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倫敦怪人録  作者: 武田武蔵
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予想できた終焉

 すると、スチュアートは床に膝をついた。そうして、己の顔をその大きな手で覆い、

「アンジェリカ嬢の手記だよ。それが全ての始まりだった……当時、僕は新しい舞台のネタを悩んでいた。そんな時さ。遊び仲間のアンジェリカが、自分の手記を見せて呉れたのは。これ程迄に良い題材はなかった。僕は、彼女に無断で、彼女が今まで遊んできた記録を戯曲にしたためた。それからだよ、僕の人生が狂い始めたのは」

「成る程」

 弱者を見下ろすように、パーシーは“親友”に視線を送る。

「舞台を観たアンジェリカは、すぐに僕を強請るようになった。まるでイーストエンドに巣食う乞食のようにね。要求する金額も、段々と増えて、それが、耐えられなかった……! だから、パーシーのカントリーハウスに滞在する予定を立てて、彼女を撃ち殺した。草陰で物音がしたのはその時だった。見れば、アンジェリカの姉、グレースが、恐ろしい眼差しで僕を凝視していた。殺す相手が増えた。そう思ったよ」

「ほう」

 潤む声に対して、冷たい声でパーシーが頷いた。

「では、何故僕に罪をなすりつけた?」


「僕は、君が嫌いだったからだよ」

 ゆらりと、スチュアートは立ち上がった。そうして、懐から短銃を取り出す。

「危ない! パーシー様!」

 アンソニーが手を伸ばした時には、パーシーはスチュアートの腕に抱かれ、銃口を頭に突きつけられていた。戦慄が空間を支配する。

「お終いだね、殿様。いつも君はサロンで話の中心にいた。それを羨む僕など見ていなかっただろう?」

「僕を殺せば、君は自由になるのかい?」

 パーシーは問う。

「僕を含めて三人。断頭台に上る事になるのは目に見えているよ?」

「大丈夫さ、パーシー。僕も君を殺したらすぐに死ぬつもりだ。恨み事の言い訳を聞いてあげるよ——おっと、周りは動くなよ? 僕は躊躇わずに引き金を引くからね」

「ここは、僕が説得するしかないと言う事か」

 囚われ人は呟いた。

「説得等に動じやしないよ。もう二人殺している。未練も何もない」

「成る程」

 パーシーの声は冷静そのものだ。

「恐くないのかい?」

 思わず、スチュアートは言葉を紡いでいた。

「未練はあるさ。でも君に殺されるならば、今更嘆く事もない。親友だったからね」

「殺人者、そう呼んだ癖に?」

「あの時はあの時だよ。でも、今言っただろう? “親友だった”とね」

「そうか……」

 スチュアートの持つ短銃に力が込められる。

 パーシーが、殺される。皆がそう感じた時だった。


「あなた!」

 階段の方から声がして、銃声が轟いた。硝子窓が割れる音がする。どうやら、弾は外れた様子だった。

 関係者達が顔を上げると、そこには夫の腕を掴み持ち上げたイライザの姿があった。短銃は、床に音を立てて転がった。

 パーシーはその間に抜け出し、アンソニーへと駆け寄る。彼の広い背中が、主人を守るように、立ちふさがった。

「もう止めて。誰も悪くないわ。私が止めるべき事だった……」

「イライザ……」

「初めから知っていたわ。アンジェリカ嬢の手記の事も。あなたがあそこ迄ノベライズ化を拒否した。その辺りから、お金遣いが粗くなった。全て感じていた事だった……」

 そうして、妻は夫を抱きしめた。

「もう、あなたに罪を犯して欲しくはない……」

 彼女は服のポケットから短銃を取り出した。

 誰もが予想できた終焉だっただろう。しかし、誰も動く事が出来なかった。


 短銃の音が、二発ヒースコート家の玄関に谺した。


 一発は、スチュアート・ブラックモア伯爵に。もう一発は、イライザ・ブラックモア伯爵夫人に。二人は、衝撃で半分欠けた頭の儘、玄関に倒れ込んでいた。


「スチュアート……」

 パーシーが幼馴染の名を呼んだ。もう、それも届く事はない。

 暫く続いた沈黙を破ったのが、クロイドン巡査部長の拍手の音だった。

「誠に素晴らしいですな。パーシヴァル侯。あなたの正義が、二人の罪人を片づけた」

「そうかい? 僕は今とても寂しい気分だよ」

「すぐに死体処理班を向かわせます。今回は自殺だ。取り調べも何もない。そうして何よりも、言っておかなければならない事がありましたね」

 そうして、クロイドン巡査部長はこうべを垂れて、


「領主のあなたを疑ってしまい、領民として、申し訳ない」


 と、謝罪した。

「気にする事はないよ。今回が偶々僕の犯行ではなかった。それだけの話さ」

 パーシーは肩を竦める。

「僕は、僕がやった事ならば正直に話すよ?」

「そうですな」

 すると、クロイドン巡査部長はアンソニーへと歩み寄り、その耳元で囁いた。

「あなたも、気を付けた方が良い。いつか、あの人の正義に殺される」

「それは、どう言った意味ですか?」

 アンソニーは気色ばんだ。

「あの人は、罪を許さない。犯罪等は特に。それが、彼と長年付き合ってきた身での助言ですな」


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