40話 始まる死闘
───快晴
真上に座した太陽を目に入れないよう気をつけつつ天を見上げれば、雲一つない蒼穹が目に映る。
目が覚めるほど真っ青な空は、ノースダイヤの冷たい空気も合わさり、とても澄んでいて…それが新人戦三日目となる本日から始まった、本戦トーナメント初日の天候であった。
「随分余裕じゃないか。」
奇しくも、初日と同じ言葉をかけてきたのは同クラスのクロア・サイファー君。
「分かっているのか?もうすぐ二回戦が始まる。」
「そうだね。」
観客席から見える眼下のフィールドで執り行われていた午前の試合…本戦一回戦は既に全て終了し、この昼食休憩後…二回戦が執り行われる。
260名の本戦トーナメント進出者は128名に絞られ、ここからはシード枠を獲得した選手を含めての試合が始まる。
このクラスにおいて、一回戦を突破し、二回戦に挑む有資格者は計7名。
ヒカリ、アサヒ、ソウマ、テルマーサさん、サイファー君、エストワールさん…そして、僕。といっても、僕は他の6人と違い、一回戦は相手が欠場したための不戦勝なので実力で残っているわけではないのだけれど。
兎にも角にも、現在ヴァイス学院で生き残っている者の内の半数以上が一年一組ということもあって、惜しくも敗れたクラスメイトらも含め非常に盛り上がっている─
「本当にナンセンスだよ。折角の選択枠を無意味にするなんて、理解不能…異常者にも程がある。」
ということは、残念ながらなってはいなかった。
全員が全員、重苦しい…というより、解せないといった≪感情≫を込めた視線をこちらに向けており…どうやらこの複雑な空気は僕が原因らしい。
…まあ、ただでさえ色々と疑われていた上、皆を差し置いて選択枠を獲得したというのにシード権を選ばず、あまつさえ他校の生徒に公の場で喧嘩を売った…と、傍から見れば異常者以外の何者でもないため、皆が気味悪がるのも当然の結路である。
「ボックスの防壁を破る攻撃力に加え、言いようのない異質の存在…昨日の一戦だけでは弱点らしい弱点も見つからず、現状ではとても勝ち目があるようには思えませんわ。なのに何故…」
「あのダザンバって奴、どう見ても正気じゃないよ。ヤバいって分かるだろ…?なんで態々…」
「………第二シードを、選んだ、って…誰も、文句を言う権利なんて、なかったのに…どうして…?」
サイファー君に続き、テルマーサさん、アリーセさん、エストワールさん…その後も次々と「なんで」「何故」「どうして」「訳が分からない」「何考えてるの」等々の問いがクラスメイト達からかけられてくる。
「っ…ヒカリ、貴女からも何か言ってやってください。」
「……………………。」
「……ヒカリ?」
…その答えを、ただ一人知っているが故に、誰よりも止めたくて…止めないでいてくれる、隣席の少女の優しさと理解が嬉しかった。
誰よりも恐怖を感じているはずなのに、唇を噛み締めて、膝の上で手を強く握り締めて…何一つ弱音を口にせず、誰よりも綺然と戦う彼女に、どれだけ勇気をもらったか。
「これは僕の我儘だ。」
彼女に、クラスメイト達に、自分自身に対し…言葉を連ねる。
決勝での相対が最善択であることは分かっていた。勝機が薄いのも分かっていた。彼が異常であることも分かっていた。
第二シードを選んでいたとしても…たとえ、ここで棄権しても誰も僕を責めないことも分かっている。
「僕が間違っていることは分かっている。」
頭では理解しているのだ。最優先の目的…優勝しヒカリを護るためには、決勝まで奴の試合を観察し弱点を見つけ出す必要があると。ヒカリ以外の犠牲は致し方ないと…目を逸らさなければならないと。
だというのに、
「でも、嫌なんだ。」
理屈など何もない。
研究者を目指す者としてあるまじき動機。
「ただ、そうすることが嫌だった。それだけだよ。」
思わず自嘲する。
「…ナンセンス極まるね。格好つけているつもり?嫌だ嫌だって、子供の癇癪そのものじゃないか。そんな理屈がアレに通じると思っているのかい?」
格好つけているつもりはないが、子供の癇癪云々は全くもってその通りである。
自分はこんなにも、幼稚な子供であったことをこれ程までに自覚したことはかつて無くて…自然と自嘲が深まって─
「───分かってる。」
なのに、そんな愚かな僕を、君は否定しないでくれた。
「シンの気持ちは、全部分かってるから。」
止めないでいてくれた。
理解してくれた。
託してくれた。
「ありがとう、ヒカリ。」
信じてくれた。
〈これより二回戦を始めます。第一試合出場の選手はフィールドへお越し下さい。〉
だから──!
『シン。』
「ああ、行こう。」
相棒を肩に、席を立つ。
瞬間、バシン!と背中に与えられる二つの衝撃。
「「勝ってこい!!」」
背を押してくれた二人の友に頷き返し、
「御武運を。」
託してくれた恩師へ一礼し、
「気をつけて…!───行ってらっしゃい!」
≪心≫を共にする…護ると決めた少女に「行ってきます」と答え返し、僕は戦場へ向かった。
─────────────
午後、0時58分。
雲一つない青い空の下、三面ある内の中央のフィールド…私達から見て手前側のボックスに立った白髪の彼が、灰黒の髪色の相手と向き合う様子が目に映る。
「…他の二回戦は、ここでやんねーんだな。」
「ここだけでなく他会場でも二回戦はまだ行われません。先日の一戦…あの存在の影響で試合どころではありませんでしたからね。」
あの、言いようのない暗くて辛いマナを思い出したのか、みんなが苦虫を潰したような表情を浮かべる。
「マナの影響を抑えるため、障壁の出力は最大に上げているようですがどこまで抑えられるか…離れるなら今のうちをお勧めしますよ。」
…なのに、みんな、誰一人としてこの場を離れようとしなかった。
目を逸らしはしても、足はここから動こうとしなかった。
きっと…本当は、気づいているんだと思う。
なんでシンが今…決勝じゃなくて、二回戦という向こうにとっての初戦で、トリコ・ダザンバと相対することを選択したのか。
彼が今、何を思っているのか。
でも、それを認めることは…本当に勇気が必要で…。
そして、きっと──。
なのに、それを、彼は「我儘」と言った。
どこが、「我儘」なんだろう。
いつものように、ただただ…どこまでも、誰よりも優しいだけでしかない。
優しすぎるくらい、優しくて…自分のことを何も顧みなくて…
『ギャオォォォォォォ!!!』
川底の泥のような涅色の体躯、一つ一つ形の異なる六脚、三叉に分かれた尾、蛇のような長い首、歪に並ぶ鋭い牙、血のように赤く輝く単眼を備えた…全長五メートルはある巨大な竜の痛々しい咆哮が、顕現と同時に響き渡る。
血のように赤い単眼は、四十センチにも満たない小さな白い幻獣と依り代である白髪の少年を既に捉えていた。
予選と同じ、はっきりとした憎悪と殺意に染めて。
それがマシに思えるほどの狂気を纏った依り代に従って。
「始まるわね。」
「…どうでした?」
「ビンゴ、ダザンバ家が依頼者よ。…あとは、この試合の結果次第。」
先生の問いかけに淡々と答え、あたしの隣に腰を下ろした金髪の女性…アイリ・アリステリアさんはフィールドを見やった。
「辛いだろうけど、目を逸らしちゃ駄目よ。」
「───はいっ…!」
こっちまで及んでくる異様なマナで意識が眩みそうになるのを、歯を食いしばって耐えて…両手を祈るように合わせて───午後、一時になった。
試合開始────耳がつんざく狂哮が鳴り、膨大なマナを含まれた極太のエネルギー砲が竜から撃ち出される。
防ぐ方法なんて何一つない。フィールドの地面を抉って、高速で突き進んだ灼熱の閃光はボックスの障壁に打ち当たって、あっという間に食い破って呑み込んだ。
悲鳴が観客席のあちこちから上がる。
それらを掻き消す程の狂笑が下りる。
「───”霊撃…!」
『───”ブースト…!』
その全てを止める二つの声が────天から響く。
「────衝破”ぁ!!」
『────ストライク”ッ!!』
死闘が、始まった。
to be continued