしない。


「……ん?」


 何気なく街道を外れた遠くの方を見たニールの目に入ったのは、小さな子供のような何かだった。それが何人か集まって円を作っていて、その中心に武器を構えた人の姿が見える。


「魔物だ! 誰かが襲われてる!」


 ニールが声を上げると、イオが剣を抜きいち早くその方へ走っていった。


「おい片目! 俺にも仕留めさせろ!」


 ギーランが怒鳴り、戦斧(せんぷ)をかついでその後を追う。彼とイオの仲は険悪ではないが、イオの速攻で敵を葬る戦術により自分の出る幕がなくなるのが気に食わないらしい。

 突如現れたニール一行に驚き、魔物たちがキーキーとわめいた。緑色の肌としわしわの顔をして目は吊り上がっており、大きな耳が目立つ。それぞれ木の棍棒や石斧を手にしていた。

 イオによって一匹が斬り伏せられた。それを皮切りに、ニールたちと魔物の混戦が始まった。


「大丈夫か!?」


 魔物の攻撃を剣でさばきながら、ニールは彼らに囲まれていた人物に駆け寄った。そこにいたのはニールとあまり変わらないくらいの年頃の少女だった。長い棒の先に剣状の刃がついた得物を手にしている。グレイブと呼ばれる武器だ。


「うん、平気!」


 少女は元気よく答えると、武器を振り回し魔物に立ち向かっていった。身のこなしは素早く、戦い慣れた動きだ。

 ほどなくして魔物の最後の一匹がギーランによって叩き切られた。


「はー、びっくりしたー」


 少女が言い、武器を背負ってニールたちの方を見た。


「助けてくれてありがと! みんな強いんだね」


 そう言って笑みを浮かべる。亜麻色の髪を高い位置で一つにまとめており、長袖の上衣のうえに革の胸当て、腕当てをつけて外套(がいとう)を羽織っている。下衣は動きやすそうなズボンに膝当て、ブーツという格好だ。ここら一帯の女性が着る衣服としてはかなり珍しい。素朴な色合いの服に、首から下げられた銀色のペンダントが華を添えている。

 ニールが何か言う前にルメリオがずい、と彼女の前に出てその手を取った。


「お嬢さん、お怪我はありませんか?」

「大丈夫、何ともないよ」

「それは何よりです。先ほどの戦う動きは見事なものでしたが、こんなにも愛らしい方だとは……お会いできて光栄です」


 手の甲に軽く口づけを落とされた少女は、きょとんとしてルメリオの顔を見た。


「えっと……あたしも同じようにした方がいい?」


 少女の反応が予想外だったのかルメリオは一瞬目を丸くした後、笑い声をあげた。


「ははは、面白い方だ……して頂きたいのはやまやまですが、それは大切な時にとっておきなさい」


 ルメリオの独壇場が延々と続くのも困る。ニールは少女に話しかけた。


「無事なら何よりだよ。俺はニールっていうんだ。良かったら名前を教えてくれないか?」

「あたしはフランシエル」


 その直後、彼女の腹がぐぅ、と音を立て、フランシエルは恥ずかしそうに身じろぎした。


「……ごめんなさい。立て続けで悪いんだけど、ごはん食べられる場所知ってる?」


***


「あー、美味しかった! ごちそうさま!」


 綺麗に空になった皿に、フランシエルが(さじ)を置いた。

 ちょうど昼時だったこともあり、ニールはフランシエルを連れて月の雫亭に戻り食事をとった。どうやら料理は彼女の口に合ったようだ。

 落ち着いたところを見計らい、ニールは彼女に問うた。


「ところで、フランシエル」

「フランでいいよ」

「フランは一人なのか? 誰かとはぐれたとか?」

「一人だよ。修行の旅っていうやつ!」


 フランシエルは自慢げに答えた。少女が武器を持って一人旅など余程のことがなければあり得ないが、彼女は特に困った様子も見せていない。


「どこから来たんだ?」

「え、えっと……すごく遠いところから、かな」


 今まではきはきと話していたのに、急に言葉を濁した。やはり何か事情があるのかもしれないが、悪人とは言い切れなかった。


「目的の場所はどこかあるのか?」

「ううん、ずーっと何となく歩いてたらさっきのところまで着いて、あなたたちに会ったの。あたし、こんなに大きな街に来たの初めて!」

「王都ですからね」


 ゼレーナが呟くように言う。


「ここはオウトっていう街なの?」


 無邪気そのもので聞き返したフランシエルに対し、ゼレーナは眉間にしわを寄せる。ルメリオが優しく微笑みながらそれを訂正した。


「王都というのは国王……この国で一番偉い方が住んでおられる街のことを言うのですよ」

「へぇ……あたしそんなところまで来たんだ」


 どうやらフランシエルは王都に来たばかりの時のニールに負けず劣らず物を知らないらしい。

 しかも彼女の旅は本当にあてのないもののようだ。ニールは騎士になるという目標があったため王都までの道のりは決して苦ではなかったが、たった一人で特に目指す地があるわけではないのに旅に出るフランシエルはかなり肝がすわっているようにニールには思えた。


「こんなに親切にしてもらったのは初めて。皆は何をしてる人なの?」

「おれたちは英雄なんだ!」


 匙を持ったままアロンが言った。


「英雄……?」


 フランシエルが首を傾げたので、ニールが説明を付け足した。


「魔物に困っている人たちを助けてまわっているんだ……誰に頼まれたわけでもないんだけどな」

「そうなんだ、すごく素敵なことをしてるんだね!」

「あ、ああ」


 ニールの頬がじんわりと熱をもった。あまり直接褒められたことがないため、妙にむず痒い。

 ところで、とフランシエルが切り出した。


「あたしもそのお手伝いをしていい?」

「え?」

「あなたたちにお礼がしたいんだけど、お金はそんなにたくさんないし……さっきはかっこ悪いところを見せちゃったけど、あたしも本当はそこそこ戦えるんだよ。足手まといにはならないと思う!」


 フランシエルは少しだけ肩をすぼめた。


「それに、ちょうど一人は寂しいって思ってたの。皆と一緒なら楽しそうだなって……駄目かな?」

「勿論ですとも、歓迎致します! そうですよねニール?」


 席についたままではあるが、ルメリオが圧力を放ってくる。女性が絡む話になると彼は本当に前のめりになる。


「そ、そうだな。よろしく頼むよフラン」


 仲間のほとんどはニールから声をかけて加わったため、逆に仲間入りを志願されるのは不思議な感覚だ。

 しかし嬉しい申し出であるし、特に異議を立てる者もいない。


「ほんとに!? ありがとう! あたし一生懸命頑張るねっ」


 それじゃあとアロンが席を立ち、フランシエルの手をくい、と引いた。


「このへんを案内してやる!」

「いいの? 行く行く!」


 こっちだ、とはしゃぐアロンを見かねてか、ルメリオも席を立った。


「こらこらアロン、もっと紳士的にお連れしなさい……心配なので私もついていきますね」


 三人が出て行ったのを見届け、ゼレーナが口を開いた。


「ニール、随分と簡単に受け入れましたけど大丈夫なんですか」

「大丈夫だと思う。逆に一緒にいてやった方がいいんじゃないかな。フランはなんだか……ふわふわしてるというか、一人にしておくと危なっかしいっていうか……」

「それあなたが言います? ……まあ、浮世離れしている感じはありますが」

「もしかして、どこかの国のお姫様とか?」


 どこか期待のこもった調子でエンディが言った。ギーランとイオはあまり興味がないのか、会話に入ってこようとしない。


「王女が武器を振り回して戦うものなんですかね……面倒ごとにならなければいいんですけど」

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