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20 ベルナール大司教

 悪魔王子オロバス召喚の翌日、俺が日本に帰る二日前にテスから、ベルナールがパリ管区の大司教に選出されたことを知らされた。

 これは悪魔を召喚した日に、彼がオロバスに要求したものの一つだ、と直ぐに俺は思った。神父として紹介はされなかったが、教会関係者だとは思っていたし、実際に召喚の日には神父の正装で来ていたからな。黒の法衣が様になっていたし、身体に馴染んでいたから、結構長く勤めているんだとは思ったが。本当の処はどうなんだろうね。

 セリーヌにベルナールの大司教選出について伝えると、テスと一緒にベルナールのお祝いをしようと言われた。

 彼女はテスに携帯で連絡し、スーパーでワインや何やら買い込んで、彼の自宅を訪問する相談を始めた。特に予定もないから時間はたっぷりとある、二日間は。

 テスと携帯で長電話をしていたセリーヌが俺に「今日、就任祝いを彼の自宅で夜9時から行う」と言ってきた。教会関係者が行う就任祝いは俺が日本に帰った後で行われると言い、今日は親しい人達との会食になるだろうと。

 何でも良いですよ、かしこまった会食でなければ。それに教会関係者が行うお祝いには、俺は部外者だから参加できないこと位知っているよ。それよりも、帰国迄二日しかないんだから、俺はもっと彼女と二人だけで過ごしたかった。


 話しが終わって直ぐに、セリーヌはスーパーに食材とワインを買いに出かけた。俺は何もすることがなく、テレビのスポーツ番組(大概サッカーやテニスの類いしか放送しておらず、見ても楽しくはなかったが)を見て彼女の帰りを待った。

 サッカーの中継番組を見ていて、俺は何時の間にか寝てしまった。それというのも、買い物から帰ってきたセリーヌに起こされたからだ。矢張り、疲れがあったのだろう、2時間位は寝ていた計算になる。

 セリーヌが食材を買い、テスがワインを購入してベルナールの自宅に向かうということで、彼女が大量に食材を買って来た。紙袋3袋ある。何を作るんだろうか? 何人分だろうか?


 8時になり、俺達はベルナールの自宅があるサンジェルマン・アン・レイに向かった。国道沿いに林立する建物を見ながら、昨日の出来事は本当にあった事なんだろうかと思えてしまう。辺りは何も変わっていないのに、何かが変わってしまって、何かが起ころうとしていると俺には思えた。

 車窓の景色は変わらず続いている。今日は帰宅の時間帯から外れているので渋滞はなく、10分もかからないでベルナールの自宅に着いた。


 彼女と二人で食材をキッチンに運ぶと、マリーヌが既に料理を作っているところだった。セリーヌは彼女に「オードブルの準備をする」と言って、支度に取り掛かった。ついでと言っては何だけど、マリーヌがリビングにコーヒーを用意しているとセリーヌから言われ、俺は何もすることがないのでキッチンを出てリビングでコーヒーを頂いた。

 リビングには誰もいない。開始時間まで50分あるから、俺達が一番だった。何もすることがないので、コーヒーを飲みながら窓の外を見ていると、両手にワインの入った袋をぶら下げて、テスが玄関から入って来た。


 「今日は、テス。体調はもう大丈夫なの?」

 「今日は、ハジメ。ありがとう、大丈夫よ。貴方は?」

 今日も彼女はキレイだ。それにセクシーで、“男が放っておかない”類の女性だと思う。だけども大人の女性としての品が漂っているので、下卑たセクシーさではない。


 「俺は元気さ。何もしなかったし、見てただけだから」

 「それを言うなら私もよ。それでも終わった後はへとへとになって、何もする気が起きなかったわ」彼女は笑いながら俺に話した。


 「キッチンで奥さんとセリーヌが準備しているよ」

 「それよ。私も手伝はなくちゃ」そう言いながら、彼女はワインをぶら下げてキッチンに向かった。


 9時近くになって、リビングにこれまた見たことのない料理やワインなどの飲み物が運ばれて来た。準備を終えて女性3人がおしゃべりを始めたが、セリーヌがおしゃべりに夢中なので通訳がいない状態だ。

9時を過ぎても三人のおしゃべりは続いていた。


 ベルナールが帰宅した。三人はおしゃべりを止め、セリーヌとテスが彼に祝福の言葉を次々に浴びせた。その後で俺も祝意を伝えた。最も俺の言葉はセリーヌの通訳付きですが。 「今晩は。ベルナール、パリ管区大司教就任おめでとうございます」

 「ありがとうございます。これも偏にハジメ、テス、セリーヌの協力の賜物だと思っています。貴方達の尽力なくして今回のような成果は上げられなかったでしょう。そして、貴方達の信仰心に大いに助けられました。全ては主の御業のなせるものです。アーメン」

 ベルナールは俺達に対して丁寧な挨拶を返してくれた。随分ヨイショしてるな!!! 何はともあれ、持ち上げられて悪い気はしない。


 大司教の就任が随分早かったのは、悪魔のお蔭なのか気になっていたので、彼に聞いてみた処、彼の要求した願いの一つだと、あっさり認めた。矢張り、そうだったんだ。余りに就任が早かったから、そう推測はしていたんだけど、本人の口から聞くと、手品の種を見せられたようで、多少はがっかりした。人の感情は複雑だなと・・・ 再認識した。

 一頻りお祝いの言葉を伝えていると玄関の呼び鈴が次々に鳴り、参加者が詰めかけてきた。


 親しい人達によるお祝いのパーティは何人参加していたんだろう? リビングルームだけでは収容しきれず、ダイニングまで使って行われた。そして夜の2時過ぎにようやく終わった。

 これは本当の話しです。少しも盛っていませんから、信用して下さい。フランス人は本当に夜が強い、男も女も。フランス人は本当に良く飲み、良く食べる、そして良く喋る。それでいて太らない。“地中海料理は健康に良い”と言われるが、現実を見せつけられると実感します。


 俺達三人とベルナール夫妻だけになったのは2時半頃だった。結構飲んだので俺は少し眠気が差してきた。セリーヌとテスは“車で来たからあまり飲めない”と言いながら、俺からすると結構飲んでいたな。当人達は何と言うか知らないが。


 「セリーヌ、そろそろ帰ろう」と帰りを彼女に催促したら、「もう一寸待て」と制止された。彼女、酒が入ると結構強気になる人だったんだ!!!

 ベルナールは夫婦で何か話している。セリーヌはテスと話しているので、俺は彼女の隣でそれを聞いているだけだ。通訳してくれないから、何にも分からない。こういう時は彼女に通訳をしてくれと言った方が良いのかね?


 「ハジメ。セリーヌが随分喜んでいるのよ、貴方との結婚。日本でどんな生活が待っているのか不安で、興奮して、未知なものへの期待と恐れ、初めて経験するであろう異国での新生活。全てが今、彼女の心の中で大きく膨らんで、言葉に表せない程ですって」テスが俺に話しかけてきた。少し、眼が座っていないか?

 「それは俺も同じさ。彼女を日本に呼ぶのは、住まいの手当てが済んでからになると思うけど、期待の方が強いね」


 「どうして?」テスが身を乗り出して聞いてきた。

 「これは占いの考え方なんだけど、結婚は男にとって、自分の命式に良いイベント、ストレスの少ないイベントなんだ。それに引き換え女性にとっての結婚は、己の命式に悪いイベント、ストレスの多いものなのさ。

 これを結婚前から式後の生活に関して当て嵌めてみると、準備は二人でしても、新しい生活は男性の方に合わせるだろう。例えば苗字にしても、俺は結婚しても田中肇なんだけど。彼女は田中セリーヌに替るんだ。今迄呼ばれた事のない名前でこれから生活するんだよ。これはストレスですね。更に生活がフランスではなく日本になるんだよ。文化の違いがはっきり分かるから大変だよ」


 「全てのストレスを彼女に押し付けては駄目。貴方は旦那さんになるのよ、彼女の。貴方が盾になり、彼女を守って行かなくてはならないのよ。彼女一人で解決させるなんて駄目。二人で対処しなくては」

 「それはフランスに於いての生活にのみ限定されるものだよ。日本は韓国みたいに極端ではないけれど、男尊女卑の世界なんだ。昔のフランス人の誰だっけ、言ってたよね。『東洋の世界は専制体制で運営されてきたから、世間もそれを許容していると』誰だったかな?」


 「多分、モンテスキューの事を言っているのかしら。それだとしたら、彼が言ったというより“気候や住民数などによって適応される規則があり、日本は専制政治が行われる処”と作品の中で書いているの。そして“専制体制は恐怖が基礎にある”としているので、貴方の解釈は我田引水ね。世間が許容しているのではなく、恐怖によって支配するのが専制政治なの。今の日本は立憲君主制ですから、当て嵌まりません」

 結構飲んでいたのに彼女は理路整然と説明した。俺がうろ覚えな事も指摘しているし、酒に強いんだ。俺がやり込められているのを見て、セリーヌがケラケラと笑いながら、会話に参加してきた。

 テスがセリーヌに何やら俺の顔を見ながら話している。俺との会話を話しているんだと直ぐに分かった。セリーヌが笑顔のままフランス語で俺に語りかけてきた。1対2で攻められた。居心地の悪い夜が今暫く続いた。



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