1 事の発端
現代社会に潜む魔術師、魔女との邂逅
この物語は俺の経験した何と表現して良いのか分からない、不思議な話しなんだ。
大学を卒業後、都内の某商事会社に採用されたんだけど、その理由は第一外国語にフランス語をとっていたからだと思う。
何故、こんなことを言うのか?入社して、配属されたのは海外食品部門だったからだ。
洋酒を輸入して、都内各デパートのバイヤーと折衝して洋酒コーナーや特売セール品として納入している。
今日も午前中、五越デパートで中元セール品の目玉としてジョン・ウォーカーの黒をいくら納入できるか、担当と見積もっていたところだ。
こちらは仕入れた商品全て納めたかったが、担当者も直ぐには首を縦に振ってくれない。仕方ないので、今日の夜、接待するということで何とかOKをもらった。
会社に帰ると、海外食品担当専務から呼び出しがあったと言われた。
入社して二ヶ月経ち、一応仕事の段取りも分かり、それなりに業務をこなしている。何用かと思いながら専務室に向かった。
専務の部屋に入ると、専務はニコニコと俺を迎えてくれた。
「おはようございます」と、俺があいさつする。
「おはよう。そこのソファに座って、一寸待っててね」
何やら書類に判を押している。決裁文書に判を押し終えると。
「実はね。頼みたいことがあるんだ。田中君、フランス語出来るんだってね」
「はい、一応第一で取りました」
こう言うと格好良く聞こえるけど、俺は語学部ではなく、文学部なんだよね。
これは大きな違いですよ。先ず、ディクテ(ヒアリング)が全くできません。それはそうですよ。こちらが人間喜劇だ、何だかんだと辞書を片手に原文を読んでいる時、語学部はフレール(カトリックの修道士)と世間話。BとV、LとRの違い分かりません。発音できません。
申し遅れました、俺は田中肇。喋れないのに、さもできるかのようにして入社しました。誇大表示になるのかな?
「フランスのナンテ-ルに行ってくれない。向こうのJC社の商品買付交渉を頼むよ。パスポートは持ってる?」
待ってよ。俺喋れないよ。仏語検定も取っていないし。履歴書には仏語検定取得と書いたけど。分かりゃしないと思って、民間の資格なんだから。
でも、口から出た言葉は、
「はい」
「頼むよ。取引が初めてだから、手探り状態なんだ。上手く進めば君が担当にもなれるから、頑張って下さい」
「ありがとうございます。何時出発するんですか?」
「来週にも行ってもらいたいの」専務はニコニコしながら話す。俺しかいないか、片言でも喋れるのは。
そんな訳で、俺はフランスのナンテールに本社があるJC社に買付交渉に行くことになった。
ナンテール、何処なの? JC社、有名なの? 喋れないけど大丈夫かな?




