37話 新人戦
───ノースダイヤスピリット専門校中等部 春季新人戦。
ノースダイヤに存在する12のスピリット専門学院中等部に今春入学した、新一年生によって行われるコンバット形式の個人シングルス戦。最初に総当たりの予選リーグが各グループで行われ、上位3名ずつが本戦トーナメントへと進み頂点を競う比較的オードソックスな大会である。
また、本大会で優勝すれば無条件で三階級への昇進が約束されており、秋に行われるスピリット専門学院対抗杯…通称スピリット杯の前哨戦でもあることから、スピリット杯の選抜メンバーに加わりたい一年生としてはまたとないアピールチャンスの場となる。同時に、各校の一年生が一堂に揃う場であることから、親睦の場としても用いられ…大会後には懇親会も行われるとのこと。
よって、例年、総勢千人にも及ぶ一年生が各校から参加し…親睦を深めつつ凌ぎを削り合う。…と言っても、スピリット杯への選出がほぼ確定している高ランクの一年生は、あくまで本番はスピリット杯と見なして手の内を隠す為、在籍校によっては出場しないことも多い。
───例年通りであれば。
「…やはり妙ですわ。何故、彼女達までもが出場して…」
「さっきから組み合わせ表見て云々唸ってるようだけど…どうしたんだいネーナ?」
「あ、いえ…昨年までなら、この大会に出てくるはずのない他校の有力選手が多く出場しているものですから、少し気になって…。」
「……この人、わたしも…知ってる。組み合わせも、なんか…変。」
「ええ。」
開会式を終え集合場所として陣取った観客席の一角にて、配布された組み合わせを手にクラスメイトを始めとしたヴァイス一年生勢が感想を零す声を耳にしながら、僕もまた組み合わせ表を速読していく。
『ぼくらはグループA-01、ヒカリはグループC-03か。』
「ああ。」
…必要な情報を頭に叩き込み、組み合わせ表を懐に仕舞う。
「…随分余裕じゃないか。分かっているのか?君のいるグループリーグのことを言っているんだ。はっきり言って、異常だよ。」
「みたいだね。」
サイファー君の忠告通り、全員が四階級以上という…一年生としては破格の高ランカーばかりという魔のグループ。それが僕の置かれた予選リーググループである。
「へっ、それを言うならシンはサイ─「余計な情報を漏らさない!」むぐぅ!?」
…ありがとう、ソウマ。
「これだから何も知らない新人は…。いいかい?ランクっていうのは強さも指標にされるけど、それだけで決まるものでもない。特にクオーレのランクは強さのアテになってないはずだ。」
「そうだろ?」と、皆が見守る中、問うてきてサイファー君に頷き返す。
「僕のランクは、アーカム博士の恩恵を受けている部分が大きいから。」
でなければ、無属性の僕が六階級まで至れるわけがない。
「やっぱりね。…一応教えておくけど、君以外の奴らは当然全員が有属性で、何年も前にスピリットと契約していたり、その家に代々引き継がれてきたスピリットを受け継いでたりする依り代ばかりだ。初等部の時の全国大会で優勝した奴もいる。」
「了解。教えてくれてありがとう。」
「…フン、まあ僕としてはライバルが減ってありがたいけどね。君が本戦の選択枠を取ることもまず無くなったわけだし─」
「───その通りだとも!」
…聴き慣れぬ声…が、その容姿は、データ上で見たものと一致する。青を基調とした制服からして、
「ブラオ学院の、エール・ナルチ…。」
「おや、流石に知っていたようだね!そうだとも!僕こそが、ブラオ学院一年のエース!レア度B +水属性のスピリットを有し、一年生ながら五階級にという高み至ったエール・ナルチだ!」
…調べ上げた情報と相違はなし、か。
「どうして僕のような強者が、こんな低俗な大会に!と言った顔だね!分かるとも!本来ならこんな低俗な大会に出ないのだがね!学校からどうしてもと言われ渋々参戦したのだよ!───しかし、今気付いた!僕が参戦したのは運命だったのだと!」
ズカズカと、皆が呆気に取られる中こちら向かって真っ直ぐに歩みを進めてきた彼は…どうやら、僕…ではなく、隣で組み合わせ表をジーーと見つめている最中の、青みを帯びた黒髪の少女に用があるらしい。
「麗しき光属生の君!君こそ、僕の花嫁に相応しい!君の名は無論知っているが、是非君の口から美しい音を聞かせて欲しい!」
「…………………。」
…聞いてない…というより聞こえていないか。
当然だ。それだけ今回の戦いは、彼女自身の未来を左右するのだから。故に、制服がシワになる程握りしめてくるその手を外したりはしない。
『…見えた、フィア?』
『そこの男子がシンを押し退けようとした瞬間、マスターの手がシンの制服を引っ掴んだことを言ってるのなら…なんとかってところね。』
『ぼくもギリギリだったよ。本人気付いてないっぽいし、無自覚って怖…。』
掴まれた僕ですら、掴まれるまで全く察知できなかったことから完全に意識外…無我の行動と思われる。
「ハハハッ!照れているのかな!分かるとも!おい、そこの白髪頭、席を空けたまえ!」
「……無理かな。」
物理的に。…元より、彼女の集中を乱しかねない者の言う通りにするつもりはないけれど。
「無理とはどういうことだ!彼女に惹かれるのは理解するが、君のようなどこぞの馬の骨が隣席するなど彼女にとって恥でしかない!即刻立ち退きたまえ!!」
角度的に彼からはこの手が見えていないのだろう。
どう言って退いてもらうか思考を回し…幸いにも時間に助けられた。
〈これより予選リーグを開始します!各選手は指定フィールドへ移動してください!〉
「ぐっ…機会を改めるとしよう!次の逢瀬を楽しみにしているよ麗しき君!それと、そこの白髪!どうやらA-01グループらしいが、君程度では勝ち上がれはしない!何せあのグループは、君を除き全員が、このエール・ナルチのライバルなのだからね!棄権することをお勧めするよ!」
「まあ、もし億が一」ブラオ学院の少年は身を翻し、フィールドへと繋がる通路へと向かっていく。
「本戦に勝ち上がってきたとしても、無意味だがね!優勝するのはこの僕だと決まっているのだから!」
高笑いしながら去っていく少年。その様子を見届け……嵐のように去っていった乱入者に呆然としたまま動こうとしない皆を促す。試合時間に間に合わず敗退とか、誰とて御免被るだろうし。
「お、おう!……いやいやいや!何言われっぱなしになってんだよ!?お前かんっぜんに舐められてんぞ!!」
「別にいいよ。」
油断してもらえるのなら願ったり叶ったりだ。
過程も内容もどうでもいい。
今はただ…
「ヒカリ、行くよ。」
「!うんっ。女は度胸………って、あれ?みんなどうしたの?」
周囲の雰囲気に何かを察したのか、キョトンと首を傾げて「何かあった?」と皆を見回すヒカリ。
「何かあったって…お前なぁ…。」
「あはは…ある意味いつも通りなのかもね…。」
…集中はしているが、気負いはしていない…いつもの通りの様子。それでも、不安を拭い去れはしないであろう少女に…制服の袖を握ったままのひと回り小さな手に、「大丈夫だよ」と自身の手を重ねる。
「必ず勝つ。────護るから。」
「うんっ────私も、絶対勝つ…!」
今はただ、勝つ。
─────────────
予選リーグ───C-03グループ
『せいっやぁ!』
『っぐぅ!』
フィアの飾り触覚が相手のスピリットを締め上げ、高所からフィールドに叩き落とす。
「フィア、アーツいくわよ!」
『ええ!』
「『“エンジェルハイロゥ”!!』」
金色の輪っかがスピリットを拘束して、閃光と共に弾ける。
これが決定打となって、この試合の勝者は私になった。
『ふぅ…これで3戦3勝、今のところ順調ね。次の試合までは時間があるし、少し休憩を─「行くわよフィア!」えっ、ちょっ…待ちなさいマスター!行くってどこに!?』
そんなの決まってるでしょ!
「───シンの試合の応援!タイムスケジュール見てなかったの!?」
『───やけに組み合わせ表を見てると思ったらそっち!?』
なんっで今日と明日の2日に分けてやる予選で、私とシンがいるグループの予選を同じ日にやるのよ!?そのせいでこの一回しかシンの試合応援する間がないし!アサヒとソウマは明日でシンの応援し放題なのになんで私だけ…!無能な運営めぇっ…!
『いつも通りすぎることを喜ぶべきなのか呆れるべきなのか─「さすがだねヒカリ君。」…!』
「試合を見させてもらったよ」「噂通り…いやそれ以上だ」「ますます力を増しているようで何よりだよ」…にこやかに笑いながら拍手して、まるで私の行手を遮るように現れた人達…内、一人には見覚えがあった。
「覚えているかな?グリューン学院で校長をしているロンファ・ギーリスだ。いやぁ、久しぶりだね。」
「…私、急いでるんで。」
この人と話すことなんて何もない。
「まあまあ待ちたまえ。今大会が終われば私の学院に転入するのだし、そう邪険にしなくてもいいじゃないか。」
「何を馬鹿なことを言ってるのだ?彼女にはローザ学院こそ相応しいとも。」
「馬鹿はそちらもだろう?フィールセンティさん、君の才能はゲルプ学院が伸ばすことを約束しよう。」
「やれやれ。この大会は既にシュヴァルツ学院の勝利に決まっていると何度も言ったろうに。何せ─」
「これだから低俗共は…スピリット杯の敗者が何を言ったところで響かんよ。通常我がクラールハイトは転入など受けつけんが、何…光属性という稀有な君であれば喜んで受け入れよう。」
前言撤回。この人「達全員」と話すことなんて何一つない。
「今日はあの無能もいないことだし、少しだけでいいから我々と話をしようじゃないか。」
「っ…!」
『挑発に乗っちゃ駄目よ。』
…分かってる。
「例の彼か。聞いたよ、彼が無能だったせいで、君が非常に危険な目にあったと。」
「怖かったね。だがこれからは安心したまえ。これからは我が校の優秀な生徒が君を必ず守るからね。」
でも、それでも、彼を…あんなにも必死に、命懸けで私のことを護ってくれたシンのことを酷く言われたことは許せなくて、激情のままに言い返─
「はい、そこまで。」
…!
真後ろから綺麗な声が聞こえたと思った時には、肩にその人物の手が置かれていた。
『っ誰!?』
「警戒しないで?彼女の味方よ。」
…長い金色の髪の、とっても綺麗な大人の女性だった。
警戒心を露わにしたフィアと目を丸くした私に向けてくる、柔らかい笑顔がとても合っていて…こんなにも綺麗な人は、初めて見た。
「なっ…きさ、い、いや…貴方が何故ここに!?」
「知り合いに頼まれまして。大会中に貴方達がこの子にちょっかいを出してくるだろうから、付いていて欲しいと。…遅くなってごめんなさいね。」
女性は黒のコートを靡かせて、私を彼らから守るように立ち塞がる。
「彼女はヴァイス学院の生徒。他校の貴方達が強引に声をかけるのはお門違い…そうでしょう?」
「…ふんっ、それも本大会が終わるまでだがな。何せ今回の大会には我がローザ創立以来きっての生徒を─」
「ああ、以前紹介されたアカヤ・ハンニバル君でしたか?その子ならついさっき、貴方達が乏した生徒に敗北して、担任からお叱りを受けていましたけど?」
「…………は?」
「他にも既に二名…オランジュとブラウンの生徒だったと記憶してますが、同じ少年に黒星をつけられ意気消沈しているのを見ました。」
「こんなところで油を売っていないで、ご自身の生徒のために動いた方が良いのでは?」…そう、ニッコリと笑う女性が内心かなり怒っていることはすぐに分かった。なんで怒ってるかも…。きっと、この人は私と同じ気持ちだから。
「ば、馬鹿なことを言うな!そんなことが─【プルプル、プルプル】っ…なんだ!?今取り込み中……………なん、だと…!?」
その人は、かかってきた電話を真っ赤な顔で取って、すぐに表情を青ざめさせて…私が向かおうとしていた方向に走っていく。
その人だけじゃない。続け様に彼らのマナフォンに電話がかかり、全員が似たようなリアクションで慌てて同じ方向に駆けていった。
「行ったわね。…大丈夫だったかしら?」
「あ…た、助けてくれてありがとうございます!それで…えとっ…!」
「ふふっ、詳しい話は後にしましょう?急がないと始まっちゃうわよ。ほら、ダッシュダッシュ。」
「は、はいっ!」
って、足早…!
「それではこれより、予選A-01グループ第15試合!クラールハイト学院、ミカ・テンアイズ選手と、ヴァイス学院、シン・クオーレ選手の試合を始めます!」
ま───間に合った!
「お、やっと来たか!おっせーぞヒカリ!」
「試合見てたよ。調子は良さそうだね。」
やっぱりソウマとアサヒもいた…ってか、なんか結構みんないるような…?私と同じように今日予選してるはずのノゾム達もいるし。
「丁度今の時間、試合の間が取れた方が多かったみたいでさ。」
「……わたしも、同じ。」
「彼ですが、流石ですわね。今のところ全勝してるみたいですわ。…とはいえ、本戦のことを考えると、この試合の勝敗がターニングポイントになるでしょうが。」
…そっか。みんな、シンの応援に─
「言っとくけど、クオーレの応援とか思ってるならとんだ勘違いだよ。僕らの目当てはあいつの対戦相手…僕らの年代で女子最強って言われていて、優勝候補筆頭でもあるクラールハイト一年エースの方だから。」
「うん、あんたには期待してないし。」
「どういう意味だ!?」なんて憤慨してくるサイフォ…じゃなかった、サイファーを無視して…「あそこに座りましょ?」と促してきた女性に従い、フロウ先生の隣の席…アサヒとソウマの前に座る。
「頼んでおいて正解でしたか。」
「え─「ええ、大正解よ。こんな可愛い子を拉致紛いするなんて、ホンットどうかしてるわ。」あ、あの…?」
…もしかして、知り合いって…。
「誰だこのメッチャ綺麗なねーちゃん。ヒカリの知り合いか?」
「えっと…さっき知り合ったばかりというか、」
名前も知らないし…それに、多分、アサヒの言う意味合いの知り合い関係なのは私じゃなくて…
「自己紹介がまだだったわね。私はアイリ・アリステリア。貴方達の先生のお友達よ。」
「誠に遺憾ですがね。」
「ム…相変わらず捻くれてるわね。こんな人が担任だなんて、貴女も苦労してるでしょう?」
「おや、私ほど生徒思いの教師はそういないと思いますよ。ですよね、フィールセンティさん?」
…りょ、両側からの圧がなんか強い。
助けを求める視線を皆に向け…即効で全員逸らしたんだけど!?
「…まあ、確かに貴方がこの子のことを頼んできたときは驚いたし…私だって思うところがある、っいうか全然納得してないわ。けど、」
「ええ、我々に出来るのはここまで。あとは、彼女自身…そして、彼次第です。」
…先生も、アイリさんって人も…彼と同じように、私を助けてくれようとしてくれているんだ。
「なあ先生、やっぱこいつらなんか隠してんのか?」
「シンがあれだけ必死なんだし…多分ヒカリ関係なんでしょうけど─「始まりますよ。」!」
全員の視線が、フィールドで優勝候補筆頭と相対する白髪の少年と白のスピリットに集中する。
「っシン、頑張れーー!!」
出せる限りの、精一杯の声援を送る。声に気づいた彼はこっちを見て…数秒程目を丸くしてから微笑んだ。
…うん、笑い返してくれたのは嬉しいしホンットにカッコいいけど、最初の反応…私が来ていたことが意外そうだったのは捨て置けない。「え、どうして来ているの?」っておかしいでしょ。
…シンは分かってない。
どれだけ私が心配もしてるかも…感謝してるのかも、全然分かってない。
本当なら…自分のために頑張るはずの大会なのに、彼だけはそうじゃない。
私のせいで、そうじゃなくなってしまった。
なのに、何も恨み言も言わないで、今日までずっと私以上に必死に特訓して…
……だけど、だからなんだと思う。
「試合───開始!」
そんな、優しい彼だから、
「“ウォータースライサー”!」
「───“守絶”。」
私はシンを、≪心≫の底から信じられる。
開始と同時に突貫したウィズ…に目掛けて打ち出された水の刃は、淡い光を帯びた膜によって弾かれ無効に終わる。アーツを防がれた相手スピリットはウィズの接近を許してしまい、そのまま打ちかましを受けて体勢を崩した。
「『“ブレス”!』」
ゴゥッ!!至近距離からのアーツがクリーンヒット。この時点で試合の主導権は完全にシンのものになった…けど、流石優勝候補とされるだけのことはあって、マナは乱れず反撃の津波がフィールドを飲み込むように放出される。
『足場!』
「“空踏”。」
それすらもあっさりと対処するシンとウィズ。
宙の至る所に出現したマナの力場がウィズの足場となって、攻撃をかわすと同時に相手へ接近するための架け橋となる。
『っらぁ!せいっやぁ!!』
硬質化した尾が炸裂。続けて“スラッシュ”の連撃も直撃。
度重なる攻撃にダメージが蓄積し、相手の動きが見る見る衰えていく。
時折相手からの反撃もあるけど、“空踏”による縦横無尽の回避と、“守絶”による絶対防御がそれを許さない。
「いいぞシンー!そこだ!一気に決めちまえー!」
「よし、よしっ!完全にシンのペースだ!」
優勝候補筆頭相手に一方的な試合を展開する彼らの姿に、アサヒやソウマ…クラスメイト達だけでなくヴァイス学院勢の声援に熱が帯びていく。
「…以前見せてもらった映像より、大きく力を伸ばしているわね。特にコンビネーションは六階級のレベルを優に超えている。貴方が指導…するのは無理ね、時間的に。なら…」
「ええ、優秀な先輩に付きっきりで相手をしてもらったことも勿論あるでしょうが、何よりも、彼らにとっての手本を垣間見たことが要因でしょう。皮肉ですがね。」
先生の言う「手本」、それが何を指しているのか…今のシンとウィズの戦い方を見ればなんとなく分かる。
まるで、彼らと真逆の色相のコンビが戦っているかのような試合が終わるまで、そう時間はかからなかった。
to be continued