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もしもの日  作者: 天津琥珀
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第一話

はじめまして。

これが人生初小説になります。

これは、今わたしたちが当たり前に享受している平和が「もしも」崩れ去ってしまったらどうなるんだろう、と私が未熟ながら考え、思ったことを綴っただけの小説なので、内容が重すぎると感じる方がいらっしゃるかもしれません。苦手な方はバックを推奨します。

ぜひ、これを読んで今一度「平和」について考えていただければ幸いです。


 「‥次です。外務省は本日午前0時23分頃、G国が大陸間弾道ミサイルとみられる飛翔体2発を新たに発射したことを確認したと発表しました。また、うち1発は日本のEEZ内に落下したことが判明しており‥」

 TV画面では、60代後半に見える禿頭の男性アナウンサーが、相変わらず深刻そうな面持ちでそう告げている。

 「‥常盤ときわ総理はこの状況を受け、会見で我が国に対する武力示威行動が今後も継続して確認されるようであれば、全国を対象とする緊急事態宣言を発令することも検討していると表明し‥」

 画面上部に「政府、緊急事態宣言発令を検討」の文字が浮かび上がった所で、佐上美姫さがみみきはTVを消した。アナウンサーが音もなく画面から消え去る。

 美姫は溜息をついてソファに寝そべった。模試目指しての一夜漬け勉強が終わり、こうしてTVを見ることが百年振りに感じられた。頑張った自分へのご褒美と思い、夜勤の母親が帰るまでとTVを点けたのだが、一通りザッピングしても大して興味を引くようなものはなかった。

 美姫はソファの上で気怠げに寝返りをうった。母親もじきに帰って来るだろう。この大切な時期に、日曜の朝早くから勉強もせずにTVを見ていたなどと知れたら大説教を食らうだろうが、例えそうなっても文句は言えない。何しろ自分の大学進学の費用を賄うために、皆が休む夜にこうして働きに出てくれているのだから。

 それに、と彼女は思い出す。もうそろそろ弟の航太こうたが起きてくる時刻だ。普段の休日は大抵業を煮やした母親に叩き起こされるまで寝ている航太だが、今日は中学の野球部の朝練でそれなりに早起きするはずだ。こういう日は、夜勤の母親に代わって彼女が朝食を作ってやらないといけない。冷蔵庫にインスタント食品の類は色々収納ってあるが、流石に3日連続で冷凍チャーハンを食べさせる訳にはいかない。今日はせめて納豆ご飯ぐらいは出してやらないと、と思うのだが、徹夜明けの身にはそれさえ億劫であった。

 寝たまま壁の時計を見やると、降りてきた時には朝の4時半だったのがもう6時半近かった。美姫は重い体を無理に起き上がらせ、部屋に向かった。今日ばかりは自分の部屋で毛布にくるまって、時間の許す限り寝ていたかった。弟が起きてきたら、勝手に目玉焼きでも作って食べてくれとでも言うつもりだった。

 

 「‥‥太平洋戦争終結ののち、日本が戦争放棄と平和主義を定めた新憲法を制定したのは、建前上のことだったのでしょうか!」

 早朝の商店街に、突如として大声が響く。朝市の新鮮な食材目当ての買い物客や、まだ眠気も覚めやらぬまま街路を歩いていた通行人達が驚いて振り向く。

 「‥我々は同じ憲法の前文で、侵略のための戦力を放棄する代わりに、国際平和の保持を平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼するということを誓いました。ですが、常盤政権は現在の限定的徴兵制度の拡大のみならず、いたずらに国民の恐怖心を煽り、緊急事態宣言にかこつけて政府の権限の無制限な拡張を目論み、更には‥」 

 大声は商店街の入口前に停車している街宣車の屋根に取り付けられたスピーカーから出ていた。車体には「平和の国を守る会」の文字が大書されており、側にはプラカードを持った数人の男女が並んでいる。どうやら左翼系の市民団体のようだ。 

 「‥政府のこうした行為が国民の人権を脅かし、民主主義の根幹を揺るがすものだということは、皆さんの誰もがお分かりになるはずだ!こんなことが罷り通る国は法治国家ではない!皆さん、行動を起こしましょう。まだ反対の声を上げられるうちに!」

 居合わせた誰もが戸惑う中、一人の制服警官が商店街の向こう側から歩いてきた。

 「‥このままでは、この国は必ずや70年前の過ちを再び繰り返すことになるでしょう!今、社会に戦争の恐怖が再び広まりつつあります!常盤総理は、それを扇動しているんですっ!利用しようとしているんですっ!あの男の魂胆は他でもなく‥」

 「あの」

 制服警官が、車の右側に立っていたプラカードを持った女性に話しかけた。

 「すみませんが、この活動って許可って取ってます?」

 「許可?」

 「はい、えーと、今皆さんは公共の場所で政治活動をしてるんで、警察への届出と許可が必要になるんですよ。いや、取ってるなら良いんですが、取ってないなら中止して頂くことになります」

 「でも、私達は、政治に対して私達が思ってることを発信してるだけです。何にも問題無い筈です。表現の自由って、国民の権利ですよね」

 「確かに、皆さんの活動自体は表現の自由なんですけどね」

 制服警官は女性に一歩詰め寄った。

 「でも、近隣の方とか通行してる方々にとっては、騒音や往来の妨害になってるかもしれないんですよ。それに演説の内容によっては、侮辱罪や名誉毀損罪に該当する可能性もあります」

 警官の声が硬くなる。ほとんど職務質問時と変わらない。

 「ですから」

 警官が更に詰め寄ろうとする。プラカードを持った他の男が異変に気づき、咄嗟に間に割って入ろうとするが、警官に制される。

 「皆さんが許可なくこうした活動を行っているのであれば、演説を止めて頂くことになります。許可があるのでしたら許可書を直ちに私に見せてください。尤も、最近うちの署では管轄区域内から示威行動の届出があったことはないようなんですが」

 警官に極限まで詰め寄られ、女性はもはやほぼ身動きできない状態になっている。

 「おい、アンタ!離れろ!」

 男が警官を軽く突き飛ばした。

 警官はよろけたが、すぐさま前よりもっと冷徹な視線で男を見た。一般市民に向ける視線ではなかった。

 「公務執行妨害です」

 そう言うと、警官は男の腕に手をかけた。

 「署まで同行頂きます。それからこの集会は即時中止を命じます。中止しない場合、ここにいる皆さん全員を」

 「いい加減にしろっ!」

 男は警官の手を振り解く。

 「お前らは、いつもいつもそうだ!私利私欲のために法律を好き勝手に変える連中の手先になって、俺達の自由を侵害する!」

 「人権は公共の福祉に反してはならないという制約下で認められています。あなた方の行為は公共の福祉に反するものです。しかも、許可を取り、適切と認められる場所で行えば何の罪にもならない行為を、無許可で行っています。どうして許可を取らなかったんですか」

 「許可なら貰おうとしたさ!二度もな!お前らが認めなかったんだよ!プロパガンダ規制法とか言ってな!プロパガンダって何だ!?俺らがみんなを洗脳しようとしてるとでも思ってんのか!?逆だろ!?お前ら国家権力が、俺らを洗脳しようとしてんだろ!?」

 「話は署で伺います!」

 怒りに任せた饒舌を遮り、警官は無理やり男を連行しようとする。男は引きずられて行きながらも、「戦争反対!」と連呼していた。


 「桂木かつらぎさん、逮捕されたんだって」

 予備校の授業の帰り道。ぼんやりと夕方の商店街を歩いていた美姫の耳に飛び込んで来たその声に、不鮮明になっていた頭が一気に冴えた。ドキッとして振り返る。そこには深刻そうな顔で話し込む二人の年配の女性の姿があった。二人とも見知らぬ人だ。

 桂木さん。

 それは美姫の通う高校の公民教師の名前なのである。

 いやいや、きっと同姓同名の別人だろう。副担任だからよく知っているが、間違っても犯罪を犯すような人には見えない。

 でも。

 逮捕、という言葉が、普段新聞やテレビで見聞きする時とは違う不吉な響きをもって聞こえた。まるで、心のいちばん無防備な部分に、冷たい氷の塊を押し当てられたように。

 その場から離れようにも離れられず、美姫はそのまま二人の会話を立ち聞きしていたが、話題は早々に変わってしまい、結局逮捕された「桂木さん」についての詳しい情報は分からずじまいだった。

 このままこうしていても埒が明かないのと、帰りの電車の時間が迫って来ていたので、美姫は仕方なくまた歩き始めた。だが、心の中には先ほど一瞬だけ感じた言いようのない冷たさと恐ろしさが、いつまでも残っていて消えないのだった。


          −第二話に続く

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