32 エド軍団の内紛
ベルナールの話しの伝聞ですのでご了承下さい。エドが彼の軍団将校を緊急招集した処、マラドゥレス一派は既に遁走して、招集に応じなかったそうです。全体の3/4程度がエドの下に参集したが、その時にはマラドゥレス一派の行動が他の将校にも察知されて、相当の動揺が軍団内に起こっていたと。
その後、他軍団との抗争を想定した体制に移行したのだが、櫛の歯が抜けるように数軍団が警戒体制から離脱して、日和見状態に入ったと言い、20軍団中、エドの指揮下に集まった軍団は5割程度に減少したそうです。
それでも緊急招集日から3日は何も起こらなかったそうですが、4日目になって、マラドゥレス一派がエド軍団に攻撃を仕掛けて来たそうです。
軍団内での内紛なので、どのようになったのかベルナールがエドに聞いた処、お互い悪魔同士なのでオフェンスもディフェンスも大差がなく、殆んど共倒れ状態との事でした。そうなると、数の多寡が勝敗に直結するので、徐々にマラドゥレス一派の敗色が濃厚になり、崩壊寸前で雲散霧消したそうです。それでもマラドゥレスを捕獲する事は出来なかったので、再び攻撃を仕掛けてくるだろうとエドが判断して、地獄世界に手配書を配り、マラドゥレスを所謂賞金首にしたんだとか。
こうなると、地獄中にエド軍団の内紛が知れ渡り、エドが弱っていると判断した軍団はエド軍団を支配下に取り込むべく、攻撃を仕掛けてくるそうです。そうなると彼の軍団以上の悪魔軍団が攻め寄せる事が想定出来るので、援軍を至急要請したいと俺に連絡が来た訳です。
俺にとっても、セリーヌとの喧嘩が中断出来るので、急いで馬頭観音に繋ぎを入れました。馬頭観音は直ぐにエドを支援すべく、彼と彼の眷属が彼の地獄に向かって進軍した処、物凄い地獄の業火の洗礼を受けたそうです。キリスト教の地獄の炎はキリスト教徒の罪を浄化して、地獄から煉獄に信者の魂を導くものだそうで、堕天使たる悪魔には終わりのない責め苦そのものだそうです。
その中でエドが迂回路の存在を明かして地獄に導いた為、それ程の被害を受けずに彼の地獄に辿り着いたと。
地獄に辿り着いた後の馬頭観音と彼の眷属の働きは、筆舌に尽くし難いものだったそうで、迫りくる悪魔の一群が念彼観音力に拠って一瞬で浄化され、煉獄に送られたとの噂が立ったそうです。それと言うのも、エドの軍団に攻め込んで来た悪魔は、堕天使と異教神の悪魔が殆んどだったそうで、観音の発する観音妙智力によって悉く消滅し、堕天使系悪魔の霊魂のみが、煉獄に向かったのが見えたそうです。
同じ悪魔の霊魂でも、念彼観音力に拠ってどうなるのか観音も想像出来なかったのか、多少驚いていたそうです。それでも一瞬で迷いは消え去り、あらゆる悪魔に念彼観音力を浴びせ、ある悪魔は消滅、ある悪魔は煉獄から天国への階段を進む未来が地獄の悪魔共に見えたそうです。
そこに俺は疑問を抱いた。念彼観音力で魂魄というか、霊魂が浄化されるのなら、その持ち主は地獄から煉獄、そして天国への昇天が約束されたでしょうが、霊魂の消滅はどう説明したら良いのか? 霊魂の消滅は永遠なる輪廻転生からの離脱を意味するのではないか? 輪廻転生から解放されるという事は、解脱即ちニルバーナに至る、永遠の苦悩からの解放を意味するのでは? それは取りも直さず解脱、涅槃寂静、成道、成仏、仏陀に成ったのでは?
堕天使系悪魔はキリスト教世界の存在だから理解出来るが、異教神系悪魔が成仏出来るのか? 俺は馬頭観音に聞いてみたい感情が沸き起こったんだ。苦労して成仏出来る奴と出来ない奴がいて、一生掛かって悟りに達する奴と出来ない奴がいて。
それが馬頭観音の念彼観音力で成仏出来るのなら、何も出来ない苦労をせずとも彼岸に行ける訳だ。それも仏教徒でない異教徒のカミが永遠の責め苦から解放される、成仏出来るなんて。絶対納得出来ない。可笑しい。
そんな事をあれやこれやと思い考えていた訳ですが、馬頭観音が念彼観音力で霊魂を消滅させ、彼の脇侍として不動明王と毘沙門天が、己が眷属の夜叉、羅刹を鼓舞して悪魔を降伏させていたので、エドに戦いを挑み、配下に組み入れようと目論んだ悪魔軍団が悉く消滅、降伏した状況が瞬時に地獄世界に伝わり、次々と悪魔が馬頭観音達に挑みかかって来た訳です。
彼等の悪魔退散が延々と続き、地獄の悪魔が次々と煉獄に向かった様は壮麗と言うか荘厳と言うか、浄化された魂魄、霊魂が地獄で大量に出現した光景を殆んどの悪魔が目の当たりにして、嬉々として馬頭観音達に戦いを挑んで来た理由が理解出来ました。煉獄から天国へ昇天する悪魔と地獄の永遠なる責め苦から解放される霊魂の姿が知れ渡り、謂わば地獄からの救済に悪魔が随喜の涙を流して喜んでいる構図が展開されたと思いました。
救いのない地獄に落ちた悪魔にとって、考える事さえ否定された天国への道が開けたのだ。そうなると軍団長の指揮など誰も従わないだろう。念彼観音力を浴びさえすれば、地獄から解放されるのだ。地獄に救世主が現れたようなものだ。人も悪魔も考えは同じ、地獄よりも天国。
悪魔達と打って変わって観音達はどうするのだろうか? 勿論疲れなどないだろうが、延々と続く悪魔退散、終わりの見えない降伏。




