12 魔術師と魔女
テスとの会話は彼女が何を言っているのか分からなくとも、俺にとっては楽しくて仕方がない。勿論、彼女は俺がフランス語を喋れないのを知っているので、簡単な英語で話しかけてくれているんだが、それでも分からない単語があり???
彼女との夢見心地な会話に夢中になり、直ぐにディナーの時間となった。“時の経つのは早い”とは、けだし名言ですね。
夕食の用意が出来たのでダイニング(フランスではサラ・マンジェと言うそうです)に案内され、テーブルにベルナール、マリーヌ、俺、テス、セリーヌの順で腰かけた。
マリーヌがセリーヌの持参したワインを開け、皆に注いで回った。
「フランスでは乾杯の時には『貴方の健康の為に』と言うのよ」と、セリーヌが教えてくれたので、俺もフランス式乾杯をした。
夕食にほぼ2時間かけて前菜、魚料理、デザートと一通り家庭料理のコースと相成った。俺は美味しいワインと初めて食べる美味しい料理に堪能した。奥さんが料理を運んでくる間や食事中も、わいわいがやがや楽しい会話が続くんですね。
食後は場所を変えてリビングで会話の続きとなりました。
「とても美味しかった料理でした。どれもこれも初めて食べる物ばかりで、素晴らしい経験をしました。奥さん、料理が本当にお上手ですね」
多少のリップサービスも含めて、ベルナールに奥さんの手料理のよいしょをした。そう言われて、ホストとしての役割が果たせたのだろう、彼がニコニコしながら答えた。
「マリーヌは本当に料理が得意なんですよ。ハジメが来るというので、肉料理より魚料理の方が喜ばれると思い、サーモンやツナなどを用意したのですから。それに、サラダに米が入っていたんですよ。最も、日本の物ではなく、ベトナムの物ですけどね」
そうなんだ。俺が日本人だからワザワザ魚料理にしてくれたんだ。随分気を使ってくれたんだ、感謝しなくちゃ。
「奥さんの心遣いに感謝致します、ベルナール」
サラダに米が入っていた? 米なんか入っていなかったが。入っていたのはヒエやアワの類いだが・・・ それをこちらでは米と一緒にしてるんだ。
俺にとっちゃ米ではなかったが、それでもマリーヌの気遣いには敬意を表します。ありがとうね。次があったら、今度は俺が米を持ってくるからね。
「ハジメはノートルダムについて学んだそうですね。そして手相も習得したとか」
ベルナールがノストラダムスと手相について聞いてきた。セリーヌが話したんだな。
「セリーヌに聞いたのですが、フランスでは、ほぼ知られていないと」
「そうですね。占星術師で医者、それ位ですかね。そもそも占星術師は魔術師や錬金術師などと同類と認識されていましたから」
「異端者と同一視されていた訳ですか?」
「そうではありません。文学史に記載される程の評価は得られなかったと言うことで、異端者にされた訳ではありません。しかし、ある線を越えると異端者、魔女に認定されるのです。例えば、占星術や錬金術を駆使して神の権威を失墜させようとすれば、必ず魔女として告発されます」
「魔女って、彼は男性ですよ」
「これは失礼しました。魔術師をフランスでは“ソルシェ”と呼びます。これは男性名詞でして、女性名詞は“ソルシェール”と発音します。悪魔の手先として認定されるのに性別は関係ありません。男だろうが、女だろうが。日本語のように魔術師、魔女と区別しているのではなく、男の魔術師、女の魔術師と呼んでいるのです。」
説明されて分かったような、分からないような曖昧な感じだ。男性名詞、女性名詞と言われても習ったことはあったが、語尾の違いだけでしょ?
日本語では魔術師、魔女と区別するが、男の魔術師、女の魔術師とは言わない。否、慣用語として使用される頻度が非常に低い。だから、馴染んでないだけなんだろう。
ベルナールは日本語との文法上の違いについて、セリーヌと多分話していると思う。彼女の通訳で俺は受け答えをしている訳だから、そこを間違えると会話のキャッチボールがスムースに進まない。




