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第2章 猪突猛進のイノシシ
「ただいま」
よく分からない人の長話に付き合わされたせいで帰りが遅くなってしまった。リビングに向かうと美味しそうな香りが漂ってくる。
「おかえり、実月。夕飯が出来たから手を洗っておいで」
テーブルの上には出来立てのシチューが並んでいた。今日は色々あったからお腹がぺこぺこだ。
「ねぇ、お母さん。昨日メタリックス社の人からスカウトされたんだ」
「スカウト? 凄いわね、でもまだ中学生でしょ?」
「それなら大丈夫。適任者なら歳は問題みたいだよ」
絵梨香さんや万丈さんもまだ未成年らしい。でもクラフトメタルの適正があれば問題なく入社出来ると言っていた。
「でも学校はどうするの? 受験勉強はどうするつもり?」
「大丈夫、来週からは夏休みだし、メタリック社が創立した高校があるからそこに行こうと思う。どうかな?」
「う〜ん、実月がそこに行きたいのなら応援するけど、メタリック社は一体何をする所なの?」
「ボクの配属先は先鋭部隊でクラフトメタルを悪用する人を捕まえるんだ」
ざっとクラフトメタルを使った戦いや窃盗犯を捕まえた事を説明すると、母親の顔色がみるみる青ざめていく。
「悪用する人を捕まる⁉︎ 何それ、危険そうじゃない! そんなの絶対反対よ!」
さっきまで賛成寄りだったのに、ボクの話を聞いた途端、顔をしかめて拒絶された。
「そんな事ないよ! 絵梨香さんや万丈さんがいるから……」
「お母さんが電話で断っておきます!」
「やめてよ! お願いそれだけはやめて。やっと……やっと熱中できるものが見つかったんだよ!」
母親がスマホを取り出したので、ボクは慌ててその手を掴んだ。
子供の頃から天才だの頭がいいだの言われて育ち、大抵の欲しい物は買ってもらえた。
何不自由のない生活。でもいつも何かが足りなかった。時間も忘れて打ち込める何かが……それが今、目の前にある! このチャンスは逃せない‼︎
「絶対に無茶な事はしないし、これまで通り勉強もするからお願い! このチャンスを逃したらボクは一生後悔する!」
自分の意のままに形を変えるクラフトメタル。それを使って戦った高揚感は今でも忘れられない。
「好きにやらせてみたらどうだ母さん」
何とか承諾を得るために説明していると、2階からお父さんが降りて来た。
「あなた……」
「お前の人生はお前が好きなようにすればいい。ただし助けが必要な時はすぐに教えなさい。父さんがなんとかする。あとは……母さんをあまり心配させるんじゃないぞ」
普段から物静かで厳しい雰囲気があるけど、今日はより一層威厳を感じる。
「実月、辛かったらいつでも家に帰って来ていいのよ。お父さんもお母さんも家で待っているからね。応援しているわ」
母親がボクの両手を握りしめて訴える。
「うん、分かった。ありがとう!」
こうして無事に入社する事が出来た。ただし絶対に両親を悲しませないと誓って……
* * *
翌日、メタリック社に着くと、絵梨香さんと万丈さんが待っていた。
「おはよう実月くん! 今日は初仕事だね。ほら、顔が固まってるよ、リラックスして!」
初めての仕事に緊張していると、絵梨香さんがボクの頬をぷにぷにと突いて遊び始めた。
「む〜ぅ、絵梨香さん! ボクで遊ばないで下さい!」
「そうだぞ絵梨香、実月が嫌がっているぞ」
すかさず隣で見ていた万丈さんが止めに入る。
「えっ〜 だって実月くんのほっぺたモチモチなのよ! 減る物じゃないし少しくらいよくない?」
「絵梨香、それセクハラ発言だぞ」
「そうですよ!」
万丈さんの後ろに隠れてジト目で訴えると、流石に反省したのか小さな声で「ごめんなさい……」っと謝ってきた。
「ところで、お仕事の内容は何ですか?」
「ふふっ、気になる? 実月くんの記念すべき初仕事は……ボランティアよ!」
「えっ、ボランティア?」
これからどんな危険な任務が待ち構えているのか? せっかく期待していたのにまさかのボランティア……昨日までの緊張感が崩れていく……
「今からメタリック社が支援している児童館に向かうよ!」
「分かりました。ところで……どうして万丈さんもいるのですか?」
「それは私が頼んだのよ。か弱い私と実月くんだけだと心配でしょ?」
「どこが『か弱い』だよ、実月はまだ少女だからともかく……絵梨香、お前は1人でも大丈夫だろ」
万丈さんがボクの肩をポンポンっと軽く叩く。えっ⁉︎ しょ、少女⁉︎
「あの……万丈さん、ボクは少女なんかじゃありません!」
「ん? あぁ……そうか来年は女子校生だもんな。小さいからつい少女に見えるんだよ」
「そうじゃなくて……」
ボクが項垂れていると、ずっと様子を見ていた絵梨香さんが助け舟を出す。
「万丈、まだ気づかないの? 実月くんは男の子だよ」
「はぁ⁉︎ 何言ってるんだ? どう見ても女だろ? そうだよな実月」
「………男です。正真正銘、男です」
「嘘だろ……信じられね……」
万丈さんは目を見開いてボクの事を見る。
「私も最初は気づかなかったのよね……」
絵梨香さんもしみじみと頷く。そんなにボクは女子っぽいのかな?
「マジかよ……信じられねーけど、とりあえず行くぞ。遅れたらまずいからな」
何とか誤解は解けたみたいで良かった。万丈さんが早足で目的地に向かう。ボクは置いてかれないように後を追いかけた。
* * *
「ここが児童館ですか?」
建物は少し年季が入っているけど2階建ての豪華な造りだった。街から少し離れているため静かで落ち着いた雰囲気がある。何となく全体を目で追っていると……
「バウ! バウ!」
突然黒い影がボクに目掛けて突っ込んできた。
「うわ! 何?」
謎の影は荒い息づかいをしながらボクの顔を舐め回す。くすぐったいよ!
「こら、ボス! 離れろって」
万丈さんに助けられて抜け出すと、1匹のパグ犬がどっしりと座っていた。
「久しぶりだねボス! 相変わらずブサカワだね〜」
絵梨香さんはパグ犬を抱きしめると、ワシャワシャと顔を撫で始めた。
「あらいらっしゃい、万丈くん。久しぶりだわね」
ボスと戯れていると、建物の中から70代くらいの女性がボクたちに手を振ってゆっくりと近づいて来た。
「お久しぶりです宮下先生。その節はお世話になりました」
普段は強面な万丈さんが礼儀正しく頭を下げた。何だか少し似合わない。
「妹さんの事は気の毒だったわね……辛かったらいつでもここに来ていいのよ」
宮下先生が優しく微笑むと、今度はボクと目が合った。
「貴方は初めてかしら?」
「実月です。今日はよろしくお願いします」
「来てくれてありがとう。私はこの児童館の館長をしています」
宮下先生は軽く自己紹介をすると、児童館の方を振り返る。
「皆さん、お兄さんとお姉さんが遊びに来てくれましたよ」
先生がそう言うと、話を聞きつけた子供たちがドタドタと走ってやって来た。
「やった! 早く遊ぼ!」
「ねぇ、何か面白い事をして」
早速小学2年生くらいの子供たちがボクの手を引っ張って部屋に案内してくれた。外観は結構年季が入っていたけれど、中は綺麗だった。机や玩具が整頓されている。
「ねぇ、何して遊ぶ?」
案内してくれた女の子がキラキラと目を輝かせてボクを見上げる。遊びか……そうだな……
「じゃあ、2〜9の間で好きな数字を1つ選んで」
「好きな数字を選ぶ? 何でもいいの?」
「うん、いいよ。選んだらその数に9を掛けてみて。掛け算はもう習ったかな?」
「うん! 習ったよ!」
「こんなの簡単だよ!」
気がつくと子供たちがボクの周りに集まっていた。
「多分2桁の数字になっているよね? じゃあ桁同士を足してみて。18なら1+8みたいな感じで」
「けたどうしをたす?」
「出来たよこれくらい楽勝だよ!」
少し悩んでいる子もいたけど、無事に計算が終わったようだ。
「じゃあ多分なんだけど……その数字は9だよね?」
「9? えっ⁉︎ すごい! あってるよ!」
「どうして分かったの⁉︎ もしかして超能力者⁉︎」
子ども達は目を輝かせて口々にそう言った。どうやら気に入ってもらえたらしい。
「実月くん凄いね、もう子供たちの人気者じゃない!」
隣で見ていた絵梨香さんが感心した様子で頷く。
「ありがとうございます。あれ? そういえば万丈さんはどこですか?」
「外にいるよ。さっきパグ犬のボスがいたでしょ? これから皆んなでお散歩に行くからその準備をしていたわよ」
「お散歩ですか、良いですね!」
「ボクも行きたい!」
「ワタシも一緒がいい!」
「僕も実月お姉ちゃんと一緒に行きたい!」
さっきの数字遊びをしていた子たちが一斉に手を上げる。あれ? 誰かボクの事をお姉ちゃんって言った?
「人気者だな、実月お姉ちゃん」
外で待っていた万丈さんニヤニヤしながらボクをからかう。
「やめて下さいよ、万丈さん!」
ボクがムッと睨むと、横で見ていた絵梨香さんまでクスクスと笑いだす。
「先生! 子ども達とお散歩に行ってきますね」
「分かったわ。あんまり遅くならないようにね。皆さんもお兄さんとお姉さんの言うことを守るのよ」
「「は〜い!」」
子供たちは元気よく返事をすると、万丈さんの後ろについて行った。
* * *
ボスのお散歩コースは車の通りも少なくて快適だった。時折風に揺れて落ちた葉っぱにボスが飛びかかり、子ども達は草花を拾い集めている。楽しそうでなによりだ。
「お前ら、あんまり遠くに行くなよ!」
万丈さんが注意をするけれど、子供たちには聞こえてなさそう。
「やれやれ、これだから子供たちはなぁ……」
「ふふっ、とか言いつつ本当は万丈も一緒に遊びたいんでしょ?」
「うるせーな、そんなんじゃねーよ」
慌てた様子で万丈さんが答えていると、
「バウ、バウ! バウ‼︎」
ボスが吠えながらボクらの元に走って来た。
「どうしたのボス?」
絵梨香さんが抱き寄せて尋ねるが鳴き止まない。それどころかボスの目が鋭く光る。その視線の先には1人の男性がいた。
「すみません、ちょっと道をお尋ねしたいのですが……」
男性はボクと目が合うとゆっくり近づいて来た。メタリック社の門番よりも大柄で威圧的な雰囲気がある。ちょっと怖い。
「目的地はどこですか?」
「目的地か……目的地はキミがいる場所かな?」
「えっ? それってどういう……」
男はポケットに手を入れると、鋭利なナイフを取り出してボクに向けてきた。
ご覧いただきありがとうございました。
本編では2〜9の中から好きな数字を選んで9をかける。そして桁同士を足すと9になると紹介しましたが、実は1以外の数字なら全部いけます!
スマホが近くにある方は是非、お試し下さい♪




