6話 街にて
〈ご乗車ありがとうございます。まもなく、ルミナス、ルミナスタウンでございます。〉
…そろそろ、か。
シークを発って約五時間半、二時間程度までは和気藹々とした会話が広げられていたコンパートメント内は、現在四つの寝息のみで満たされていた。
『……ん…………そろそろ?』
「うん。」
最初に目を覚ましたのは感覚に優れるウィズ。
『ふわぁ…よく寝た………あれ?シンは寝てないの?って、わぉ。』
「…言いたいことはわかるけど、そのニヤケ顔やめようか。」
こちら…正確には僕の左肩を見てニヤニヤする相棒に溜息をつく。
…車内放送で起きてくれればよかったのだが、生憎…僕の左肩にもたれ掛かった状態で夢の世界の住人となっている黒髪の少女の瞳は閉じたまま。救いは向かい側の少年二人も未だ寝息を立てていることか。
『そりゃドギマギして眠れないよねぇ。』
「ドギマギって…元々寝るつもりがなかっただけだよ。」
考えなければならないことがあるのだから。…まあ、寄りかかって来た時点で脳内会議どころではなくなってしまったのだが…。
「はぁ…起きて、フィールセンティさん。もう着くよ。」
「………ん…………ヒカ、リ…」
「?」
「…ヒカリ、って…呼んで、……いい……。」
これは…寝ぼけている、のか…?
「…とにかく起きて。降りる準備しないと。」
「……んぅ…分かっ、た…から………起きる…………シ、ン…?」
「…おはよう。」
「おは、よ…シン…。えへへ……シン…。」
とろん…と瞳を蕩かせ、ふにゃりとはにかむ彼女の姿が…超至近距離で映り込み、脳裏に焼けつく。
「っ…。」
無防備にも程があるだろう…。
意識が覚醒しきってない様子で、頻りに「シン…シン…」と甘え声で擦り寄ってきて…お陰でその綺麗な髪がこちらにも枝垂れ、気のせいかふわりと甘い香りもしてくる始末…。
「…ウィズ、お願いだからなんとかして。」
流石にこれはヤバい。…僕とて男なのだ。彼女のような可憐な容姿の異性にこうも密着されたら当然心拍数は上がっていく。
『男なら役得だろうに…ほんとヘタレなんだから。…ねぇヒカリってば。』
「…あ、ウィズも…おはよ…。」
『うんおはよ。シンの肩枕の寝心地はどうだった?』
「ふぇ…?…───っ!?」
ぽんっと効果音がなった様にその頰が朱色を帯びたのが目に見えて分かった。無論、ぱっちりとしたアメジストの双眸に映り込む僕も…似たようなものである。
「………………。」
「………………。」
「………………。」
「………………。」
「…………………………。」
「………………………………。」
『いつまでくっついたまま見つめ合ってるのさ。』
「っ!ふ、二人を起こそうか…?」
「う、うんっ!」
午後1時過ぎ…依り代の儀式を執り行う街であると同時にヴァイス学院が顕在するルミナスタウンが見えてきた。
「来たぜルミナスタウン!今日ここで俺は依り代になるっ!!」
依り代の儀式が行われるからだろう…街では至る通りに出店が構えられ、人通りが多くみられる。
「静かにせんかっ。周りに迷惑だろう。」
「そうは言ってもゼストのじーさん!もう俺待ちきれねーよ!早く儀式やろーぜ!」
「ほほっ、ヴィレイズ君や。依り代の儀式は決まった日の決まった時間帯にしか行えなんだ。早めるのは無理なんじゃよ。」
「え?そうなのかミナトのじーさん?」
「ミナトのじーさん」、だと…!?い、いやアーカム博士も気にしてないようだし僕がどうこう言うことじゃないな。ケントレッジ君もナイブス博士をじーさん呼びされたことが気にはなっている様子らしく、お互い苦笑してしまった。
「依り代の儀式は太古の人間達とスピリット達で結ばれた契約でもあるんじゃ。そう簡単に日時や場所の変更は出来なんだ。」
「そっかぁ…。しゃーね。時間までぶらぶらすっかなぁ…。」
「そうするといい。私やアーカム君はここで少し休んでから一度会場に入り下見をする。君達は君達で自由にするといい。」
ナイブス博士の提案に浮き足立つ三名。折角のお祭りなのだから行ってみたいという雰囲気なのが目に見えて分かった。
「…そうだな、3時にここに集まり、皆で会場入りするとしよう。遅れぬようにな?」
「おう!…ところでじーさん達、なんでベンチにへたり込んでんだよ?」
「「君も歳をとれば分かる…。」」
アーカム博士だけでなくゼスト博士までとは…。
「ふーん…よく分かんねーけど、ちょっくら観光行ってくるとするぜ。お前らも行くよな?」
「そうだね、折角だし。いいですかゼスト博士?」
「うむ、ゆっくりしてくるといい。」
「はい。シンとヒカリはどうする?ここ地元だしよかったら案内するよ?」
「ホント?…だって。シンも行こっ?」
「え?あ…いや、僕は…」
お誘いは非常に嬉しいのだが…流石に慣れない土地で博士を置いたまま観光巡りというわけにはいかない。それに折角の空いた時間なのだ。例の件を考える必要がある。
「…誘ってくれて非常に嬉しいんだけれど、僕も少し疲れてしまったから─「おらっ、ぐずぐずしてないでさっさと行くぞ!」えっ、ちょ…!いやっ僕は…」
というか引っ張らないでヴィレイズ君…!
「まずは飯にしようぜ!腹減った!」
「そうだね。何か食べたいものとかある?」
「ん〜…私はなんでも大丈夫。シンは?」
「え、…僕も特には…。」
じゃなくて、なんか僕も一緒に行くことになっているようだがこんなことしている場合ではなくて…!
『諦めたら?博士もなんか微笑ましげに手を振ってるし。』
博士…!?
そんなわけで、半端強引に二人の少年と一人の少女と共に共に人賑わう街中に繰り出すことになったこの僕…シン・クオーレ推定13歳。
なんとかヴィレイズ君に掴まれていた手を離してもらうことはできたものの、なんだかんだで共に昼食を取り、今更別行動を取らせてもらうことも気が引ける状態。
さり気なく距離をとって逸れた体を装えないかと、楽しく会話している少年二人から数歩後ろに下がってみたものの…
「わ〜、人がいっぱいだね。」
「…そうだね。」
どうしてだか彼女が歩調を合わせて隣を歩くため、二人から逸れてしまうと彼女まで巻き添えを受けさせることになってしまう。流石にそれは出来ない。
再び少年二人との距離を詰め会話に加わる。
「なあなあ、あそこ人集りできてっけどなんかやってんのか?」
「本当だ。何々…スピリットクイズチャレンジ。全問正解すると最新マナフォンプレゼント…だって。」
「マジ!?ちょっと行ってみようぜ!」
人混みをかき分け進む彼に僕達もついていく。
「マナフォンって、あのマナフォンかな?」
「多分…。」
自然界に漂うマナを介することで遠距離での通話やメールといった通信は勿論、位置情報やテレビの閲覧、更には己のスピリットの状態までも調べられる携帯型のデバイス…それがマナフォン。便利なのは確かであり、持っておいて損はないため博士は当然として、僕も旧式ではあるが一応所持している。
従って、それなりの値はするのだが、
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!只今、十五歳未満限定で十問出されるスピリット関係のクイズに全問正解すれば、無料で最新式のマナフォンプレゼントキャンペーンを実施中です!挑戦者はいませんか!?」
とのこと。
とはいえ、クイズは中々に難しいらしく、祭り事は昨日から始まっているが全問正解者は未だいない様子。…と、早速チャレンジしていた組が失敗。残念賞らしき菓子類を贈呈されている。
「シン見て見て!色合いとかデザインとか種類がいっぱいだよ!」
色とりどりのマナフォンが飾られたショーケースを見つめるフィールセンティさんの瞳は非常にキラキラと輝いており、なんだか子供っぽくて思わず頬が緩んだ。
「これとか可愛いくない?」
「そうだね。…やっぱり君もマナフォン欲しいの?」
「もちろん!…って言いたいけど、クイズ難しいみたいだし…。」
正解する自信がないのか、打って変わってしょんぼりと肩が落とされる。
「大丈夫だって!こっちにはゼスト博士の助手がいっからな!ついでにミナト博士の手伝いも!勝算は十分あるしやってみようぜ!」
ヴィレイズ君の口ぶりからすると、複数人で挑戦してもいいということか。彼の言う通り、経験を積んだ依り代で且つ研究者でもあるケントレッジ君ならば全問正解も不可能でもないはず。
「儀式の前哨戦だ!ちゃちゃっとマナフォンゲットといこうぜ!」
───そう思っていた時期が僕達にもありました。
「…続けて第四問。例年、依り代の儀式により依り代の数は増え続けています。では、我が国において昨年3036年に新たに依り代の儀式でスピリットと契約し、依り代として登録された現在13歳の少年少女達について、契約したスピリットの属性を八属性の中から多い順に述べて下さい。」
……女性店員が営業スマイル百パーセントで放った言葉を把握するまで少なくとも五秒は要しただろう。
とりあえず一言言わせて欲しい───これは中々に酷い。
『通りで全問正解者がいないわけだよ…。』
全くである。昨年の儀式の情報とか…まだ世間には詳細な数までは出回っていないはず。有力な研究者のみ手に出来る最新の論文にしか記載されていないだろう。十五歳未満にこんなものを出題するとは…正解させる気がないとしか…。…一応、並べ替えであるから運が良ければワンチャンあるかもしれないが…。
三問目まで悠々と答えていたケントレッジ君を含め、他三名は完全にフリーズ状態。
「え、え〜っと…私全然分かんない…。」
「ソ、ソウマ…」
「…四大元素の属性が多いのは間違い無いと思うけど、順番までは……ごめん。」
顔を背けた彼を誰が責めることができようか。
『…どうするの?』
正直なところ、僕自身は旧式とはいえマナフォンを所持しており…最新式も特に欲しいといった欲求はない。
…とはいえ、あくまで僕個人の話であって…
「…あんな物欲しそうな顔を見たら…ね。」
例え全問正解とまではいかなくとも、やるだけやらなければ罰が当たりかねない。
「答えられないのであれば不正解ということでここまでになりますが。」
「ふぇっ!?あ、えと、その─「ノースダイヤで多い順に火、水、地、風、雷、闇です。」へ?」
「光、氷は、3036年のノースダイヤにおいて、新たに依り代となった現在13歳の世代では確認されていません。」
「八属性ということは無属性は含めなくていいんですよね?」と、口元を引きつらせる出題者に念の為確認する。
「は、はい…結構です。……正解、です。…では第五問、スピリットは獣のような姿を持つものなど様々なタイプがあります。それら全てを答えなさい。」
これは簡単…に見えて引っかけのつもりかな。
「幻獣、妖精、精魚、怪虫…そして、二年前より幻獣から区分された鱗竜タイプ…以上です。」
「……せ、正解…。」
これで五問正解。あと半分…。
「シ、シン…?」
「何?」
「なんで、分かるの…?」
「分かる…というより、本や論文に記載されていることをそのまま言っているだけだよ。」
研究に必要な資格や知識の習得に覚えたことがまさかこんなところで役立つとは思いもしなかったが。
・
・
・
「───だ、第十問!」
六問目以降、更に難易度を増したクイズもいよいよ最後。出題者の目にはうっすらと涙が見え…悪いことは特にしていないはずなのに罪悪感を感じてしまう。
いつの間にやらギャラリーもさらに集まってきており、出題者の周りには数人の職員が焦ったように大量の資料をめくっていた。おそらく出題するクイズはあれから出されているのだろう。見覚えのある論文や研究書が多数ある。
「!これなら…!」
『もう正解させる気が皆無なのは分かってるけど少しは隠そうとしなよ。』
「ゴホンッ。えー、こちらをご覧下さい。」
そう言って、出題者の手元のディスプレイに映し出されたのは………おや。
「これはサウスハートのセリア遺跡に示された古代文字による碑文です。これを解読して下さい。」
「ってオイオイオイオイオイ!!いくらなんでも無茶苦茶だろがぁ!!なんだってんだよぉぉっ!!!」
「いえいえ、実際解読した人がいますから。しかも資料によると昨年のことでその時11歳となってますしあなた方にも不可能ではありません。…真偽は分かりませんが。」
「だからってこれは流石に…!」
「っ、シン…。」
アメジスト色の瞳が不安気に揺れているが……どうしよう。
この碑文───非常に見覚えがあるのだが。
『よりにもよって、解読者本人に出題するとか。』
数秒後、ムンクの如き絶叫が出題者側から響き渡った。
「いや〜、さっすがシン!お前ならやってくれるって分かってたぜ!」
店を後にし大通りに出た瞬間、ご満悦な表情で僕の背中をバシバシはたき始めたヴィレイズの逆の手には…赤を基調とした最新型のマナフォンが握り締められていた。かくいう僕、フィールセンティさん、ケントレッジ君もそれぞれ白、ピンク、青に染まったマナフォンを頂かせてもらった。
「俺のダチ公なだけはあるな!」
「は、はあ…。」
「よく言うわよ。シンのことついでなんて言ってたくせに。」
「でも正直ぼくも驚いたよ。優秀とは聞いていたけどこれほどだなんて。」
「…いや、偶々≪知識≫として持っていることが出題されただけだから…運が良かっただけだよ。」
出題系統がスピリット学関連だったから答えられただけなのだから。
「それでもやっぱりスゴいよー。それにスラスラ答えてる時のシン、とってもカッコよかったっ。」
「…そんなことないから。」
「そんなことあるのっ。」
…些事とはいえ褒めてくれるのは嬉しいのだが、人通りの多い歩行路でそんな余所見すると…
「きゃっ…!?」
他の歩行者と接触事故を起こすのは目に見えており…スーツを纏った青髪の成人男性とぶつかって体制を崩した彼女……の手を取り引き寄せる。
「あ…ありがとう…。」
「混雑しているから気をつけてね?…すみません、こちらの不注意で…。」
「ご、ごめんなさい。」
「いえいえ、此方こそ。…儀式の参加者ですか?」
「はいっ。あ、私はそうですけど彼は違うくて…。」
「おや、そのようですね。」
男性は僕の左肩に鎮座するウィズに気づき、眼鏡の奥の瞳を向け…………数秒後、スッと細めた。
「…何か?」
「…失礼。ここまで波長と振幅が一致しているコンビは初めてでしたので。」
「『…!』」
この人…。
「では私はこれで。儀式、頑張って下さい。」
「あ…はい。………なんか変わった人だったね。波長がどうとか言ってたけど…。」
「…そう、だね。」
…人混みに消えていくそのスーツ姿の背中を見やる。十中八九、あの男性も依り代なのだろうが…あの言葉─
「二人共何やってんだよー!」
「置いてくよー!」
っと、いけない。少し距離が離れてしまったか…。
「あっ、ゴメン今行くー!シン行こっ?」
「え…って、ちょっ…」
そんな態々手を繋がなくても…ここまで来た以上、逸れたりする気はもうないし…
「アサヒじゃないけど、折角友達になれたんだしいっぱい遊ぼ!」
…などと、満面の笑顔を浮かべる彼女に言えるはずも…ましてや振り解くことも出来るわけがなく、
「(友達、か…。)…クスッ、ああ。」
無意識に笑みが零れ、再び歩行者とぶつかりそうになる彼女を優しく誘導しつつ…手を振る二人の少年の元に駆け寄った。
to be continued