44話 覚醒───≪心≫に誓って
試合中、何かが鋭められていく自覚はあった。
傷つく度、何かが蘇っていく感触があった。
声が届くにつれ、何かが紐解かれていく感覚があった。
「何か」が、何かなのかは…分からない。
けれど。
視界に捉えるもの全てが鮮明に映る。
鼓膜を震わす全ての音の意味を認知する。
マナがこれまでと比べ物にならないほど身近に感じられる。
頭の中が遥かにクリアになり、思考が加速する。
『……シン、その眼…』
初めてのはずなのに、酷く懐かしい感じがして…胸の奥が、痛くて…。
汗や血と違う雫が一つ、頬を伝って零れ落ちたことに気付いたのはウィズだけだった。
「え、は?な、なんで…!?なんでこんな…簡単に!?な、何したお前ぇ!!?」
「────怖気付いたか?」
「おじけっ…!?ふ、ふふふ、ふ、ざけんなァァァ!!死にかけのくせにぃぃぃ!!!殺せぇぇぇぇ!!!」
残る五つの首が食い殺さんとばかりに大口を開けて殺到。
クラスメイトらの「逃げろ」等の悲鳴が聞こえる中、何をどうすればいいのか、どこをどう歩めば無傷で済むのかの解が、瞬時に弾き出された。
「ウィズ。」
『!うんっ。』
前に五歩、右に三歩、後ろに六歩、左にニ歩、アーツで逸らし前に一歩─
怒号を上げて牙を剥くそれらを順に歩いてかわしながら、狙いを定めていた首のコアへ接近。マナをウィズへ供給。ポイントを指定。───セット。
「“ブレス”。」
『っらぁぁ!!』
轟音と共にアーツが命中し、雷属性を備えた首が一撃で消失。
続いて背後から迫ってきた水属性の頭首に“縛”をかけ、その動きを完全に静止させる。
「“攻化”、セット。」
『“スマッシュ”!』
ドゴォォォン!!!
「なん、でぇ!?あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない!!」
残るコアは、3───ガクンと膝が折れ地に崩れ落ち─
「「「────シンっ!!!」」」
友達の声が支えてくれた。
もう少し、もう少しだけでいい…言うことを聞け、僕の身体。
「なんなんだよお前ぇ!!?どんなチート使ってんだ卑怯者がァァァ!!!」
ミスリルから対象へ膨大なマナの供給を確認───三つ首それぞれより、威力と制圧に重きを置いた広範囲最上級アーツの発動予兆確認。
対処方法───身体能力にモノを言わせた即時離脱─── 身体へのダメージが深く非推奨。
「(なら…)」
マナの足場を形成+足場に対し反発するマナを自身とウィズの脚部に付与。
ドンッ。磁石のS極とN極とが弾き合うように、付与したマナ同士が反発し合い一気に距離を取り、アーツの範囲外へ離脱。回避に成功。
対象、これまでのダメージ及び最上級アーツを放ったことにより疲弊───今なら動きを完全に封じられる。だがそのままでは“解”によって解除される可能性あり。対処方法───“縛”を複数に掛け合わせ、所定手順を辿らなければ解除されないようマナを結び合わせる。術式構築…完了。“縛”発動────成功。
「ウィ、ズ。」
『シン!』
互いに頷き合い、無数の光の鎖によって雁字搦めにされたキメラを囲うように“空踏”を形成。
「何っ簡単に縛られてんだよォォォ!!もォォォォォォ!!“解”!“解”!!か、“解”ぃぃ!!な、なんで解けないんだよおぉぉぉ!!!」
これで、終わらせる。
『“ブーストストライク”───!』
「───≪流星-ミーティア-≫。」
光り輝く白銀のマナを纏ったウィズが突貫。
氷属性の首のコアを貫き、その先に設置していたマナの足場に着地───方向転換及び反発作用により加速。その勢いのままもう一度突撃。同時に供給マナを変更、土属性の首をも貫く。
『ラストォっ!!』
再度“空踏”により方向転換+反発加速+供給マナ最適化。
流星を思わせる閃光となったウィズが狙うは、当然
「ああぁぁぁぁあぁぁ!!!やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろぉぉぉぉっ!!!」
最後のコア。
「────チェック、メイト。」
白き流星が、泥色の暴竜を穿った。
─────────
覚醒、って言葉以外見つけられなかった。
まるで、相手の攻撃がどこに来るのか最初から分かってるように全部かわして、今まで見たことのないスキルの使い方をして、ウィズのアーツの威力もいきなり跳ね上がって、あっという間に全ての首を…。
キメラの周りを、その技名の通り流星みたいに駆け抜けた白いスピリットが、白髪の男の子の傍に着地する。
「今度こそっ、今度こそやったんだよな…!?」
「っ…頼むから、これで終わってくれ…!」
さっきのことがあってか、アサヒもソウマも…みんなが、固唾を飲んで祈るようにフィールドを見守っていた。
シンとウィズが、首を全て失ったキメラの方へ、荒い息を吐きながら…今にも倒れそうな身体を引き摺るように近寄っていく様子を、ただ祈って、見守るしかなくて…。
「もう、大丈夫よ。」
そんな私の肩に、アイリさんの手が優しく置かれた。
隣では、深く息を吐いて、珍しく口元に優しい笑みが溢すフロウ先生の姿も。
「本当によく頑張ったわね…彼も、貴女も。」
「ぇ…?」
「君達の勝利、ということです。」
先生のその言葉とシンの手がキメラに触れたのは、同じタイミングだった。…キメラの身体が崩壊を始めたのも。
燃えて、灰になっていくように、可哀想な怪物が少しずつ消えていく。
「ウソだ。ウソだ。ウソだ、ウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだぁぁぁぁぁぁ!!!どうなってんだよォォォ!!?」
依り代の少年から信じられないとばかりの悲鳴が上がる。その顔から見える≪感情≫は憤りしかなくて、労りや謝罪の気持ちが一つもなかった。
「お、お前を作るのにどれだけ金がかかったと思ってんだァァ!!!こんなっこんな無属性の雑魚に負けるとかっどこまで役立たずなんだよォォォ!!!あぁぁぁぁもぉぉぉぉっ!!!どいつもこいつもっボクの足ばっか引っ張りやがってぇぇぇぇ!!!」
…酷い…酷すぎる…。
きっと、みんながそう感じてる。消えていくキメラを罵倒するその姿に、観客席の至る所から「なんなんだよあいつ」「最低だろ」等の声が零れていた。
「な、に!コソコソ話してんだァァァ!!!弱いくせにっ!!ゴミクズのくせにぃ!!加害者のくせにぃっ!!お前らがっ全部悪いんだろうがぁぁぁ!!!あの女が手に入ればお前らなんかぁぁぁ!!!」
…でも、彼は何も言わなかった。
喚いて地団駄を踏むトリコ・ダザンバに構わず、目もくれず…泥色の巨龍を労わるように、手を添え続ける。
その様子は、どこまでも優しくて、シンらしくて…。
「………っ二回戦、第一試合!勝者!ヴァイス学院、シン・クオーレ!!」
湧き上がった歓声の中、「ありがとう」っていくつもの声が聞こえたのは、幻聴なんかじゃないって思えた。
「っはぁぁぁ……あ〜なんか一気にドッと来た。もう、ほんっとに、ほんっっとに…!心臓に悪すぎる…絶対寿命縮まった…。」
「な、なっさけねーなソウマ!つか、見たかよライカ!やっぱあいつすげぇよ…!さすが、俺の見込んだライバルだぜ!!」
『…すげぇ、なんてもんじゃ片付けられねぇぞ。あの坊主…』
『ああ、彼は一体何者だ、フィア…?』
『……………シンは─「この試合は無効だっ!!」…どう言う意味かしら?』
まだいたのか…そう言わんばかりにフィアの視線が射抜いたのは、私のことをしつこく勧誘していたシュヴァルツ学院の人。
ニヤニヤと笑っていた表情はすっかり無くなって、代わりに耳まで真っ赤にして激怒している≪感情≫が読み取れた。
「なんたる醜態をっ…貴様が勝てると断言したから…!っええい、こんなもの単なる偶然だ!!いいかねヒカリ嬢!君はこんなところにいてはならない!!君の居場所はここではないのだ!!」
ズカズカと詰め寄ってくる男性…を阻むように、先生とアイリさん、アサヒとソウマが間に入って…他のみんなもいい加減にしろとばかりに彼を睨みつける。
「君にはそれだけの価値があるっ!!光属生のマナを生まれ持った君は、とても素晴らしい存在なのだ!!それをこいつらは何一つ分かっていない!!君自身もだ!!」
それでも、彼の言葉は止まらず、私の耳にも全部聞こえてくる。
「私は理解している!!君の価値を!!君という存在の素晴らしさを!!」
…自分がスゴいなんて、思ったことなんかない。良いところなんて、分からない。価値なんて、もっと分からない。
ただ、その言葉は…なんだか、私の意味って、光属生しかないって言われてるように感じた。
「このままヴァイスにいては君は凡夫に成り下がってしまう!!いやっ、それどころか、君を悪用しようとする輩に利用され終わってしまう!!攫われかけたのを忘れたわけではあるまい!!」
……光属生が珍しいってことは知ってる。
私を狙う人達がいることも。そのせいで、シンやフィア、ウィズを巻き込んで、先生やみんなにも迷惑かけてることも、その通りでしかないんだと思う…。
「抜け駆けは感心せんなぁ。虎の子が敗れ体裁も取れなくなったか?いい気味だ。」
「ヒカリ君、シュヴァルツなんて低俗校の言うことなど無視しなさい。どうだろう?一度我が校に体験入学してみないかね?」
「ええいっ、どけどけ!やはり貴様らは何も分かっておらん!光属生というのはだな…!」
今この時だって、いっぱい迷惑をかけてるんだもん…。
…そう思うと、喉がつっかえてるみたいに、言葉が出なくなった。
「まあまあ、落ち着いて皆様方。ここはまず、彼女に我らの思いを理解させるべきではありませんかな?」
「確かにな。良いかねヒカリちゃん、我々は君のためにこの大会に全力を挙げた。私達はね、君のことを本当に大切に思ってるんだよ。それだけの価値が君にはあるんだ。」
「そうだ!なら、どうするべきか子供でも分かるだろう!?それが光属生に選ばれた君の責務なのだ!!我儘など認められるはずがないだろ!!」
自分が何なのか、分からなくなってくる。
フィアやアサヒ達の…多分反論してくれてる声も、よく聞こえない…。
自分のことなのに、否定したいのに…言い返したい言葉があるのに、何も─
「────言って…いいんだよ。」
そんな、情けない…どうしようもなく弱い私に、貴方は告げる。
「君は、君だから…。」
私が欲しい言葉を、背中を押す言葉を。
「光属生なんて、関係ない…どうだって、いい。」
傷だらけで、立ってるのだってツラいはずなのに…態々歩いてきてくれて…。
「君は────君だよ。」
静かに、澄んだその声は、どうしようもなく≪心≫に染み込んできて…込み上げてきて、
「君の、思う通りにして良い…。もう、我慢しなくて…いいんだよ、ヒカリ。」
私を、蒼い瞳で真っ直ぐに見上げて、いつものように、初めて会った時からずっと変わらない、ふわりとした、優しい…どこまでも、誰よりも、私がっ大好きな、優しい微笑を浮かべてっ─
『シンはいつだって、誰よりも、何よりも、マスターのことを想ってくれる───最高の男性よ。』
湧き上がる≪感情≫のまま、私は観客席から飛び降りた。
─────────
5メートル近い高さから躊躇なく飛び降り、両手を広げ、重力そのままに降ってきた青みを帯びた黒髪の少女をたたらを踏みながらもしっかりと抱き止める。
背に回された両腕に力一杯力を込めて、肩を震わせて…頬に大粒の雫を流すその姿が、全てを物語っていた。
己が身の血や汗で汚れるからと…ましてや、痛いからなんて理由で引き剥がすなんてことはしない。
ただただ、大声を上げて泣きじゃくる彼女の頭を左手であやす様に撫でる。
不安だっただろう。怖かっただろう。必死に堪えていただろう。
ずっと、ずっと目一杯泣きたかっただろう。
当然だ。彼女は、13歳になったばかりの普通の女の子なのだから。
皆と何も変わらない、嬉しい時は笑って、悔しい時は怒って、悲しい時はしょげて…辛い時に泣く、普通の女の子。
明るくて、元気で、一生懸命で、優しい…中学生一年生の、女の子。
ヒカリ・フィールセンティという、世界にたった一人の女の子なのだから。
「っ、ここがいいっ、ここにずっといたい…!どこにも行きたくない!離れたくないっ…!」
「うん…。」
「っシンと、いっしょにいたい…!いたいよっ…!」
堰が壊れた様に、声を…≪感情≫を吐露する少女。
それを、我儘と断ずる者もいるだろう。責務の放棄と罵る者もいるだろう。…周りを巻き込むなと、咎める者もいるだろう。
…きっと、他の学院へ移った方が、彼女の安全に繋がる可能性も高いのだろう。
身を乗り出し、こちらを憤慨した表情で見下ろしてくる各学院の代表者らも…光属生である彼女を大切に思ってはいるのだろう。
しかし、それでも…僕は。
「そいつをっ寄越せぇぇ───がふっ!!?」
背後から迫ってきた灰色の髪の少年を、振り返ることなくその首襟を右手で掴み上げ、観客席のフェンスへ叩きつける。
嫌な音が右腕の内部から聞こえたが、構わず押さえ込んだ少年…トリコ・ダザンバを至近距離から見据えた。
「マジで、な、んな、んだよっ、お前…!!なんなんだよっお前ぇぇぇぇ!!!」
「……………………。」
「何とか言えよぉぉぉ!!!全部、全部お前のせいだぁぁぁ!!消えちまえ!!死ねっ!!!死ねっ!!!このっ疫病神!!化けもの─」
『『もう黙れ。』』
ズドンッ!!…ウィズ、そしてヒカリを追って降りてきたフィアが、押さえられる彼の顔面左右スレスレにアーツを打ち当てた。恐怖に耐えられなかったのか、白目となった彼から手を離すと、そのまま糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。
『シン。』
「分かっている。」
憐れむようなことはしない。…ましてや、自分のことなんてどうでもいい。
「っどこまで邪魔立てすれば…!いい加減にしたまえ!!これは最早国家レベルの話!!そんな我儘が通ると思っているのか!!?っ貴様のような無属性が、いつまで出しゃばるつもりだ!!?」
…ああ、確かにその通りだ。
光属生という稀有な属性は、時に国家間のパワーバランスをも左右する。
本来なら、僕なんかが彼女と関わることすらおこがましい。
「そもそも貴様が─「だとしても!!」っ!?」
だからどうした。
「彼女は今、泣いているんです…!ここにいたいって、行きたくないって!!」
左手で少女を抱き止めた体制のまま、言葉を連ねる。
口の中に広がる鉄味の液を飲み込んで、声を張り上げる。
「どんな≪理想≫が、如何なる≪真実≫があるとしてもっ、その願いを、我儘だなんて言わせない!!」
これは、世界へ向けた宣告。
「どれだけ不相応でっ資格がないとしても、その≪感情≫を、無いものになんてさせない!!」
そして、自身へ向けた誓言。
「誰が何と言おうと、何があろうと、何度だって、≪命≫を賭けて───!!」
今一度、≪心≫に誓う。
「彼女はっ…ヒカリ・フィールセンティは─────僕が護る!!」
to be continued