16話 巨鳥の襲撃
それから三日後。
「ああ良かった。自警団さんがちょうどいてくれた」
月の雫亭に現れたのは、王都の市場で野菜や果物を売っているルドガーという男だった。ニールたちのことを知る王都の人は、騎士団に変わり民の困りごとを解決してくれる存在として彼らを自警団と呼ぶようになっている。
「ルドガーさん、何かあったのか?」
「いや、用があるのは俺じゃなくてこっちだ」
ルドガーはそう言って、隣に立つ男を示した。細身の壮年の男だ。ダレンと名乗った男は、王都から少し離れた村の農夫だという。
「俺の村で最近、魔物が悪さをしているんだ。村の周りをでかい鳥みたいな魔物が飛び回って、収穫した作物を取られたり、家畜の子が襲われたり……何もしていない奴が喧嘩を売られた時もあった」
ダレンは深刻な顔つきをしている。小さな村であれば結構な脅威だろう。
「魔物の姿が見えない時でも、どこからか声が聞こえたりするんだ。子供たちもすっかり怯えてな……」
「それは大変だな……よし、俺たちで力になるよ」
「ありがとう! さすが、頼りになるって噂は本当だったんだな」
しかし、とダレンは続けた。
「ここから俺の村までは往復で半日はかかるんだが……すまない、移動の手段を用意してやれないんだ」
「気にしないでくれ。ただ、そうなると準備が必要だな。今すぐの出発はできないと思う」
ちょうど今、出払っている仲間もいる。どんな強敵が待ち構えているか分からない以上、全員で揃って行きたかった。
「構わないよ。村の場所を教えるから、準備ができたら来て欲しい」
「ああ。必ず行くよ」
ニールが頷くと、ダレンは安堵の表情を浮かべた。
***
次の日、ニールは仲間たちを連れダレンの住む村を目指していた。ゼレーナとルメリオからはそんなに遠くまで行くのかと渋い顔をされたが、何とかついてきてもらっている。
目的地であるクロン村は静かな村だった。迎えてくれたダレンの話によると、最近の魔物騒動で村民は憔悴してしまっているらしい。ところで、とダレンは切り出した。
「ニール、先にひとり人をよこしてくれたのか?」
「え? 俺の仲間はここにいる皆だけだぞ」
ニールが答えると、ダレンは首を傾げた。
「じゃあ、さっきのは関係ないのか。知らない奴が来て、村を抜けていったんだ。何も話さないから妙だとは思ったんだが……片目を隠した、ニールくらいの若い奴だ」
先日、王都の近くで見かけた眼帯をつけた青年の姿がニールの脳裏に浮かんだ。彼もこの近くにいるようだが、目的がつかめない。
村の上空に魔物の姿は見当たらなかった。今は幸運にもいないが、村のはずれに縄張りがあるのだという。ニールたちはそこへ向かうことにした。ところどころに数本の木が生えている以外は、見渡す限り平原だ。
「とっとと片付けて帰りたいところですね。野宿はごめんです」
ゼレーナの言う通り、魔物探しに時間をとられてしまっては今日中に王都に帰るのが難しくなる。
そのとき上空をひとつの影がよぎり、ニールはその方へ顔を上げた。
一羽の鳥が飛んでいく。ただの鳥かと思われたが、それは急に向きを変えてニールたちの方へ急降下してきた。
「危ないっ!」
全員が散り散りになり魔物の体当たりから逃れた。突撃を避けられた魔物は再び上空に戻り、甲高い声で鳴いた。体とくちばしは黒く、鮮やかな赤、青、黄色の長い羽が頭のてっぺんと尾の先からそれぞれ垂れている。
退く素振りのないニールたちを敵と判断したらしく、再び魔物が叫ぶ。すると、あちこちに生えていた木から一斉に影が舞い上がった。あっという間に集まってきた鳥の魔物たちは、ざっと二十羽はいる。
「みんな、行くぞ!」
ニールの声を合図に、各々が魔物に向かっていった。
「おっさん、今だ! やっつけろ!」
「言われなくてもやってやらぁ!」
アロンが打ち落とした魔物に、ギーランの戦斧がとどめをさす。魔法が使える仲間たちは、飛ぶ相手でも遺憾なくその力を発揮する。ニールも彼らに助けてもらいながら剣を振るった。
魔物の数が着実に減っていく。少なくなった敵のうち一羽を正面に見据え、ニールが斬りつけようとしたその時だった。
突如、目の前を何かが駆け抜け、ニールの目の前にいた魔物がどさりと地面に落ちた。
「えっ!?」
勢い余って前につんのめりながら、ニールはいきなり現れた何かの方を見た。それは地面を蹴って走り、生き残っていた魔物に飛びかかって次々に倒していく。
「おい、俺の獲物を取んじゃねぇ!」
全員が呆気にとられる中、ギーランが抗議の声をあげる。しかし現れた人物は手を止めることなく、ついに最後の魔物が地に墜ちた。
あっという間に魔物をすべて葬り、その場に立っていたのは先日ニールたちが見かけた眼帯をつけた青年だった。
青年は両手に持った二振りの剣を腰の鞘に戻すと、ニールたちには目もくれずその場を去ろうとした。
「あ、待ってくれ!」
ニールが呼びかけると、青年は立ち止まり振り向いた。ニールは彼のもとへ駆け寄った。
「前も会ったよな? もしかしたら覚えてないかもだけど……」
青年の瞳は神秘的な紫色だった。口は真一文字に結ばれ、感情が読み取れない。
「俺はニールだ。助けてくれてありがとう」
青年は何も言わなかった。話せないとか、言葉が通じていない訳ではなさそうだ。
ニールの背後で、エンディが声をあげた。
「ニール、何か来る!」
はっと振り返ると、エンディの言う通り何かがまっすぐ飛んでくるのが見えた。鳥の姿をしている。
目の前に現れたのは、先ほど相手にしたものとは比べ物にならないほど巨大な鳥の魔物だった。その体躯で太陽は遮られ、ニールたちの立っている場所は影になった。黒い体のところどころに、赤や青の羽毛が混じっている。濃い黄色のくちばしは大きな家畜でも食いちぎれそうで、鋭い鉤爪の生えた薄い赤色の足は大の男でも容易く掴めるだろう。ぎらぎらと輝く金色の目がニールたちを睨んでいる。
「こいつはすげぇ!」
嬉々として武器を構えるギーランを、ルメリオが顔を引きつらせながら止めた。
「何を考えているんですか、私たちで勝てるはずがないでしょう!」
確かに、ニールはここまで巨大な魔物には会ったことがない。戦い慣れた数十人の騎士が集まってやっと勝てるほどだろう。
魔物が巨大な翼で羽ばたくたび、風が起こった。ニールたちで勝てる相手ではない。しかし、こちらに飛んできたときの速さから考えれば、逃げ切れるとも言い難い。
判断に迷うニールの隣を、何かがすり抜けた。眼帯の青年が再び剣を抜き、臆することなく魔物に向かっていく。
青年は懐から何かを取り出し、魔物に向かって投げつけた。魔物が叫び声を響かせる。俊敏に動きながら攻撃してくる青年に狙いがつけづらいようで、ゆらゆらと宙を飛ぶばかりだ。
「ニール、突っ立ってないで早く!」
ゼレーナがニールを呼んだ。仲間たちは退きつつある。眼帯の青年が囮になったため、今が逃げる絶好の機会だ。しかし、彼がいくら強くても、この魔物をたった一人で相手にできるはずがない。
赤の他人なのだから置いていけばいい。頭では分かっていた。それでも、体が動くのを止められなかった。仲間たちのいる方とは逆、青年の方へニールは走った。持っていた予備の短刀を、魔物へと投げつける。
突然の加勢に青年の注意がニールへと逸れた。その瞬間、鳥の魔物が怒りの声とともに急降下してきた。鈍く光る鉤爪が見えたと思った瞬間、ニールの体は宙へと浮き上がった。
地上にいる仲間たちの姿が小さく、遠くなっていく。体はぐっと締め付けられており動けない。何とか頭を動かすと、魔物の片足につかまれて同じように身動きのとれない青年の姿が見えた。
ニールは魔物の足にとらわれ、なす術なく空中を滑っていった。




