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雪の雫石  作者: 六華優羽
純白の光
34/46

34話 死闘後───≪感情≫のぶつけ合い

〈ほ…!は……………よ………ん!〉


〈ま………………ち……!……なにい……………けちゃ…よ!〉


なんだ…?


真っ白な雪原で、小さな男の子と女の子が、手を繋いで走っている…?


…二人の顔は、よく見えない。距離の問題ではなく、まるでそこだけモザイクがかかっているかのように視界がぼやけ、視認できない。


〈だ…………ぶだ…!〉


〈…う、…………な……。〉


声も、ノイズがかかってよく聞こえない…。


〈…ぇ……く…。〉


〈…に?〉


けれど、二人は本当に楽しそうで…嬉しそうで…


〈…た…、………………と────!〉


〈ぼ……────だよ。〉


ずっと、いつまでも、この時が続いてほしいと…何故か僕が願っていて…。




────夢はそこで終わった。




白む視界に映り込む白い天井と白色灯。


鼻腔をくすぐるアルコール臭。


窓から差し込む橙色の光。


鳴り響いたチャイム音。


「………………。」


見知らぬ部屋…ではなかった。


二ヶ月程前の時と同じ部屋…ヴァイス学院の保健室であることはすぐに分かった。


だからだろうか、あの時と異なる部分…記憶にはっきりと残る夢を見たことは妙に気になり…しかし、隣から聞こえてきたパタンと何かを閉じる音に思考を中断させられた。


「目が覚めましたか。痛みはありませんか?」


「…大丈夫、です…先生。」


ああ、そうか…僕は…


「彼女は、皆は…無事…ですか?」


寝起きだからか、掠れる声を調整しながら声を絞り出す。


「ええ。彼女も他の生徒も無事です。怪我一つありません。」


「そう、ですか。」


最低最悪の事態には至らなかったことに、安堵の息を吐き…身を起こして、頭を下げた。


「すみませんでした…。」


「………何故、謝るのですか?」


何故…決まっている。


「僕は…何も出来ませんでした、ので…。」


彼を討ち取ることも。


彼女を護ることも。


それどころか、迷惑をかけた挙句…護らなければならない彼女を危険な目に遭わせた。


ウィズが他を食い止め、先生が駆けつけ彼を抑えてくれなければ…彼女は間違いなく─


「ご迷惑をかけて、本当に申し訳ありませんでした…。」


「…………以前からこうなのですか?」


「?」


要領の得ない問いかけに思考を巡らせるが答えは出ず、答えたのは自身の中に住う白い幻獣であった。


『色々あってね。…分かってるだろうけど、ぼくやあんたが何言っても無駄だよ。』


「でしょうね。」


いつものように勝手に顕現した相棒は、伸びを一つしてから定位置である僕の肩…ではなく、ベッドの脇に置かれている他の椅子へ乗り移った。


「おはよう、ウィズ。…無理をさせてごめん、具合はどう?」


『おはよ。あんなの無理でもなんでもないし、無問題だし。ってか────自分の心配しときなよ。』


再び、要領の得ない言葉────の直後だった。


けたたましい足音が壁の向こう…廊下から聞こえてきたのは。


爆走音と言っても過言ではない音は、聞き間違いでなければ近づいてくる一方であり…


───バダァァン!!


扉が破壊されかねない勢いで解放され、荒い息を吐き、肩を上下させる…青みを帯びた黒髪の少女と、足下に彼女のスピリットの姿が視界に映った。


「…ヒカ─」


リ…と続けることは出来なかった。


少女の名を綴る前に、近づいてきた彼女は左手を思いっきり引いていた。続いて、遠心力全開で腕を振るうと同時に腰を回し、全エネルギーを集約させたその左手を…


───バッチィィン!!


室内に乾いた音が響き渡り、右頬に熱を帯びた痛みが走る。


少女…ヒカリ・フィールセンティから、平手を受けたということに気づくまで時間はかからなかった。


また、その理由についても。


「…なんで、ブッたか…分かる…?」


俯いているため、表情を見ることは出来ない…が、彼女が今起こっていることだけは声から伝わってきた。


その怒りは、当たり前だ。


誰だって、抱いて当然の真っ当な怒りだ。


降されて、然るべき罰だ。


謝って許されるようなものでないのは分かっている。


けれど、今の僕には謝るしかなくて…


「迷惑をかけて…危険な目に遭わせて、本当にごめ─」




「────違うっっっ!!!」




ぽたり、と透明な雫が…自身の胸元に落ちて、気づけば僕は彼女に押し倒されていた。


「ぇ……?」


「────心配、したんだよ…!」


「…!」


「ホントに、ホントにっ、心配したんだよ…!!」


……そう、だった。


「いきなりどっか行って、全然連絡取れなくなってっ!ぐすっ、いっぱい怪我して、血だらけになってて!!なのにまだ戦おうとしてて!!ずっと目を覚さなくて!!ホントにっ死んじゃうかもって怖くて…!!」


彼女は、そういう優しい女の子だった。


「なんであんなことしたの!!?」


だから、僕は…


「…彼女には、私や理事長の知る全てを伝えました。彼女が狙われていることも、その対策に、君に護衛を依頼したことも。」


「………………。」


「それでも、君の口から話してあげて下さい。あの日、起きたことを。君が何を考え行動したのかを。…依頼した立場から言えることではありませんが…それが、彼女が≪心≫で選んだことなのです。」


話すまで離さない、と言わんばかりに…抱きしめられる力が強くなった。


「………最初は、念のための…万が一の、確認のつもりだった。」


本当に、始まりはただの気がかり。


「それが気がかりでなくなった時も、奴らの狙いが…君であると知った時も、先生からの指示通り、時間を稼ぐことに徹するつもりだった。無理をするつもりも、なかった。…彼が、現れるまでは。」


漆黒の髪と≪金≫色を瞳を特徴とし、とても同年代とは思えない圧倒的な実力を奮った少年の姿が脳裏を過り、治り切っていない傷が痛んだ。


「敵わないことは、すぐに分かった。けど…彼を野放しにすることは、出来なかった。」


放置すれば…退けば、彼は生徒達を強襲し、混乱に乗じて彼女を確実に連れ去るのは目に見えていた。


「連絡を、取ってくれなかったのは…?」


「………取れば、きっと来てしまうと…思ったから。」


君も、先生も、アサヒやソウマも。


特に…君は絶対に来てしまうという不思議な確信があった。


「だから…マナフォンは、自分で壊した。」


奴に、君への連絡手段を残さないように。


僕に、奴の言葉に甘える逃げ道を残さないように。


それが、あの場における最も的確で正しい選択だった。


何故なら─


「っ!なんで、そうなるの!!?なんで言ってくれなかったの!!?来てって!!助けてって!!なんで─」


「───言えるわけないだろう!!」


ビクッと、少女の肩が震えたことが分かった。


しまった…。そう頭では理解して…けれど、一度湧き出した暗い≪感情≫は止まらない。


「奴の狙いは、君だったんだ…!そんなっ、むざむざ君を差し出すような真似、出来るわけないじゃないか!」


「っ!だからって!シンに何かあったら意味ないじゃない!!」


「仮に僕に何かあったとしても、君や皆には危害は及ばない!なら問題ないだろう!」


「分かってない…!!シンは全然分かってない!!そうじゃないでしょう!?なんで分からないの!!?」


「分かっていないのは君だ!!もし、もしっ、連れ去られていたら…っ!なのに、どうして来たりなんかした!!?」


僕もヒカリも、それぞれの胸に秘めた≪感情≫をさらけ出して、互いにぶつけ合っていた。


「心配したからに決まってるでしょう!!そんなことも分からないの!!?」


彼女は涙を流しながら。


「っ…その気持ちは、嬉しいとは思う…!けれど、それでもやはり君は、分かっていない…!来るべきじゃなかった!!来る必要なんて何一つなかった!!だって…!」


僕は痛みに耐えながら。


「僕の代わりなんて────他にいくらでもいるんだから!!」


こんなにも、自分の≪感情≫を面に出して、人と言い争ったのは初めてだった。


「──────。……何、言って─」


「過去も無く、自分が何者かすら分からない無価値な存在…!それが僕だ!そんな存在の代えなんて幾らでもきく!もっと優秀な代わりなんて幾らでも存在する!!役立たずで、疫病神で、素性の知れない“過去無し”っ、それが僕なんだよ!!捨て石になることが当たり前で、ずっとそうだった!!僕はっ、君や皆と違う!!本当なら、ここに居ていい存在じゃ無─「本、気で、」…!」


「本気で、言ってるの…?」


胸元から上げられ、至近距離に映り込んだその顔は…涙で濡れていて、何故か、とても…とても、傷ついているように見えて……何も、言えなくなった。


「……………………。」


「……………………。」


沈黙が室内に落ちる。


ウィズも、フィアも、フロウ先生も何も言わず見守るだけ。


沈黙を破ったのは、彼女だった。


「………………だったら、」


先の問いかけの答えを肯定と受け取ったのか…雫を溜めたアメジストの瞳は何かを決意した光を灯し、僕を真っ直ぐに射抜いた。


「だったら…シンがまた、私のせいでこんな風になるつもりなら、私はあの人達のところに行く。」


────は?


「そうすれば、シンはもうこんなことしないよね…?」


無我夢中で彼女を手を掴んだのは無意識だった。


彼女が、本気だと分かってしまったから。


「何を、言って…っ!君が、今回の件で罪悪感を感じているなら、それは違う…!君は何一つ悪くない!こうなったのは全て、僕が一人で勝手に─「そう思ってくれるなら!」っ!?」


「お願いだから、もうっこんなことしないで…!」


……なん、で…


「そんな悲しいこと、言わないで…!」


…なんで、そんなにも…


「独りにならないで…!」


なんで、僕なんかのことを…なんで。


「一緒に居てっ…!」


いつだって、分からなかった…。


「な、んで…」


「ふぇ…?」


「…なんで、そんなにも、僕を…僕なんかことを……心配してくれるの…?」


出会ってから、ずっと…その理由が分からない…。


彼女は優しいことは知っている。


けれど、その優しさが誰に対してもでないことも…知っている。


好きなものは好きと、嫌いなものは嫌いと…ハッキリ言うことも知っている。


しかし、何故、無価値でしかない僕に対してもそうなのか…答えは未だ出ない。


「そんなの、決まってるじゃない。」


少女は、腕袖でグイッと涙を拭き取り…言葉を紡いだ。


「────シンだからだよ。」


あの日、護りたいと願った笑顔で、そう言ってくれた。


「………僕、だから…?」


「うん、シンだから。」


────目頭が熱を帯びた。


「シン…?」


零れた何かが、頬を伝わる。


「…もしかして…泣い…きゃっ!?」


繋いだままだった手を引き、華奢な背中に反対の手を回して、顔を見られないように…腕に力を込めた。


「あ、あのっ、シン…!?」


「顔、見ないで。」


「ぁ…。」


きっと今…自分は、情けない顔をしている。


こんな顔…見られたくなかった。


なのに…それでも、傍に居てほしかった。


暗い≪感情≫が、矛盾した≪感情≫で上書きされて…≪心≫を染め上げ、零れて、溢れて、止めることは出来なかった。


「すぐっ…すぐに、元気になるから。」


「…うん。」


「すぐ…ちゃんと笑うから…!」


だから、少しだけ…。


「うん…いいよ。」


細い白肌の腕が自身の背に回されて…暖かさが増した気がした。


「っ…ありが…とう…。」


「私、ずっとここにいるよ。」


ヒカリの優しさが…「僕だから」と告げられたことが、嬉しくて、救われて…しばらく涙は止まらなかった。




to be continued

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