45話 あとを託して
ノースダイヤスピリット専門校中等部、春季新人戦…メインスタジアムの中央に設置されたフィールドにて、二人の依り代が向かい合う。
方や、青みを帯びた黒髪の少女。
此方、眼鏡をかけた水色の髪の少女。
先程執り行われた、もう一つの準決勝…アサヒとソウマに続く同校同クラス同士の試合に、周りのクラスメイト達が固唾を呑む中…両雄のスピリットが激突を始めた。
新人戦最終日…五日目の午前11時。
三回戦で敗退となった僕は、試合を見守る…のは相棒に任せ、上司である博士へ今回の経緯と結果を報告するべく、思い返しながら左手を用いてタブレットへ文字を入力するのだった。
───二日前、新人戦三日目、17時
「────三回戦、君は欠場です。」
それが、バインダーを片手に、かの少年についての処分等を伝えた後、「ああ、それと」に続けた青髪眼鏡の男性の言葉であった。
…とりあえず、
「いや、出ますよ。」
瞬間、先生の反対側…僕が横たわる白色一色のベッドの窓際側に置かれたパイプ椅子に座る、青みを帯びた黒髪の少女の怒号が室内どころか建物中に轟いた。
「このっバカバカバカバカバカァァッ!!─出ますよ─じゃなぁぁい!!どんっだけムチャして大怪我ってるかぜんっぜん分かってなぁぁい!!!」
大怪我ってるって…。とりあえずそう断定するなら耳元で叫ばないでほしい。君とフィアの“ヒール”により出血は治ったとはいえ、体調は万全とは言い難いので…。いや助けてもらったのは事実なので感謝しかないのだけど。
「お、落ち着いてヒカリ。気持ちはよく分かるけど…。」
「あー、でもよ、本人が出るって言ってんだし、いいじゃねーの?」
ともかく、彼女のガチの怒声により、本来なら先生が許可するまで入室禁止となっていたはずのアサヒやソウマ、他クラスメイトまでこうして何事かと言わんばかりに雪崩れ込んでくる始末。
「そりゃ、あの血ダルマのままならヤベぇけど、お前が治し─「因みに今の彼の状態ですが、右腕は骨折、両脚は共に筋肉剥離、肋骨にはヒビ、全身打撲、マナ回路も大半がオーバーヒートを起こしていますね。それから」───ヤベェまんまじゃねーか!!」
先生がカルテを読み上げた途端、二人の友もヒカリ側になってしまった。
「馬鹿かお前!!」とヒカリに加わり怒鳴ってくるアサヒに、心配顔から打って変わり「馬鹿じゃないの?」と黒笑を向けてくるソウマ。その他、エストワールさん達までもが心なしか冷たい眼差しを向けてきて…味方が一人もいなくなってしまった。
四面楚歌とは正に今の僕を指すのだろう。
『今の私とマスターの力量じゃ、体力はある程度回復させられても、外傷は精々切り傷や擦り傷くらいしか治せないわ。こんな状態で無理をすれば、後遺症が残りかねないわよ。』
「分かった!?ずぇったい試合なんかダメ!!ベッドに括り付けてでも出さないんだからね!!ゆっくり休むこと!!それと───全然治せなくてホンットゴメンなさい…!!役に立たないポンコツダメ女でホントにホントにゴメンなさいっ!!」
怒から哀へ…相変わらず≪感情≫の揺れ幅が目まぐるしい─ではなくて、謝ることは何一つないから。本当、感謝しかないから。≪命≫を助けてもらったも同然だから。寧ろ、明日からまた試合だというのに余計なマナを使わせてしまったのだし、こっちが謝らないといけないから。だからお願いしょげないであぁぁ泣かないで
────閑話休題。
だがしかし、僕とて「はいそうですか」と退くわけにもいかない。今回の件は、トリコ・ダザンバを倒せば解決ではないのだから。
あの場はなんとか退いてくれたが、例の規約が生きている以上、彼女の自由と身の安全が保証されたとは言い難く…他学院の幹部らは今この時も虎視眈々と光属生の獲得を狙っているはず。
トリコ・ダザンバのように、己が欲望のために彼女を付け狙う者もトーナメント参加者の中に潜んでいるかもしれない。
「それに、勝手なことを言っている自覚はあるけど…僕は、君を泣かせるような連中に、君を渡したくない。だから……………ヒカリ?」
「……………ぁぅ…。」
……先程までの剣幕等々は何処へやら。身を縮めるように俯く彼女。表情は伺えないが、耳や腕が紅潮しているように見える。あと、何故か周りのクラスメイト…主に女性陣からキャーキャーと黄色い声が聞こえてきた。
「ど、どうしたの?具合でも悪─『はいはいヘタレ鈍感ヒカコン乙。』いった…!?」
『マスター、思い耽りたい気持ちはよく分かるけど、今は流されちゃダメよ。気をしっかり。』
「ハッ…!」
よ、よくは分からないが…顔を上げてくれたので大丈夫と判断し、話を戻して…え?何ウィズ?僕が喋ると話が進まないから黙ってろ?
「シ、シンがそう思ってくれてるも、ああ言ってくれたことも、ホントにホンッッットに嬉しいし、メッッッチャカッコよかったし、感謝もスゥッッゴいしてる。」
…そこまで溜めることもないというか関係ないことが含まれているような気もしなくもないが、まあ忌避的に思われていないようでよかった。
「でも、だからなの。だからこそ───ここからは私が頑張る番。」
「…………………。」
「でしょ?」と、真っ直ぐに見つめてくるアメジスト色の綺麗な瞳に…自然と苦笑が零れた。
「……そうだったね。」
一人で戦うのでなく、一緒に戦うと決めたのだった。
「…あとは、任せていいかな?」
「うんっ、絶対優勝するから!」
無論、試合に出ることだけが全てではない…こんな僕にも出来ることはある。予選で得た情報を元に、ヒカリの対戦相手を再度徹底的に分析し、少しでも彼女の力に─
「お前らだけで盛り上がんなっての。あと、優勝すんのは俺だかんな!」
「アサヒ…ここは空気読んで二人の世界にさせてあげなよ。」
「ふぇっ!?ふ、ふふ二人の世界って、にゃに言って…!あぅぅ…。」
…またもヒカリが「あうあう」唸り始めたのだが、本当に大丈夫だろうか…?
────という経緯を経て、僕は三回戦を辞退。不戦敗という成績に終わった。
なお、昨日先生に個人的に聞かされた話によると、例の試合後、各校が裏で共謀し僕を失格させようと動いていたらしく、どの道僕の三回戦進出は難しかったとのこと。
優勝は、彼女…そして、彼女を大切に想う者達に託すしかなかった。
…思うところがない、とは言えない。護ると息巻いておきながらこの様。一昨日の試合も、不思議な現象に助けられただけで…自身の弱さを改めて痛感させられた。
「ちっくしょー!負けた負けたー!」
「ただいまー。そっちはどうなってる?」
!…アサヒとソウマか。
彼女を想う者達の筆頭といえる二人…先程の準決勝第一試合で相対した両名が僕の両隣に腰をかける。
「ほぼ互角…だけど、ヒカリがエストワールさんの戦い方に順応し始めた。」
おそらく、そろそろ拮抗していた天秤が傾……いたな。ヒカリとフィアが、エストワールさんとセラの巧みな戦法を潜り抜けて一気に攻勢に出た。
「ソウマ達が頑張ってベスト4をヴァイス独占にしてくれたお陰で、憂いが無くなったことも大きいと思う。」
準々決勝でのサイファー君との試合以上に、伸び伸びと試合に臨めているのが見て分かる。本戦の中には彼ら以上のランクや実力を持つ相手もいたというのに、その尽くを撃ち破ってくれた彼らには本当に感謝しかない。…まあ、今現在、そんな絶好調となった彼女の相手をしているエストワールさんには、たまったものではないかもだけれど。
「本当に、ありがとう。」
「何言ってんのさ。ぼく達がここまで来れたのも、シンが対戦相手を徹底的に調べてくれてたお陰だよ。」
「それな。予選の時、なんかあちこち行ってんなーとは思ってたけど、まさかほぼ全員の試合見て対策練ってたとか、ガチすぎて引いたぜ。しかも全部その通りだしよー。」
…優勝を目指すなら普通のことだと思うのだが。
「それも結局、全部ヒカリのためだったってところがあんたらしいよね…。…因みにだけど、あたしらの対策法とかもあるのかい?」
「え?…えっと…まあ、一応それなりに。」
アリーセさんの問いかけに頷き返す。授業や放課後で試合する中で自然と各々の長短は分かるため、意識せずとも対策の一つや二つは見えてくる。
「フン、通りで。どうせ僕の攻略法もフィールセンティに教えてたんだろ。」
「…ヒカリにだけ、というならまだ目を瞑りますが、レミリアにまで教えていた…などとは言いませんわよね?」
ギロリと睨んできた二名の準々決勝敗退者に慌てて首を横にぶんぶん振る。
いくらなんでも同校それもクラスメイトの情報を売ったりはしていない。というか、ヒカリもエストワールさんもそんなことは望まないだろうし。なので睨まないで欲しいです。サイファー君もテルマーサさんも準々決勝で二人に負けたことが悔しいのはとても分かるけれど。
「そこまで!準決勝第二試合、勝者!ヒカリ・フィールセンティ!!」
…決まったか。勝利を収めたヒカリは勿論、エストワールさんもやれるだけのことはやりきったのだろう…悔いはなさそうで、握手を交わす二人の顔には笑顔が浮かんでいた。
「念のため確認するけど、ヒカリに遠慮する必要はない…それでいいんだよね?シン。」
「うん。…元々の発端は僕がテール─「ストップ。」………。」
「一昨日も言ったはずだよ?ぼく達は何も知らなかったし何も気づけなかった…それでいいって。」
「…しかし、」
全てではないとはいえ粗方の事情を知り、しかも自身らの力を競う催しをも賭け事同然に利用されていたとなれば…その矛先は─
「心配しなくても、以前のようにヒカリが周囲からとやかく言われるようや事態にはなり得ませんわ。」
「勿論、貴方にも」…そう、静かに溜息を吐いたテルマーサさんに、「え?」と半端反射的に首を傾げる。
会話を引き継いだのは、アリーセさんだった。
「ヒカリも、あんたも…大変な目に遭ってたっていうのにさ、あたしらはなんも気づいてやれなかった。それどころか、変に突っかかったりしてさ…。」
…二日目の件だろうか。
「いや、あれも僕がそう思わせるような態度をとっていたからで、君達が気に病むことでは…」
今思えば、余裕が無く…配慮に欠けていた。
「だとしてもさ、あんたは選択枠蹴ってまであんなとんでもないのと戦ってくれて…ヒカリは、無理矢理連れてかれそうだっていうのに、迷惑かけてごめんって謝ってきて…。」
「わたくし達は…何も出来なかったんです。友人が、あんなに苦しんでいたのに…。あんなに、必死で、耐えて、っ…泣いていたのに。」
…所々から、啜り泣くような音が聞こえてきて、顔を伏せる様子が目に映った。
「どうしてっ今更教えろなんて言いますか。糾弾なんてしますかっ。」
「あまり見くびらないで下さいっ」…涙ぐんで睨んでくる、優しい少女に…少女に同意し彼女を受け入れてくれる級友達に、僕は…「ごめん」と言いそうになって…けれども「ありがとう」と口にした。謝罪でなく、感謝を伝えるべきと思ったから。
「つーわけだから、お前ももう気にすんな!いいな!?」
「…うん。」
本当に、あの時、彼女を引き止めることができて、良かった。
「まあ、つっても、もうあんな無茶すんのは無しだかんな!いざって時は…いや、もうさっさとすぐに、いの一番にこの俺を頼れ!」
「…ベスト4程度じゃ無理だろ。」
「はあ!?準々決勝でヒカリにボコられたお前よりマシだっての!」
「喧嘩を売ってるのかアサヒ・ヴィレイズ…!」
「先に売ってきたのはお前だろーが!」「なんだと!?」等々、ぎゃいぎゃい言い合いを始めるアサヒとサイファー君。また、その言い合いは見る間に伝染していく。「俺の方が頼れるっての!」「あたしでしょ!?」「いいや僕が」…届いてくる声に、自然と頬が緩む。
「たっだいまー!シン、見てた見てた!?レミリアの戦い方、シンみたいで……ふぇ?何これ?喧嘩中?」
「…クスッ、皆、君のことが大切だってさ。」
「??」
きょとんと首を傾げるその姿に、僕は声を出して笑った。
to be continued