36話 迫る魔の手
アリーナに轟音が響き渡った。
「───次、お願いします。」
相対していたアサヒのスピリット…ライカの顕現不能を確認し、彼の後ろに並んでいた二学年の先輩を促す。
「お、おう!」
試合開始の合図が鼓膜に届くと同時に、“空踏”、“速化”のスキルを発動。瞬く間に距離を詰めたウィズのアーツが相手スピリットに直撃し、試合終了。
これで15人。
「次、どうぞ。」
「ま、まだ続けるの?」
「さすがに少し休んだ方が…」。次の相手…ソウマ・ケントレッジの優しい心遣いに、首を横に振る。
時間がない。
少しでも、強くならなければならない。
隣のフィールドで猛威を奮っている彼女も同じ思いなのだろう…息を切らしながらも頑張っている。
…こちらの視線に気づいたのか、眼差しを向けてきた彼女と互いに頷き合って、それぞれ相対する相手に視線を戻した。
「お願い、ソウマ。」
強くなる。
「…分かった。手加減はしないからね。」
「ああ。」
何がなんでも、新人戦で優勝する。
「いくよ、ウィズ。」
『うん。』
今度こそ───護ってみせる。
ことの発端は、今日の授業後のことだった。
「いい加減教えろよーー!!白状しろこのヤローー!!」
二週間に及ぶ療養期間を経て、漸く学校に復帰することができた本日。ヒカリやソウマがノートを取ってくれていたこともあり、特に問題なく授業にはついて行け、無事に乗り越えられた。あと、いつものことながらアサヒは元気一杯である。
この後の予定を隣席のヒカリと話しつつ教科書等を鞄に仕舞う最中、休み時間ごとにやってきては同じ質問を繰り返してきた彼に僕は苦笑し、ヒカリは隠すことなくうんざり顔。他のクラスメイトも最初こそは聞き耳を立てていたが、放課後となった今は「またか…」と言った雰囲気であった。
「あんたもしつっこいわねぇ。」
「えっと、先生が言ったように崖から落ちただけだから…。」
「いいや違うな!こういう時の俺の勘は当たるんだ!ぜってー何かヤベーことがあっただろ!」
「勘云々はともかくとして、何かあったって感じてるのはみんな同じだと思うよ。」
同意するソウマや、様子を見守るエストワールさんらの目には確信めいた色がはっきりと見えた。
しかしながら≪真実≫を話すわけにもいかず、困り顔で顔を見合わせる僕とヒカリ…を助けてくれたのは、この場で僕達二人を除き唯一≪真実≫を知るこのクラスの担任であった。彼は両手をパンパンと鳴らし、皆を落ち着かせる。
「そのあたりにしておきましょうか皆さん。真偽を疑い、問い詰めたい方が沢山いるようですが、あまり関心は出来ませんよ。」
さすが先生。自分は散々「若いですねぇ」やら「式には呼んでくださいね」やら訳の分からないことを、ウィズやフィア共々言ってきたりなどしたが、公私を分別し、担任としての仕事をちゃんとこなして─
「よく耳にしませんか?───人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られ─「「先生!」」はっはっは、息ピッタリで大変宜しい。」
まったく、この人は本当に…!
…とはいえ、本当に感謝している。
彼が来てくれなければ…間違いなく僕はここにはいないのだから。
「さて、おふざけもここまでにして…クオーレ君、フィールセンティさん、少し話があるのでついて来てくれますか?」
「!…はい。」
「わ、分かりました。」
表情を見る限り、いい話ではなさそうだ。
荷物をまとめ、ヒカリと共に先生の後に続いて教室を出て行く。
「あっ、シン!今日からお前コンバットも解禁だろ!?約束忘れんなよ!一年男子最強戦に参加しなかった分、全員の相手してもらうからな!俺も今日こそリベンジすっから、俺が勝ったら全部教えろよ!いいな!?」
去り際に声を掛けてきたアサヒに苦笑を返し、僕達は先生の後を追った。
先生に案内された先は…入学前、初めてこの学院に足を踏み入れた際にも立ち寄った部屋。この学院におけるトップの専用室。
「理事長も関係のある話、ですか。」
「ええ」と頷いたフロウ先生は重厚な扉を三度ノックし、「フロウです。失礼します理事長」と告げてドアを開け─
「───ふざけるな!!!」
怒気極まる怒声が響き、流石に肩を震わせてしまった。ヒカリなんて間髪入れず僕の背中にしがみ付き既に涙目。
…怒りの主は言わずともゼスト・ナイブス理事長。その怒りの矛先は僕達…ではなく、電話の向こう側のようだが。
「そんな、そんなふざけた話があるか!!再考を───っ!!切りおった…!」
強制的に話を打ち切られたのか、怒りの表情で彼はガチャン!と強く受話器を所定位置に戻し…自身を落ち着けるように何度か息を吐いた。
「……取り乱してしまったな、すまない。」
「いえ。…その様子では既に手を回されていましたか。」
「ああ…。アーカム君の方からも再考の要請をかけてもらってはいるが─〈ナイブス博士。〉!…そちらは、どうだった?」
理事長のデスクに置かれたモニターに映ったのは…先日の件で散々心配をかけてしまった自身の上司であり恩人。サウスハートが誇るスピリット学の先人、ミナト・アーカム博士は首を横に振った。
「そう、か…。」
アーカム博士も関与している…?
「何か、あったのかな…?」
「…分からない。」
しかし、僕と彼女が呼ばれたということは、間違いなく…
〈シン、怪我の具合はどうじゃ?〉
「もう問題ありません。ご心配をお掛けしました。」
〈…本当によく頑張ったの。〉
「いえ、そんなことは」言葉を濁し、「それより、今の話は」と博士達を促す…が、それに待ったをかけるようにディスプレイ上のアーカム博士は掌を僕へ、眼差しをヒカリへと向けた。
〈ヒカリ君にも気苦労をかけてしまったな。…どうじゃ?その後の、学院生活に不都合や不安はないか?楽しく過ごせておるかの?〉
「は、はい。色々あったけど…やっぱり学校は楽しいです。不安とかも、シンがいるから全然なくて…あ、でもシンにはいっぱい助けられて、迷惑かけちゃってるんですけど…。」
「助けられているのは僕の方だよ。」
「ふぇ?」
きょとんと首を傾げる仕草からして、無自覚なんだろう…思わず頰が緩んで、彼女は更に困惑していた。
そんな僕達のやり取りを、博士は心配そうに…けれども嬉しそうに笑ってくれた。
「……いいのだな?ミナト君。」
〈儂は、この子達を信じております。〉
「…そうだな。では、本題に入ろう。」
厳しく、且つ威厳ある声色に自然と背筋が伸びる。
「ノースダイヤには、我が校以外にもスピリット専門校が存在していることは知っておるな?」
「はい。」
僕達が在籍するヴァイス学院を含め、12校。
ヴァイス学院、シュヴァルツ学院、ロート学院、ローザ学院、ブラオ学院、ゲルプ学院、グリューン学院、ヴィオレット学院、グラウ学院、オランジュ学院、ブラウン学院…そして、中でも最高峰と称されるクラールハイト学院。
「我が校を除くそれら11校から、スピリット協会に────フィールセンティ君の転校要請が提示され、たった今認可された。」
「ぇ。」
少女の茫然とした「てんこう…?」という言葉が室内に零れた。
「…………………。」
『…冷静に、シン。』
「…分かって─『っ待ちなさい。何よそれ…!』フィア…。」
『転校って、どういうことよ!なんでそんなことっ周りが勝手に…!』
内で見聞きしていたのだろう、即座に顕現し、話を飲み込めていないマスターに代わり怒りを顕にする桜色のスピリット。
…ヒカリやフィアの反応からして、彼女達にも寝耳に水だったのは明らか。ヒカリの≪意志≫が関与していない…本来であれば通るはずがない要請。
それでもまかり通ったのは…
「…先日の一件が原因、ですか?」
「ええ。貴重極まりない光属生を危険に晒し、一歩間違えれば他生徒にも被害を及ぼした事態を防げなかったヴァイス学院に、光属性を所属させる資格は無い。即刻、安全な我が校に転入させるべき…というのが各校から揃って協会に出された内容です。」
『…光属生が欲しいだけの口実じゃんそれ。というか、二週間ちょっとでここ以外の学院が揃って嘆願して、しかも承認されるとかどう考えてもおかしいでしょ。』
そもそも、テール山における一件について、協会には報告したが他学院にまではしていない。協会から各学院へ周知したとしても、この短期間でここまで足並みを揃えて手を回すにはとてもではないが至れない。嘆願した学院側は、協会から知らされるまでもなく既に事を知っていたと考えるのが自然だ。にも関わらず、承認した協会側も…
「何かしらの裏がある可能性は高いでしょうね。」
「とはいえ」教師は眼鏡のブリッジに指を添えつつ言葉を続ける。
「我々が先の一件を未然に防げず、あまつさえ奴らを捕らえられなかったのは事実です。…まあ、果たして他の学院がそれを為せたかは些か疑問ですが。少なくとも彼らには彼女を守り切る自信があるのでしょう。」
「………………。」
「どちらにせよ、協会が正式に承認した以上、我々学院は従わなければなりません。それが、組織というものです。」
「っ…!」
眼鏡の奥の瞳が少女を射抜き、身を硬らせた彼女の手が…僕の右手を弱々しく掴んだ。…いや、掴んで「くれた」の方が正しい。
きっと、無意識の行動なのだろう。
それが、彼女の本心なのだろう。
「ぁ、ゴ、ゴメ…ン。っ私…自分のことばかり─「いいんだよ。」…!」
離れようとした少女の手を、引き留める。
「…分かっていて、君はそうするのですか?」
「分かっていて、僕を同席させてくれた。なら、まだ手はある…いや、残してくれたはずです。」
アーカム博士もフロウ先生もナイブス理事長も、この場にいる誰一人、諦めていない。
ヒカリと僕を信じてくれている。
「宜しい。とはいえ、残した…とはとても言えませんがね。…各校がフィールセンティさんを欲している以上、何かしらの方法で転校先を決める必要があります。その方法が───中等部新人戦です。」
一週間後に行われる、新人戦…。
「新人戦における優勝者が所属する学院に彼女を所属させる。また、優勝者を彼女の護衛に充てる…それが協会の決定です。彼女を護ると決めたのなら、黙らせてみせなさい。」
「───はい。」
「まさか30連勝まで行くとはね…。」
「何気にヒカリも20連勝だし、どうなってんだお前ら!」
「本当にブランク明け?」と汗を拭きながら聞いてくるソウマに「まだまだだよ」と返す。
謙虚ではなく実際まだまだなのだ。ヒカリと隣同士にフィールドの脇に設置されたベンチに腰掛け、先ほどまでの試合の録画映像を端末で見返すが、これでは足りない。
例年通りならともかく、今回の新人戦を制する確証には足り得ない。
「だぁぁぁ!次こそ勝つからな!勝負だヒカリ!」
「望むところ…!いくわよフィア!」
『ええ。』
光属生という希有な才能を自身の学院に引き入れる為、本来なら新人戦に出てこなかった高ランクの一年勢が学院の要請を受け、出場してくることは必至と考えていい。
その中に、ノワール級の実力者がいた場合、今の僕に勝ち目はない。
「ウィズ、いけるね?」
『当然。』
試合の振り返りを終え、再度試合に挑むべく二人同時にベンチから腰を上げて試合相手を探す……が、休憩前と異なり誰も目を合わせてくれない。
「…そりゃ、あそこまで大暴れすればこうなるよ。ヒカリはともかく、シンは殆どが相手にすらなってなかったし。シンからしても正直物足りないでしょ?」
「…そんなことは─「どうしても強くならないといけないんじゃないの?」…………。」
否定できない言葉に、押し黙るしかなかった。
「理由は分からない…こともないけど、まあ無理には聞かないよ。悔しいけど。」
「……ごめん。」
「謝らなくていいって。その代わり、揉まれに揉まれて強くなってきなよ。絶対追いつくから。」
「?…どういう─「ったく、復帰初日から派手にやらかしてんなオイ!」…!」
…メッシュとピアスが特徴的な、金髪の少年。
一ヶ月半ほど前に相対し、雷の猛威を振るった二年生がそこに居た。
「すみませんがシンをお願いします───ラインハルト先輩。」
「気にすんな。俺もコイツには借りがあっしいい機会だ。」
…ソウマ。
「そういうわけだから、頑張りなよ。」
「…ありがとう。」
本当に、僕は友に恵まれている
笑って、場を離れていく友人に≪心≫から感謝し…ヴァイス学院最強を担う一角に視線を移す。
「いいダチだな。───とことんリベンジマッチに付き合ってもらうぜ、後輩。」
「ええ、本当に。───宜しくお願いします、ミッドサイオン先輩。」
恩師と友人、先輩の助力を得て、その日はやって来る。
to be continued