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雪の雫石  作者: 六華優羽
純白の光
8/46

8話 大切なことは──

「……………………………………ん。」


…うっすらとぼやけながらも拓けた視界に最初に映り込んだのは、白を基調とした天井であった。続けて目に入ったのは壁に取り付けられた時計。時刻は短針が9を少し過ぎ、長針は30を指していた。


…何故自分は見知らぬ場所でベッド横になっていたのか…と疑問に思うことはない。朧げではあるが最も真新しい記憶がフラッシュバックし、あの場で気を失ったのだと理解する。


彼女は無事だったのか?についても、答えは傍にあった。


「シン…。」


ベッドの傍に置かれた椅子に座る…青みを帯びた綺麗な黒髪とアメジスト色の瞳を持つ少女。


………一見した限り、暴走による後遺症や怪我などは無いと思われる。マナも安定しているようで、その証拠と言ってもいい存在もそこに在った。


『目が覚めたようね…よかった。』


彼女の膝に鎮座する…桜色の体躯にリボンのような飾り触角を備えた四つ足歩行と思われる幻獣。


「…君が、彼女と契約したスピリット…でいいのかな?」


『ええ、マスターからフィアという名前を貰ったわ。』


「フィア…素敵な名前だね。」


スピリットに性別はないとされているが、性格的には男性的、女性的と別れることが多く…語り方からして、フィアは女性的と見られる。女の子である彼女とも上手くやれていけそうで安心した。


『…まずは、感謝を。マスターを助けてくれて、本当にありがとう。それと、迷惑をかけてごめんなさい。』


「いや、僕は感謝も謝罪も向けられるようなことは何もしてないよ。全部ウィズ…と、あの男性のおかげだから。」


それでも一つだけ言わせてもらえるのなら、


「僕が言うことでは無いけれど、彼女を選んでくれて…ありがとう。」


『…昨日、貴方が言った通りの人間ね。』


『でしょ?』


背中側から聞こえた聞き慣れた声と共に、右肩へ軽い衝撃がかかる。誰なのかは言うまでもない。


『おはよ、シン。』


「うん、おはようウィズ。…あの後─『ナイブス博士が場を鎮めてとりあえず収拾したって感じ。んで、ミナト博士とヒカリ、あとアサヒとソウマ、それからあの眼鏡かけた人…フロウっていうみたいだけど、とにかくそのメンバーでぶっ倒れたシンをここまで連れてきた。あ、ここヴァイス学院の医務室ね。因みに博士はナイブス博士と打ち合わせ兼研究所の方に定時連絡中。』了解、ありがとう。」


またしても博士に迷惑をかけてしまったが、それでも一件はなんとか無事落着した模様。何事もなく幕を閉じて本当によかった


『『……………。』』


……………いや、分かっている。分かっているからそんなジト目で睨まないでウィズ、それにフィア。


「……………………。」


…先程から、全くの無言でそのアメジスト色の瞳を伏せる少女を見る限り、どうにもそうは問屋が卸さないらしい…。


顔を俯かせただ沈黙するフィールセンティさんの姿に、何処と無く圧を感じ…思わず嘆息が出そうになるのをグッと堪える。


早く博士達への報告と出過ぎた真似をしたことに対する謝罪をしなければならないのだが…この状態の彼女をほったらかしにしたまま退出なぞした暁には、「なんとかしろ」と目線で訴えてくる二体のスピリットに何をされるか…。


…一つはっきりしていることは、今彼女はご機嫌ではなく、ウィズとフィアの様子からしてその原因は僕にある…ということ。とはいえ彼女に何か失礼なことをした覚えは……ない。…と言いたいところだが、こうなっている以上何か気に障ることをしてしまったのは確かだろう。


……本来ならば、ちゃんと理由を述べて謝罪…というのが礼儀なのは理解しているが…いくら考えても分からないとなれば、致し方ない。…今日の夕方にはここを去る以上、次に会えるのはいつになるか…というか、次がある可能性はほぼ無いのだから。


「…ごめん。」


「…ぇ、」


無視されたらどうしようもなかったが、どうやらその心配はなさそうだ。


「いや、なんか…ずっと無言だから、気に障ることをしたと思って…。」


「………………。」


「だから、その……ごめん…。」


「………………。」


「………………。」


「………………。」


「……………あ…あの…。」


「……………む…ゃ、」


「…?」


「……無茶…し過ぎだよ…。」


小さく、弱々しい…けれども、不思議と響く声が鼓膜に届いた…。


「なんで、あんなことしたの…?」


……まだはっきりとはしていないが、とどのつまり、どうやら彼女の機嫌があまりよろしくないのはその「無茶」が原因であり、「無茶」を行った者が僕ということ…か?


しかし、「無茶」などした記憶は…………まさかとは思うが、暴走を止めたこと…?いやいや、そんな馬鹿な─


「昨日の私とマナを繋げるのって、本当に危険なことだったんでしょ…?」


───まさかだった。


「血も、いっぱい出て…しかも、観客席から飛び降りたって…。怪我どころじゃ済まなかったかもしれないんだよ…?」


確かに暴走状態の者とマナ回路を繋げることは初の試みだったものの…観客席から飛び降りる以上に怪我で済まないことをミレイではよくやっていました。研究所の庭に住み着いている暴れん坊のスピリットとかウィズとかウィズとかウィズとか相手にガチバトルをしょっちゅう…あれ?僕ってウィズの依り代だよね…?───なんて馬鹿なことを考えている場合ではないだろ自分。


「………………。」


「あ、えっと…なんというか、だ、大丈夫だよ。これくらいなら…その、慣れているし。」


「っ、そういう問題じゃ…………ゴメン、助けてもらったのに、勝手なことばかり言って…。」


「いっ、いや、君が謝る必要なんて…。」


「…………………。」


「…………………。」


「…………………。」


「…………………。」


…ど、どうしよう…完全に選択を誤ったようだ…。最早バッドエンドルートしか見えない。


ウィズやフィアの「これだからコミュ障は」やら「今のは流石にないと思うわ」やらの訴えが凄まじい…。というか君達も助けて…何我関せずとでも言うように目線を逸らしているのかな?確かにこの状況の元凶は他ならぬ僕であるが、少しくらい助けてくれても…。


「怖いの…。」


「え…?」


…思考に没頭していた所為か、彼女の声が小さかった所為か…少々聞き取りづらかったが、聞き間違いでなければ…


「…怖い?」


コクン…その頭が小さく縦に揺れる。


「シンが、どこか遠くに行っちゃいそうで…怖い…。」


…僕が、どこか遠くに…?サウスハートに帰ることを指している…にしては余りに重苦しい声色だが…。


「…会ったばかりだけれど…分かるよ。あなたはホントに…ホントに優しい人だってこと。…だから、困っている人やスピリットがいたら、危ないって分かってても助けに行くよね…昨日や一昨日みたいに。」


「…評価してくれるのは嬉しいけど、僕はそんな出来た人間ではないよ。」


「自分で気づいてないだけだよ…。じゃないと、初対面の私とかアサヒを助けてくれないもん。」


…どうやら彼女は僕のことを相当美化しているらしい…。思わず苦笑


「それはシンのいいとこってのは分かってる…。…でも、だから、なのかな…。昨日から、ずっと怖かった…。…また、あんなことが、あったらって…もしものことがあったらって…。もう会えないんじゃないかって、思ったら…、スゴく、怖くなってっ…。」


…して、話をはぐらかすことが、普段の僕の取っている対応なのだろう。実際、頭ではそういった対応を取るつもりであった。


「我儘で、変なこと言ってるのは…分かってる…。けど…っ」


包帯の括られた僕の右手に触れる小さく柔らかい両手から、微かな震えが伝わってこなければ…。


「───ぁ…。」


少女の両手に自身の左手を添え、その震えが治まるよう、出来る限り優しく…壊れ物を扱うようにそっと握り締め、


「……シ、ン…?」


「………僕は、いなくならないよ。」


後先考えずに、他者はもちろん自分ですら勝手なと思う言葉を紡いだのは…完全に無意識で、まるで僕ではない僕が身体を動かしてるかのようにも感じられた。


「どんなことがあっても、いなくなったりしない。」


「…っ、」


「…絶対に。」


「………ホン、ト…?」


「うん。」


「…約束、してくれる?」


「君が、それを望むのなら…。」


「じゃあ、約束…。」


けれども、不思議と≪心≫は晴れやかで…自然と笑みが零れ、おずおずと差し出された左手の小指に自身の小指を絡めることも厭わなかった。対する彼女も、春の木漏れ日を彷彿させる笑顔を見せてくれて、それが嬉しくて余計に頬が緩んで…。


「…助けてくれて、ホントにありがとう。」


「どういたしまして。」


「それとね、あの時…名前で呼んでくれて嬉しかった。…今は苗字呼びに戻っちゃったけど。」


「…あの時は、君を…ヒカリを助けたいって一心だったから。」


「!えへへ。…ねぇ、シン。」


「何?ヒカリ。」


「ふふっ、呼んでみただけっ。」


「クスッ…そっか。」


互いに絡めた小指の繋がりを切らず、ただ顔を見合わせて微笑み合─


「───お二人とも。イチャつくのは構いませんが、時と場所を考えてもらえませんか?」


「「───っ!?」」


バッ!!絡めていた左手の小指と繋いでいた右手、そして自然と接近していた身体を二人同時に顔を真っ赤に染めて離したのは当然だった。


っい、いったい僕は何恥ずかしいというかセクハラめいたことを…!?いやそれよりも


「あ、貴方は…!何故ここに…?」


突如割り込んできた声の主は、昨日街で出会い、彼女を助けるひと押しとなった青髪に眼鏡を特徴とした成人男性。どうして彼が此処に……倒れた僕をここまで連れてきてくれたメンバーの一人だとウィズが言っていたな…。確か、名前はフロウ…。


「その顔を見る限り、私がここにいる経緯は理解したようですね。初めましてフロウ・エスパーダです。」


「シ、シン・クオーレです。昨日は助けていただき本当にありがとうございました。」


「いえいえ。大事がないようで何よりです。が…驚きましたよ?」


…?


「街で遭遇した少年がとんでもない無茶苦茶をして倒れたかと思えば、今はその助けた相手と仲良くイチャついており、」


「なっ、ななな何言ってるんですか!?僕達、イ、イチャ…っそんなことしていません!」


「そ、そうですよ!」


「ほほう?しんみりした雰囲気から一転。手を握り合い、慰めて、小指を絡めて微笑みあった…。どこからどう見てもイチャついてるようにしか見えませんが?」


『だよねー。ぼくのマスター超カッケー!』


『ごめんなさいマスター。否定できないわ。』


「なっ!?」


「あ、あぅぅ…。」


いったいどこから見ていたんだこの人は!?あと君達も同意するな!!


「ごめん…からですかね?」


「ほぼ最初っからじゃないですか…!」


「そういうことになりますねぇ。」


っ!なるほど分かった。今現在実に楽しそうに笑みを浮かべているこの青髪眼鏡な男性は…世間一般で言うところのドSだ。


「まあ、若い内はいろいろ経験すると良いでしょう。」


「ですからっ……はぁ、もういいですから本題に入ってください…。」


この手合いは何を言っても無駄どころかドツボにハマるだけだだろう…。


「ではお言葉に甘えて。ヒカリちゃん…でしたね。ゼスト博士が呼んでますので、すみませんが先に向かっていただけますか?」


「え…?あ……でも…」


フィアがいるとはいえ一人で行くのが不安なのか、視線がこちらに向けられる。別に見知らぬ人達に会いに…というわけではないのだから、僕の同行を必要とする理由はないと思うのだけれど…。


「…ウィズ、ついていてあげてくれる?ついでに博士に報告をお願い。」


『了解。』


僕もついて行ってやりたい気持ちはあるにはあるが…おそらく、ヴァイス学院への勧誘であろうし、それを拒否している自分が立ち会うのは些かだろう。


「そんな顔せずとも彼もすぐに向かわせますよ。」


「……分かり、ました。後でねシン。」


「うん。」


どこか渋々気で後ろ髪を引っ張られているように見えたものの、彼女はフィアとウィズを連れ救護室を出て行った。結果、この場にいるのは僕とエスパーダさんだけとなる。


「ふむ、相当気に入られているようですね。」


「?…何がです?」


「…いえ何も。さて、ゼスト博士、それに君の上司であるミナト博士から話を聞きました。なんでもヴァイス学院への推薦入学を辞退しているとか。」


…何故この人がそのことを…?もしやヴァイス学院の関係者なのだろうか?


「ええ…まあ…。」


アーカム博士には殆ど辞退することを伝えたようなものだが、ナイブス博士への正式な回答を含め……………なんだろう、胸の辺りが変にモヤモヤする…。


「………………。」


「後悔しているのですか?」


「!…い、いえ、そんなことは…。」


僕に推薦入学を受理する資格はないのは、他ならぬ僕自身が一番よく理解しているのだから…後悔などするはずが…、していいはずがない。


これ以上成長出来るか定かでない平凡以下である以上、無駄に時間を浪費する危険を回避し、このまま博士達の元で微力ながらも手伝った方がいいのは明らかなのだから─


「誰であろうと、大切なことは、いつも≪心≫で選ぶものです。」


「…ぇ?」


「君が彼女を助けに向かった時、助けるべくマナを繋げた時、そこに小難しい理屈や使命がありましたか?」


「……………い、いえ。」


「先程の問答も同じです。怯える彼女に対しての言葉や行動は、計算してのものでしたか?」


「……違い、ます。」


「そういうことです。」


眼鏡の奥の瞳が柔らかく細められる。


「理屈や使命、損益での選択は…社会を生きる上で確かに必要でしょう。しかし、今君が直面していることに必要なのは、そんなものではないのではないでしょうか?」


「…………………。」


「君が彼女のために取った行動のように。」


………≪心≫で決める…。


そんなこと、思ったことも…考えたことすらもなかった…。


「……………………………………………ありがとうございます、エスパーダさん。」


…博士達に謝って、それから頼み込まないといけないな…。


「フロウで構いませんよ。それに、元より君は彼女と約束を交わしましたし、選択肢など一つしかなかったわけですから。」


「………は…?」


「どんなことがあっても、いなくなったりはしない。いやはや、まさかここまで言っておいてサウスに帰る…なんてことはしませんよねぇ?」


「っ!?あ、あれは別にそんな意味では…!」


ただ彼女にあんな悲しい顔をさせたくなかっただけで…。


「おや。となると───プロポーズでしたか?」


医務室に僕の怒声が響き渡った。




to be continued

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