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11話 脳まで筋肉

 魔物を倒したという報告を聞いた村人たちは大層喜び、謝礼として手の平に乗るほどの小さな袋に入った硬貨と、近くで採れたキノコや木の実を分けてくれた。


「……確かに、割に合わない報酬ですね」


 王都に戻る道すがらゼレーナがこぼした。


「そう言うなよ。村の人たちが頑張って用意してくれたんだ。貰えるだけでもありがたいよ」


 騎士が巡回していればそちらに頼れるが、いない以上は傭兵にすがるしかない。そんな状況で小さな村なりに一生懸命に工面してくれたものだ。


「どうやって分ける?」


 エンディの問いに、ニールは手の中の袋を見ながら首をひねった。渡された金を五人で均等に分けたとすると買えるものは限られてくる。

 ニールは少し後ろを歩いているギーランの方を振り返った。傭兵が珍しいのか、アロンが彼の隣にくっついてあれやこれやと話しかけるのを適当にあしらっている。怒鳴ったり手を出すことはなさそうだ。

 報酬の分け方について彼はニールに何も切り出してこない。ニールは立ち止まり、傭兵に声をかけた。


「ギーラン、報酬の分け方なんだけど……」


 ああ、とギーランは片手をひらひらと振った。


「俺は細けぇ勘定は苦手だ。適当に分けてくんな」

「それがさ、分けられるほどたくさん無いんだ。だから代わりっていうのも何だけど……」


 ニールは山の恵みが盛られた籠を示した。そのままで食べられるものは限られているが、宿屋に持ち帰れば料理してもらえるだろう。


「これだけあれば、お腹いっぱいにはなると思うんだ」

「それはいいけどよ、酒が飲めるところに連れてけ。もう何日も飲んでねえんだ」

「……ああ、分かったよ」


 ゼレーナがもの言いたげな視線を向けてきたが、ニールは大丈夫だ、と目配せで答えた。傭兵一人ならもし酒に酔って暴れても全員でかかれば抑えられると思ってのことだった。

 あくまでニールの予想だが、ギーランは不躾(ぶしつけ)な態度をとる人物ではないような気がした。昼間、月の雫亭で騒ぎ立てていた傭兵らの中で、彼だけはジュリエナたちにちょっかいをかけようとしなかったからだ。

 酒が飲めると聞き、ギーランの機嫌は一気に良くなった。


「おう、ならさっさと行くぞ」


***


「かーっ、うめぇ!」


 ギーランは持ち手がついた大きな木製の酒杯片手に満足気に言った。

 日暮れ頃、月の雫亭に帰ってきたニールたちは料理が並ぶ卓を囲んでいた。報酬としてもらった山菜をリーサたちが美味しく食べられるよう調理してくれた。

 ギーランは宿屋に戻るや否や懐から持ち金をすべて出し、この金額で提供できる分の酒をと注文した。食事を初めて間もないが、既に三杯も飲み干している。


「おい姉ちゃん、次だ次!」


 ギーランがジュリエナの方を振り返り、空になった酒杯を振ってみせる。ジュリエナはあら、と目を丸くした。


「もう? いい飲みっぷりねぇ」


 お代わりが注がれるとすぐにギーランは酒杯に口をつけた。


「ギーランって、なんだか不思議な人だね」


 エンディがニールにささやいた。ギーランは口調や態度こそ少し荒いが、周囲に喧嘩を売ったり下品な真似は一切していない。

 彼の着ているシャツは色あせ、その上につけている革の肩当てと胸当ては擦り切れ、ズボンはところどころ穴が開いているといった有様だ。一体どのくらいの間、傭兵として生きてきたのだろう。


「ギーランは傭兵をやって長いのか?」

「あ? お前くらいの年の頃には立派に独り立ちしてたぜ」


 ニールを見ながらギーランは答えた。酒杯はしっかり持ったままだ。元の性格なのか適度に酔っているせいなのか、意外にも気さくに話す。


「じゃあ結構長いんだな」

「おうよ。強い奴と戦って、勝って酒を飲む、それが俺の生き方だ」

「……随分と単純な頭をお持ちのようで」


 ギーランはゼレーナの言葉に特に反応せず、キノコの串焼きにかじりついた。


「おっさん、すごかったな。あんなに大きい斧でどーんって!」


 アロンはなぜかギーランを気に入ったようで、彼の横の席を陣取っている。ギーランはふん、と鼻を鳴らした。


「ちまちま戦うのはガラじゃねえ。向こうが死ぬまで殴り続けりゃいいんだ。俺はずっとそうしてきた」

「うわぁ……頭の中まで筋肉でできてるんですか」


 駆け引きのない単純な戦い方しかできないとはいえ、ギーランは他の傭兵に見放されてからニールたちが駆け付けるまで、ずっとあの大きな魔物相手に粘り続けていたのだからかなりの手練れだ。

 勝ち目のない戦いでも、退くことなく立ち向かい続ける。自信と闘志に溢れた彼はニールを奮い立たせ戦況をひっくり返した。


「ギーラン、明日からはどうするんだ?」

「強い奴と戦える仕事を探す。金も使い切ったから、酒代くれぇは稼ぎてえな」

「だったら少しは手元に残しておけばいいでしょうに」


 ゼレーナがテーブルの上に肘をつきつつ言った。

 

「金を持ち歩くのは好きじゃねえ。ちゃりちゃり音をたてて邪魔になる」

「……呆れた。頭に砂利でも詰まってるみたいですね」


 再びギーランが酒杯を空にした時、ニールは切り出した。


「ギーラン、俺たちと一緒に来ないか?」

「ああ?」


 ギーランの顔がニールの方へ向いた。目元や頬に傷跡がいくつもある。


「俺を雇うってか?」

「雇うとは違うけど……俺たち、王都の皆が安全に暮らせるように魔物と戦ってるんだ。ギーランが一緒にいてくれたら心強い。お金に余裕があるときは、酒も飲める、と思う」

「ええ……こんな筋肉の塊がついてくるんですか」


 ゼレーナは渋ったが、アロンとエンディは乗り気だ。


「いいとおもうぞ。おっさん面白いし、つえーし!」

「ギーランみたいな人がいてくれたら、僕たちにも(はく)がつくよね」

「まあ、それは一理ありますが……」

「もちろん嫌なら断ってくれていいし、合わないと思ったらいつでも抜けていい。だから……」

「ん、よし分かった」


 ギーランは酒杯をどん、とテーブルの上に置いた。


「俺はどんなことでも迷わねぇって決めてんだ。お前の話にのってやる。その代わり、俺を退屈させんじゃねえぞ」

「努力するよ。ありがとうギーラン!」


 ちょうどその時、リーサが大きな皿を持って厨房から出てきた。


「ニールたちがもらってきた中に山イチゴがあったから、ケーキ作ったよ!」


 丸い形に焼きあがったケーキは、甘酸っぱい香りを漂わせていた。アロンとエンディが大喜びで飛びついた。


「食べる食べる! おれ、イチゴ大好きだ!」

「いい匂い、美味しそう」

「ちょっと、ちゃんとわたしの分も残して切り分けなさい。子供だから多く食べていいなんて理屈は通りませんよ」


 ギーランは菓子類を好まないのか、ケーキには目もくれず酒杯をリーサに突き出した。


「酒だ酒。次を持ってこい」


 初めは一人だけだったのに、随分とにぎやかになった――ニールは密かに笑みを漏らした。

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