13 カトリックの魔女の定義
「魔女は実体としての悪魔が存在しないため、悪魔に代わって天変地異や超常現象、飢饉、疫病、奇形児出産、死産などによって人に苦痛を与える方法を実践する者です。その方法とは魔術、妖術、占星術、錬金術などを駆使して行われるとされています」
ベルナールがセリーヌと話して、日本語とフランス語の通訳に齟齬があることから、難しい単語を使わずに、魔女の定義を語った。
「今、説明しているのは、近世からの魔女のイメージです。中世では、魔女はそれ程白眼視されておらず、神と対となる悪魔に力点が置かれた書物が多く出回っていました。それは当然ですね。聖書には、神の許可の下に存在が認められた悪魔、サタンが出てきますから。
それが15世紀以降になると悪魔学の研究が進み、サタンと同一視されたデビル、ルシファー、ベリアル、アザゼルなどが悪魔として独立。ベルゼブブやレビヤタン、アスタロトなどが魔女を介在させて人間との契約を行ったとの証拠が出てきました。
これは何を意味するのでしょうか? 私達は、究極のアンチ・キリストが世紀末に出現する前の、多数のアンチ・キリストと解釈しています。17世紀に悪魔の契約書が出現したことが。それを証明するものです」
ベルナールは魔王サタンや魔王ルシファーよりも、魔女の有害性、危険性を力説しているように俺には思える。自分が言うのもなんだが、中世の魔女は危険視されていないと言いながら、近世の魔女に視点を集中して話しているのは矛盾してない?
「ベルナール、質問して良いですか?」
「何でも聞いて下さい。出来る限りお答えします」
「それでは、貴方は中世の魔女よりも近世の魔女を危険視しているように話していると、私には思えるんですが?」
「残念ですが、その逆です。中世まで、神の対極には常に魔王サタンがいました。ですので、人間に災いをもたらす者は悪魔だったのです。前にも言ったと思いますが、魔法や妖術、占星術、錬金術を駆使する者が魔女であったので、必ずしも人に災いをもたらすとは限りませんでした。
ところが中世末から近世にかけて、カトリックは大変な時期を迎えました。異端派の増長とプロテスタントによる分裂です。
プロテスタントによる分裂は、カトリック教会の堕落、具体例としては免罪符の売買ですね。これは教会の堕落と言われても仕方がありません。金で天国を買うなど神の子“ジュズイ・クリ”に対する冒とくです。いや、棄教と表現しても良い位です。プロテスタントの台頭が必然に思えます。
それに対して異端派の増長は、カトリック教会の傲慢、無慈悲、冷徹怜悧な面を歴史に刻んでしまいました。例を上げるとアルビ派のせん滅です。アルビ派、又はカタリ派とも言いますが、10世紀に発生したとされる異端派です。その教義は善悪二元論に基づいており、さかのぼれば1世紀に生まれたグノーシス主義にそのオリジナルを見ることができます。
アルビ派は12世紀にアルビジョワ十字軍によって壊滅させられ、信徒は異端審問にかけられ、火刑に処せられました。財産は全て没収され、十字軍やカトリック教会などに分配されたのです。
実はこれが問題なのです。異端審問官によって異端者と認定されると裁判費用、火刑費用などが請求され、莫大な金額がカトリック教会に入ったとされています。教会の運営は魔女の没収財産を財源にして安泰となったのです。
それ以降、徹底的な弾圧を行なった為、異端派は壊滅しました。異端者がいなくなれば異端審問は開かれることはありません。無論、教会にも没収財産が入りません。その為、教会は収入を得る方法としての異端審問を魔女に求めたのです。結論として、近世の魔女は教会の蓄財の手段として利用された、と私達は理解しています」
聞いていてキリスト教の世俗主義、拝金主義、それに苛烈な教義というか、何というか狭隘な信仰が嫌になった。
「ハジメ、顔色が悪いですよ」
「大丈夫です。キリスト教の歴史を聞いていて驚くやら、恐怖するやらで。偏狭な教義だけならまだしも、現世利益を追求する世俗主義者振りを思いますと」
「そうです。貴方の言う通りです。今のカトリック教会は堕落し、偏狭な教義に縛られたまま、身動きが執れない状況になってしまいました。私達は現状を打破し、万人の為の教会に戻りたい、戻したいのです。ハジメは私達の思想に理解を示してくれました。大変うれしいです」
いやいや、理解を示してはいないよ。カトリックの唯我独尊的な考えが嫌なだけです。
それに俺は手相を使っている(キャバ嬢の手を握るにはこれが一番です)。彼の説明では、俺は中世の魔女(魔術師)なのか?




