7話 依り代の儀式
───PM15:45
───スノープレシャス 第一競技場受付前
「なるほどのう。それで皆マナフォンを貰えた…と。」
『ラスト問題は可愛そうを通り越して哀れだったよ。』
まさか自分が解読した碑文がそのまま出てくるとは思いもしなかった。
「最新型のようですし、よければ博士に使っていただいた方が…。」
「これこれ、何を言う。折角皆で一緒に手に入れたんじゃ。君が使わんでどうする。」
「…ありがとうございます。」
…となると、連絡先等のデータを移し替えておく必要があるか。最新型と言っていたから電話やメールだけでなく、今のでは出来なかった複数人でのチャットも可能になると聞いた……使うことは無いだろうけど。
「で…どうじゃった?彼らと回ってみて。」
「……楽しかった、と思います。」
受付から少し離れた記入机で、ナイブス博士やケントレッジ君に教わりながら必要事項を記載しているフィールセンティさんとヴィレイズ君を見やる。
同年代と遊ぶなんて経験は初めてのことだったため比較事例がないものの…街中連れまわしてくれた彼らとの時間は、決して悪いものではなかったと断言できる。
この身に余る貴重な体験をさせてもらった。それもこれも…全て博士のお陰。
だからこそ、
「連れてきて頂き、本当にありがとうございました。」
「…気持ちは…変わらんか。」
「……すみません。」
これ以上の我儘は赦されない。
「………そうか。」
……失望、されただろうか。いや、だとしても、
『博士、シンは…』
「分かっとるよウィズ。シンの気持ちは、分かっておる…。」
「………………。」
「じゃがな、別に何も、儂は君が才能溢れる依り代だからゼスト博士に推薦したわけではない。」
「無論、君に依り代としての才があることは紛れもない事実じゃがな」…博士は言葉を続ける。
「…才能以上に、君が他者を想いやれる…スピリットと≪心≫を通わせられる優しい子だからこそ、もっと多くのことを…広い世界を知ってほしいと思ったのじゃ。」
「…自分はそんな出来た人間では、」
「…儂らに負担をかけまいか心配なのじゃろう?」
「…!」
思わず目を見開き博士を見やると、「分かっとるよと言ったはずじゃ」…そう目線で告げているように見えた。
「じゃがの、シンよ。君にヴァイス学院で研鑽してほしいと願うのは儂だけではない。研究所全ての研究員…スタッフの願いなのじゃよ。」
「……それは、僕が戦力外…ということでしょうか?」
「多くの学術賞を最年少で持っとる君が戦力外なら…研究所の職員大半が戦力外になるんじゃがのぉ…。」
「君はもう少し自覚を持つべきじゃな」と溜息がつかれた。…だが、だったら何故…
「……理由を、お聞きしても?」
「皆、誰よりも君のことを期待しておる。成長した君が何を成すのかを見てみたい。だから君が満足するだろうレベルの学校に通わせてやりたい。君の望む道を選ばせてやりたい。…それだけじゃよ。」
「…………………。」
「きっと儂らは親馬鹿なんじゃろうな。なんせ、皆逐一どうなったか聞いてくるんじゃから。ほれ見てみなさい。」
博士が提示したマナフォンのディスプレイ…グループチャットらしき画面には、「シン君どうなりましたか?」「スピリットに襲われたってシン君怪我とかしてませんか!?」「怪我してる女の子をおぶって付き添ってあげたとかウチのエースマジ天使!」「早速友達が出来たんですね!よかった!」等のメッセージ…。…変な文がちらほら見受けられるが、それでも…嬉しくて…。
「十中八九、完全に仕事を放ったらかしにしておるのう。」
それは駄目なのではないだろうか…。少なくとも、肩で僕と博士の会話を聞いているウィズは頬を引きつらせた。
「…君が本当にヴァイス学院に行きたくないのであれば無理強いする気は無い。しかし、少しでも行きたいという想いがあるのなら、後生の頼みじゃ…君自身が望む道を選んでくれんか?」
「…………………。」
≪心≫が…大きく揺らぐ。
…大好きなスピリットを専門的に学べる学校。行って、みたい。
博士達も、それを望んでいる。
「(…だけど、)」
いいのか…?
その厚意に甘えて…。
こんな自分が。
今まで散々世話をかけさせ、迷惑をかけてきた自身が。
博士に拾われ≪命≫を救ってもらった存在が。
記憶もない、素性も分からない僕が。
これ以上、博士達に…。
「…………出来ない…。」
『!…シン…。』
出来るわけが…ない。
してはならない。
赦されてはならない。
「…博士や皆さんの厚意、凄くありがたくて嬉しかったです。……ですが、僕は─「シンー!」…!」
「受付終わっ……どうしたの?何かあったの…?」
登録を終えたのか…駆け戻ってきたフィールセンティさんの表情が曇る。
…顔や態度に出ていたようだ。これから大切な儀式を行う人にまで、何迷惑かけているんだ僕は。急ぎ、微笑を作り首を横に降る。
「いや、なんでもないよ。儀式を生で見るのは初めてだから、なんだか緊張しているみたい。」
「……そう、なの?」
「あはは…一番大変で緊張するのは君達なのに、ごめんね。」
「謝ることなんて全然ないけど…。」
…なんとか納得してくれたか?このまま話を別路線に振ろう。
「それより受付お疲れ様、ヴィレイズ君も。」
「おう。ってか、なんでファミリネーム呼びなんだよ?ダチなんだしファーストネームで呼び捨てでいいだろ。」
「え゛っ?」
「そういえば、私も全然呼んでくれない…。」
「ぼくもだね。」
「そ、そう言われても…っ。」
今まで誰かをファミリネームで、それも敬称無しで呼ぶなんてしたことないというか…。…三人共そんなジト目で見ないで…。
『…あ〜、ごめんね。コミュ障だからそういうの慣れてないんだ。まあ、気長に待ってあげてよ。』
「……ったく、しゃーねーな。けど、このままずっと呼ばないってのは無しだかんな!」
「う、うん…。」
助かった。ありがとうウィズ。
「ウォッホン!受付は問題なく済んだかね?」
「あ、はいっ。私もアサヒも大丈夫です。」
「宜しい。ではここからは別行動になる。」
儀式の参加者であるフィールセンティさんとヴィレイズ君は競技場グラウンドへ。
儀式の責任者であるナイブス博士は控え室へ。
儀式を見守ることになるアーカム博士、ケントレッジ君、僕の三名はグラウンドを囲う観客席へ上がることになる。
「…湖ではああ言ったが、君達が依り代になれることを祈る。…頑張りたまえよ。」
「は、はいっ!」
「おう!」
二人の返事に満足したように頷き返し、ナイブス博士は控え室へ向かっていった。
「…ぼく達も行かないとね。観覧者もかなり多いから席が埋まる前に確保しないといけないし。…次会うときは依り代同士だ。」
「だな!よかったらコンバットのことも教えてくれよ!でもって全員で勝負だ!シンもだかんな!」
「え、あ…っと…。」
「ははっ、負けないよ。」
ウィズの目がギラリと輝いているが、明日には帰る予定だからそんな暇は……分かったよ、時間があって且つ彼が望んだらね。
さて、僕達もそろそろ行こう─
「あ…あのっ、シン!」
「え?な、何?」
としたところを、何故かフィールセンティさんに袖口を掴まれ阻まれた。
「…シン、儂らは先に行っとる。慌てんでいいからの。」
「席取っておくね。」
「あ、はい。」
ウィズの感知なら博士達との合流は可能だし、別に先に行かれるのは構わないのだが…。フィールセンティさん的には僕…とウィズだけでいいのだろうか?ヴィレイズ君ももう行ってしまったし…。
「ゴ、ゴメンね、急に引き止めちゃって…。」
「それは全然問題ないけれど…どうしたの?」
『儀式が不安とか?』
首が横に振られる。
「それも無いわけじゃないけど…。その、ホントに大丈夫、なんだよね?」
「……………。」
「なんか、さっきのシン…辛そうで、どっか行っちゃう気がして…。」
…待ちに待ったであろう依り代の儀式にこれから望むというのに、僕なんかの心配をしてくれていたのか…。
「しつこいかもだけど…。」
「そんなことないよ。心配かけてしまってなんだけど…凄く嬉しいから。ありがとう。」
本当、彼女は優しい娘だ…。
「うん。僕はもう大丈夫。」
きっと彼女は素敵なスピリットと契約して、凄いコンビとなる。
そんな彼女が依り代となる場面に立ち会える。….それでもう十分だ。
「だから、ここからは君自身…とヴィレイズ君のことを考えてあげて?皆、君達が依り代になれることを≪心≫から祈っている。ね?」
ここに来て、本当によかった。
「……分かった。んっ、私、頑張るから!ちゃんと見ててね!」
彼女達に出逢えて、本当によかった。
「クスッ…うん。何も出来ないけど…ちゃんと見て、応援している。ウィズもね。」
『もちっ。もし何かあってもシンがなんとかするから気楽にね。』
「話聞いてた?」
僕は何も出来ないって言ったよね?
「ふふっ、そっか。なら大丈夫だねっ。」
なんか納得されてしまったのだが…。まあ、リラックス出来たのなら何よりか。
「…じゃあ、行ってきます。」
「…ああ、行ってらっしゃい。」
満面の笑顔を咲かせた彼女に微笑みかけ、僕らはその場を離れた。
さぁ、いよいよだ。
『…うっわぁ、ほんと早めに席を確保しておいてくれて正解だったね。』
確かに、博士とケントレッジ君には感謝する他ない。
「結局満席を超えて、立ち見をしている方も居るしのう。」
「サウスハートは違うんですか?」
「サウスは貴族制じゃから、観覧できるのは基本的に貴族だけなんじゃて。」
「あとは、博士のようなスピリット研究等に携わる有権者達…だね。」
「へぇ…。」
従って、テレビ中継でならともかく、依り代の儀式を生で見ることは僕にとってこれが初めてとなる。また、このような数多くの民衆が見守る中儀式を行うというのも、サウスしか知らない身としては一風変わった光景。アーカム博士はその立場から何度か他国の儀式を拝見したこともあるようだが。
『ってか、儀式までの前振りが長い。』
「あのね…そんなこと言わないの。」
儀式の開会が始まり、始めにナイブス博士の開会宣言と簡単な挨拶。続いて司会者からの進行の説明。続いて領主の挨拶。来賓の紹介等々…既に一時間は経過しているが大切な仕来りなのだから。
『アサヒなんて立ったまま寝てるじゃん。』
「…さっき、隣のフィールセンティさんに起こされたはずなんだけど…。」
大物といえばそれまでだが…まあ、彼も儀式が始まればちゃんと起きるだろう。
『!…そろそろじゃない?』
「…だね。」
現在時刻は17時55分。
周囲のマナ濃度が濃くなってきた。太古の人とスピリットが契約し構築した、依り代の儀式の術式が発動しようとしている。
「…さて、諸君。いよいよ、儀式の時間が近づいてきた。最後に私からもう一言言わせて貰いたい。」
壇上に再びナイブス博士が上がり、皆が注目する。
「儀式が終われば、諸君の多くは依り代となるだろう。そして、依り代としてスピリットと共に生きていくのだろう。…中には、納得のいく結果でなかったと思う者も現れるやもしれん。自身はこのスピリットなど選んでないと考えるものもいるやもしれん。しかし、それは違うのだ。諸君がスピリットを選ぶのではない。スピリットが諸君を選ぶ…いや、選んでくれるのだ。とある少年の受け売りだがな。…君達も彼らのような善き関係を築いてくれることを、祈っている。」
「博士言ってたよ。大切なことを思い出させてくれたって。」
「…それを僕に教えてくれたのはアーカム博士だよ。だから─「それでも、それを真摯に受け止め体現したのは君じゃ。」………………。」
こういう時、なんて言えばいいのかな…。
「…さぁ、始めよう。依り代の儀式を!」
…辺りのマナが一気に活性化。可視化可能なまで励起したそれは、光の粒子となって周囲を満たしていく。
同時に…
「!…来た!スピリット達だ…!」
ケントレッジ君が指差す星が現れ始めた夜空には…空を覆い隠す程のスピリット達の姿。千…どころではない。こんな数多くのスピリットは初めて見た。
『…ほとんどが四大元素の属性だけど、氷と雷もそこそこいるよ。…二属性持ちもちらほら。あの猿っぽい幻獣タイプとか、力も結構ありそうだし…多分あの中で一番強い。B+ってとこかな。』
「えっ、そんなの分かるの!?」
「ウィズは感知能力が高いから。」
「じゃ、じゃあ光とか闇も…!?」
『ん〜…それは居ないっぽいけど。』
これだけの数がいても見当たらないのか。それだけ光と闇属性は希少ということか。
「…契約が始まったたようじゃ。」
己に見合った器を見つけたスピリット達が、少年少女達の下へ降りていく。
二人は…
『!マジでかアサヒ…!』
「…彼と契約しているスピリット、先程の二属性持ちじゃな。」
『そうだよ…!へぇ、ワクワクするなぁ…!』
「…ねぇ、ウィズの目が恐いんだけど…もしかしてウィズって…」
「言わないで…。」
と、それより…
「…博士、彼女は…」
「……まだのようじゃ。」
「…………….…。」
続々と契約が成され、湧きめく周囲の中で…ただ目を瞑って、手を組み…祈る少女。
『ヒカリ…。』
「…………………。」
彼女なら、大丈夫。
「っ!スピリット達が…」
「……離れていく、のぅ…。」
─ただ、依り代になれますようにって、スピリットの友達が出来ますようにって守り神様にお祈りしたくて…!ホントにゴメンなさい!
スピリットと友達になりたいと言った彼女が、
─!家族…すっごく素敵。私もそんな風になりたいな。
僕らを素敵と言ってくれた彼女が、
─ホントに大丈夫、なんだよね?
あんなにも優しい彼女が…選ばれない筈がない。
「…………ここまで、じゃな。」
「そんな…ヒカリ…。」
『────いや。』
………来た。
『最後に、とんでもないのが来たよ。』
次の瞬間
夜空から眩い光の柱が降り注いだ。
「なっ…!?」
「何っ!?これ…!?」
「…ウィズ。」
『…眩しくて姿は見えないけど、この感じ…間違いない。───光属性だ。』
「…!」
『力もメッチャ強いものを感じる。契約者は……ははっ、アサヒといい一体全体どうなってんのさ…!』
光の柱に包まれ、尚も祈り続ける…青みを帯びた美しい黒髪の少女。
「ヒカリだ…!ヒカリだよシン!しかも光属性って!凄い!凄いよ!」
「…ああ。」
信じてはいたものの…思わず安堵の息をつく。
その名の通りの属性という…ウィズの言った通りとんでもないスピリットと契約することになったようだが、ともかく…彼女が望む依り代となれてよかっ………
「………ウィズ…!」
『っマズいよ、これ…!」
マナが…
「へ?何言って─「あああぁぁぁぁぁっ!!!」っ!?」
響き渡った少女の悲鳴。
光の柱がその形を大きく崩し、少女の身体からさらに大きな光が溢れ出した。
「これって…!?」
「いかんっ…マナの暴走じゃ!」
目覚めた自身のマナを制御できていない…!
「っ…!」
─僕は何も出来ないけど….応援しているから。ウィズもね。
─もちっ。もし何かあってもシンがなんとかするから気楽にねっ。
─いや、君は何を言っているの?
─ふふっ、そっか。なら大丈夫だねっ。
「─────博士!!」
「っ!?…構わん!行けっ!」
「ウィズ!!」
『うんっ!』
観客席の階段を一気に駆け下り…そのままグラウンドへ十メートル弱の高さのフェンスを躊躇なく飛び降りる。着地の際、鈍い衝撃が全身を巡った…が構わず全力で走り出す。
「えっ、何々!?なんなの!?」
「なんかヤバくね…?」
グラウンドはパニック状態となっており、逃げ出す者もいれば野次馬根性で撮影する者までいる始末。
人並みの少ない、最短ルートは…!
『あっち!』
「了解!」
肩に座するウィズの並外れた感知による人の密度の少ない道筋の探索と誘導。…見えた。
一気に加速し、今なお苦悶の声を上げる少女の下へ。
『ああもう邪魔!』
少女の周囲は人が密集しすぎてすり抜けるスペースが無い。なら…!
「跳ぶよウィズ!」
マナ回路励起…筋系と接続。───身体能力向上。
『っ!いつもはヘタレの癖にこういう時は無茶苦茶だよね本当!それでこそぼくの依り代だ!…いくよ!』
「ああっ!」
地面を全力で蹴り込む。結果、人の壁より高く跳躍。…数瞬の滞空時間を経て
「っ…!」
───ズザァァァァァッ!
地面を滑りながら着地。続けざまに負担を負った両脚に激痛が走るが意識の外に無理矢理追いやり、膝をつき苦悶の声を荒げる彼女…そして彼女に声をかけ続けるその幼馴染に駆け寄る。
「───ヒカリ!!」
「!シ、シン!?お前なんでここに!?」
「シ、ン…?あ、ぐぅ…!!」
「ヒカリ!っ…なんか光が降ってきて、スピリットがヒカリと契約としたと思ったらいきなり苦しみだして…!なんなんだよこれ…!?」
「落ち着いて。彼女の傍に居てくれてありがとう。絶対になんとかするから、少し離れていて。」
「っ、分かった…!」
彼女の身体からは依然光…可視化するほど高濃度マナ…それも純度が非常に高い光属性のマナが発生している。やはり、目覚めた彼女自身のマナの暴走。この場で可能な対処方法は一つ。
「ヒカリ、僕の声が聞こえる?」
「っ、うん…え、へへ…。」
笑っている…?
「や、っと、…な、まえ、呼んで…っつぅ…!」
「っ…辛いだろうけどよく聞いて。今君は、スピリットと契約した事で奥底に眠っていた君自身のマナが一気に溢れ出して、身体を圧迫している…暴走と呼ばれる状態だ。だから、暴走しているマナを体外に放出すれば対処できる。掌から、力を外に出すイメージを持ってみて。」
「っ、ん…!」
…彼女の掌から光となったマナが放出される。…しかし、
「うぐ…!!」
放出量が少ない。目覚めて間もなく、これだけ暴走しているマナをコントロールするのは厳しいか。
なら、コントロール出来る者が肩代わりするまで。
「ウィズ。」
『やるの?』
「ああ。」
『これだけのマナ量だと、ぼくが手伝っても放出が間に合うか分からない。』
「それでもだ。」
僕は僕にできることをやるだけ。
コートを脱ぎ捨て、必死にマナを放出し続ける彼女の両手を右手でそっと…決して離さぬように握りしめる。
「シ…ン…?」
「大丈夫。必ず助けるから…もう少しだけ我慢して。」
これから身に起きる現象に備え、一度大きく息を吸い…吐き出して。
「いくよ、ウィズ。」
『うん。』
───体内のマナのコントロールに思考を集中。
───マナの回路を彼女に接続。
───膨大なマナが濁流の如く流れ込んできた。
「が、ぎぃ…!!」
左、手から…放出…!
『シン!っ!これちょっとどころかかなり予想以上過ぎるんだけど…!とんでもない才能だね本当!』
ウィズも必死に放出してくれているが…!
「ぐ、っ…!」
「シン…っ!?何して、ダメッ…!やめて…!」
「大、丈夫。慣れて、きたから…!」
「でも、血が…!」
波長や振幅の異なる他者のマナという異物を取り込んだ上、その量に耐えきれず、マナを流す神経回路が焼き切れかけているのだろう。手の甲の一部の皮膚が破け、血が流れていた。
それ以上に、全身を駆ける激痛に意識が飛びそうになる。
『シン!コントロールが乱れてる!しっかり!』
「っ゛…!」
彼女のマナが落ち着くまでで構わない。意識を保て…耐えろ……!
「やめ、て…!もういい─「嬉し、かったんだ。」え…!」
「っ、君が…ヒカリがっ、僕らにかけてくれた、言葉や≪感情≫…っ!全部、本当に嬉しかった…!だから、必ず助ける…!」
少しずつだが彼女のマナが落ち着き始めている。集中しろ…!
『くっ!シンは接続と流れてきたマナのコントロールに専念して!放出はぼくがやる!』
「分かっ、た!」
「ダメ…!お願いだからっ、もう離してっ…!」
「嫌、だ…!」
振り解こうとする彼女の手を、両手で全力で繫ぎ止める。
ここで中断すれば、間違いなく暴走は悪化する。そんなこと、させない…!
あと、少し…もう少し
『シン!!』
……なのに、
「シン…!」
…意識…が
「───手伝います。あと少し、頑張って下さい。」
「「『…!』」」
聞き覚えのある低いテノールの声と共に、背中に掌と思われるものが添えられた瞬間…身体を襲っていた圧迫感と激痛が半減。
振り返り、声の主を見やる。…スーツを纏い、ウェーブのかかった青い髪と眼鏡が特徴的な…この街で出会った男性。
彼女から僕の方へ流れてきたマナを…更に己の方に引き受け、スピリットの助力も無しに放出している…?
「これならなんとかなりそうですか?」
「っ、助かり…ます!」
『これならっ…!シン!』
「ああ…!一気にいくよ!」
最後の気力を振り絞り、彼女が制御出来ていない残りのマナを自分の方に流し込む。
「ぐっ…!」
「っと、これは…。」
「ウィ、ズ…!」
『うん…!これでっ、最後だ!』
可視化されたマナがウィズによって天空目掛け放出。
星瞬く夜空に打ち上げられたそれは、光の粒子となって…静かに消えていく。
「っ…。」
彼女、は…
「シン…!」
…マナは…安定している…。
これなら…も、大丈夫…。
「シンっ、シンしっかりして…!」
霞む視界でも分かるほど…心配と不安を露わにする少女の姿を最後に、
「ヒカ…リ…。」
視界が真っ暗となっていった…。
to be continued