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19 悪魔王子オロバス

 【ミスターエド】の登場です。フランスだから【ムッシュエド】かも知れませんが、彼ををどれだけの人が知っているのか?

 ベルナールが建物の中央に山羊の皮紐で2.74mの魔法円を描き、60.96cm東に離れた処に高さ91.44cmの正三角形を黒ペンで描いた。魔法円の中は3人の立ち位置を示す円がブラッドストーンで描かれ、ローソクと火桶が置かれ、アルファベットの文字が黒ペンでそこかしこ描かれている。魔法三角の三辺の外側には赤ペンで書かれた文字が配置されている。何て書いてあるのか俺には分からなかった。当たり前だ、フランス語で書かれてあるんだから。

 魔法円と魔法三角が建物のほぼ中央に描かれたのを見ると、緊張感が高まってきた。これから本当に悪魔を召喚するんだ。

 ベルナールが黒の法衣の左胸にペンタグラム、右の裾にヘクサグラムを付け、そして俺とテスの洋服の左胸にタリスマンを付けてくれた。マリーゴールドも手渡され、右手に持った。


 ローソクに火が灯され、火桶の中に石炭が入れられ、樟脳とブランデーがかけられて火が付けられた。

 セリーヌが車に戻るように言われ、俺の方にやって来て口づけをした。俺は彼女を強く抱きしめ、このまま離したくないと思った。それはそうだ。この先、何が起こるか分からないんだから。彼女が泣いている。言葉が出ない。慰めの言葉が出てこない。彼女の気持ちが、口づけと涙で分かったような気がした。俺は抱きしめていた彼女の身体を離すと、彼女は何も言わず部屋から出て行った。


 彼女が出て扉が閉められ、ベルナールに促されて俺とテスは魔法円の中の各々の立ち位置を示す小円に入った。続いてベルナールも入って来た。

 魔法円に入ってしばらくして、ベルナールが何か喋りだした。フランス語なので良く分からないが、「ジュズイ・クリ」とか「リュシフェール」とか言っているのは分かった。 色々とフランス語で呟いているので儀式が始まったのだ。


 何の前兆も予兆もなく、一瞬にして悪魔オロバスが現われた。後ろ脚で立った馬のようなものが目の前に出現したんだ。ビックリはしなかった。左隣のテスを見るとオロバスを凝視している。目を見開いて見ているという表現がピッタリだ。ベルナールは冷静に悪魔を見ているようだ。


 「誰が俺を呼んだ?」

 俺の頭の中に直接言葉が入って来た。《馬が喋る、そんな馬鹿な》というフレーズが俺の頭の中に浮かんだ。これは??? 《ミスターエド》だ!!!

 「20軍団の長である、王子オロバス。私の要求に答えなければ、最後の審判の時までお前を地獄の業火の中に閉じ込め、再臨される主、ジュズイ・クリにより完全に消滅させてしまうぞ」

 ベルナールの声が頭の中に入って来た。フランス語で話しているのに俺でも分かる。再びテスを見ると、少し落ち着いたようだが、目は見開いたままだった。そして彼女は俺の方を振り向いて見た。俺は安心して頷いた。彼女も頷いた。


 「神父よ、お前の望みは何だ」

 「私達の望みはフランスのカトリック教会の改革です。今の教会は堕落しています。私に貴方の力を貸して頂きたいのです」


 「私達だと。お前以外に誰が居るのだ? 俺には見えないが・・・待てよ!!!俺と似た匂いがする。そうか、お前の他に魔術師が居るのだな。お前も中々智慧があるな・・・魔術師を呼ぶとは。いざとなったら魔術師の力を借りてまでも悪魔を使役するか。それと、とても香しい百合のような匂いがするな。女がいたのだな、それも美しい女だ。俺への貢ぎ物か。良かろう。

 しかし、何の代償もない契約は結べない。お前の魂をその寿命が尽きる時、俺に引き渡すという契約を結べば、お前の願いは叶うだろう」

 「契約は結ばない。これは命令だ。命令に従わなければ、お前とお前の軍団に、主の御名により永遠に尽きることのない責め苦を与えるぞ、良いのか?」


 悪魔オロバスとベルナールのやり取りを頭の中で聞きながら、二人というか、一人と一頭の丁々発止の場面を見ていると、不謹慎ながら笑える。本当は緊迫感のある交渉なんだろうけど、馬に向かって人が喋り、後ろ脚で立つ馬が身振り手振りで答える光景なんて、シュールを通り越している。こんな形容し難い場面を見て、笑わない人間なんているんだろうか?


 「分かった。致し方ないな。俺の軍団が神に責め苛まれるなどしたら、俺の立場がないわ。仕方ない。お前の望みを叶えてやる。もし俺の力が欲しい時には、俺の名前を6度唱えよ。そうすれば俺はお前の前に現れてやる。ただし、それには限りがあることを忘れるな、願いは3回までだ」

 「了解しました。偉大なる王子オロバス。私は満足しました。もう貴方に要求するものはありませんので、これにてお別れです。好きな処にお帰り下さい」


 「待て、待て。そう急がなくとも良いではないか。それよりも教えてくれないか。誰が魔術師を呼んだのだ?」

 「偉大なるソロモン王の秘文に示されている。人の力を超えた力を使えと。ここには確かに魔術師が一人いる。お前が私の要求を拒否したならば、ソロモン王の偉大なる呪文と共に魔法も使う積もりだったのさ」


 「お前の考えか、神父。ソロモン王は悪魔使いがきつかったからな。まるで自分の使用人のように俺達をこき使った記憶があるぞ。技を使うのも良いが、己の力を信じないでどうする。“虎穴に入らずんば虎子を得ず”とも言うではないか。最後は己の力だけが頼りになるのだぞ。その気構えがあればこそ、俺も力を貸すのだ。肝心な点を忘れるな」

 「もうこれ位で良いだろう? 話しは終わったのだ。帰りなさい」


 「そう冷たくするものではない。俺も久しぶりに地上に現れたのだ。歓迎してくれとは言わないが、もう少し地上にいても良いではないか。それとも何か、俺がここに居たのでは都合の悪いことでもあるのか?」

 「世間話をする為に召喚したのではない、と言いたいのさ。こちらも準備や儀式の緊張でそう長く、対応できないからな。これ以上留まるのなら、主の御名により帰還させるが良いのか?」


 「分かった。あの名前を唱えられたのでは堪ったものではないから、帰るとするか。もう少しここに居たかったが、次に会えるのを楽しみにしているぞ」

 悪魔王子オロバスはそう言うと一瞬にしてその姿を消した。『ミスターエド』が目の前から消えた。


 魔法円に描かれた出口からベルナールが出た。円の外に出た彼に促されて、俺とテスも黒ペンで描かれた出口から円外に出た。

 魔法円から出た途端、テスがヘタヘタと床に座り込んでしまった。相当緊張していたんだろう。一言も喋らずにあの場面を見せられ、黙って魔法円の中にいれば、誰だって精も根も尽き果てるだろう。良く失神しないもんだと、逆に彼女の精神力の強さに驚嘆した次第だ。

 俺はというと早くセリーヌに会いたい、その一心だけだ。彼女のキラキラ輝く黄金の髪、引き込まれそうになる青い瞳、ぷっくらとした甘い唇、柔らかでふくよかな胸、香しい体臭、細いウエストの下の丸い臀部から続く筋肉が程良く付いた太もも、全てにキスしたい。

 建物を出て、車に歩み寄る俺を目にした彼女は、車外に出ると俺に飛びついて来た。俺達は強く抱き合った。狂おしいまでの美しさにあふれた彼女の魅力が、彼女の体温の暖かさと共に俺の身体に入り込んでくるように感じられた。しばしの抱擁とキスの後、建物の中に二人で入った。


 「ありがとう、ハジメ。貴方のお蔭で彼との交渉がスムースに進みました。矢張り、悪魔との折衝に魔術師がいる、といないとでは雲泥の差が出ますね。オロバスが初めからこちらの戦術に抵抗せず、唯々諾々と要求を飲んだのですから、大した存在です」

 ベルナールは俺が扉を閉めると直ぐに、興奮しながら俺に話しかけてきた。セリーヌの通訳からでも彼の高ぶった気持ちが伝わってくる。

 「何もしていませんでしたよ。黙って魔法円の中にいただけですから。それよりテスは大丈夫でした?」


 ベルナールがゆっくりテスの方を見た。

 「大丈夫よ、ハジメ。ありがとう。初めての経験だから、何と表現して良いのか、上手く言葉に表せないないの。

 悪魔に対する漠然とした恐怖心とそれに反する好奇心、眼前の驚異に対する無力感がないまぜになって一気に私の心が押しつぶされそうになったのかしら? 何とも言えないわ」

 テスがゆっくり、へたり込んだまま俺に向かって答えた。彼女が放心しているのが見て分かる。

 ベルナールがテスに手を貸して起き上がらせようとした。その手を遮るように彼女は首を左右に振った。

 「しばらくこのままにして頂戴。腰が抜けたのかしら、起き上がれないの」

 そう言う彼女の顔は、疲れた表情とスッキリした顔が合わさったような不思議な表情だった。

 ベルナールは彼女の言葉を聞いて安堵したのか、彼女の背中に手をやりポンポンと軽く叩いた。それは大丈夫で良かった、と言っているようだった。



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