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雪の雫石  作者: 六華優羽
純白の光
32/46

32話 決まっていた答

……どれだけ、時間を稼ぐことができただろう。


赤色の液体で濡れた腕時計を視認すると…時刻は12:30を指し示そうとしていた。


先生に連絡をとってから約一時間。急いでいれば麓に辿り着いた頃合いか…。


「他の心配してる場合かよ。」


「っ!」


眼前に迫ってきた黒を基調とする少年に対し拳を振るう…が、あっさりとかわされ、そのまま顎を蹴り上げられる。


「が、あっ…!」


脳が揺れ平衡感覚が失われたこと、何よりこれまでのダメージが重なり、自身の身体がうつ伏せに地面に倒れ込んだのが分かった。


「っ…ぐ!」


一時間に渡る戦闘によって、身体の至る箇所から走る痛みは無視できる範囲をとっくに超えており…マナも残り少ない。


「もう一度聞くぜ?光属性の女を差し出す気になったか?」


「こと、わる…!」


「…チッ、いい加減理解しろ。」


「ぐっ…!」


苛立った舌打ちと声が鼓膜を響かせたと同時に、頭部を脚で抑えられ立ち上がるのを阻止された。


「ハナっからテメェに勝ち目なんざねぇんだよ。」


……分かっている。


「時間稼ぎだとしてもだ、仮にここであの女を逃したところで機会は幾らでもある。」


…分かっている。


「テメェのやってることはただの自己満足だ。全部無駄なんだよ。」


分かっている。


「…死にたくねぇならあの女に連絡しな。ここに来いってよ。」


勝ち目がないことも、ここを凌いだとしても終わりにはならないないことも、僕の行為が自己満足であることも…


「そうすりゃテメェは見逃してやる。」


無駄であることも、全部…分かっている。


「(それでも、きっと…)」


彼女の持つものと同じ日に手に入れ、揃いのストラップが取り付けられた白いマナフォンを取り出す。


…ディスプレイには、何十件もの着信履歴とメッセージの通知が記載されていた。…事態を知っているフロウ先生からのものより、何も知らないはずの彼女からの通知が多いことに…思わず微笑が零れた。心配しているのかな……しているんだろうな。


その様子が目に浮かんで、申し訳なさを感じつつも余計に頬が緩んで…。他にも沢山、彼女と出会ってから…そう長くない期間にも関わらず、沢山の≪感情≫を浮かべる少女の姿が鮮明に浮かんできて……………


「…オイ、何笑って─」


答はとっくに決まっていた。


───バギンッ!


「!」


響き渡った破砕音。


辺りに散らばる、細かな機械部品。


地面へと落ちる…片割れのストラップ。


右手に取ったマナフォンは粉々に砕かれ、もう通信機としての機能はどう見ても果たせなくなっていた。


「テメェ…!」


これでいい。


これで、ここで僕が果てたとしても…誰も彼女へ連絡を取ることは出来ない。


「マジで頭沸いてんのか!?無駄だってのがまだ分かんねぇ─「分かって、いる…!」!」


激昂し力をより込めて踏みつけてくる少年の脚を、逃さないよう強く掴む。


「君の言う通り、僕の行為はっ全てが…無駄で無価値だ…!けれどっ、それでも───意味は必ずあるっ!!」


スキル発動───


「!テメ─」


次の瞬間、地中に仕込んだマナが轟音を上げ爆発。僕と彼を大きく宙に吹き飛ばした。


「ぐ、ぅ…!」

「がは…!」


受け身を取ることも叶わず地面に叩きつけられ、肺から空気が漏れた。


痛い…全身痛くて血だらけだ。


しかし、それが何だというのだ。


痛みなど全て無視しろ。


出血など何も気にするな。


「君が何を言おうと…彼女は、絶対に渡さない。───ヒカリは、僕が護る…!」


やると決めたのなら、立て。


「君が…ヒカリを、狙うというのなら…!僕はっ───お前を討つ!!」


護ると決めたのなら───勝て。


「…ああ、そうかよ。よぉく分かったぜ…!オマエは───オレが屠る!!」


怒りの≪感情≫を露わにし、これまで以上に多量のマナを纏い迫ってきた黒の拳を、身体を横に反らすことで回避。


「ラァッ!」


「がふっ…!」


反対の拳によるブローが腹に突き刺さり、休む間も無く続け様に右の蹴り上げが迫る。───ここだ。


蹴りに対し、逆らわないよう両手で受け止め、その威力を用いて真上に飛び上がる。


飛び上がったあとは落下するのは道理。目を見開き見上げてくる少年の額目掛けて、右の踵を全力で振り下ろす。


ガゴォン!踵は額ではなく防御の為に瞬時に交差された両腕に命中。狙い所は防がれた…が、ダメージはあったのか彼は苦悶の声を上げ、後ろへ蹈鞴を踏んだ。


漸く見せた隙を逃す術は無い。手刀を形取った左手を下から上に振るい、少年の顎をかち上げる。


「っ…!?」


先程の僕同様、顎を取られ脳を揺らされたことで無防備となった彼に対し、容赦なく追撃をかけるべく右手にマナを集約し掌底の形で突き出す。


スキル発動───“霊撃衝破”。


「ごっ…が!?」


轟音を奏で、少年の身体が後方へ大きく吹き飛び……彼は地面を滑りながらも両の足で着地。


明確となった殺意がその眼に顕れた。


「っ゛───ブッ殺す!!」


放たれる“霰弾”。


…完全回避が許される箇所はただ一つ。


故に、辿るべきルートはそこではない。


スキル発動───“空踏”-くうとう-。


宙にマナの力場を発生させ、宙を駆ける為の足場とするスキル。


「っ!」


“霰弾”の嵐が迫る中、少年への最短ルートに出現させた力場に足をかけ、幾つかのマナ弾を身体に掠めながらも一気に少年との距離を詰める。


仕掛けるスキルは、先と同じく今の自身に出来る最高威力のもの。


「チッ…!」


!彼の右腕にもマナが集約して…っだとしてもここで退く訳にはいかない…!


距離がゼロとなり、臨界したマナが両者同時に右腕から解放された。


「「“霊撃衝破”!!」」


───ッドガァァァァン!!


相殺……いや、


「っあ…!」


彼の方が威力が高く、押し切られた。あちらも無傷ではないが、被害はこちらの方が甚大。右腕から鮮血が吹き出し…力はもう入らない。


「ハッ、これで終わ─」


───だからどうした。


「っ───!!?」


まだ、左腕が残っている。


勝利を確信し無防備となった少年の胸倉を、左手で掴む。


左腕には、既に残り全てのマナを注ぎ終え、臨界状態へと達していた。


「チェックメイト…!」


“霊撃衝─


『───やれやれだな。』


「「!!」」


第三者の声が聞こえた刹那、膨大なマナが少年から爆ぜ…僕は彼から引き剥がされた。


「っ………。」


ここで、出てくるか…。


吹き飛ばされたことで崩された体勢を立て直し、少年と…その傍に佇む、四足歩行の獣を見やる。


彼の髪色と同色…漆黒の毛に覆われた体躯に、額には黒金色に輝く刃の如き角が一つ。


確認するまでもなく、少年と契約するスピリット……属性は、闇。光属性に次ぐ稀有な属性だが、それはいい…しかし、この圧力は…。


「何勝手に出てきてやがる…?」


『なに、冷静さを失い無様を晒す宿主を見ていれなくなってな。礼はいいぞ。』


「オマエからブッ殺してやろうか…!」


『お前がいつも通りならもう手は出さんさ。とはいえ、だ。』


漆黒のスピリットの赤い瞳がこちらに向けられる、と同時…頭を振るように額の刃が振るわれ真空の刃が発生。───それは割り込んできた白い幻獣により弾かれた。


『そら、向こうもお出ましだ。』


『遅くなって…ごめん、シン。』


僕に尾を向けて立ち塞がり、黒と向き合う白───ウィズ。


「いや…遅く、なんてないよ。向こうは?」


『全部、片付いた。ありがとね。』


「僕の、台詞だよ。…ただ、」


『…ん。ヤバいね、こいつら。』


加えて、僕は言わずもながら…ウィズのダメージも決して少なくはない…。


マナも先の不発となったスキルで大きく消費し、枯渇寸前…。


「……ウィ─『シンの願いは、ぼくの願いだ。』………分かっ、た。いくよ。」


『うん…!』


揃って、二つの漆黒を見据える。


「…………………。」


『気づいたか?』


「……あのスピリット単独であの数は無理だ。にも関わらずやられた。…アイツはオレとやり合いながら離れた位置のスピリットのフォローもしてやがった…そう言いてぇんなら黙ってろ。」


『分かっているならいい。』


「チッ、いくぜ。」


『ああ。』


二つの漆黒がこちらを見据えてくる。


先に仕掛けたのは僕らだった。


「『…“ブレス”!』」


正真正銘、最後のマナを振り絞った一撃。


「『───“レイズ”。』」


それは呆気なく漆黒の波動に撃ち抜かれ、ウィズに直撃。着弾により発生した爆風に凪られ…僕らは後方の木々に叩きつけられた。


肺から空気が漏れ、全身を奔る痛みとマナ切れによる弊害で朦朧とする意識の中、二つの漆黒がスキルとアーツを放つ光景が…走馬灯のようにゆっくりと見えて…


「『───“プロテクション”!!』」


決して聞こえてはならない声が鼓膜を響かせた。


「いきなさい、アリア。」


光壁が闇を弾き…続けて、前にウェーブのかかった青髪の男性が躍り出て、ライトブルーを基色とする四足歩行の幻獣がその細長い二股の尾を漆黒のスピリットへ振るった。


「!アビス!」


『チッ。』


即座に反応した漆黒は額の刃を用いて迎撃。


両者の攻撃は数瞬拮抗し、爆ぜたエネルギーによって二体のスピリットは距離を取った。


「「………………。」」


『『………………。』』


…そのまま、静かに…けれども隙を見せず、戦意を迸らせ対峙する二体のスピリットと、二人の依り代。


そして。


「────間に合った…!」


自身より細く、白い肌色の腕が、座り込む僕の背に回され…首元に顔が埋められた。


「間に合ったよぉ……!」


…肌に染み込んでくるそれが、その人物が流す涙だと気づくまで…時間はかからなかった。


その人物が、他でもない彼女であることも…。


それでも……


「なん、で…っ。」


抱きついてくるその人物が、青みを帯びた黒髪の少女であることを…認めたくない自分がいた…。




to be continued

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