33話 何も出来なくても
「フィールセンティさん、彼らの治癒をお願いします。」
「っ、はい!」
涙を拭った彼女が「フィア」と声をかけた直後、淡く暖かい光が僕とウィズを包み込んだ。光属生のスピリットのみが使用できる治癒系アーツ…“ヒール”。
痛みと疲労が若干柔らぎ…今こうして必死に治癒に当たってくれる少女が、ヒカリ・フィールセンティなのだという理解の出来ない≪真実≫が突きつけられる。
先生が来てくれたのは、まだ分からないことはない。だが、何故彼らの狙いである彼女まで…。
これではっ…
「なん、で─「私のせいで、ゴメンなさいっ…!」!!」
知って、いる…!?
「色々糾弾したいでしょうが今はご容赦を。」
「何せ」…先生は僕の視線に対し言葉を連ねる。しかし、いつものように視線を交えてでなく、こちらに背を向けたまま。彼は対峙する少年とスピリットから決して視線を外さない…いや、外せない。
「君が痛感した通り、手を抜ける相手ではなさそうなので。」
「ハッ、態々ターゲット連れてきてくれるとはな。あとは───黙って死んでろ!」
「お断りします。」
その言葉を皮切りに両者のスピリットが戦闘を開始。
アリアと呼ばれる先生のスピリットと、アビスと称される黒のスピリットがそれぞれの尾を交差させ、激音が鳴り響いた。
「“ダークハウリング”!」
「“アクアウェーブ”。」
そのまま接近状態で同時に放たれるブレス系アーツ。
───ドガァァァァァン!!!
闇の咆哮、水の波動がゼロ距離でぶつかり合り爆風が生まれる。それによって距離が取られ、一拍が置かれる
「アビス!」
「アリア!」
ことはなく、続け様に両雄の指示の下、アーツが衝突。再度膨大なマナが吹き荒れた。
「まだ終わりじゃねぇぞ?」
その荒れ狂うマナの暴流を、躊躇うことなく黒の少年は突っ切り右手に集約させたマナを先生のスピリットへと叩き込む…直前に、対象の姿が消えた。
「…“転移”か。よくかわしたじゃねぇか。」
「君とよく似た戦い方を、最近見ていましたので。」
…互角、かどうかも分からない。
それだけ、再び激突を始めた2人のスピリットと、絶え間なく指示を出す2人の依り代による戦闘は…隔絶した域に達していた。
分かることは、どちらもまだ余力を残しており…僕では到底及ばない実力者であるということ。
自分がどれだけ自惚れていたのかという現実。
『シンの傷が深い…!』
僕が弱いせいで、彼女を危険に晒しているというという事実。
「っ頑張ってフィア!シン、大丈夫だから!絶対治す─「……ん…。」ぇ…?」
何一つ…何一つ果たせず、護れなかったという≪真実≫。
「────ごめんっ…。」
こんなにも、自分の弱さを呪ったことはない…!
「テメェ、ただの先公じゃねぇな?」
「そう言う君はどうなのです?ただの少年がかの組織に所属しているとは思えませんねぇ。」
「…ハッ、いいぜ。本気でブッ潰して─「そこまでよ、ノワール。」!」
苛烈さを増す戦闘の最中、聞こえてきたのは女性の声。
「…ルージュか。」
声の主…茂みから姿を現した赤髪の女性を、黒は知っていた。
それに対する解を導き出すのに時間はかからなかった。
『シン…!』
「分かっている…!」
新手の出現に、即座にヒカリを背にやり、ウィズと共に戦闘態勢に入る…そんな僕らを止めるかのように少女に手を掴まれた。
「ダメっ!まだ動いちゃ─「ふーん、そういうこと。」…?」
二十歳前後と見られるその女性は、場の状況を確認するように視線を数巡させ…黒を見やる。
「そこの坊やとスピリットにまんまと時間稼ぎされて、今はそこの教師に手こずってる…そんなところかしら?」
「…もう終わるところだ。テメェはすっこんでろ。」
「残念。とっくに時間切れよ。」
「あ?」
時間切れ…?
「あんたがもたもたしてる間に騒ぎが大きくなって、依頼主が怖気ついちゃった。今回の件はなしだって。当然報酬も無し。」
「…チッ、腰抜けが。」
「文句言ったって仕方ないでしょ?ま、そういうわけだから、今そこのお嬢ちゃんを拉致しても意味ないのよ。」
その言葉に、背に隠した少女が息を呑み、繋いだ手から震えが伝わってきた。
「ド阿呆。だったら他に売りゃいいだけの話だろ。光属生の女なんざ欲しがる奴は幾らでもいる。見た目も悪くねぇ。なんだったらオレが飼ってやっても─」
「────黙れ。」
ナニかが完全にキレて───だというのに、マナは練れず、身体は言うことを聞かなかった。
「…ハッ、その也でテメェに何が出来る?」
黒の少年の、≪金≫の瞳の視線が突き刺さる。
「何も出来なかったオマエに、一体何が出来るのか言ってみろよ。」
その通り…なのだろう。
今の僕は彼には勝てない。
今の僕は無力でしかない。
今の僕は何一つ役に立てない。
今の僕は無価値でしかない。
今の僕に存在価値はない。
「何も出来やしねぇ雑魚は、黙って引っ込んでろ。」
もう、僕に…出来ることは何一つない。
昔から、そうであったように。
彼の言葉を裏付ける過去と今が、その言葉は確かな≪真実≫だと物語っている。
────けれど、
「それでもっ…!」
もう、≪心≫で決めたんだ───!
「ヒカリは────僕が護る!!」
自身の≪心≫に言い聞かせるように、誓いを立てるように叫びを上げる。
「っ…シ、ン…。」
自身の手を掴む、ひと回り小さい…震えるその手を、絶対に離さぬように握り返し、黒を見据える。
「…………………。」
「…………………。」
互いに鋭めた≪金≫と≪銀≫の瞳を、何も言わず、何秒交差させたか。
「…警察が集まってきたわ。いい加減退くわよ。」
赤の女性の促しに、黒は舌打ちを鳴らした。
「退くのなら追撃はしません。…いいですね?」
教師の確認に、僕は首を縦に振るしかなかった。
しかし、その最中であっても、僕も彼も視線を切ることは決してなかった。
「次はねぇ。邪魔すんなら覚えとけ─」
彼が樹々の闇に姿を消すまで。
「何度だって言う。彼女は、僕が護る。だから─」
僕が意識を闇に落とすまで。
「お前は────僕が討つ…!」
「テメェは────オレが屠る…!」
to be continued




