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倫敦怪人録  作者: 武田武蔵
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倫敦怪人録

 それから数日後、彼等の姿は再びイーストエンドにあった。

 ホワイトチャペル付近ではなく、シェイクスピア劇場のある通りだ。

 看板には高らかに“鬼才・スチュアート・ブラックモアの遺作”と、綴られている。この舞台の招待状が、スチュアートの父から届いたのは、数日前だった。スチュアートの遺志を継いだ若い劇作家が、書きかけだった彼の台本に色を加えたらしい。供養になるだろうと言う手紙も添えられていた。

「楽しみだね」

 パーシーはステッキを打ち、歩き出す。

 その時だった。


「お前、アンソニーだろ?」

 急に声をかけられ、アンソニーは立ち止まっていた。幼い頃に、良く聞いた声だ。

「どうかしたのかい? アンソニー君」

 前を歩いていたパーシーが振り返る。

「いえ、昔の——父の知り合いです」

 今は余り関わりたくはない、貧民街の住人に嫌悪しながら、アンソニーは頭を搔いた。

「めっきり見かけないと思ったら、お貴族様のお人形になっているなんてな」

 ユダヤ人の男は続ける。

「どうやって入り込んだんだ? 身体か?」

「不快だ。行きましょう。パーシー様」

 アンソニーは、守るようにパーシーの前に立った。

「あんたの父さんがしでかした事で、貴族は嫌いになったと思ってたがなぁ……」

 父がしでかした事。その言葉に、彼は再び立ち止まっていた。


 そう言えば、ある時父は大金を持って帰ってきた事があった。

 良い仕事だった。胸焼けがする程な。貴族の乗る馬車を、仕掛けを引っくり返してやった。


 今迄やってこなかった、初めての殺しだ。


 と、安いアルコールを飲み込みながら、そんな事を酒焼けの声で言ったのだ。

 確かその日は、パーシーの両親が死んだ夜でもあった。

「まさ、か……」

 アンソニーは俯いた。今迄己を縛り付けていた紐が解けてゆく。初めてパーシーと逢った時。その時に感じた恋心にも似た感情は、深い謝罪の意味でもあったのだ。

「行こう、アンソニー君」

 今度はパーシーがアンソニーのマントの袖を掴んだ。冷たい風が、二人の間を擦り抜ける。

「僕は、君の父が何をしたのか、深くは触れまい。それよりも、謎が解けて晴々とした気分だよ」

 そうして、彼はアンソニーの耳元まで背伸びをしてして、

「解雇などしないよ。君は親の罪を抱えながら僕のヴァレットになるのだ。それが、君の罰だ」


 その言葉に、密やかに歓喜している己がいる事が、アンソニーにとって憎らしかった。


「……行きましょうか」

 彼も大きく頷いた。

 これから、共に育んでゆく。親の敵だ。こんな滑稽な事があるだろうか。

 しかし、主人はそれが贖罪になると言う。


 それならば、パーシーが飽きる迄付き合って見よう。


 そう思って、アンソニーは彼の腰に手を回した。


 夜、ロンドンの町に悲鳴が谺する。

 怪人録の頁が、また綴られる。




倫敦怪人録

   end

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。にゃん銃士が行き当たりばったりだったのに対して一年近くかけて書いた作品を愛してくださり作者が涙が止まりません。

次に逢う機会については未定です。短編などを書くかもしれませんし、こてこての異世界ファンタジーを書くかもしれません。それでは、本当にありがとうございます!


また逢う日まで!

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