第3話
「あら、お似合いじゃない」
翌朝、食堂に下りてくると、お仕着せ姿のシャルロッテがもう一人のメイドと共に待機していた。
その姿に気づき、声をかければ、シャルロッテは肩を跳ねさせる。昨日から反応がやや大げさだが、もともとの性格か、それとも自身が招かれざる客だと理解しているからか。
「あ、ありがとうございます……」
隣の若いメイドに肘で小突かれ、シャルロッテはようやっと声を出した。
そういえばこんな声だった。声を聞いたのは葬式ぶりか。昨日、一度も言葉を交わさなかったのだと思い至る。
私はシャルロッテをじっと見た。さっきは卑しい身の上にお似合いだと嫌味を言ったつもりだったが、現にメイド服は彼女によく似合っていた。昨日は薄汚れた姿で陰っていたシャルロッテの美しさが、清潔感のある白いメイド服により、いくらか輝きを取り戻していた。
「あ、あの……」
私の視線に耐えかねたのか、シャルロッテは身をよじらせ、困惑の声を漏らした。それに答えることはせず、彼女から視線を外し、テーブルにつく。
すぐにエマとアンナがお喋りをしながら食堂に入ってくる。二人はシャルロッテの姿をとらえると同時に立ち止まったが、表情から窺える感情はそれぞれ異なっていた。エマは困ったように眉尻を下げ、アンナは文字通り親の仇を見るような目でシャルロッテを睨みつけている。
「二人とも早くいらっしゃい。私に一人で朝食を食べさせるつもり?」
「今座ろうと思ってたの!」
アンナがシャルロッテからパッと目を離し、タタタっと走ってきて、私の斜め前の席に着いた。エマはシャルロッテの方を気にしながらも、何も言わず私の隣に座った。
朝食の準備が始まるが、シャルロッテはテーブルの脇に突っ立っている。私はお皿を持ってきた若いメイドに声をかけた。
「ねえ、あなた。あの子は突っ立って何をしているの? 仕事は?」
シャルロッテの方をちらと見やる。
「も、申し訳ございません。その、彼女はまだ仕事を覚えておりませんので……」
「パンのバスケットくらい持ってこられるでしょう? 運ばせなさい」
「か、かしこまりました」
メイドはカチャカチャと音を立てながら皿をテーブルに置き終わると、シャルロッテに耳打ちをした。シャルロッテは頷き、メイドに先導される形で食堂の方へと歩いていく。
「――ねえ、お母さん。シャルロッテは一緒に食べないの?」
エマが言った。
「エマはあの子と一緒に食べたい?」
「だって……。これから、家族になるんでしょ?」
「嫌なことを無理に受け入れる必要はないのよ。あの子を産んだ女は、あなたたちのお父さんを奪った女なんだから」
「でも――」
「お姉ちゃん! お父さんが死んだのはその子のせいなんだよ!」
アンナが煮え切らない様子のエマに噛みついた。彼女はポールによく懐いていたから、父親を亡くしたショックは一際大きかったに違いない。やり場のない感情がすべてシャルロッテに向いているみたいだ。
エマはアンナの怒りを前に口を噤んだ。
パンが入ったバスケットを持って、シャルロッテが食堂に戻ってくる。パンが落っこちないように、バスケットばかり見ていて、足元が覚束ない。
「危なっかしくて見てられないわ」
私がそう言うと、シャルロッテの動きはいっそうぎこちなくなって、自分で自分の足に躓いたのだった。なんとかバランスを取って転倒は免れたが、その拍子にパンがひとつ、バスケットから飛んでいき、床に落ちた。
「あー! いけないんだー!」
アンナがシャルロッテを指す。シャルロッテはあわあわと手を動かすだけで、何をどうすればよいのかわからないといった様子だ。
若いメイドが駆け寄ってくるが、私は牽制するように手を上げた。
「あらあら。お前はパンを運ぶことも満足にできないの?」
「ご、ごめんなさい。どうすれば……」
「先にバスケットをテーブルに置きなさい」
「は、はい」
シャルロッテは背伸びをして、テーブルにバスケットを載せた。
「パンを拾って、今日はもう下がりなさい。――ふふ、そうね。そのパンは食べてもいいわ」
落ちたパンを拾ったシャルロッテの目には涙が浮かんでいた。
「それじゃあ、親子三人で朝食をいただきましょうか」
去っていくシャルロッテの小さな後ろ姿を横目に、私は娘たちに告げた。
なんだろう、この内側から湧き上がってくるような、奇妙な恍惚感は。生まれてこの方、このような形の喜びがあることを私は知らなかった。
ああ、気分がいい。
私はバスケットからパンをひとつ取り、噛り付いた。行儀の悪い所作にエマとアンナが目を丸くするが気にならなかった。今日はたくさん食べられそうだ。
……そう思ったのだけど、どういうわけか、いつもより食事がおなかに入らなかった。
体が重い。朝食後、私はすぐに自室に戻り、ベッドに横になった。
よくある特有の体調不良という感じでもない。ポールの死からしばらく忙しかったから、その疲れが一気に押し寄せたのかもしれない。
筆を握る余力もなかったから、私は今日を休息日と決め、一日ベッドの上で体を休めることにした。