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22 憑依されたセリーヌ

 出入口近辺に一時停車している車のトランクにスーツケースを仕舞い、テスの運転でナンテールのアパートに向かった。途中、パリのカトリック教聖具の店をテスに探してもらい機内に持ち込めなかった金剛杵、金剛鈴、灑水器などの法具に転用出来る聖具を購入してもらった。

 6月に初めて来た時は全てが新鮮で、愛玩犬のように車の窓から外の景色を眺めていたものだ。流れる景色が得も言われぬものに感じられ、感動した事を思い出す。今はそんな思いではなく、唯々、セリーヌが心配で、7月の明るく開放的なフランスの空が、俺にはどんよりとした1月の空のように感じられた。

 「ベルナールは具体的に悪魔祓いの方法を教えてくれたの?」俺はベルナールの意見が聞きたかったので、テスに質問した。

 「いえ、ないわ。『悪魔憑きを想定しろ』と言われただけで、具体的な対処法はまだ」


 「分かった。アパートに着いたら直ぐに、ベルナールにメールで俺の到着を伝えてくれ。俺も君のメールで一応、日本の悪魔祓いの用意はしてきたから。彼女の状態を見て、どうするか判断するよ」

 「分かったわ。セリーヌとベルナールが見込んだだけの人ではあるのね。否、魔法使いかしら」安心したのか、一人で担いだ重荷を俺と二人で担ぐようになったので、負担が減った分だけ心が軽くなり、少し軽口も出たようだ。


 「セリーヌが悪魔に憑りつかれたとなると、《ミスターエド》を召喚した時だよね」

 「ミスターエド? 誰?」


 「ご免、ご免。悪魔王子オロバスだよ。彼の召喚が原因になるね」

 「私もそう思うわ。ベルナールもそう思ったから想定云々、と言ったのだわ」


 「だとしたら、おかしいよね」

 「何が?」

 俺はテスにメールを貰ってから考えていた事を話した。

 「悪魔を召喚する会場に向かう前、ベルナールは手順を踏んで聖別された器から、聖水を俺達三人に降り注いでくれたよね」

 「そうよ」

 俺はあの時の状況を思い出しながら、ベルナールの行為を思い返し、話しを続けた。

 「そして祈りを捧げ、キリスト教式の護身法を修してくれた。セリーヌに対しては聖水で車を聖別し尚且つ、聖母マリアのご加護も得るべく車の周りにマリーゴールドを置いたんだよね」

 「そうよ」


 「そうなるとガードに漏れはない筈なんだが、違うかい?」

 「待って、思い返してみるわ。出発前に聖水を注がれ、御言葉を頂き、会場でタリスマンを付け、マリーゴールドを手にした、私達は。彼女も出発前に聖水を注がれ、御言葉を頂き、儀式には参加しないので車で待機する為、車を聖別してマリーゴールドを周りに置いた。おかしな処はないわ」


 「ガードが完璧だとすると、憑依される訳がない。憑依されたのであれば何処かに漏れがある筈だ」

 「漏れはないわよ。もし漏れがあるとすると、私達も憑依されているわ」


 「それは違うと思うよ。だって、オロバスは召喚者には忠実じゃなかったの? 確か、召喚者への霊の攻撃も防いでくれる筈じゃなかったの?」

 「そうね。それだからオロバスを選んで召喚したのだわ」


 「そうでしょ。だから何処かに漏れがあったんだよ。でなければ、セリーヌが憑依されるなんておかしいよ」

 「そうね。何処かに見落としがあるのかしら? それとも・・・」


 俺は彼女が口ごもった言葉を直ぐに理解した。何故なら、俺もそれを最初に考えたからだ。もし召喚儀式が成立しないとしたら、聖別された道具、聖水に神の力がない事になる。それはカトリックの儀式そのものに意味がないという事になる。立脚する根底そのものが崩れるので、この考えは生産的でないのが理解出来たから、俺は直ぐにこの考えを捨てた。

 「それはないよ。俺も最初に考えたんだ。だけど、根底から崩れるからそれはないよ」

 「そうね。一寸思ったの。でも直ぐに否定したわ。私の信仰を否定する事になりますからね」


 「そうですよ。何処かに漏れがある。それに気付けば対処の仕方が分かるというものさ。直ぐに分からなくとも、二人で考えれば何とかなるよ」

 「そう願うわ。そろそろ着くわよ」

 色々と原因を思い巡らせている内に、セリーヌのアパートに着いた。一週間前には同棲していたアパートだ。懐かしさと悲しさがないまぜになって涙が出てきた。


 部屋に置かれたベッドの中でセリーヌは寝ていた。安定剤を服用していたというから薬の効果で眠っている訳だ。

 この前迄は一緒に寝ていたベッドに彼女一人で寝入る姿を見ていると、何かしら心が落ち着く。こうして見ていると、起きている時も寝ている時も美人は美人のままだと感心した。


 「ベルナールに貴方の到着をメールしたわ。そうしたら、何とか時間を作って、近い内に会いに来るそうよ。悪魔祓いについて話しがあるらしいわ」

 「よし。それ迄は俺達で出来る事をしよう」


 「それで何から始めるの?」

 「漏れ探しさ。今の内にさっきの続きをやろう。それにしても大人しく寝ているね」


 「お惚気は結構ですから、話しを進めるわよ。召喚前までの確認をした処だったわね。そこ迄にはおかしな処はなかったと」

 「そう。魔法円に入って彼が召喚の呪文を唱えてミスターエドが出現した。エドが契約を求めたけど、ベルナールは拒否して要求を飲ませた。その後、幾つかのやり取りがあって、エドを手ぶらで帰らせた。これで間違いないよね」


 「そうよ。その通りだわ」

 「じゃあ、おかしな処は見当たらないな。召喚の準備も間違いはなかったよね」


 「間違いがあったら、私達は無事では済まなかったわ。こうして五体満足でいられるのも準備が完璧だったという証拠」

 「そうですよね。準備は完璧。手順も大丈夫。おかしな処はなかった」

召喚日の行動を順序立て、自分達の行動を思い返してみたが、セリーヌが憑依されるようなヘマはなかった筈だ。

 幾ら考えてもミスった処は見当たらない。熟考の隘路に嵌まり込んだので、気分転換が必要だ。別の角度から見直さなければ。

 「テス、ベルナールの近い内って何時なの?」

 「分からないわよ。就任前なら直ぐにでも会えたけど、大司教に就任して未だ日がないでしょ。挨拶回りや、何やら忙しいってこぼしていた程ですから。2日位は掛かると思った方が良いわね」


 「それじゃ、ベルナールが来る迄、俺が出来る事をやらなくちゃいけないな。彼女が起きて、どのような状態なのか見てみて、それからどうするか判断するよ」

 「それしかないのかしら。ベルナールに悪魔祓いをお願いするにしても、もし彼が来るのに時間が掛かるようであれば、大司教になったのですから、エクソシストの一人や二人派遣してもらえないのかしら。一応、診断ではストレス過多によるヒステリー症状となっていますけど」


 「それは無理じゃないか。彼が『悪魔祓いの相談』と言ったからには、自分でやる積もりだろうから、エクソシストの派遣を依頼しても、そちらの方が時間は掛かると思うよ。彼が来る迄、俺が悪魔祓い、降魔をやってみるから」

 「大丈夫なの? キリスト教の悪魔を召喚した結果、悪魔憑きになったとしたら、貴方の国の方法で対処出来るのかしら」


 「自信を持って対処出来るとは言えないね。正直分からないよ。でも、今は出来る事をやって、その後の事はその時考えよう」

 「事態を拗らせる事だけはやめてね。セリーヌの身にもし何かあったら、取り返しがつかなくなるから」


 「俺の女房になる女だ。そんな事にはならないよう、充分気を付けて行うよ」

 「本当にお願いよ」

 俺だって、降魔調伏なんて初めてやるんだぜ。100パー安全だとは断言出来ないよ。しかし、やる事はそれしかないんだ。ベルナールが今日にも来てくれて、悪魔祓いをしてくれたら、それが一番なんだけど。口に出してテスには言えなかった。


 俺達が思案している間も、セリーヌは静かに寝入っている。彼女の寝姿からは、悪魔が憑依しているなんてとても信じられなかった。今にも彼女の横に入り込みたい位だ。

テスが傍にいる事も忘れて、俺はシーツの下の彼女を想像した。俺と一緒の時は、下着は着けていなかったけど、テスが看病していたと言っていたから、多分パジャマは着ているだろうな。どんな物なのかな? セクシーな物か、興ざめな物か。彼女の心配をしなければいけない状況なのに、俺にはHな下心が沸き上がって来た。これではいけない、想像するなと思いながらも、妄想は広がって行った。


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