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雪の雫石  作者: 六華優羽
純白の光
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4話 迷い

フィールセンティさんを送り終え、急ぎ指定のホテルに着いた頃には…既に午後八時を回っていた。


幸い、遅くなったことに関して咎め等はなかったが、アーカム博士の同行者として本来の自身の役目を放置したことは事実なので、ウィズ共々、博士達及び助手であるケントレッジ君に深く頭を下げたのがつい先程のこと。なお、ナイブス博士のヴァイス学院理事長就任に関するご挨拶や祝いの言葉は既にアーカム博士の方で行ったらしい。…僕、本当何のために同行したのだろう…。


「さて、ではクオーレ君…いや、シンと呼ばせてもらってもよいかな?」


ナイブス博士のファーストネームでの呼びかけに疑問を抱きつつも「はい」と応じる。


「知っての通り、来年度より私はノースに存在する十二のスピリット専門校の一つ、ヴァイス学院の理事長を務めさせてもらうこととなった。」


「はい、この度は誠におめでとうございます。心よりお慶び申し上げます。」


「ありがとう。で、だ。早速本題に入ろう。」


?…本題?


「ヴァイス学院で研鑽する気は無いかね?」


………………………………は?


「…………今、なんと…?」


聞き間違いでなければ、予想外にもほどがある内容であったような…


「ヴァイス学院…君の場合中等部に入学し、スピリットのことについて学んでみる気は無いかねと言ったのだ。」


…聞き間違いではなかったらしい。それに本題って…まるで、この為に僕をノースダイヤモンドに招いたようにも聞こえる。


「どういうことですか?」という意を込めて、隣席するアーカム博士に目配りする。苦笑しつつも特に驚いては無い様子。


だが何故…………ああ、そういうことか。


アーカム博士が、出発前に「楽しみにしておるといい」と言っていた理由がようやく分かった。


おそらく、事前にナイブス博士に僕をヴァイス学院に入れてもらえないか頼んでいたのだろう。博士は常日頃研究室に篭ってばかりで、地元の初等部には最低限通うだけの僕に思うところ…負い目があったようだから…この機会に異なる環境で、と。


…仮に、この話を受けた場合、今まで触れたことのない文化圏で新たな知見が得られる上、ノースのみに存在する系統のスピリットとにも出会えることがあるやもしれない。従って、博士の気持ちは非常に嬉しい。


…が、


「…………………。」


「…儂は出ていた方が良さそうじゃな。黙っとってすまなんだシン。こうでもしないと君はここに来ることすら無いと思っての。」


「すみません…。」


「……君は優しい子じゃ。優しすぎると言ってもいい…。じゃが、今だけは自分のやりたいことを一番に考えて欲しい。」


「……………………。」


「…では、ゼスト博士。少し頼みます。」


「ああ。」


博士は僕の頭を二回程ぽんぽんと撫で、部屋から退出した。


…僕のやりたいこと、か。


「…さて、まず最初に言っておこうか。ここで君がどう返答しようと、私やコウキからミナト君に告げ口することをすることはないと約束しよう。正直に答えて欲しい。」


「……分かりました。」


この状況で、この話が冗談半分…とは流石に考えられない。ナイブス博士は本気で僕なんかのためにこうして場と時間を作ってくれた。ならば、僕も偽りなく応えなければならない。


「自分に決定権があるのであれば───申し訳ありませんが、このお誘いはお受けできません。」


「…えっ!?なんで!?」


断るとは思わなかったのか、向かいのナイブス博士の隣に座るケントレッジ君から驚声が挙がった。


「ヴァイス学院ってノースでも由緒ある学校なんだよ!?それにゼスト博士が理事長に決まって─「やめんかソウマ。」っあ、ご、ごめん。」


慌てた様子で頭を下げる彼に「気にしないで」と促す。悪いのは僕なのだから。


「…しかし、理由を聞きたいのは私も同じだ。」


「……アーカム博士がナイブス博士に、僕をどう推薦したのかは分かりませんが…自分は由緒ある学院に通う価値があるほど優秀な依り代でもなく、また非凡な才能を持つわけでもありません。」


「………確かにミナト君の推薦があったのは事実だ。しかし、それ以前から君のことは知っていた。スピリットの学問に関する様々な資格の最小年取得。研究者としても、最近だとサウスの古代遺跡に記されたスピリットに関する碑文の解読…非常に興味深いものだった。…そして今日実際会って感じた君の人物像と将来性。私は君がヴァイス学院で学ぶに相応しい…いや、違うな。君とウィズがヴァイス学院でどのような依り代とスピリットに成長するか見たいと思った。」


『…………………。』


「……恐縮です。ですが、自分の経歴など、アーカム博士を始めとする研究所の方の力あってのもので、自分の成果などと口が裂けても言えません。依り代としての人物像や将来性についても、ケントレッジ君やあの二人の方が余程優れていると思います。差し支えなければ、そちらの方にお声を掛けて頂きたいです。」


「…無論、ソウマはヴァイス学院に入学する予定だ。あの二人にも声をかけたいと思っている。」


よかった…。二人とも…特にヴィレイズ君はナイブス博士を尊敬しているようだったから喜ぶだろう。


「なら、よかったです。」


…自分など、平凡未満の人間だ。アーカム博士の御先輩である方が長を務める学院に入るなんて大それたこと、とても赦される事ではない。


「僕なんかにお声をかけていただいた事、本当に嬉しいです。ですが、申し訳ありません。失礼とは重々承知ですが断らせて下さい。」


此方を見定める様に鋭い眼光を向けてくるナイブス博士を真っ直ぐに見据え、自身の意を示す。


「で、でもさ、依り代としての才能がないって言ってたけど…これからここで頑張れば…!」


「…うん、そうだね。その通りなんだと思う。けれど、学校に通うのもタダではないから。」


それも他国の名門となるとより多大な費用と時間が必要になるのは明らかであり、その費用と時間は博士や研究員さんにとって負担になる事だってあるやもしれない。…僕なんかにそんなものを掛ける価値は皆無だ。


だったら、微力であろうとも時間の限り博士達の力になるべきだ。足手まといと言われればそれまでだが、これでも八年近く博士の元で励んできたのだ。戦力としてマイナスやゼロではないと信じたい。


何より、


「自分は…アーカム博士に返さなければならない恩義があります。これ以上、博士の好意に甘えるわけにはいきません。」


「以上が話をお受けできない理由です」と言葉を区切る。一応、今の自分の正直な気持ちとナイブス博士が納得できるであろう理由を連ねたつもりではあるが…。


ナイブス博士がどう返してくるのか固唾を飲んで見守ること数秒…、口を開いたのはまたも助手の少年だった。


「で、でも…アーカム博士言ってたよ。シンにはもっと多くのことを知ってほしいって…。」


「…………………。」


「多くの人やスピリットと出会って、世界を知ってほしいって。」


…本当に優しすぎる人だ、アーカム博士は。


無関係で、素性も何も分からない僕のことをいつも想ってくれて…。


あの時からずっと、博士は…


「…君の気持ちは分かった。しかし、ノースに滞在する間…いや、せめて明日の依り代の儀式が終わるまでは考えてはくれんか?」


ナイブス博士も明日の準備でお忙しいはずなのに、僕なんかの為に…。


「……分かり、ました。」


これで今日のところは話は以上のようで、「貴重なお時間を取らせてしまい、すみません」と頭を下げてから自身の部屋へ向かう。…長い夜になりそうだ。



「…君の言った通り、優しすぎる子だな…。」


〈……ええ。だからこそ、自分のやりたいことをやってもらいたいのです。〉


「そうだな…。」



机に置いてあった携帯端末が実は通話中であり、先の会話を電話越しに聞いていた人物がいるなど…僕には知る良しもない。






『シン…。』


「…こんなの予想だにしていなかったからね。」


備え付けのベッドに腰をかけ、先の会話を思い返す。


…正味な話、答えは既に決まっている。自分はアーカム研究所の研究員の一人であり、力のある学院に不足ではあるが主任研究員でもあるのだから。


ならば、自分はどうすべきなのかなど考えるまでもない。


そう、考えるまでもないことなのだ。


考えるまでも………


「……………はぁ…、駄目だ。全然駄目駄目だよ僕…。」


ガックシと頭を垂れ、額に手を添える。


ナイブス博士に口ではああ言ったものの…ヴァイス学院という優れたスピリット専門校で研鑽するという選択肢を捨てきれていない自分がいるのは確か。


尊敬するアーカム博士や研究員方、二人の兄姉的存在に少しでも近すぎたいから。初めての地でまだ見ぬスピリットと触れ合いたいから。…そういった気持ちがあるのも事実。


…しかし、それ以上に選択肢を捨てきれない要因は…きっと…


───また、会えるかな……?


「…ウィズ、先に寝てていいよ?」


…返事は「NO」。


それだけでなく、僕に付き合うと申し出てくる始末。


曰く、「頭がハツカネズミになった状態で一人で考えても時間の無駄」とのこと。


…情けない依り代で本当にごめん。それと、


「ありがとう…。」


こうして彼と言葉をかわしつつ、夜は更けていった。




to be continued

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