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雪の雫石  作者: 六華優羽
純白の光
39/46

39話 宣戦布告

新人戦二日目───午後5時


───新人戦参加者宿泊ホテル、ヴァイス学院用控室


学院ごとに割り当てられた大部屋に落ちる、重い静寂。


80名の生徒及び引率の教師共々…誰しもが、一切の口を開かず沈黙を続けていた。


確認するまでもなく、その原因は予選H-07グループにおける、惨劇一歩手前であった試合所以なのは明らかだった。


───ガチャ


…戻ってきたか。


入室してきたのは、青髪と眼鏡が特徴的な我がクラスの担任。即座に他クラスの先生達が駆け寄って話を伺い…フロウ先生は首を横に振った。


その彼から「全員注目」と号令が発せられ、全生徒の視線が先生に集まる。


「まずは二日間お疲れ様でした。予選を通過した者も、惜しくもそうでなかった者も、現時点のベストを尽くし─「そういうのいいですから、早くアレの処遇がどうなるのか教えて下さい。」…分かりました。」


サイファー君…いや、この場にいる全員からの要望に、先生は一つ息を落とし…告げた。


「結論から伝えます。あの存在及び依り代である生徒…シュヴァルツ学院のトリコ・ダザンバ君ですが、規定通り予選一位通過として本戦トーナメントへの進出となりました。」


響めきが起きる。


「っおかしい、だろそれ!なんて言えばいいか分かんねーけど、あのスピリットどこか変だった!ライカもそう言ってるし、みんなも同じ気持ちなんだぜ!?なんでそんな奴が予選通過なんだよ!?」


「それだけじゃない。あの試合、彼は初めから明らかに依り代を狙っていました。ボックスの障壁を壊せることが最初から分かっていたかのように。相手がブラオ学院の五階級だったからなんとか避けられましたけど、もし本戦でも同じことをしてきたら…!」


「そうだよ先生!」「何を考えてるんだ」「有り得ない」「どう見てもおかしいだろアレ」「危険すぎる」等々…生徒達からの至極当然と言える抗議に、フロウ先生は淡々と返す。


「皆さんの言うようにあの存在がおかしいことは私とて感じていますし、心当たりもあります。」


…ウィズがあの存在を“キメラ”と感じて、映像のみでの確認ではあるがアーカム博士も同様の見解だった以上、間違いはほぼあり得ない。少なくとも、あの存在が正常なスピリットではないことは確実だ。


「もし仮にあの存在が私の予想通りとすれば、許されることではありません。」


キメラ…スピリットに、生まれ持った属性とは異なるマナを移植し、人為的に属性や能力を付与させた存在。


テール山にてヒカリ達に語った、依り代のマナの変化に伴う属性の変化とは違い、容易く確実に複合属性をも備えた強力なスピリットを生み出せることから、30年ほど前までスピリット研究における大きな分野だったと聞く。


しかしながら、対象のスピリットに多大な負担がかかる上、自我をも奪い、確実に短命とする非道な技術であり…倫理的観点から、20年前にキメラに関する研究・技術の反対運動がアーカム博士を始めとした有力研究者達によって起こされ、一切を禁ずることが国際的に取り決められた。


…それでも、人間の業は尽きない。


「ですが、直接あの存在を調べない以上、確証が得られません。また、どれほど異質で怪しく、危険な存在であれ、依り代自身と先方の学院が通常のスピリットと言い張る以上、調べるには多くの手続きが必要になります。…既にナイブス理事長を始めとする方々が手を尽くしてくれていますが…」


「昔より衰えたとはいえ、ダザンバ家は協会にも顔の効く名家の一つですわ。とても了承するとは思えません。」


「ええ。少なくとも、明日、明後日と行われる本戦中にその手続きを完遂するには時間が足りません。トリコ・ダザンバ君の本戦進出は、決定事項と言わざるを得ないのです。」


「力及ばず、申し訳ありません」…そう僕達生徒に深く頭を下げた彼の拳は、微かに震えていた。


それは、自身の隣の青みを帯びた黒髪の少女も同じで…頰からは血の気が引いていた。


…きっと察しているのだろう。あのような存在が出てきた理由を。


間違いなく思い詰めているのだろう。自分のせいで、皆の迷惑になっていると。


ずっと責めているのだろう。あの悲痛なマナは…キメラにされたスピリットが苦しんでいるのは、自分の所為だと。


「一つ、確認をさせて下さい先生。」


そんな優しい少女の傍で、生徒思いの先生にこのような問いかけをする僕は、非情な人間なのだろう。


「もし仮に、件の彼が優勝し、後日、諸々の不正が発覚した場合、どうなりますか?」


「……長く続く由緒ある大会です。後から発覚した優勝者の不正など認めないでしょう。それが名家出身の者なら尚更、優勝者を含めた結果の変更は有り得ないと考えて下さい。」


眼鏡の奥の瞳から伝わってくる…歯痒さと、心配。


こんな事態を招いたというのに、一生徒として扱ってくれる先生には本当に頭が上がらない。


「分かりました。ありがとうございます。」


「…他に聞きたいことがある方は……………いないようですね。これから大広間で、本戦の組み合わせが決まります。…こうなってしまった以上、棄権しても我々は何も言いません。各人、身の安全を最優先に考えて下さい。重ね重ね、力及ばず、本当に申し訳ありません。」


先生は再び、深く腰を折った。






───18:00 大広間


巨大なスクリーンに映し出される、最下部が260に分岐したトーナメント表。


大きく4つの山に分けられたそれは、各山シード枠が一つずつ備えられており、シード枠を取得できれば一回戦は免除となっている。


従って、優勝を目指すのであれば、各校一人ずつ選出される選択枠獲得者の内、上位四名はシード権を得ることが通石である。


「それではこれより、本戦トーナメント組み合わせ抽選会を行います。まず、各校において、予選で全勝及び試合時間が最も短かった、栄えある選択枠の発表です。呼ばれた選手は返事をし、壇上へ上がってください。ローザ学院、アラン・クルヒサ君。」


「はいっ。」


「ブラオ学院、シルク・エンデルさん。」


「は、はい…!」


「ロート学院──」


次々と、各校において予選で最も好成績であった者が呼ばれ、壇上へ横並びに並んでいく。


「シュヴァルツ学院、トリコ・ダザンバ君。」


その名が出された瞬間、会場全体が緊張…畏怖の≪感情≫に包まれたことが感じ取れた。


対象は言うまでもなく、低めのトーンで「はい」と答えた、ボサついた灰黒の色合いの髪と暗い瞳が特徴的な少年。


両手をポケットに入れやや猫背の歩行姿勢で…会場を覆う空気や向けられる視線も意に介さず、人をも避けようとせず、道を譲ることが分かっているかのように、彼は壇上へ────違う。


『シン。』


「ああ。」


件の人物が凝視している存在を背にやり、その眼差しを遮ると…あからさまな苛立ちが浮き上がったのが見て取れた。


少女もまた、前髪の隙間から覗く目に秘められた、暗い…底のない何かを感じ取ったのだろう。繋いだ手の平から伝わってくる震えが大きくなったのは当たり前だった。


「…どうやら、最悪のケースのようですね。」


僕の隣に付いてくれた先生を始め、周りのクラスメイト全員が、人混みをモーセの様にかき分け、一定の歩調で近づいてくるシュヴァルツ学院の生徒に対し警戒心を高め─


───少年の瞳と口元が弧を描いた。






「───今度は逃がさないよぉ。」






僕でさえ寒気のする声だった。


あらゆる欲に塗れたそれは、狂気の域に達していた。


「──────」


そんなものを向けられる対象…少女の動揺は、計り知れない。


「っ…な、なあシン、今あいつ…変なこと言ってたけど─「アサヒ、」お、おう。」


「ソウマ。───ヒカリをお願い。」


「…分かった。」


なのに、僕には何も出来ない。


彼女の震えを止めることも。


彼女の怯えを払拭させることも。


僕は彼女に、何もしてあげられない。


「ヴァイス学院、シン・クオーレ君。」


「…はい。」


だから、


せめて─


「───ダメっ…!」


………壇上に向かうため解こうとした手が、引き止められるかのように強く握りしめられた。


「行っちゃダメ!お願いだからそんなことしないで…!」


……お見通し、なんだな。


「あいつは、私がなんとかするから…!」


逆に僕は何も分かっていない…いや、違うか。


分かっていながら、またも目を逸らそうとしていた。


彼女がずっと震えていたのは、自身やクラスの皆を案じてだけではない。


「ありがとう、ヒカリ。───でも、ごめん。もうやると決めたことだから。」


「っ!」


「後でいっぱい怒っていいし、また引っ叩いていいよ」と笑って、引き止めるその手を解いた。


───────


止められなかった。


止めなきゃいけなかったのに、止めたかったのに…彼を、壇上に立たせてしまった。


私が、やらなきゃいけなかったのに。


全部、私のせいなのに。


また彼を、一人で行かせてしまった。


あの時と…同じ─


『同じじゃないわ。』


「ぇ……?」


『シンはちゃんと、マスターを見てる。』


……恐る恐る、前を…壇上を見る。


ソワソワする者、警戒する者、怯える者…司会者を含めて壇上に上がった誰もが例の生徒に対して何かしらを思っている中、ただ一人、いつものように穏やかに…優しい微笑を浮かべる白髪の男の子。


月の光を思わせる≪銀≫の瞳は、真っ直ぐに私を見てくれていた。


『怖いのは分かるわ。でも、頑張って、マスター。』


「っ…ありがとう、フィア。」


なのに私は、本当に彼を独りで行かせてしまうところだった。


彼が傷つくのが怖くて、また目を逸らすところだった。


震えの止まった手で零れかけた涙を拭って、真っ直ぐ彼を見つめる。


一緒には戦えない。


一緒には行けない。


でも、それでもあの時とは違う。


「─────。」

「─────。」


その声は鼓膜に届かなかったけど…きっと私の声も届かなかったと思うけど、彼が何を言ったのかは分かって、彼も絶対にそうだという確信があった。


「以上が、選択枠を獲得した12名となります。それでは彼らに、トーナメントの位置を選んでいただきます。選択順は、例年通り予選における総試合時間が短かった順に─「ならボクはここでぇ。」え、ちょっと君…!」


もう、迷わない。


「何?ボクが一番なのは明らかでしょぉ?一回戦っただけでぇ、なんか他の奴らは勝手に棄権したしぃ。」


「そ、それはそうですが…。」


「本戦もやる意味なくない?見なよぉ、全員ビビってるの丸わかりじゃん。クヒッ、なっさけなぁ。本当なっさけないなぁお前らぁ!」


あんな奴に、脅えたりしない。


「今どんな気持ちか聞かせろよ!?悔しいかぁ!?悔しいよなぁ!正直に言ってみろよ、少しランクが高いってだけで、散々イキってた下民共ぉ!クヒャヒャヒャヒャ!」


「つ、次!次の方お願いします!ヴァイス学院、シン・クオーレ君!」


シンは、あんな奴に─


「予想以上にナンセンスな奴だね。…僕達を踏み台にするクオーレもクオーレだけど。」


「……踏み台って、どういう…意味…?」


「分からないのかい?クオーレは間違いなく第二シードを選ぶ。そうすれば、あの変人が選んだ第一シードと当たるのは決勝…一番の安全圏で且つ好成績が狙える位置だ。」


「…確かに、そこを選べば余程のことがない限り、彼なら準優勝以上は固いでしょうし…決勝までに行われるわたくし達の誰かとトリコ・ダザンバの試合は、勝機を見出すためのまたとない機会になります。ですが、そのような言い方は…」


「そうだよ。あいつは実力で選択枠を勝ち取って、選ぶ権利があるんだしさ…。第一、あいつがあたし達のことを踏み台になんて思ってるわけないだろっ。」


「フン、どうだか。思ってようが思ってなかろうが結果的に同じじゃないか。…ま、とっくに戦意喪失してる奴がほとんどのようだし、踏み台にすらならない─「バッッカかお前ら!!」っ!?」


「黙って聞いてりゃ、お前ら、今まであいつの何を見てきたんだよ!?あいつがっそんなこと出来る奴に見えんのか!?あぁぁぁっ、俺が選択枠取ってれば代わってやれんのに…!!」


「正直そうしてくれた方がまだ安心するんだけどね…。でも、それが出来ないシンだから、ぼくもアサヒも…ヒカリも、信じられるんだけど。」


「…話を聞いてなかったのかい?僕は結果論を言って─「トリコ・ダザンバさん。」…!」


狂気によって騒つく会場に、凛とした静かな声が響いた。


「先程の問いかけに答える代わりに、こちらからも一つ質問させて下さい。」


トーナメント表のどこを指定するかを選ぶモニターの前に立った白髪の少年は、未だニヤニヤしている少年を見据える。


「貴方は、ご自身のスピリットをどう思っていますか?」


「あ?何いきなりぃ?ってかぁ、誰お前?さっき見かけた気もしなくもないモブ顔だけどぉ。」


「シン・クオーレ。ランクは、一応六階級です。」


「………クヒッ、ああ…ランクっていうなけなしのプライドを傷つけられて怒ってるんだぁ?でも本当のことでしょぉ?今まで他人を見下してイキってた、当然の報いだろうがぁ。」


「…………………。」


「ほらぁ、とっとと尻尾巻いて第二シード選びなよぉモブ。それならボクと当たるのは最後に─」


「答えて下さい。」


「…うっざいなぁお前。えぇっと、スピリットぉ?思うも何も、別になんか思ったこととかないんだけどぉ?」


「───そうか。」


ピッ。彼の指が迷うことなくモニターを押し、短い電子音が鳴った。


「答えてくれてありがとう。」


スクリーンのトーナメント表に加わる、「シン・クオーレ(ヴァイス学院)」という銘。


「因みに、これが先の君からの問いかけに対する───僕達の答えだ。」


────その左隣には、「トリコ・ダザンバ(シュヴァルツ学院)」の文字があった。


会場が再び騒めく。


ネーナもノゾムもミレイナもサイファーも…私とアサヒとソウマ、先生を除いた全員が目を見開いて、その選択に…答えに唖然としていた。


それは、答えを返された者も同じ。


全く予想してなかったんだと思う。さっきまでと打って変わって、挙動不審に狼狽える灰黒色の髪の男子。そんな彼を逃がさないとばかりに、白い毛並みの幻獣を肩に乗せる少年は≪銀≫の双眸を鋭めた。


『二回戦で待ってろクソ野郎。』


「君は─────僕らが討つ。」




to be continued

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