46話 一番
ノースダイヤスピリット専門校中等部新人戦…最終日五日目、午後4時、メインスタジアム。
当国に存在する12のスピリット専門校中等部における新一年生…本大会に出場した総勢1000人にも至る生徒達が、一同に整列し、前方に設置された三段に分かれた台座と、台座の真後ろに控える四名の少年少女を見やっていた。
前代未聞となる結果に、注目度も一際高い。
「それではこれより、表彰式を行います!」
僕もまた、ヴァイス学院の列の中でその時を静かに待つ。
「第三位、ヴァイス学院、レミリア・エストワール!同じく第三位、ヴァイス学院、アサヒ・ヴィレイズ!」
ベスト4まで勝ち上がり、第三位という栄光を掴み取った二名の名前が出されると共に、湧き上がる拍手の渦。残念ながら、僕は右手が固定された状態で三角巾で吊るされており拍手は出来ず、代わりに、台座に上がった二人に≪心≫からの喝采を送る。
「準優勝、ヴァイス学院、ソウマ・ケントレッジ!」
続いて、上から二つ目の台座に上がった少年にもまた、全員から拍手が送られる。惜しくも決勝で敗れたものの、類稀な≪知識≫をフル活用した戦術は本戦でも猛威を振るい、準決勝で相対した同クラスの少年の勢いづく≪意志≫を振り切った。
そして──
「優勝、ヴァイス学院───ヒカリ・フィールセンティ!!」
桜色のスピリットを連れ添って最上段に立った…青みを帯びた黒髪の少女。
万雷の拍手と喝采が一帯に響き渡る。
それらを受けて、彼女が咲かせた満面の笑顔に、僕もまた笑みを零したのだった。
────先にお送りしたメールの通り、僕は三回戦で敗退してしまいました。そんな中、より多大なプレッシャーを背負うことになったにも関わらず、彼女は他校の生徒を破竹の如く撃ち破り、同校同士の試合をも制し、この度優勝を勝ち取りました。
…所見だが贔屓目抜きで、こんな状況の中頂点に至った彼女は正しく本物。天才という言葉すらも生温い、逸材の中の逸材という他ない。
…他校の長達が欲したのも、理解はできる。無論、認めはしないが。
以上より、テール山の一件により発生した、本大会を利用した規約…新人戦における優勝者が所属する学院に彼女を転校させ、優勝者を日常生活における護衛に充てる…については、優勝者が彼女自身であること、また他上位三名もヴァイス学院生であることにより、完全棄却になったとのことです。
ヒカリ・フィールセンティは、引き続きヴァイス学院所属となりました。
また、トリコ・ダザンバですが、博士達の助力で調査が入り、キメラと思わしき存在は当局で保護。彼自身も現在警察の監視下で拘束中です。
その取り調べで、テール山におけるヒカリの誘拐未遂は、彼を始めとしたダザンバ家の依頼によるものであることが発覚。今回の彼女を巡る規約も、ダザンバ家がシュヴァルツ学院を始めとした他学院を唆したとのことです。動機は、権威の落ちつつある名家の復興及び跡取りであるトリコ・ダザンバが無属性であったことによるコンプレックスの払拭。その為に光属生の力を手に入れようと考えたようです。なお、真偽は定かではありませんが、各学院はダザンバ家に唆されはしたものの、その目的までは一切知らず、ヒカリに危害を加えるつもりは皆無だったと供述しているとのことです。
キメラ及びミスリルらしき指輪、そして組織との繋がり、他に共犯者がいないかについても今後取り調べを続け─
「くぉらー!何またポチポチ機械打ってんだシンーー!!」
「っ!?ア、アサヒ……いや、色々あったから、アーカム博士にメールを…」
「んなもん後にしろ後に!!あー、今頃になってあの時ああしてりゃーってのが思いついちまったーー!!」
「あ、あはは…。」
どうやら、準決勝でソウマに負けたことを未だ悔やんでいる様子。どちらが勝ってもおかしくない紙一重の試合だったため、悔しさも一際大きいのだろう。
肩に腕を回してくる彼に苦笑し…この状態で左手だけでメールを打つのは難しいためタブレットを鞄に仕舞って、アサヒに向き直…………
「あ、赤色にしたんだ…?」
「おう、似合ってんだろ〜!?」
斜めに構えてビシッとポーズを決めた彼の格好は、いつもの白を基調とした制服でなく…真っ赤なフォーマルスーツ。それもややラメが入ったタイプの。…既に500人以上が会場入りしているにも関わらず、その姿は非常に目立っており視線を集めていた。
「えっと…派手、だね…?」
「素直に浮いてるって言っていいと思うよ。」
溜息を吐いて現れたのは、第二位…準優勝を飾ったソウマ。こちらはよく見るダークブルーのスーツであった。…よかった、彼女と共にオープニングダンスを踊るであろう彼までもが、アサヒのような奇ば─ゴホン、独特な格好でなくて本当に。
「お前らが地味すぎんだっての!色んなドレス用意されてる女子と違って、俺達男子はスーツオンリー!せめて色くらいしっかり選んで目立たねーと、ダンスもあるんだしよ!」
目立たなければならない理由が何一つ思い当たらないのだが…。
「目立つと言えば…なんというか、シンは完全に場慣れしてるよね。着こなしとか、佇まいとか。例の件もあって視線もすんごい集まってるし。」
「そーいや、服もちゃっちゃと決めてたっけな。ま、慣れてんならあいつが相手でも大丈夫だな!」
…そうだろうか?スーツなんて、研究所に置いてある自身のものと同じ色合い…一般的なダーク色を選んだだけなのだが。少なくとも、視線については準優勝及び三位である君達二人に対してのものだと思う。あと、あいつが相手で大丈夫とは………ウィズ?何が「やっぱりかぁ」なの?
「まったく、誰も彼もソワソワ浮ついて…これだから一般庶民は困る。いいか、これは単なる懇親会じゃない。各校の品位を競い合う場であって、ダンスを踊れないような奴は話にならない。特に最初に壇上に上がって行われる大会優勝者のオープニングダンスは、大きな栄誉であると同時にその学院の─」
「お、準々決勝でヒカリにボコられたベスト8君じゃねーか。」
「いつまでその話を引っ張る気だアサヒ・ヴィレイズ…!」
青色のスーツを纏って寄ってきたサイファー君の額に、青筋が浮かんだのは決して見間違いではないだろう。
「クソっ、彼女には必ず近い内にリベンジを果たす。それよりもだ、その辺りのことは分かっているんだろうな?クオーレ。」
「え?」
僕?
「話を聞いてなかったのか!───オープニングダンス、ちゃんと準備してるんだろうな!?」
「………………なんで?」
オープニングダンスについては、踊るのは優勝者と優勝者のパートナーを務める相手─まあ、準優勝者が務めることが多いと聞くので今回の場合ヒカリとソウマ、仮にそうでなくともヒカリの場合既にアサヒを始めとした男性陣から多くの誘いを受けているだろう─だけだし…その者以外で、何か準備することがあっただろうか?
ダンスの音響や照明…か?いや、そういったことは会場のスタッフが行うはず…何か伝達事項の聞き漏れがあったのか?急いで確認して……何故三人とも固まっているのだろう?
「おーい、クオーレ!なんか先生が呼んでるぞー!」
「あ、うん。ごめん、少し行ってくる。…ウィズ、何を準備しておく必要があるのか聞いておいて。場合によっては急ぎ知らせて。」
『あー……シン、右手使えなくても踊れるよね?』
「え?…踊れる、には踊れるけど、今まで同様僕なんかと踊ってくれる人はいないだろうし、右手もこんなだから案山子に徹するつも─『OK理解したあとは全部任せて。』あ、ああ…宜しく。」
よくは分からないが、ウィズに任せておけば大丈夫─「おいっ!どういうことだ!?」「いやぼくに聞かれても!?ぼくもてっきりシンが誘われてるとばかり…!」「あの馬鹿っ、何してんだよ!!?」『とりあえずヒカリに連絡して。』
…大丈夫、のはず…うん。
─────────
「────決まっていないってどういうことですの!!?」
…はい、ヒカリです。只今絶賛叱られ中です。
ついさっきまで、「優勝おめでとー」とか「頑張ってね」とか「ドレスすっごい似合ってる」とか「絶対お似合いだよ」とかとか、褒めちぎられていたとは思えないくらい…ネーナを筆頭に女子全員からお怒りの雷を落とされてます…。
悩みに悩んで、ノゾムに「ダンス代わってもらうのってあり?」って相談したのが失敗だった。
足下のフィアも溜息を吐いて、「だからあれだけ早く彼を誘いなさいって言ったのに」って呆れてて、味方してくれる気配は全くない。そんなこと言われたってぇ…。
「とっくにシンと踊ることになってるとばかり思ってたのに、何やってるんだい…。」
「だ、だって…右腕骨折するくらい大怪我してるし、無理させたく無いし…それに、ホントなら優勝だって出来たのに、無理矢理棄権させた私がダンス誘うとかあまりに図々しいし…。そもそも、私ダンスなんてやったことないし、シンだって下手っぴの私となんか踊って恥かきたくないだろうし…。」
かと言って、他の男子と踊りたいとか全く思わないし、何よりそんなとこシンには絶対に見られたくな……………あれ?
「なんっでこういう時に限ってヘタれるのですの!!あーもう、シンからも誘われていないんですか!!?」
「ぅ…さ、誘われてない……。あ、あの、ちょ、ちょっと聞きたいことが、あ、あああるんだけど…」
「いきなりどもってどうしたのさ。まあ、けどさ、あんなとんでもない殺し文句公言した訳だし、その責任は取らせていいんじゃないかい?」
「だよね!!もうっホンットカッコ良すぎて……コホンッ。そ、そうじゃなくてね!な、なんでさっきから…シ、シンの名前が出てくるの…?」
え、まさか…いやいやそんなわけないって誰にも言ってないし私だって自覚したのはつい一昨日で知ってるのはフィアだけだしないない私の考えすぎ─
「は?………あれで隠してるつもりだったんですの貴女?」
「───────ぇ゛。」
「………女子は、全員…とっくの前から、気づいてる。」
う────うわあぁぁぁぁぁっ!!!?うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?
「隠してるつもりだったんだね…。」
やめてぇ!!そんなポンコツを見るような目で見ないでぇぇ!!!え、え!?!気づかれてたこと自体ありえないのに「とっくの前から」ってどういうこと!!?なんかかなり前からって感じに聞こえるんだけど!!!?どういうことなの!!!?どういうことなのっ!!!!??
『どういうことも何も…そういうことよ、マスター。』
うぼあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?
〈ピンポンパンポーン♪お客様のお呼び出しを致します。ヴァイス学院ヒカリ・フィールセンティ様、ヴァイス学院ヒカリ・フィールセンティ様、ご友人様が─〉
〈おいヒカリさっさと電話に出ろ!!!お前なんっでシン誘ってねぇんだよ!!!もう時間ねぇぞ!!!シン取られてもいいのか─「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!ゔわぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
あ、ああああのっっっバカァァァァァァ!!!!
─────────
…何故館内放送からアサヒの声が…?なにやら自分の名前が羅列され、遠くから少女の悲鳴じみた叫び声が……聞き間違いだろうか?…っと、いけない。
視線を二人へ…それぞれスーツとドレスをこれ以上なく着こなし、何故かクスクス笑っているフロウ先生とアイリさんへと戻す。
「あの…?」
「っと、失礼…引き続き調査は行いますが、依頼者であったダザンバ家がこうなった以上、この線で組織を追うのは難しいと言わざるを得ません。」
「とはいえ」先生は眼鏡を掛け直しつつ言葉を続ける。
「ダザンバ家が組織と繋がっていた裏付けは既に取れています。結果的に、テール山と今回、二度に渡って組織の企てを阻止したことになりました。当面は彼女絡みで手を出してこないと見ていいでしょう。」
あくまで当面は、か。
「…分かりました。アーカム博士には自分の方から報告しておきます。」
「ええ、キメラについての例の件の確認もお願いします。」
「承知しました。」
以上で他には聞かせられない話は終わりらしく、「戻りましょうか」と背中を押し促してきた先生とアイリさんに従い、ウィズ達の待つ場へ戻ることにする。
「あんなに頑張ってくれたのに、本当にごめんなさいね…。」
「いえ、そんな…。」
…一応、この場においても引き続き警戒するべきか。悲鳴のような声も聞こえたし…一度様子を見に行ってから、ウィズを彼女の傍に置いて僕は周辺の警戒を─
「貴重な手がかりを不意にして頼りないかもしれないけど…ここはあたしとフロウ、それに仲間達が警戒しておくわ。今は、ヒカリちゃんと一緒に楽しんで?」
「ね?」…優しく微笑むアイリさんの心遣いは嬉しいし、頼りないとも全く思わない。だが、僕にも出来ることがあるなら手伝うべきでは…
「納得できないのであれば、彼女達とパーティを楽しむことが、今の君の仕事とでも考えて下さい。責任を果たす必要もありますしねぇ?」
?…責任って、なんのこと─
「あ。ほら、来たわよ。」
大扉が開き、会場が一気に騒つく。
豪華絢爛、綾羅錦繍…各々美しいドレスで己を着飾った少女達が会場に入ってくるところだった。
…その中に、彼女はいた。
何故か、すぐに見つけられて…目が離せなくなった。
『あ、シン、おかえり。早速だけど役得なお仕事………シン?』
「……………………。」
…仄かにピンクに色づいたワンピースタイプのドレスにその身を包み…青みを帯びた美しい黒髪には、小さなティアラを彷彿させる可愛らしい装飾。
どこか現実とは異なる次元から来たような…言うなれば、国宝級の絵画や童話の姫君に匹敵…いや、それらでさえもこの美しさには程遠い。
一歩一歩、近づいてくる少女から目が離せなくて、彼女以外が目に映らない。
「え、えと…あのねっ!さっきどっかのバカが変な放送してたけど全然気にしないでね!?ってか忘れていいか─」
あと一歩でゼロとなる距離で立ち止まった彼女は、わたわたと矢継ぎ早に告げてくる。
そんな姿すらも、
「────綺麗、だ。」
「………ふぇっ!!?」
「あ…っ!ご、ごめん…!」
いかん、見惚れる余り完全に我を忘れて…。この言葉は僕でなく、彼女のパートナーを務める人物がかけるべきものだったのに…
「な、なんでもないから。…本当、ごめん。」
これ以上妙なことを口走り迷惑をかけないよう、急ぎ場を離れ───ようとした僕の服袖を、ほっそりとした綺麗な指が摘んだ。
「…ヒ、ヒカリ?」
「…い、今の、ホント…?」
「今、の…?」
「その…綺麗って、言ったの…。」
「え、あ……いや…まあ…」
…ちょこんと、こちらの袖を掴んだまま、白磁のような頬を紅潮させ、潤んだアメジスト色の瞳で…どこか懇願するような上目遣いで見つめてくるドレス姿の少女は、誰がどこからどう見ても…
「っ…。」
再び目が離せなくなり、今度は鼓動が高鳴って顔に熱が籠ったのが自覚できた。
「……っ…き、綺麗、だよ…凄く。」
間違いなく自分は今、顔が真っ赤で見るに耐えない表情をしている。
「〜〜〜〜っ!」
…彼女も彼女で、真っ赤っかだった。林檎を思わせるほど赤面し、心なしか頭上に湯気を漂わせる程に。
「あ、あり、がとっ。シ、シンもスッゴく似合ってて、カッコいいよっ。」
「い、いや…そんなことは─「皆様お待たせいたしました。」っ!?」
強制的に割り込んできた第三者の声に肩が跳ねる。目の前の少女も同じようにビクつかせていた。
「これより、ノースダイヤ中等部新人戦、懇親会を開始致します。優勝者のヒカリ・フィールセンティ様並びにパートナーの方は壇上へお越し下さい。」
も、もうそんな時間だったか。…いや、ちょうどよかった。これ以上…こう、ふわふわというか、地面に足がついていないような…人生で初めて陥った今の感覚は心臓に悪い。
「ん…緊張するとは思うけど、折角だし楽しんできてね。いってらっしゃい。」
「ぁ…。」
服袖を掴む彼女の指を外すべくやんわりと手に取って──
『口説くだけ口説いてどこに行くのかしら?』
───ピンク色のリボンが指に絡み付き、白色の尾が首筋に当てられた。
…………………んんっ!?
『逃げようなんて考えてんなら、首掻っ切るよ?』
え、いきなり相棒にガチの脅迫されたんだけど…。
意味不明な恐怖に思考が停止し、強制的に彼女と手を繋げさせるフィアに引っ張られて…え?え?一体どこに連れて……………
「ま、待って!?待て待て待て待て待って!?何を考えているの君達!」
『『いいから黙って男の責任取ってこい。』』
またその言葉!?責任って何の!!?
「フィ、フィア!?ダメだってこんなやり方!やっぱりシン、私と踊るのイヤがってるしっ絶対迷惑かけちゃうし…!」
「え?あ、いやっ…別に、僕は嫌というわけではなくて、迷惑でも全然ないけど─「ホント!?」あ、ああ。…いやいやいやいや、そうじゃなくて!」
「やったぁ!」ってぴょんぴょんしている場合じゃないから!「シン踊ってくれるって!」なんてアリーセさん達に嬉々と報告してないで話を聞いて!?
「僕じゃ駄目だって!君や学院の恥になるから!」
僕なんかがオープニングダンス…それも彼女のパートナーを務めるなど冒涜に等しい…!そもそも君と踊るべき人は別にいて…!
「ソ、ソウマ!」
「頑張ってね。」
「アサヒ!」
「しっかりな!」
………誰か止めてよ!?
なんでうちの学院は誰一人として止めず揃ってサムズアップしているの!?なんで他学院生までもがこのあり得ない組み合わせを拍手で受け入れているの!?なんっでこういう時に限って色々企てしていたお偉い方は歯痒い表情で遠目に見ているだけなの!?
ほら、「ヒカリにお前は相応しくない!」とか「オレが先に誘っていた!」とかほらっ、色々あるでしょ!?…え?「貴方がいるのに出来るわけないでしょう」ってどういうことフィア?
スピリットの手により強制的に壇上へ連行されるという予想だにしなかった事態に冷や汗が止まらない。壇上際までやってきた見知った顔ぶれ達からは冷やかしのような声も聞こえてきて、完全にヒカリの迷惑になっているではないか。どうするの─「男を見せろ」じゃないよウィズ!
「シン…?」
っ…だから、その上目遣いはやめて欲しい。またしても足元が覚束なくなりそうになる…。
…分かっている、分かっているから頭をペシペシ叩かないでウィズ。最早ここで彼女を置いて逃げ出すことは空気的にNGであることはちゃんと分かっているから。逃げたいんだけどね!
…ヒカリももう後には退けないことを理解しているのだろう。リボンが解かれたにも関わらず、その手は自身のものに重ねられたまま。
………………覚悟を決めろ、シン・クオーレ。
「…本当に、本当にごめん。あとで土下座でもなんでもするから。」
自身の左手に重ねられる白磁のような右手を少し引かせてもらい、距離を縮ませ─そこ、ヒューヒューキャーキャー囃し立てるな!
「し、しなくていいからっ。…スッゴく嬉しい、し。えへへ…。」
「…そう言ってくれると助かるよ。えっと、ダンスの経験は?」
「あ。……ゴメンなさい。」
「あ、謝らなくていいから。…大丈夫だよ。左手を僕の肩に。」
「こ、こう?」と右肩に少女の左手が添えられたのを確認し、立ち位置を微調整…意識を切り替える。全意識を、少しでも彼女に恥をかかせないようベストを尽くすために。
旋律がフロアに響き始めた。
─────────
前に…右に、左に。
綺麗な音楽に合わせて、足を動かしていく…ううん、正確には動かしてくれてるの方が正しいのかもしれない。
「次、前に三歩、左へ二歩。」
私にだけ聞こえる声量で彼は呟くと、左手で私の右手を優しく引いて後退。つられるままに私は前進。次は左へ行って、流れるようにクルリとターン。
ゆったりとしたリズムに乗って、シンのリードに導かれていく。
「早くない?」
「だ、大丈夫。」
うん、ホントに全然大丈夫でしかない。私が足を絡ませないように、動きやすい方にシンが誘導してくれてるのが踊っていてよく分かる。
足下でフィアと一緒にクルクル踊ってるウィズが「シンに任せとけば無問題」って言ってたけど正にその通り。ダンスとか踊りとかと無縁な人生を歩んできた私がそれなりに踊れてる…ような気がする。壇上下の先生達からも感心してるような声が聞こえてくるし。
「シンって、ダンス上手だったんだ…。」
考えてみれば、彼はミナト博士の助手だし…多分、こういった場にもついて行って沢山踊ってるんだろうな。普段もカッコいいけど、今の格好はより大人っぽくて、王子様に見えるもん。…ただ、私以外の女の子と…かぁ…。
「研究会の付き合いで一応覚えておく必要があっただけだよ。実際踊るのは今が初めてだし。」
「え、そうなの?」
じゃあ、私がシンの初めての相手ってこと?…あ、ヤバい、今絶対私ニヨニヨして─
「うん。だから、ソウマやサイファー君なら…というか、他の人ならもっと上手くリード出来たと思う。」
「期待に添えずごめんね」…なんて、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるシン。
…もうホントに、ホンットに分かってない。
私が貴方を、どれだけ───
「ヒカリ?」
…私だけ、というのが悔しくて、でもどこまでも私のことを思い遣ってくれる優しさが嬉しくって…胸に溢れる≪感情≫が抑えきれなくなって、残り半歩の距離を無理矢理詰めてその胸元に顔を埋める。
彼から慌てた声が、周りから色んな声が聞こえてきたけど構わない。
抱き合うように密着したまま、曲に合わせて二人で踊る。
「シンがいい。」
私が今、どれだけ幸せなのか
「シンじゃなきゃヤダ。」
私が今、どれだけドキドキしてるのか
「シンが───」
私が貴方を、どれだけ───
「───私の一番だもん。」
────好きなのか
少しでも、伝わるように願って。
to be continued




