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8 魔女狩りⅠ

 ノストラダムスはフランスでは「ミシェル・ド・ノートルダム」と呼ばれていましたが、ほとんどの人が知りませんでした。胡散臭い人物と評価されて、歴史の中に消えていった人物です。

 俺とセリーヌは彼女のマンションで同棲を始めた。帰国までの数日間だけどね。俺と結婚するため、彼女はビザ申請や婚姻届け出をナンテール市に提出するなど、プライベートでも忙しく動いていた。帰国後は日本での結婚生活が待っているから、証明書類を早く取得しようと大変だ。


 朝は一緒にJC社に出社して、日本でのビール市場の展望と市場開拓、嗜好リサーチなどについて話した。午後になると、ナンテール周辺やラ・デファンスの商業施設リサーチを二人で行った。

 一週間でリサーチ結果をレジュメにまとめて、副社長のアレクに提出し、社内稟議を経て日本向け商品の決定となる。商品決定となれば、国内独占販売契約は決まったも同然だ。


 そんなこんなで結構忙しい日々を送っている中、夕食をマンションで取っている時に、俺はセリーヌに質問した。

 「セリーヌ。“ノストラダムス”という人物を知ってる?」

 「彼ね。名前はミシェル・ド・ノートルダムというの。日本人は彼のことを良く知っているのね。フランスでは余り知られていないわ。確か、占星術師でしょ」


 「そうだね。日本では予言者として有名なんだ。彼の書いた“シエクル”っていう四行詩が預言書として知られているんだ」

 「そうだったの。フランスでは4行詩は“キャランタン”と言うのよ。彼がどうしたの?」


 「実は彼の詩集の中に世紀末について書かれた詩があるんだ。それで、俺はその予言が本当になるのか調べたんだ。手法としては沢山の人の手相を観ることだったんだけどね。俺の周りの人の手相を観ても、誰も早死にする手相の持ち主はいなかったんだ。それで俺は預言を信じなくなったのさ。ついでに言うと占いは信じてるんだ。手相の実績があるからね」

 「そうなの。こちらでは占星術は魔術と同じで妖術の範疇に入るの」


 「ハジメは“魔女狩り”という言葉を知ってる?」

 「中世ヨーロッパで始まり、多くの無実の犠牲者を出したと学習したけど」


 「中世だけでなく、近世ヨーロッパでも続いていたのよ。ほとんどの人が無実のまま火刑に処されたの。ルイ14世が呪詛・毒薬を含む妖術の使用を禁止する勅令を出して、魔女裁判はほぼ終息したのですけれどね。だから、ノートルダムも知られていないのよ、多分。でもね、一部の関係者は本当に魔女だったと言われているのよ。“魔女刺し”という刺し針で、魔女の印であるあざやしみの部分を刺すの。本当の魔女は血も出ず、苦痛も感じないんですって。当時の法廷記録では、大多数の人は刺されると悲鳴を上げたと書かれてあるわ。でもごく稀に、何の苦痛も感じない人間がいた、とも書かれているの」

 「刺し針はほとんどが仕込み針だったんでしょ?」

 

 「ええ、確かにそうね。イングランドの有名なイカサマ刺し屋がいた程ですから。しかし、それだからと言って刺し屋全員がイカサマ師とは限らないのよ。容疑者の取り調べには教会関係者も立ち会っていたので、全てがトリックだとは思えないわ」

 「すると君はごく少数ではあるが、魔女はいたと」


 「そう。魔女はいるわ。善悪二元論を教義の基礎とするキリスト教アルビ派から黒ミサは始まったとされているの。アルビ派は偶像崇拝を認めるローマカトリックを否定したことから、13世紀に壊滅させられたのだけど。中世の魔女は神との対比で、悪魔の存在が認められていたことから派生しているの。そして近世では悪魔に付随する者から、直接裁判対象になったのよ。審問官は黒ミサに参加したのか、しなかったのか。誰と参加したのか、誰がいたのか、事細かに尋問したの。黒ミサは魔女を立証する重要な証拠となると認識していたのよ。黒ミサは今でも人知れず行われていると聞くし、妖術の類は枚挙にいとまがないといった感じね」

 「確かに、聖書には神と悪魔についての記載があるので分かるけど。黒ミサについては近世になって問題になったんで、中世では左程異端視されていなかったよね。それというのも、黒ミサをシナゴーグと同一視している文献があるでしょ」


 「そうね。おっしゃる通り。ユダヤ教徒を差別してきた経緯からも、それは認めるわ。但し、それは言葉の誤用であって、黒ミサの存在を否定する材料にはならないわ」


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