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40 俺は煩悩のカタマリだⅡ


「ねえ、ハジメ」テスがゆっくり口を開いた。

「何?」


「私がベルナールのアシスタントで、スールではない理由が分かったでしょ?」

「うん」


「二年前迄、私結婚していたの。旦那はポーランド人で、ワルシャワで運送業をしていたのね」

「そうなんだ」


「そうよ。彼が陸送でパリに来た時に知り合って、結婚してワルシャワに行ったの」

 彼女の話しを聞いていると、気持ちが落ち着くようで、なんか居心地が良い。旦那もそこが気に入ったのかな?


 「ワルシャワの彼のアパートで結婚生活を始めて、1年程して彼、自動車事故で亡くなってしまったの。そのショックで私、妊娠していたのに流産しちゃった」

 初めて聞いた。結構凄い体験していたんだ。


 「それで、向こうにいるのが辛くて、辛くて。それでパリに戻って来たの」

 「大変な経験したんだね」


 「何処にでもある話しよ」

 「流産したってのは大変だったでしょ?」


 「流産の痛みより、夫と子供の両方を失った辛さの方が、私には耐えられなかったの。それで、戻って来てベルナールのお手伝いをするようになったの。彼の手伝いをしている時、その辛さから解放されて、私何も考えずに暮らせたのよ。そして“これが私の心の拠り所なのだ”と感じて、今日迄来たの。何故、この話しをハジメにするのか分かる?」

 「俺の負担にはならないって事?」


 「違うわ。ワルシャワのアパートで生活していた時、違う階に日本の若い女性が一人で暮らしていたの。それで、一度夕食に誘ったのね。随分物静かな、大人しい女性だったわ。私も結構若かったから、良い話し相手になれると思って、誘ったのよ。でも、彼女アパートから数日後に失踪してしまったの。後で警察が来て、色々聞かれたから、失踪の理由を尋ねたの。そうしたら、『男に捨てられて云々』みたいな話だったな」

 「それが俺とどんな関係があるの?」言ってしまって俺は反省した、自分の事だけしか考えていないじゃないか。


 「直接にはないけれど、日本人のイメージとして、彼女の思い出が強烈だったの。問題の解決を自分一人で背負って、周りの人に相談しない孤独の好きな人種ではないかって思っていたの、今迄」

 「それで」


 「ハジメもそうなのかなと思ってね」ここで漸く、テスが笑った。「そんな事は、ないわねハジメなら」

 「そうだよ。俺静かじゃないし、テスやセリーヌと話しが通じるから楽しいんだ」


「そうね。言葉が分かるって、大切な事よね。言葉が通じなかったら、自分の気持ちを相手に伝えられないし、相手の気持ちも理解出来ないでしょうね」

「そうなんだよね。特に俺達の日本語は外国語と文法が違うから、外国語をマスターするのに苦労するよ」


「それは分かるわ。私達はイタリア語やスペイン語なら、習わなくともある程度理解出来るし、英語やドイツ語も単語の共通性があるから、数ヶ国語を話せるフランス人も多いのよ」


 テスと話している途中で洗濯機の稼働音が止まった。俺は洗面所に服を取りに行き、着替えて戻り、テスに着替えを促した。彼女が着替えている間、何故あんな話しを俺にしたのか考えてみた。

 俺に負担を掛けまいとする気持ちからか、幾ばくかの背徳感を軽減する為か、洗濯の合間の間繋ぎか、それとも俺への非難を仄めかしているのか?

 あれこれ思い悩んでいると、テスが着替えて来た。髪もドライヤーで乾かしたのだろう、クルクルしたカールの掛かった、ソバージュみたいなボリューム感のある、ブラウンの髪が美しい(女性の髪形には詳しくないので、見た目で表現しました。悪しからず)。


 「未だセリーヌは寝ているのね」

 「そうなんだ。肉体的に結構負担があったんだろうね。泥のように寝ているよ」


 「良かったわね、私達にとっても、彼女にとっても」

 それどういう意味? まさか喋る訳ないよね。ようやっと、気持ちが落ち着きつつあったのに。そんな動揺を誘うような言い方止めてくれる。

 テスがニコリと微笑んだ。ヤッパリ話す気なんだ。俺達の仲を裂こうとする気なんだ。だから、抵抗しなかったんだ。

 急に怖気づいてしまった。俺の将来が、不鮮明になる気がしてきた。


 「安心しなさい。彼女には秘密にするわ。貴方との事は二人だけの秘密だから、何の心配もいらないのよ。セリーヌと結婚するんでしょ。二人の仲を裂こうだなんて、思ってもいないわ」

 おれの態度がオロオロしているように見えたのだろう、テスが俺に心配するなと、言ってくれた。

 その言葉、本当だね。信じて良いんだね。俺、今スッゴク不安というか、ナーバスだから、100パー信じて良いんだね。


 「ありがとう。本当に頼むね。この事は俺も絶対に喋らないから、お願いします」思わず頭を下げた。

 「大丈夫、安心してね。私はセリーヌが大好きなの。勿論ハジメもよ。だから、私を信じて」


 テスはそう言ってくれたけど、さっきの意味深な微笑みは何? 俺はてっきり、二人の関係をセリーヌに話すんだと、思っちゃった。気持ちがプラス思考からマイナス思考へ、マイナス思考からプラス思考へとシーソーのように揺れ動いていたから、不安感が凄かったんだから。

 でもね、ほんの少しだけ、ほんの少しだけだよ。セリーヌからテスに結婚対象が変わる事を受け入れるかどうか、頭の中で比べていたんだ。本当、自己チュウな男だね。

 デモ、ストライキじゃないけれど、テスの言葉で安心した。少しでもテスの気持ちを疑って、悪かったと思ってるんだ。


 ソファーでテスと話す俺を傍から見ると、普通の会話を交わしているように見えるよね。そうだよね、普通の会話をしているんだと、俺は自身を無理にでも納得させた。


 「そろそろ私帰るわ。セリーヌと出かける事もなくなったし、問題は解決したから、二人だけでも大丈夫でしょ?」

 「それはそうだけど。もし、何かあったら俺一人じゃ対処出来るかな? もう少し、いてくれる?」


 「もう少しって、どれ位?」

 「セリーヌが目覚める迄」


 「それは気まずくない、私がいて」

 そうですよ。セリーヌが目覚めた時、テスがいるといないとじゃ、随分気持ちが違うのは確かだ。でも、何か起こったら俺一人じゃ対応出来ないし、何よりフランス語喋れないから、セリーヌを病院に連れて行くとかになったら、手伝ってもらわないと無理だから。その点は眼をつぶりましょう。


 「分かったわ。彼女が目覚める迄いるわ。そうとなると、お腹が空いちゃった。ハジメは?」

 「うん、俺も」


 「では、何か作りましょう」

 そう言いながらソファーから立ち上がると、テスがキッチンに向かって行った。


 キッチンで何かガチャガチャ音がして、調理道具と食器を用意しているんだ。食材は冷蔵庫に入っているから直ぐ分かると思う。そうですよ、俺テスの料理食べた事なかったな。

確か、セリーヌに連れられて、初めてテスの家に行ったのは、何かのパーティーだったんだよな。そこでテスに紹介されて、パンチを飲んで、ツマミを食べて、気を失ったんだ。なんやかんやで、それが契機となってセリーヌと結婚出来るようになったんだから、言わばテスが愛のキューピットという訳だ。そんな事を思い出しながら、30分程待っていると、準備出来たんだろう。テスが居間のテーブルに料理を持って来た。


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