38話 疑惑
中等部新人戦───予選二日目
眼下に並ぶ複数のバトルフィールド…その一つ、こちらから見て手前から三つ目にて試合を優勢に進める、金髪の友人。
まだ荒さは少なからずあるものの、普段の気忙しさとは裏腹に、勢いだけでなく冷静な判断を持って指示を出すアサヒに声援を送りつつ、他のフィールドで執り行われている試合にも目線を送る。
『このグループの一位通過はアサヒで決まりかな。』
「その可能性は高いだろうね。」
少なくとも、スピリットのレア度はライカがずば抜けており、アサヒの依り代としての力量も上位に位置している。
『さっき見てきたS-06グループもソウマが一位通過するだろうし…一人でも多くのヴァイス勢が本戦トーナメントに進んで欲しいところだね。』
予選一日目を終え、本戦トーナメントに進むことが出来る260名の内半数の席が埋まった。
確定した130の席を占めるヴァイス学院勢の割合は一割に届くかどうかのライン。最も占める割合が多いのは、予想通りクラールハイト…四割といったところか。クラールハイトは優勝候補筆頭と目されていた生徒がまさかの予選落ちというアクシデントがあったとはいえ…否が応でも、ノースダイヤにおける学院間の力関係が把握出来てしまう。
それは同時に…客観的に、合理的に判断をするのなら、光属生という稀有な属性を有する少女は、クラールハイト学院の加護下にあるべきという解を指し示していた。
僕の行いが、決して正しくはないことも。
「あっ、シン見て見て!アサヒ勝ったよ!」
しかし、それでも僕は…彼女の居場所は、彼女自身に選んで欲しいと願う。
「うん、本当に強くなった。」
彼女が大切に想う人達のいる空間に、彼女を居させてあげたい。
「最後メッチャ危なかったけどね!ホンット心臓に悪い…!」
彼女が笑顔を咲かせられる時間を、彼女に過ごさせてあげたい。
「でもそれで勝つんだから、それだけ彼の地力は凄いってことだよ。」
独り善がりの偽善…いや、
「まあ、そりゃそうなんだろうけど…。」
たとえ≪悪≫と呼ばれる行いだとしても、
「(お前らに、ヒカリは渡さない。)」
少女と接触するタイミングを図っているのだろう…朝からずっと尾行し、至る所の柱の影からこちらを覗き見続ける者達を視線で牽制する。
「?どうしたのシン?」
「!いや、なんでもないよ。」
「…ホント?私のせいで色々無理させちゃってるし…ゴメンね…。」
「クスッ、無理なんかしていないよ。」
「心配してくれてありがとうね」と微笑みかける。
「う、ううん。そんな、お礼なんて…私が言うことだし…。」
「あら、もしかしなくても二人ってそういう関係?キャーッ、お姉さんまでドキドキしちゃう!」
「ふぇっ!?そ、そういう関係って…ち、違います!あっ、違うっていうのは嫌ってことじゃなくて!寧ろ、えっと、あぅあぅ…」
僕と同じく少女の隣の席に座する、ブロンド色の長髪の女性…アイリ・アリステリアさんの揶揄いを真に受け、顔を真っ赤にして縮こまるヒカリ。類は友を呼ぶの通り、フロウ先生の知人とだけあって少女の反応に更に目を輝かせて話を振り始めた女性を止め…ようとした僕に、その担任が小声をかけてきた。
「そうあからさまに警戒するものではありませんよ。君がそんなでは、彼女にまで不安を与えてしまいます。」
「…すみません。」
「連中の牽制はアイリに任せなさい。君は、君の役割を。」
「はい。」
思考を切り替え、再びバトルフィールド…加えて、各アリーナに設置された大型モニターに映る他アリーナにて行われている試合に目を向け、可能な限りの情報を収集していく。
スピリットの属性、タイプ、レア度だけでなく依り代のスタイルや癖等々…それらを事前に調べ上げた情報と摺り合わせ修正をかけ、シュミレートし、不安要素を潰し、勝利への可能性を少しでも上げる。
特に、優勝候補に挙げられる者達は入念に。
『…昨日突っかかってきたブラオ野郎の試合は、実際に見ときたいね。』
「ああ。」
予選グループが異なった故、予選で唯一対戦できなかった五階級ランカーの内の一人…ブラオ学院のエール・ナルチ。
他の五階級以上のランクを有する出場者については、軒並みA-01グループに集約されていたため対戦し、勝利を収め本戦で再度当たった場合の対策もし尽くしている。また、優勝候補筆頭であり、目下最大の障害であった…クラールハイトのミカ・テンアイズさんが予選で調子を落とし敗退したことは嬉しい誤算だった。
従って、現時点においてエール・ナルチが不安要素性が最も高い人物となる。彼が試合を行っている会場は…
「あ、そろそろ行く?」
「うん。…君はここでアサヒの応援を─「シンに付いてくから。」…そっか。」
僅かに頬を膨らませて席を立った少女に、自然と頬が緩む。
本来であれば大切な幼なじみの応援をしたいだろうに…自分に付き合わせてしまうことに罪悪感を抱きつつも、こうして朝からずっと行動を共にしてくれる少女の気持ちは嬉しかった。
「それじゃああたしもね。貴方は担任としてここに残るんでしょ?」
「…そうですね。アイリ、引き続き二人を頼みます。」
「ええ。」
「指一本触れさせないわ」と、非常に頼り且つ絵になるウインクを飛ばしてきた彼女に「ありがとうございます、アリステリアさん」と一礼。
「アイリでいいわよ、ナイト様。あ、それとも王子様かしら?」
「…シンでお願いします。」
あとそういった揶揄いは控えてほしい。僕などでは力不足にも程がありますから。
溜息を堪え…エール・ナルチが試合をしているアリーナへ移動するべく、ヒカリとアイリさんと共に席を立─
「……また…どこか、行くの?」
「ふぇ?あ、うん。アサヒはさっきので本戦決定だし、他の試合見て来ようかなって。」
「…………シン、も?」
「…うん。」
「………………。」
「えっと、レミリアも一緒に行きたい…的な?」
…おそらく、そうではない。
朝からあちこちの会場を行き回り、有力者達の試合を徹底的に偵察している僕達……いや、違うな。テール山でのハイキング以降、隠し事ばかりしている僕に対し、エストワールさんを始めとしたここにいるクラスメイト全員が、疑惑の視線を向けてきていた。
「あー、勘違いしないで欲しいんだけどさ、別に変な意味で疑ってるとかじゃないんだ。」
…アリーセさんの言う「変な意味」とは、そういうことだろう。しかしながら、実際僕は「変な意味」…「皆を騙している」、「ヒカリの弱みを握っている」等、疑われて当然の行いをしているのだ。
「でもさ、やっぱどう考えても最近のあんた少しおかしいよ。」
「同感ですわ。アサヒ・ヴィレイズやソウマ・ケントレッジは口ではああ言いつつも深く追求していませんが、わたくし達は違います。テール山での負傷も、あんな理由で納得など全くしていませんわ。」
「…………………。」
「あ…あのね、みんな、シンは─「ヒカリ。」っ…。」
ここで暴露したりなどすれば、今僕に向けられている矛先が全て彼女に向きかねない。そうでなくとも、自身らの実力を示す大会を汚されたと思う者は少なからず出てくる。
それだけは絶対に避けなければならない。
「……一体…何を、隠して─」
─────ズンッッッッ…!!!
「「「─────っ!?」」」
思考が、一瞬で臨戦態勢へと切り替わった。
先生とアイリさんも同じだったのか、眉間にシワを寄せ周囲を見渡し…その何かを、突如空間に満ち満ちた重く、暗いマナの発生源を模索していた。
闇属性のマナ…ではない。
暗いと言っても根本的に何かが違う。
性質てはなく、精神の闇。
それも、苦しみや憎しみ、怒りといった、あらゆる負の≪感情≫を煮詰め、腐らせたかのような…
「っう、く…はっ、はぁっ……っ!」
「!ヒカリ。」
異質なマナを浴びて過呼吸を起こした彼女を抱き寄せ、以前のようにマナ経路を繋ぎ落ち着かせる。
彼女だけでなく全員が悪影響を受けているのだろう…周囲を見遣れば、倒れ込む者やえずく者、嘔吐する者までおり、試合すら中断させざるを得ない状況となっていた。
「あ、ぁり、がと…。っ…これ…何なの…?スゴく、怖くて…怒ってて、痛いって…泣いてる…みたいっ。」
「……分からない。」
このようなマナは初めてだ。
『シン、あれ。』
あれ…?
ウィズの視線の先を辿る…そこには他会場の様子を映し出す大型モニター。
『右端、上から二つ目。』
「────っ!?」
…他会場においても異質なマナによって試合が中断されているのだろう、モニターに映る15区切りの映像の内、14はここと同じように選手が膝をつき、えずく光景が映し出されていた。
しかし、しかし…
「何、あれ…?」
唯一、一試合だけ行われている様子の映像に、ヒカリから震えた声が零れ落ちた。
周りもその映像を視認したのか、次々と似たような言葉が聞こえてくる。…その全てに、恐怖という≪感情≫を添えて。
川底の泥のような涅色の体躯
一つ一つ形の異なる六脚
三叉に分かれた尾
蛇のような長い首
歪に並ぶ鋭い牙
血のように赤く輝く単眼を備えた…
「…火属性、鱗竜タイプの…スピリットか…?」
『違う。』
ギシリと…食いしばられたウィズの牙が音を鳴らした。
『この感じ、間違いない。あれ───キメラだよ。』
次の瞬間、ノイズ染みた咆哮と共に獄炎の息吹が放射される。
対象は対面するスピリット…でなく、その後方…ボックスで茫然とする依り代。
『だから人間は────嫌いなんだ。』
───依り代を守るはずの障壁は、パリンと砕け散った。
to be continued




