18話 毒をもって魔を征す
夜中、ルメリオとギーランに見張りを代わってもらい眠りについたニールは、朝日を顔に受けて目を覚ました。イオも変わらずそこにいて、森の出口を目指して出発したニールたちとわずかに距離をとりながらではあるが一緒に歩いた。
一晩経っても戻ってこないニールたちを、魔物討伐の依頼人ダレンや村人たちが心配しているかもしれない。しかしニールには気がかりなことがあった。それを察したらしく、ゼレーナが話しかけてきた。
「ニール、まさかあの大きい魔物のことをまだ引きずっていたりしていないでしょうね?」
「えっ、どうして分かったんだ!?」
図星をつかれニールが素っ頓狂な声をあげると、彼女は苦々し気にため息をついた。
「あんなの倒せないですよ。わたしたちにできることなんて限られているんです。王都に戻ったら騎士団に討伐を頼みましょう。聞いてくれるかは分かりませんけど」
「ああ、そうだな……」
巨大な魔物がいると分かれば、きっと騎士団も動いてくれるだろう。しかし、あの鳥の魔物の飛ぶ速度はかなりのものだ。果たして被害が出る前に討伐が間に合うのだろうか。
その時、おもむろにイオが口を開いた。
「あれに、毒を使った」
「え?」
「最初に出会った時と、捕まって逃げる時にあれの体に毒を食らわせた。今頃はかなり弱っているだろう。死んでいてもおかしくない」
「あれほど大きな体の魔物にも効くほど強い毒なのですか?」
ルメリオが問う。イオは表情を変えることなく答えた。
「それもあるが、この辺りの魔物はそろって毒に耐性がない。少量の毒でも殺せる」
イオが一度に多くの魔物を葬ることができるのは、剣術だけでなく毒の扱いにも長けているからのようだ。
何やら興味を引かれたらしいエンディが、彼の隣まで来た。
「その毒って、イオの手作り? 何を使って作るの?」
「……他人には漏らせない」
わずかながらイオは迷惑そうな顔をした。
「門外不出の毒かぁ……かっこいいと思うよ!」
イオは特に何の反応も返さなかった。他人と関わることが苦手なのか、あるいは興味がないのだろう。
そうしているうちに森を抜けた。このまま進めば村までたどり着ける。ニールがほっと息をついた時、けたたましい叫び声が空に響いた。
「何だ!?」
来た方角を振り返り空を見上げたニールの目に、黒い影がこちらへ降りてくるのが映った。
昨日、ニールとイオをさらった魔物がそこにいた。翼を忙しなく動かして羽ばたき、興奮した様子を見せている。
「まさか俺たちを探してたのか……?」
「でもなんだか、様子がおかしくない?」
エンディが言った。魔物の羽ばたきで巻き起こる風で、フードが脱げそうになるのを押さえている。
彼の言う通り魔物の動きは少し奇妙だった。翼の動きは不規則で、体が大きく上下している。薄い赤色をしていたはずの足は黒っぽい紫色に変色しており、爪が数本ほど中心から折れてしまっていた。
「確かに毒がまわっている。だが、さすがにまだ量が足りなかったか」
低い声でイオが言い、懐から短刀を取り出した。戦う気だ。
この先には村がある。被害が出ることを防ぐため立ち向かうしかない。今、一番頼りになるのはイオの使う毒だ。
「イオ、俺たちで援護する」
「……足手まといにはなるな」
イオが答え、短刀を握りしめて駆け出した。ニールは仲間たちに呼びかけた。
「皆、魔物の気を逸らすんだ!」
「……結局こうなるんですね」
ゼレーナが呟き、魔法球を掲げた。魔物は耳障りな声をあげながら、大きな足で蹴りを繰り出してくる。鋭い鉤爪はぼろぼろになっているが、当たれば怪我は免れない。ニールが剣で応戦した。
イオは魔物の真下に陣取り、暗器を投げつけたり、手が届く時には斬りつけたりしている。魔物の目が届く場所にいるアロン、ゼレーナ、エンディが、それぞれ攻撃を放って魔物の注意を引いた。ゼレーナの放った氷の矢が、魔物の顔面をとらえる。エンディは魔力の刃をつくり、魔物に向かって飛ばした。
巨鳥の魔物が翼を何度もばたつかせた。突風が巻き起こり、体の小さなアロンが吹っ飛ばされそうになったが、ルメリオがその手をつかんで支えた。
「魔物が墜ちる、避けろ!」
イオが声を張り上げた。直後、魔物の巨体がどうと音を立て、地に倒れ伏した。黒い羽が宙を舞う。イオが仕込んだ毒がまわり、限界を迎えたようだ。
今が好機と、ギーランが戦斧を握り走り出す。弾みをつけてそれを振り下ろし、魔物の首をばっさりと落とした。
息絶えた魔物の目は瞳孔が開き、血走っている。くちばしの端から白い泡を吹いていた。さすがに首だけで襲ってくることはない。
「やったぞ、おれたちだけで倒せた! おれたち、すっごく強いんだ!」
「……いや、どうにもすっきりしねえ」
興奮して跳ねまわるアロンの横で、ギーランが珍しく怪訝そうな顔をして魔物の頭を足先で軽く踏みつけた。
「ギーラン、どういうことだ?」
「初めはこんだけでけぇ魔物なら相当強いもんかと思ったが、逆だ。こいつは弱すぎる。中身がまったくねえ。毒だかが効いたってのもそのせいだろ」
ニールは魔物の頭を観察した。戦い慣れたギーランが言うのだから何か妙なところがあるのかもしれない。
ふと、ニールはあるものに気づいた。魔物の額に黒い石のようなものが光っている。羽毛の中に埋もれる無機質な石はもともとそこにあったのではなく、何者かによって無理やりはめ込まれたような印象を受けた。しかしこの石が何なのか見当がつかない。
ともかく脅威は去った。これで村人も安心して暮らせるはずだ。
「皆、お疲れ様。それからイオ、お前のおかげで助かったよ。ありがとう」
イオはニールの方を一瞥しただけで、ふい、と背を向けた。そのままどこかへと去ろうとする。
「イオ、どこに行くんだ?」
ニールが呼び止めると彼は足を止めたが、振り返ることはしなかった。
「……もうこの辺りに用はない」
どうやらこれからもあてのない旅を続けるようだ。
「じゃあさ、俺たちと一緒に来ないか? こうやって出会えたのも、何かの縁っていうか……イオがいてくれたら、心強い」
「森の中で迷子になっても安心ですからね」
ゼレーナが言うと、ルメリオがくっくっと笑った。
「まあ、それはそうなんだけど……どうかな、イオ?」
もしかするとイオはこのまま去っていくかもしれないとニールは思ったが、彼はニールたちの方に向き直った。
「……気が変わるまでは付き合う」
「そうか、よろしくな、イオ!」
心強い味方を加え、ニールたちは村へ、そして王都への帰路についた。