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倫敦怪人録  作者: 武田武蔵
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出逢いへの序章

 死体を見た途端、吐き気が喉を擽ってくる。それに堪え、アンソニーは悩むように顎に手を添えた。

「余りない事件だからね。君が慣れないのも無理はないよ」

「パーシー様は、今迄にもこう言った事件を?」

 純粋な興味で、アンソニーは尋ねていた。するとパーシーは、直らない癖の、ステッキで地面を幾度か叩き、答えた。

「まぁね。人は死んでしまえば魂は主の元へ行く。死体は遺された残骸のようなものだよ。死体を輪切りにしたり、バラバラに刻むなど、嫌と言う程見てきた──あ、死体を輪切りにしたのは一件だけかな?」

「そ、そうですか」

 これは、己とパーシーが出逢う前の話だろう。

過去を知らない己に、アンソニーは少し嫉妬し、それに対して寂しく項垂れた。

「何を落ち込んでいるんだい? まさか、僕の過去に嫉妬でもしたのかい?」


 この青年は、何故こんなにも目ざといのだろう。


 アンソニーは誤魔化すかのように瞬きを繰り返す。それを見たパーシーは、口角を引き上げた。

「嬉しいなぁ、嫉妬して呉れるなんて。君も我が家の一員になった証拠だよ」

 アンソニーはヒースコート家に支えて日が浅い方だ。主にそんな言葉をかけられる等、嬉しい限りの事だった。


「まぁ、余り長居しても鑑識官の邪魔になるだけだろう。帰ろうか、アンソニー君」

 と、パーシーは突然芝居がかった口調で、辺りを見回し、言った。それはさながら舞台に立つ役者のようだ。

「パーシー様?」

 それに違和感を感じたのか、アンソニーは声をかけていた。


「いや! 何でもないよ、アンソニー君!」

 少し高いアンソニーの肩を抱いて、パーシーは歩き出す。そうして、彼はそんなヴァレットの耳元で、

「犯人は必ず現場に戻ると言うだろう? ほら、あのレディには見覚えがある」

 と言って、男と共に惨状を見つめている娘を顎で指した。アンソニーはそちらを見遣る。帽子を目深に被った男に腕を絡め、黒髪の美しい娘がそこには立っていた。そうして、パーシー達が去ろうとすると同時に、踵を返し、人混みに消えていった。


「やはりね」

 と、パーシーはにやりと笑った。

「犯人はあの二人だよ。顔は覚えた。後は探し出すだけだ」

「どのようにですかな? パーシヴァル侯」

 ケースリー巡査部長が二人の間に割り込んだ。

「それは、君達ヤードの仕事だろう? 僕はただの貴族だ。これ以上ここにいても不味いからね。孤児達が物乞いに寄ってきてしまう。僕の馬車の御者も、それを恐れて入り口迄しか馬車を止めて呉れないのさ」

「判りました。外見はどうでしたか?」

 懐からメモ帳とペンを取り出し、ケースリー巡査部長はため息混じりに問うた。

「身長は約67インチ。黒髪で、まだ若くてとても美人だった。それに男連れだ。もしかしたら有名かも知れないよ?」


「で、何故彼女らが犯人だと?」

「目がね、違うのだ。己が殺した相手を見る時、人とは滑稽な顔をするものだよ」

「物的証拠はあるのですかな?」

 ケースリー巡査部長がメモをしながら尋ねると、

「それは、君達が探し出す事だよ。僕はその家を知らないし、恐らく訪れる事はないだろう。頑張り給え。今度は本当に行くよ、アンソニー君」

 それだけ言い残し、パーシーはイーストエンドを歩き出した。


「パーシー様、」

 と、己の少し先を行く主人に、アンソニーは声をかけた。

「それは、本当の事でしょうか?」

「なんだい? 君も僕の推理を疑っているのかい?」

 少し不機嫌そうに、パーシーはステッキを叩く。

「そう言う訳ではありません。ただ……」

「ただ?」

「犯行がこれで終わると思えないのです」

「その考えは、以前支えていた主人からの癖かな?」

「それは──」

 アンソニーは言い淀んだ。


 そうだと、言いきれないからだ。


 アンソニーがパーシーに仕える前に、フットマンとして働いていた場所が、ヴィクター・アネット警部の家だった。アネット警部は敏腕で有名な叩き上げの警部で、日本からの移民の、日系三世としてイーストエンドで貧しい暮らしをし、更に唯一の肉親だった母が死んだアンソニーを、フットマンとして屋敷に雇っていた。

 そこで、アネット警部の靴を磨きながら、犯罪の推理をよく聞かされていたのだ。血生臭い事件には、慣れている。


 そろそろ、如何にしてパーシヴァル・エルマー・ヒースコート侯爵と、一端のフットマンだったアンソニー・ブルーウッドとが出逢った事件を、語るべきだろか。


 それは、一年程前の秋迄遡る。


 この年の夏も、今年と同じく暑い夏だった。アンソニーは、アネット警部の妻に連れられ、少し季節外れに行われた、とある貴族の、カントリーハウスで行われたサロンに参加していた。

 広い部屋には大きなソファが幾つか置かれ、日差しを遮るようにレースのカーテンが高い窓に引かれていた。そこに、皆の中心になっている者がいた。

 それが、パーシーだったのだ。

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