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9 魔女狩りⅡ

 「ハジメ、ラ・デファンスの名前の由来、知っている?」

 「ピエールに教えてもらったよ。何でも“普仏戦争”じゃなくて“1870年戦争”だったね。パリ攻防戦があった処から来てるんだって、教えてもらったけど」


 「公式にはそうなっているのね。本当は、その二百年程前の1680年。ちょうどルイ14世の治世下、パリで“モンボワザン事件”という毒殺事件があったの。この事件は毒薬販売及び毒殺、堕胎事件並びに黒ミサと妖術事件をまとめて言うの。関係者は貴族だけでも数十人。教会や占術師も含めると容疑者は319人になるのよ。中にはルイ14世の愛人までいたの。貴族達は黒ミサを開催して“悪行と復讐の悪魔アスモディウス”や“法律と智慧の悪魔アスタロス”を召喚しようとしていたの」

 「ルイ王朝の宮廷貴族が関係していて、カトリック教会関係者も・・・」


 「知らないのも無理ないわ。フランス人でも知っている人はほとんどいないの。余りに馬鹿げているから」こう言って彼女が話しを続けた。

 「パリ社交界で起こった黒ミサと毒殺事件。そして、悪魔との契約を履行しようとした聖職者の行動をかの地で、教会関係者が神秘学者と共に戦って、パリを守ったことが本当の由来なのよ。それ程黒ミサは上流階級に浸透していたの。宮廷内での事件をルイ14世がウヤムヤにしようと、各方面に圧力をかけたのは、国王でさえも無視できない程貴族が関与していた傍証ではないかしら」


 「黒ミサと魔女の存在を肯定する材料とは思えないが、否定するものではないとは感じさせるね」 

 「それでは、これについてはどう思うのかしら。ローマのサン・ピエトロ大聖堂再建のために発行した免罪符を批判して始まった宗教改革。プロテスタントはカトリックの堕落を糾弾して聖書主義を唱えて、瞬く間にヨーロッパを席巻したのは知っているわね」


 「勿論、マルチン・ルターの提唱した宗教改革は有名だからね」

 「実は彼の母親は昔、隣人の魔女に苦しめられていたのよ。そのため彼の魔女観は母親から受け継がれ、それがプロテスタント全体にも受け継がれているの。カトリックとプロテスタントとで魔女の扱いについて、違いは見られないの。両者の勢力地域では等しく魔女狩りが行われ、等しく魔女裁判によって火刑に処された人は枚挙にいとまがないのよ。絶対神の対極として存在する悪魔を貴方は認めたはね。聖書に書かれた存在だから、神の許しの下でのみ活動できる、それが悪魔よ。魔女はその悪魔と契約を結ぶことによって力を得られるの。さらに、聖書の“レビ記”には、魔法使いのことが書かれてあるわ“男であれ、女であれ・・・”とね」


 「認めましょう、悪魔も魔女も聖書に記載のある以上」

 「それでは、ハジメは魔女の存在を肯定するのね」


 「そうなるね。しかし、感性として俺は長らく、仏教や神道を信仰はしていなかったけど、人生のイベントとして、人生の拠り処として信じてきたんだ。仏教では心の有り様で苦にも楽にもなる人生だとされているんだ。絶対的なものは存在しないと」

 そう言って、俺は失敗したと思った。“絶対的なものは存在しない”ということは一神教の絶対主を否定するんじゃないか?




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