17 仲直り
昨日は散々だった。夕食の件で俺が料理にケチをつけたと思った彼女がへそを曲げてしまったのだ。そうなると、俺としても頭を下げてまで飯を食う気にはなれず、外に出て外食して帰って来たんだけど、今度はそのことで文句を言ってきた。
「食べたくないならはっきり言え。下準備が無駄になった」と烈火のごとく怒ってきた。ガミガミ言われたら誰だって食べる気にならなくなると反論したら「文句を言うな」ときた。何を言っても文句を言われる。いい加減嫌になる。
彼女の話しを大人しく聞いていたら、全ての責任は俺にあるときた。
「私の家事に文句をつけた」
「夕食の準備が無駄になった」
「生の食材は捨てるしかない」
「夕食があるのに外食して無駄金を使った」
「私に一言も言わず勝手をした」
「夫婦の会話がない」
「悪いことをしたのに謝らない」
「こんなに気を使っているのに優しさがない」
「私のことを理解しようとしない」
一言一句“立て板に水”の如く、彼女の口から俺の耳に向かって入ってくる。不思議なことに、ずっと言われ続けると、俺に責任がある前提で話しが進んでいることに違和感がない。段々俺が悪いことをした気になってくる。
女には口では勝てないことが良く分かった。でも可笑しくないか? 俺はそこまで悪いことをしたのか? 俺に全責任があるのか?
唯一の救いと言えば、彼女も若干興奮しているんだろう、俺に向かって話す言葉が日本語から途中でフランス語に替わった為、日本語とフランス語で喋っていると、日本語での罵詈雑言を聞くだけで済むからだ。
フランス語でまくしたてられると何を言っているんだか理解できない。大きな声で喋っているので悪口だとは思うが、全く聞き取れないので馬耳東風だ。
黙って頭を下げて聞き流していると、いくらか話しのトーンが変わった。彼女の気持ちも落ち着いてきたんだろう。後もう少しだ。ここで反論しようものなら、又最初からやり直しだから、ジッとしていよう。風呂に入りたい、シャワーを浴びたいが、それを言うと火に油を注ぐ事は目に見えている。
「ずっと黙っているけど、ちゃんと私の話し聞いている?」
「はい。反省しています」
「何を反省しているの?」
「君に言われたこと」
「具体的に言って」
しまった!!! 右の耳から左の耳へと聞き流していたので、日本語で言われたことしか思い出せない。
「君の気持ちを察してあげられず、ご免ね。君には感謝の言葉しかない。これからは君に言われたことを肝に銘じて接するよ」 こんなもんだろう、確か。
俺は彼女の顔色を窺った。複雑な顔をしている。上手くいったのか? それとも?
「もう良いわ。話しの半分は分からなかったと思うけど、一応貴方の謝罪は受け入れます」
やった!!! 辛抱したかいがあった。これで彼女の長い説教が終わると思うと、ほっとするやら、涙が出てくるやら。辛い時間がこれで終わると思うと、心がにやける。顔に出しちゃいけないから、必死に堪えた。
その後は嵐が収まり、凪の状態が続いた。しばらくはテレビのスポーツ番組を見て過ごした。日本では野球に相撲、ボクシングや格闘技を見ていたので、こちらの番組には慣れなかった。放映しているのは殆んどサッカー番組だったから。
それでも見ないよりはましだ。一応彼女との喧嘩(と言うよりも、一方的に俺が非難されていたと言ったほうが適切だと思う)は終わったが、若干の気まずさはあったので、こういう時のスポーツ番組は“時の氏神”のように感じた。
眠る時間になったのでシャワーを浴び、身綺麗にしてからベッドに入った。彼女もシャワーを浴びてから俺の隣に入って来た。
一呼吸おいて、彼女の下肢が俺のお腹の上にのせられた。しばらくそのままにしていたら、彼女の下肢が俺の腹を強くゆすってきた。
彼女、機嫌が直ったんだと思い彼女の方に向き直ってキスをした。彼女も俺に抱きついてきた。俺も彼女を強く抱きしめると、キスを続けた。
“フランス人の夜は長い”という言葉で思い出した。確かナポレオンは一日3時間しか寝ていないと、何かの本で読んだことがあったな。偉人は睡眠時間が短いというが、ラテン民族全般に言えることではないのか? 俺の睡眠時間もこっちに来てから随分短くなった。俺の体力持つんだろうか。セリーヌは強いな!!!




