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1話 無念の門前払い

「見えてきた!」


 ニールは小さな丘の上で足を止め、向こうに広がる景色を見つめた。

 太陽の光を浴びてそびえ立つ大きな城がある。塀に囲まれていてすべては見えないが、ニールの故郷よりずっと立派な街がその下には広がっているのだ。


「遠かったなぁ……」


 ニールは感慨深げにつぶやき、今まで歩いてきた道を振り返った。故郷のブラウ村を出て徒歩で十五日あまり。目指す王都はすぐそこだ。あの場所には夢が集まっている。ニールにとっては黄金でできた都のようだった。


「……よし」


 ニールは腰に下げた剣の柄をそっと指で撫で大きく息をついた後、再び歩き始めた。


***


 整備された(いしだたみ)の道、ずらりと立ち並ぶ煉瓦(れんが)でできた頑丈そうな建物、そして見渡す限りの人、人、人――

 通りを行きかう人々は年代も外見も様々だ。ニールの目と揃いの青い髪は故郷では珍しがられたが、ここではそれほど目立たない。

 市場には見たこともない品物が並べられている。じっくり見て回りたいところだったが、目的は観光ではない。また後日に訪れようと心に決め、ニールは目的地へと急いだ。

 イルバニア王国の都には、王族が住まう城に加えて重要な施設がもう一つある。騎士団の本部だ。王国の騎士たちは日々鍛錬に励み、人々の生活を脅かす魔物や悪党たちから国を守っている。

 ちょうど今は新しく騎士となることを望む者たちを受け入れる時期だ。志願者が王国の各地より騎士団本部に集まる。ニールも同じく騎士見習いとなるべく、遠く離れた村からはるばるやって来た。

 ニールが王都を訪れるのは初めてだ。騎士団本部は城の隣にあると聞いていたので、城を正面に据えるようにして入り組んだ道を歩き続けた。

 やがて城の前の広場までやって来た。道中、甲冑をまとい剣を携えた人の姿を何人か見かけた。イルバニア王国の騎士たちだ。

 今のニールは簡素なシャツとズボンとブーツ、革のジャケットという出で立ちだが、いずれ彼らのようになれる。そう思うと一層気持ちが引き締まる。ニールは勇み足で、広場から伸びる広い道を進んでいった。

 間もなく見えてきたのは、大きな白い建物だった。太い柱に支えられた線対称のそれは城ほど大きくはないがそれでも見上げるほどだ。少なくともニールの故郷にこんな洗練された建物はない。屋根の上に三体の彫像が立ち、天を仰いでいた。左の彫像は杖を、中心の像は剣を、右側の像は弓を持っている。騎士団の三つの部隊――魔術師隊、剣士隊、弓術士隊を表すものだ。

 正面の扉の前に甲冑を身に着けた二人の男が立っている。彼らも騎士だ。

 いずれ仲間となる者だから、最初の印象は良くしなければ――ニールは男の目を見て、にこやかに笑った。


「騎士団への入団志望です」


 男は(いぶか)し気にニールの顔から足元まで視線を巡らした後、口を開いた。


「……紹介状は?」

「……え?」


 ニールの顔から笑みが消えた。

 紹介状が必要という話は初耳だった。無論、ニールの手元にそんなものはない。


「ええっと……ない……です」

「身分を証明できる物は?」


 それも持っていない。小さな村の出身であるニールには、公的な書類など用意はできない。


「それもない……けど、剣ならここに!」


 (わら)にもすがる思いで、ニールは腰に下げた剣を示した。もちろん騎士たちの腕前には遠く及ばないだろうが、ニールにもそれなりの剣術の心得はある。故郷で仲間たちとともに剣を持ち、野盗や魔物を退けてきた。村の中では上から数えた方が早いほどの実力を持っていた。

 その様子を見て、もう一人の男が笑いだした。


「ははは! それじゃ駄目だ。どこの馬の骨とも知れない奴は入れられないぞ」

「ま、待ってくれ……待ってください、やる気ならあります、どんな厳しい訓練にでも耐えてみせます!」


 必死に訴えるニールに対し、目の前の男は冷ややかにため息をついた。もう一人の男は未だくっくっと笑い続けている。


「お前を受け入れることはできない。帰れ」

「そんな……」

「ちょっと失礼」


 ニールの背後から声がして、何者かが隣に並んだ。ニールと同じくらいの年頃の青年だった。少し癖のついた淡い色の金髪をしている。質のよさそうな緑色の上着には、金色のボタンが縫い付けられていた。(ほこり)のひとつもついていない黒のトラウザーズにぴかぴかの革靴、ニールの目から見ても、間違いなく良い生まれであることが分かった。


「これを」


 青年は懐から封筒を取り出し、今までニールと問答をしていた騎士に渡した。騎士の男はそれを受け取り、中に入っていた文書に目を通すとそれをたたみ、青年に返した。


「ロンバルト家のテオドール、イルバニア王国騎士団へようこそ」

「どうも」


 テオドールは澄ました様子で背筋を伸ばした。彼は立ち尽くすニールを一瞥(いちべつ)し、鼻で笑った。


「何も知らない田舎者が来るところじゃないぞ」

「なっ……!」


 明らかに馬鹿にされ、頭に血が上るのをニールは感じた。喧嘩っ早い性分ではないが露骨に嫌味を言われれば流石に腹が立つ。しかしここで荒事を起こせば、故郷に戻れるかも怪しくなる。ぐっと奥歯を噛み締め、ニールは何とか踏みとどまった。

 もう一人の男が騎士団本部の扉を開ける。それはニールのためではなく、テオドールに開かれたものだ。彼の姿がその向こうに消えていくのを見るのが辛くて、ニールは憧れの場所に背を向けて走り出した。


***


「はぁ……」


 ニールはとぼとぼと街の通りを歩いていた。王都といえど城から離れるほど賑やかさは薄くなり、小さな家が立ち並ぶ場所に変わっていく。

 王都に来るまでは靴に羽が生えているのではないかと思うほどに足取りは軽かったが、今は鉛のように重い。同じように通りを歩く人の声も足音もほとんど耳に入ってこなかった。

 五歳の時、ニールは故郷の村で銀色に輝く甲冑を着て立派な剣を持った人間を見た。あれは誰と村の大人に尋ねると、あれは騎士という役目を持った人で王様に仕えて国を、人々を守るのだと教えてくれた。それから十五年の間ずっと、騎士はニールの憧れだった。

 一年に一度、王都では騎士の志願者を受け入れる――聞きかじった情報だけでここまで来てしまったのは自分の落ち度だ。ニールは肩を落とした。

 騎士になると勇んで村を出たニールを村人たちは温かく送り出してくれた。ニールは早くに両親を亡くし、村の人々が交代で面倒を見てくれた。ニールにとっては村の全員が家族だ。彼らが、そして王国のすべての人が安心して暮らせるよう国を悪いものから守る騎士になりたかった。その夢は騎士団本部の門をくぐる前に(つい)えてしまった。

 ニールに残された道は故郷に帰ることだけだ。しかし、今はとてもその気になれなかった。ここまで来るだけでもかなり遠い道のりだったし、今後王都を訪れる機会があるとも思えない。少しの期間滞在して、せめて土産話を持ち帰るくらいのことはしたい。

 とりあえず今夜に泊まる宿を見つけなければ――ニールが建物の角を曲がったその時だった。


「助けて! 誰か!」


 女性の悲鳴が響き、ニールははっと顔を上げた。

 視線の先で、女性がニールに背を向けるかたちでへたり込んでいた。その周りを、四つ足の獣のような姿のものが三匹、ゆっくりと回っている。


「魔物だ!」


 見ていた民の一人が叫んだ。居合わせた他の者も足を止めてはいるが、怯えて魔物と女性の間に割り込むことができない。武器もない状態で助けに入るのはあまりにも無謀だ。

 ニールは剣に手をかけ、その方へ走って行った。

 女性の前に立ちニールが剣を構えると、驚いた三匹の魔物が目の前に集まり姿勢を低くして唸り声をあげた。黒と茶色のまだら模様の犬のような姿の魔物だ。目はぎらぎらと光り、長く伸びた牙が口元から見える。この程度ならニールも何度か相手にしたことがある。一人で戦うのは初めてだが、恐れている場合ではない。

 魔物の一匹が飛び掛かってきた。その牙に食らいつかれる前に、ニールは剣で魔物の腹に斬りつけた。傷を受けた魔物が地に伏せる。

 それを見て怖気づいたのか、残りの二匹が尻尾を巻いて、我さきにと逃げていく。手負いになった魔物も、立ち上がりよろよろとその後を追っていった。

 ニールは振り返り、崩れ落ちている女性が無事か確認した。魔物を追うべきか迷ったがおそらくすぐに戻ってくることはないだろう。まずは人命が大切だ。

 女性は腕に小さな子供を抱きしめていた。見たところ二人ともに怪我はなさそうだ。

 ニールは剣を鞘に戻し、彼女に向けて手を差し伸べた。


「大丈夫か?」

「はい……」


 女性はニールの手をとって立ち上がると、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます、まさか騎士様に助けて頂けるなんて……!」

「いや、俺は……」


 騎士だと名乗ればこの女性は、周りの者は信じてくれるのだろうか。


「俺は騎士じゃない。たまたまここにいただけだよ」


 嘘をついたところで、きっと空しくなるだけだ。


「そうなのですか? 騎士様でないのにとてもお強いのですね」

「はは、そんなことないよ。ちょっと剣の心得があるだけで」


 実際、あの魔物はそこまで強くなかった。仲間がやられるのを見て逃げていく程度だから限りなく獣に近い。しかしそんな魔物でも、丸腰の人間にとっては脅威となる。


「いやいや、すごいぞ兄ちゃん!」

「魔物三匹に向かっていくだけでもすごい勇気だ!」


 周りで成り行きを見守っていた数人が、わっとニールのもとに駆け寄ってきて、労うように肩を叩いてくれた。


「騎士なんかより、あんたの方がよっぽど頼りになるぜ」

「……そうだ、騎士は?」


 ニールは辺りを見回した。騒ぎを聞きつけて一人くらいは騎士が来そうなものだが、それらしき者は誰もいない。


「こんなところまで来やしないよ。ただでさえ大半が出払っているうえに、あとは貴族たちのお守りで忙しいからな」


 一人の男が呆れたように言った。


「出払っているって……?」

「兄ちゃん、よそから来たのかい? この国はな、戦争中なんだよ」


 ニールの初めて聞く話だった。魔物や野盗が出ることはあるが王国そのものはずっと平和で、故郷にいる長生きの老人の中でも戦禍を経験した者はいなかった。


「戦争って、いったいどこの国と?」

「国境の向こうの、竜人族とかいう奴らの国とな」

「じゃあ、さっきみたいに魔物が出たらどうするんだ?」


 ニールの問いに男は肩をすくめた。


「自分たちでどうにかしろってことだろうな。前はあんな風に魔物が姿を現すことはなかったんだが、最近、この辺や王都の周りでもちょくちょく増えてる。大きな怪我をした奴は今のところいないが」

「そうなのか……」


 貴賤(きせん)に関係なく、弱い者や戦えない者を守るのが騎士の役目だと、ニールはずっと思っていた。王都に来てから起こるのは理想とかけ離れたことばかりだ。王都に住んでいるからといって、絶対の安全が保障されている訳ではない。

 しかし、ニールの心に絶望はなかった。大きな決意が胸の中に宿るのを感じた。不安な思いを抱えて生きる、そんなことがあってはならない。

 ――故郷に帰るのは、いつでもできる。

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