31話 それぞれの選択
いきなり担任のフロウ先生から伝えられた予定を繰り上げてすぐ帰ることに、みんなから響めきが聞こえてきたのは当たり前のことだった。
なんか天気が変わって大雨になるとか…どう見ても雲一つない快晴だけど、山の天気は変わりやすいとかなんとか言ってた。
「ったくなんで切り上げんだよー!!」
当然納得してない生徒もいるわけで、アサヒとかまさにその一人。つい先日までハイキングに行くよりトレーニングがどうたらこうたら言ってたくせに。
…まあ、アサヒの気持ちも分からなくもない。実際うちのクラスの大半もそうだし、他のクラスもそれぞれの担任から伝えられた予定の変更に対して、帰り支度をしながらも文句を言ってる声がチラホラ聞こえてくる。
「せっかくのハイキングでしたのに、残念ですわね。」
「う、うん。」
…私?そりゃ私だって楽しみにしてたテール山でのイベントが急に打ち切られたことに、残念な気持ちがないわけじゃない。
けど…今はそんなことよりも、
「あれ?シンは……もしかしてあれからまだ戻ってきてないの?」
「うん…。」
結局あれから全然シンは戻って来てない。
「…フィア、ウィズの場所分かる?」
『………正確な位置までは分からないけど、結構離れたところにいるみたい。』
「そっか…。」
シンもそこにいるはずなんだけど、電話してみたけど通じないし…。
もしかして、何かあったんじゃ─
「それではこれから山を降ります。全員遅れずについてくるように。」
え?
「ま、待ってください!まだシンが来てないです先生!」
フロウ先生らしくない見落としに慌てて手を挙げて彼がいないことを伝える。
「…クオーレ君は別行動で山を降りるようです。先程彼から連絡が来まして…少々遠くまで行ってしまったらしく、ここに戻るよりも直接降りた方が早いとのことなので。」
「え、あ……な、なら1人だと何かあったら危ないし…!フィアなら大体だけどウィズの場所が分かりますから私迎えに─「駄目です。」え…?」
先生…?
いつもの、掴みどころがないけど親しみやすい先生はそこにはいなくて…有無を言わさない厳しい声に、私だけじゃなくてみんなが身体を硬直させた。
「……失礼しました。私も皆さんとのイベントを中断せざるを得なくなったことに気を立たせてしまっているようですね。…君達を麓まで送り届けた際、クオーレ君が戻ってなければ私がすぐに迎えに行きます。さあ、行きますよ。」
…他のクラスがそれぞれの担任に促されて下山し始めた。うちのクラスも後に続くようについて行く。
私もついて行かなきゃいけないんだけど…
「っ…。」
『マスター…。』
「……シンのこと、心配なの…?」
「うん…。」
「…心配するのは分かるけど大丈夫だって。先生もああ言ってるんだしさ。」
「山を降りるだけですし、彼なら何も心配いりませんわよ。それは貴女が一番よく知っているはずでしょう?」
「それは、そうだけど…。」
シンがどっか行ってから感じているイヤな感じが全然収まらない。それどころか増してる気がする。
せめて声だけでも聞きたくて…もう一度コールしたマナフォンはコール音が鳴るだけで…繋がらなかった。
────────
木々を破砕する音が鼓膜に届き、右頬から赤い液体がポタリと地面に垂れ落ちたのが分かった。
『シン!!』
…かすっただけであり出血もそう酷くはない。が…とても大丈夫とは言えないな。
視界に映る「黒」と同時に射出した“弾”。同じスキル、同じタイミング…にも関わらず、こちらのものはいとも簡単に弾かれ、向こうの“弾”は僕の頬をかすめ後方の木を破壊した。刹那でも回避が遅れていればどうなっていたか…。
「ハッ、少しは楽しめそうだな。」
…見た目は僕とそう歳は変わないが、周りの成人男性らの様子からして、この少年が本当のリーダーと見るべきだろう。また、スピリットの姿は見えないものの…間違いなく依り代であり、その力量が僕より格上なのは先の一撃で明らか。
「手ぇ出すなよオマエら。オマエらはさっさとターゲットのとこ行きやがれ。」
「は、はい!」
その上で、少年の後に続いて現れた増援らしき男達を含めた少年以外の追っ手をも阻む必要がある…か。
…フロウ先生に連絡してから10分経過したかどうか…おそらくまだあの場所から出発も出来ていないだろう。
悩んでいる時間はない。
「ウィズ。」
誰一人として、ヒカリや皆のところに行かせるわけにいかない。であれば…やるしかない。
『っ………了解。』
視線で意を伝えると、数巡迷いを見せたもののウィズは僕の選択を受け入れ…男達を追って行ってくれた。
「…へぇ、スピリットなしでオレとやるってか。いいぜ、付き合ってやるよ。」
「…何故、彼女を狙う。」
「さぁな、依頼主にでも聞くんだな。つっても…」
来る。
「───ここでくたばるテメェには無理な話だけどなぁ!」
少年から射出される“弾”。先程のものより明らかに高威力のそれに対し、マナを筋系に流すことで向上させた身体能力にものを言わせ回避。同時に質より数による攻撃“霰弾”による牽制を行う…が、
「ハッ。」
「…!」
動く必要もないと言わんばかりに、嘲笑を浮かべ展開された半透明の障壁により、撃ち込んだマナは全て阻まれた。
スキル“守絶-しゅぜつ-”。“プロテクション”等の光属性アーツ以外で、唯一マナによる攻撃をシャットダウン出来るスキル。だが…相手のマナの波長と逆の波長で構成したマナの壁によって攻撃を遮断するというその性質上、緻密且つ迅速なマナコントロールが可能でなければ実現しない超高等スキルに分類される代物。
少なくとも、これまで同年代で習得している者と遭遇したことはなく…それこそ、アナー・ランク級の実力がなければ…。
「ちったぁ女差し出す気になったか?」
「生憎、君程度のレベルには慣れているから微塵たりともならないかな。」
格上…どころの話ではないな、これは。
勝ち目は皆無と断言されても否定できない実力差。しかし、それでも≪心≫が折れないのは、このレベルを知らないわけではないことと……きっと…
「ハッ、いつまで無様な命乞いしねぇでいられるか見ものだな。」
少年の右腕が横に薙られると同時に多数のマナ弾がこちらに殺到する。“霰弾”…しかしその一発一発がこちらの“弾”に相当する威力を持ち、今の僕にそれら全てを相殺する術はなく…かわすしか─
「かわすよなぁ?───そこに。」
「!」
読まれている。そう理解した時には唯一の回避先に“弾”が放たれていた。
「(かわせ────ない。)」
被弾することは確定。従って打てる手は防御─
「(───だけじゃない…!)」
「!」
≪金≫の瞳を見開いた少年に照準を合わせ、トリガーを弾く…と同時に向こうのスキルが脇腹に直撃した。
「っづ、あ…!」
その威力に地面を数度転がり跳ねるも、直ぐに体制を立て直し先方を見据え…並行して自身の被害を確認。マナを集約させて防御したにも関わらず、白い制服には脇腹を中心に赤色が滲み出ていた。
だが、向こうも無傷とは言えない。
「……………。」
それを物語るかのように彼は自身の右肩を押さえていた。被弾する直前に打ち出したこちらの“弾”が着弾した箇所である。
“守絶”の展開は決して容易いものではない。それも攻撃直後となれば尚更。決して、手も足も出ないわけではない…そう自分に言い聞かせ、痛みを思考の端に追いやる。
「…慣れてるっつーのは満更ホラでもないわけだ。ククッ、」
ウィズも頑張ってくれている。身体もちゃんと動く。
「───そうこなくっちゃ面白くねぇよなぁ!」
まだやれる。
距離を詰めてきた少年に対し、右手にマナを集約し突き出す。
「シッ!」
「ハッ。」
バチィィィン!!
マナを纏った互いの掌底が激突。
衝撃による一瞬の膠着後、両者同時に体躯が捻られ、その勢いのまま脚が振るわれ衝突。
更に逆脚による一撃のぶつけ合いを経て一度距離が取られた。
三度の攻防の結果は…こちらは掌の皮膚が一部破け、両脚は内部出血。向こうは…ノーダメージ。接近戦における格闘術自体はほぼ拮抗しているものの、一撃に込められるマナは向こうが上回っているが故の事象。
「っ…。」
「休んでる暇はねぇぞ?」
再びマナの銃弾が殺到し、周囲に花弁と鮮血が散った。
────────
行きより足速に先生達が先導したせいか、バスがある麓まで降り着くまで一時間も掛からなかった。けれど、1秒でも早く辿り着いて彼に会いたかった私にとってはとても遅く感じて、何度もみんなを急かしそうになるのをフィアが諫めてくれて…。
時間の経過に比例するように不安が大きくなっていって…それは的中した。
「…………!」
いない…シンがいない…。
「せ、先生!シンが…!」
「分かってます。」
マナフォンを耳に付ける先生。シンに電話をかけてることは一目で分かって───先生は言葉を発することなくマナフォンを耳から離した。
「っ!」
すぐに私も彼に電話をかける。
〈お─「シン!」かけになった番号は電源が入っていないもしくは現在使われておりません。〉
………ぇ?
『…マスター、シンは…?』
「電源が入ってない、もしくは…使われてない番号…って…。」
さっきまでは繋がらなかったけどコール音自体は鳴ってた。なのになんで…?
「…マジだ。充電切れ…とかか?」
「だとしてもシンなら予備電源くらい持ってると思うけど…。」
「じゃあなんで繋がんねーんだよ…。」
「それは…ぼくにも分からないけど…。」
アサヒとソウマがコールしても結果は同じで…。
『……気のせいじゃないわ。どう感知してもウィズはこっちに近づいてきていない。』
「……皆さんはこのままバスに乗って帰還して下さい。私はクオーレ君を迎えに行きます。他の先生の言うことをしっかり聞いて─「私も行きます!」…認められません。」
「でも─「同じことを何度も言わせないで下さい。」っ!」
「…いいですね?」
「あ、ぅ…っ。」
鋭い声に、身体が竦んで言葉に詰まって…
───さ…なら……カ……ゃ……。
ノイズがかった声が頭の中に響いた。
「───イヤ、です…!」
否定の答えを喉から絞り出せたのは、その声のお陰だったんだと思う。
「………嫌、ときましたか。」
「はい…!」
何度だって言ってやる…絶対イヤだって。
「っ君、教師の言うことを聞きたま─『私とマスターなら彼らを早く見つけられる。なのに…何か他に理由があるのね?』っ、それは…。」
他のクラスの担任がフィアの指摘に口を濁す中、私は厳しい視線で見下ろしてくるフロウ先生から視線を逸らさず、真っ直ぐ見据えて…ううん、もう殆ど睨みつけてると言ってもいいくらいだと思う。
そんな私の様子に、アサヒ達クラスメイトだけじゃなく他のクラスの生徒も先生も唖然としていた。
「はぁ…まったく、少しは落ち着きなよ。いくらなんでも心配し過ぎ─「分かってる!」!?」
心配し過ぎだってことも、生徒なんだから先生の言うこと聞いて素直に帰らなきゃいけないってことも。
間違ってるのは私の方なんだってことも。
でも…!
「でもっ、分かるんだもん!ここで行かなかったら絶対後悔するって!またシンに会えなくなるって!」
もう自分でも、自分が何を言ってるのか…言葉の意味も半分分かんなくなってた。アサヒ達なんて絶対何にも分かんないと思う。
けれど、湧き上がる≪感情≫にウソはなくて、取り返しのつかない時がすぐそこまで迫ってることだけはハッキリ感じ取れて…
「お願いです!行かせてください!」
あの時、彼を引き留めなかった自分が…彼についていかなかった自分が、本当に情けなくて…悔やんでも悔やみきれなくて…!
だから、
「………他でもない彼が、君が来ることを望んでいないとしてもですか?」
もう答えは決まっていた。
「そんなの、関係ないです!私はっ、私が行かなきゃって思うから行くんです!」
シンにどう思われても…たとえウザがられても嫌われても、絶交されたって構わない。
独りよがりの我儘だとしても、
「それが───私が≪心≫で選んだことです!!」
to be continued




