43話 待っていて─
始めに感じたのは、微かな違和感。
次に感じたのは、すぐそこまで迫っていた死への誘い。
本能のままに、死神の鎌から逃れようと身を捻り───巨大な鈍器のようなもので殴りつけられたかの如き衝撃が全身を襲った。
成す術なく、身体が空にかち上げられ、姿勢を正す間も無く地面へと堕ちる。
肺から空気が漏れ、理解が追いつかぬ中激痛だけがしっかりと走る。
咳き込んだ口から、全身の至る箇所から、赤い液体が爛れる様が視界の端に映った。
「あっ、が…っ!」
全身を一瞬で幾度も駆け抜けた鋭痛に筋肉が硬直し、ウィズの叫びに応えることも出来ない。
同時に聞こえてきた、狂ったような笑い声と六つの重なった咆哮により、ようやく事態を認識する。
「(コアは、間違いなく貫いたはず…!)」
いかにキメラであろうと、コアを砕かれれば…なのに、何故。
「クヒャハハハ!ばっかだなぁ!!ほんっとお前ばっっかだなぁ!!」
「(詮索は、後だ…立、て…!)」
手に力を込めて、両足で立ち上がらなければならない。
「勝ったと思ったかぁ!?思っただろ!?勝てるわけないだろぉ!!身の程も弁えず、イキるのも大概にしろばぁぁぁか!!」
立って、戦わなければならない。
「見てるか下民どもぉ!!これがボクの本当の力!!火、水、風、土、氷、雷の複合属性!!お前らには一生縁の無いものだろぉ!!世界最強はボクなんだぁ!!」
復活した原因を突き止め、討たなければならない。
「これだけの力があれば、光属生がなくてももう十分なんだけどぉ…ヒヒッ、まあ少しは箔になるだろうしなぁ!!心配すんなよぉ!!依り代の女、ヒカリだっけ!?用が済んだ後もちゃぁんと面倒見てやるよぉ…!!結構可愛いもんなぁ!!楽しみだなぁ!!楽しみだなぁぁぁっ!!ナァァニしてやろうかなぁ!!クヒッ、クヒャハハハ!!」
何が何でも、勝たなければならない。
そうしなければ…
いけないのに…
視界が、歪む。
───少女の泣き叫ぶ姿が見えた。
音が、遠ざかる。
───少女の慟哭が聞こえた。
意識が、堕ちていく。
───少女の願いが≪心≫を過ぎった。
─────────
「や、だ…。やだっ…!やだぁっ!!シンっ…!!シンっ!!!」
「落ち着いてヒカリ!今行っちゃ駄目だ!」
「飛び降りる気かよお前!!」
「離して!!シンがっ、シンが…!!」
こうしている間にもどんどん赤いのが流れてっ…!!
「あれっ、ヤバいんじゃないかい…!?」
「ヤバいどころじゃないだろ。スピリットは顕在とはいえ、クオーレ自身はもう無理だ。下手すれば…っ。」
「っこれまでですわ…!試合を止めるべきです先生!!」
「……………………。」
「…な、なん…で、何も、言わないんですか…!?早く─「──やはり光属生を手放すのは惜しいかね?」!」
「っ…誰ですの貴方?いきなり─「シュヴァルツ学院の学長殿が何の用でしょうか?」…!」
「まさか、また同じことを言わせるつもりかしら?」
「フ、そう怖い顔をするでないアイリ嬢。私はヒカリ嬢の為を思って提案をしにきただけだよ。」
てい、あん…?
「今ここで君が、我が校に来ると約束してくれるなら、ダザンバを止め彼を助けてあげようと思ってね。」
───!!
『っ!!そんなの─』
「無論、断っても構わんよ。ダザンバが優勝すれば、君は我が校に来ることになる。どの道遅かれ早かれの話…だがまあ、その場合────あの無属性の安否は保証出来んがね。」
ぁ─────
「彼の失礼な態度や物言いには、ダザンバも随分腹を立てていたからね。見たまえよ。無様にもスピリットが悪あがきしているが─「待てよ…!」ん?」
「あいつが優勝したら、ヒカリがおっさんの学院に行く…!?なん、だよそれっ!!どういうことだよ!!?おいヒカリ、説明しろ!!」
「おっと、興奮のあまりつい口が滑ってしまったな。だが、もういいだろう。簡単な話だよ君。この大会は、貴重極まりない光属生を、どこが所有するか決定するためのものなのだよ。同世代における優勝者を輩出した学院にこそ、彼女を所属させる資格がある…何よりそれが彼女のため。そうだろう?」
「っ!ヒカリが、そんなことを望んだんですか…?いやっ、そんなわけない。大体所有って、ヒカリのことを何も考えていないじゃないか!!光属生としか見ていない!!」
「全く…君のような者が周りにいるから、彼女自身も己の価値を理解できないのだよ。まあ、ヴァイスなどという下等な学院に期待するだけ無駄というものだがね。」
「っざけんな!!勝手なこと言いやがって!テメェにっこいつの何が分かんだよ!!ヒカリ、お前もなんか言ってや─「ホ、ントに」!ヒカリ…?」
「ホントに、転校…すれば、シンを…っ助けてくれるんですか…?」
私が、転校するだけ
「勿論、最善を尽くすとも。」
「…も、一つ。フィアは、絶対、連れて行きません。」
『っ!ダメっマスター!!』
私が、この人について行くだけ
「ふむ……まあ構わんよ。重要なのは君の方だからね。但し、その分君には働いてもらうし、別の光属性スピリットと契約もしてもらうよ。」
私が、言うことを聞くだけ…
たった、たった…それだけで
「おいっ、何考えてんだよヒカリ!!」
シンが、助かる
「耳を貸しちゃ駄目だ!!こんなのどう考えても…!!」
だったら、考えるまでもない
ううん、きっと…最初から、考えることでもなかったんだ
なのに…そうしなきゃ、いけなかったのに、我儘を言って…彼をまた傷つけた
全部、全部私のせいだっ
「では、行こうか。」
もう…終わりにしなきゃ
最後くらい、シンを助けなきゃ
最後くらい……
────ああ…最後って思ったら
「っ…だ、黙ってて、迷惑かけてっ、ゴメン…ね、みんな。」
でも、もう、遅すぎて…伝える機会は、無いんだろうな
「シンっにも、ゴメンって…」
私、
「今まで、ホントにっありがとう、て…っ。────さよなら、って…伝えて…」
シンのことが───
「──────待、て…!」
─────────
〈や、だ…。やだっ…!やだぁっ!!〉
───少女の泣き叫ぶ姿が見えた。
〈シンくんっ…!!シンくんっ!!!〉
───少女の慟哭が聞こえた。
〈シンくんと、いっしょにいたい…。…いたいよ…。〉
───少女の願いが≪心≫を過ぎった。
〈─────いかないで…!〉
僕は───
─────────
「………………立っ、た…。」
信じられないものを目にしているかのような声を零したのは誰だったのか。
フィアか、アサヒか、ソウマか…クラスの誰かか、もしかしたら私自身だったのかもしれない。
でも、誰が言葉にしたか関係なく、きっとみんなが同じことを思った。
ふらつきながら
荒い息を吐きながら
血を流しながら
もう、ボロボロなのに
立つことだって、つらいはずなのに
それでも
「行かないで、いい…。」
…もういい
「そこに、いて…いい、から。」
もういいから
「不安…させて、ごめん…。…怖い、思い…させて、ごめん。」
もう、十分だから
「必ず、絶対に、勝つ。だ、からっ」
なのにっ…
「もう、少しだけ───待っていて…ヒカリ。」
「───シンっっ…!」
その後ろ姿に、泣いてしまう自分がいて…!
「立った…!シンが立ったよヒカリ!まだっ、まだ終わってない!シンは負けてない!!勝つって、待っててって君に言っている!!なのに、君が信じないでどうするんだよ!!」
「っ…。」
「泣きべそかいてる場合か!!あいつっお前のために頑張ってんだろ!!?全部お前のためなんだろっ!!?さっきみてーなこともういっぺん言ってみろ!!本気で怒るからな!!」
「う、ん…っうん…!」
涙と鼻水を袖で拭って、再び在らんばかりの声を彼に送る。
「っ!ええい、しつこい小僧だ…!無駄だと何故分からん!アイリ嬢、貴女からも言ってやってくれますかな!?こんな結果の見えた試合、やるだけ無駄だと!」
「…そうね、もう結果は見えたわ。」
「フ、ハハッ!聞いたねヒカリ嬢!さあ、四の五の言わず来た─「いい加減、静かにして頂けませんかねぇ。」っ!?」
私向かって伸びてきたその手を振り払ってくれたのは、先生だった。
「試合の結果が見えた以上、今ここで、そちらに彼女を連れて行く口実はもうないはずですが?」
「………は?何を言ってる?だからこそヒカリ嬢は我が校のもの─」
「────黙れ。」
瞬間、六つに増えたキメラの首の一つが吹き飛んだ。
─────────
視界が、歪む。
音が、遠ざかる。
意識が、堕ちていく。
全身が痛くて、右腕はもう満足に動かなくて…今に膝が崩れ落ちそうになる…。
けれど、それらを、一人の少女と二人の少年、彼らを依り代とする三体のスピリット達の声と想いが繋ぎ止めてくれていた。
「耐えて、くれて…ありがとう、ウィズ。」
『色々、言いたい、ことあるけど…絶好調のようで…何よりだよ、マスター。』
相棒は、僕が立つと信じて、その小さい体躯で必死に抗ってくれた。
応えたい。応えなければならない。
負けたくない。負けるわけにはいかない。
勝ちたい────いや、
「勝つ、よ。」
『当然…!』
残り少ないマナを振り絞り、対象を見据える。
「立、った…立った、立った、立った立った立った立った立った立った立った立ったぁぁぁっ!!……はぁ、で、立ってどうすんのぉ?空気読めよお前。」
「「「「「「ギャオオオオオオオオオ!!!」」」」」」
澱んだ眼差しの依り代に強制的に従わされる、全ての瞳を憎悪に溢れさせた六つ首竜の大型キメラ…
「…ごめんね。」
過程もなく、理解する。
・・
彼ら七体のスピリット達の憎悪と要求は当然で、当たり前の権利だ。
トリコ・ダザンバを依り代に選び、ある日突然裏切られ…核にされた彼と、捕らわれ混ぜ組み込まれた火、水、土、風、氷、雷属性の彼らの怒りと憎しみは、正当なものだ。
何故自分達がと…降り掛かった理不尽に怒り狂う≪感情≫は、理解できるものだ。
「ク、ヒャヒャヒャ!!なんだ、命乞いかよぉ!!ダッセェ!!カッコ悪ぅぅぅぅ!!ほら、土下座しろよ!!ど、け、ざぁぁ!!女渡しますから助けてくださぁぁいって無様に土下座でもしろよぉぉぉぉ!!」
それだけの非道をするに至った少年にも、きっと何か事情があるのだろう。
間違っているのは、僕なのかもしれない。
けれど───それでも、僕は。
「────黙れ。」
───ズバァァァァァン!!!
風属性を備えた首をコアごとウィズの“スラッシュ”で切り飛ばし、キメラから絶叫が轟いた。
「いく、ぞ…トリコ・ダザンバ。」
視界が、鮮明になる。
「どんな、理由が…如何なる大義が、君に、あるとしても…」
音が、全て聴こえる。
「多くの、スピリットを傷つけ…彼女を、泣かせた、お前に…」
意識が、覚醒する。
「ヒカリは────絶対に渡さない。」
世界が、変わった。
to be continued