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27 エドの説得Ⅱ

 俺が考えたシナリオはオロバスを味方に付ける事だった。もし彼と部下との闘争になった時、彼は不利な立場に置かれている場合が予想されるので、彼に加担出来る勢力を取り込まないといけない。彼の軍団全てが加勢するとは思えないので、他からそれを求めないと。そこで俺は提案したんだ、日本にも彼と似た神がいると。分かりますか??? そうです、馬頭観音です。俺が観音を降臨させて、オロバスに紹介する構図を想像して下さい“類は友を呼ぶ”ではないけれど、共通点が多い二人なら共闘出来るのではと思うんだよね。受け狙いで提案したんだけど、中々なものでしょう。

 ベルナールが少し疑念を抱いているのは分かっていたが、オロバスが召喚者に誠実な悪魔であるならば、今後共頑張ってもらって、ベルナールに協力してもらわなければと思って提案した次第です。

 具体的にはベルナールがオロバスを召喚する時の助手をセリーヌとテスにやってもらい、俺は彼が儀式を執り行うと同時に俺も馬頭観音を降臨させ、二人と言うか二頭と言うか、二柱の会見を設定しようというものだ。

 彼は具体的な手順と俺の資格というか技量について根掘り葉掘り聞いてきた。初めての事でもあろうが、悪魔の召喚と観音の降臨を同時に行う事が成功するのか否か、心配と言うか疑問を持っているのが見て取れた。俺が一応父親から灌頂を受けている事で、キリスト教の助祭レベルであると理解したのだろう。進行管理というか順序だてた手順を始めから終わり迄俺が説明すると、ようやく理解出来たのか得心したのか同意をしてくれた。事細かに説明したが、それは習った事と若干違いがあるので、心配ではある。まあ、異教の行法を一度説明されただけで覚えられるものか疑問ではあるが、本人が納得したのだから良いだろう。


 セリーヌは憑りついた悪魔が退散したので前の自分に戻った。そうしたら途端に俺との結婚を急いで、召喚には立ち会いたくなさそうな素振りを見せた。憑依体験を二度と経験したくないのは分かるが、それで結婚を急ぐのは如何とは思う。テスは召喚に反対はしなかったが、俺の儀式には懐疑的だった。それは俺でも納得します。何せ観音の降臨は初めてやるのだから。

 木曜日に召喚する事になったので、俺は準備に入った。準備と言っても法具は用意したから、精神統一を図り、自性清浄の身となって入我我入の境地に到達出来るよう、軟酥(なんそ)の観法を実践してこの身を整え、仏を迎える精神と身体を用意する事だけどね。結構、雑念が入ってストレートに体と心をブラッシュアップするのに時間が掛かったけれども、繰り返す毎に、時間は短縮され、当日には心身共に完璧な状態になった・・・と自分では思った。


 水曜日の23時に、エドを召喚したサンジェルマン・アン・レイの建物に前回のメンバーが揃った。着いて直ぐに皆で建物の床を掃除した後、ベルナールが室内を聖別した。それから魔法円と魔法三角を前回と同様に描き、召喚前の準備は出来上がった。それを確認してから俺は身支度を整え、袈裟を着けて護身法を修し、五体投地の三拝をして護摩壇と法具を配置した。大半の法具はカトリックのミサ用聖具を法具に転用したものだけどね。

 黒いスタンとストラを身に着けたベルナールと袈裟姿の俺をセリーヌとテスは見比べた。二人は自然と顔を見合わせ、口元に手を当てて笑いをかみ殺しているように俺には見て取れた。見慣れたものと奇異なもの、その内見慣れるようになるさ。


 時間は木曜日の0時を既に回っていた。結構準備に時間が掛かるものだと思ったが、最初の時は何が何だか分からぬまま儀式に臨んだ為、時間の経過など眼中になかったのだと分かった。集中すると時の流れが速い事に改めて思い知らされた。

 時間の余裕があるのか、ベルナールが俺達に向かって話し出した。

 「前回も言いましたが、テスとセリーヌは儀式の最中、絶対に声を出してはいけません。

幾ら魔法円やペンタグラム、ヘクサグラムで守られているからと言って油断は禁物です。

特にセリーヌは気をつけて下さい、初めてオロバスを目にするのですから」

 そう言われて、テスが身振り手振りで彼女に説明し出した。オロバスについて説明しているのがはっきりと分かるジェスチャーだ。あの時のテスの顔が思い出されて思わず噴き出してしまった。

 「ハジメ。油断してはいけませんよ。貴方が魔術師であるからといって気を抜いたら、悲惨な事態を招きかねませんからね」

 「失礼しました。気を付けます」親父に説教されている気分になった。


 「くどいようですけど、注意を払うに越した事はありません。それ程慎重に対応すべき相手なのですよ、悪魔というものは」

 三人共、項垂れて彼の言葉を聞いた。確かにそうだ。特にセリーヌは初めてだから想像もつかないだろうな。あんな場面に遭遇したら声も出せないし、足も竦んでへたり込んでしまうだろうな。もっと脅した方が良いかもしれない。

 「良いですか。悪魔は堕落した存在なのです。一度でも悪魔を容認したら、後は地獄の業火が待っているのです。神の対極の存在が悪魔なのです。我々カトリックが排除すべき存在なのです」

 一度や二度なら良いけれど、余りにくどくど言われると反発心が沸き起こる。良くない事と知っていてもね。始めは神妙に聞いていたが、途中で耳から入って直ぐに出て行ってしまった。これが危険な事は重々承知しているんだが、気質なのだろうか。

 話しの途中で俺達の態度で分かったのか、ベルナールが説教を止めた。二人は緊張していたから彼の話しが終わると、スッと肩が落ちて弛緩したのが見事に分かった。誰しも同じなのだと、俺もホッと肩を撫で下ろした。


 「そんなに緊張しないで下さい。心配しているからなのですよ。怒っている訳ではありません」

 素直に頷く彼女達とはどうも違うらしい。説教が終わって解放された気分になっている俺は、早く修法に入りたい気持ちだったから、彼の話しの半分も覚えていなかった。そんな後ろめたさを抱えていたので、素直に頷けなかったのか?

 ともあれ、俺は行法を始めた。そうしないとエドが出現した時に馬頭観音を立ち会わせるというか降臨させなければ話にならないからね。

 「戒、定、慧、解脱、解脱知見の五分法身を()耀(よう)す」塗香で身を清めて、自性仏心を自らのものとすべく唱えた。そして五体投地の壇前普礼で三拝した。以下、詳しく説明しても何を言っているのか、何をしているのか良く理解出来ないと思いますので、インパクトに残りそうなものだけで説明します。

 加持香水(こうずい)、加持供物、開経偈、表白(ひょうびゃく)、般若心経と続き、五悔、発菩提心、三昧耶戒、五大願を唱えた。ここ迄、身口意の三密を通して印契は全部覚えていないので、粗方金剛印を結んで済ませ、真言は何とか唱える事が出来た。

 結界を築く為地界金剛橛(けつ)金剛墻(しょう)と続けたが、目の前に大壇を広げていたので、結界のイメージがし易かった。更に道場観、大虚空蔵と進んで本尊を迎える準備がやっと出来た。この時0時50分、随分時間が掛かった。慣れない事ばかりでスムースに事が運ばない。

 説明ばかりでチンプンカンプンだと思うので大幅に端折りまして、本尊を迎えて本尊と融合し、俺は大日如来と一体となったと観想している状態が既に入我我入の境地であるとしましょう。

 ようやく諸仏をお迎えして、接待をして皆さんに喜んでもらい、飲めや歌えの大宴会で大いに楽しんでもらっている時に、馬頭観音様には特別に俺の傍に降臨してもらった。1時に間に合った。

 「ベルナール始めて下さい。こちらはOKなので」俺の言葉をセリーヌが伝えてくれて、彼は又「ジュズイ云々」の聖句を唱え始めた。


 今回も突然、いきなりエドが出現した。全く前兆も何もなく、本当にストンと地上に現れた。

 「又呼び出しか?」

 開口一番の言葉が不満タラタラな文句だ。しかし、今回はベルナールの隣に俺の姿が彼に見えたので、一瞬だけど固まったように見えた。


 「これは、これは。魔法使いの何方でしたかな?」

 俺はベルナールの顔を見たが、彼がゆっくりと頷いたので、俺が話して良いのだと悟った。

 「今晩は、ミスターエド」思わず言ってしまった。悪魔王子オロバス様、と頭の中では準備していたんだけれど、なんだか知らないが口から意図せず出てしまった。失言だ!!

 馬の眼が見開かれ、俺を凝視している。その眼は充血していて真っ赤に見えた。少し、沈黙が続いた。


 「何百年振りにその名前で呼ばれたな。 俺の事を良く知っているな・・・」

 俺は必死になって謝罪の言葉を探していたんだが、彼の言葉を聞いて腰が抜ける程驚いた。なんて言ったら良いのか、二の句が継げなかった。そんな事とは露知らず、オロバスが勝手に喋り出した。

 「1692年のセイラムでの事だ。当時、魔法にかけられた姪を助ける為、エドワード・パトナムという男が俺を呼び出して、姪を助けてくれと懇願された事があった。姪を魔女の手から解放してやると、大層喜ばれて一家は俺をミスターエドと呼んで、子々孫々に至る迄、俺の名を讃えると約束した事があった。以来、極一部ではそう呼ばれていたのだが。お前が知っていたとは。どうしてそれを知っていたのだ?」


 「幼い頃に映画を観まして、ミスターエドが出ていたのです」俺は正直に子供の時に見た映画の事を話した。

 「その映画はエドワードの子孫が、俺の事を忘れまいとして撮影したと聞いた事がある。それをお前が観たのか。不思議な事もあるものだな」後ろ足で立った馬が口を開けて喋る姿は、形容し難いものがある。現実にはあり得ない光景が俺の眼前で起こっているんだ。


 「いやあ、その愛称で呼ばれると、何か嬉しくなるな。悪魔と言ってもニックネームで呼ばれて悪い気のしない奴はいないさ、特に堕天使は」

 こいつ、結構自分語りする奴なんだ。何となく親しみを感じてきた。色々俺に話しかけてきたので、幾分気持ちがほぐれたのか、場馴れしたというか、落ち着きを取り戻せたので周りを見回す余裕が出来た。

 ベルナールは奴を凝視しているというか、奴の全てに注意を払っているのが分かった。テスも同様だ。これは二度目だから若干の余裕が出来たのだ。セリーヌは、腰を抜かして床にへたり込んでいた。良く見ると彼女の周りが室内灯に照らされて光っている。ワックスを塗った訳ではないが光っている。失禁したんだ・・・そう思った。無理もないね。こんな場面を目の当たりにして、動揺しない人間なんていやしない。まして悪魔ですよ。緊張しない方がおかしいシチュエーションですよ。俺はそんな彼女の姿を見て、一層愛おしく思えた。


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