30話 黒白の邂逅
「とーちゃーーくっ!!」
午前11時、蒼穹の下、自然豊かなテール山の景色や植物を楽しみつつ歩を進め…昼食を取ることになる集合地点…中腹に到着。
半端平地の様に拓けたこの場所にも、色彩鮮やかな花々が咲いており、既に到着していた一年女子生徒達が楽しそうに戯れていた。
「わぁ…!見て見てシン!花がいっぱい!すっごい綺麗だよ!」
少女もまた、興奮耐えきれずといった様に駆け出し、花畑の中…くるりとこちらに振り返り体全体で喜びを表すかの様に両手を上げて…同時に少し離れたところからドカァン!と爆裂音が響いてきた。
『男子勢はコンバットに夢中っぽいね。』
「はぁ、これだから男性は…」
「風情がないですわね」と溜息を吐くテルマーサさん及び同意する女子二人。男性である僕は曖昧に苦笑するしかなかった。
「みんなも早くおいでよー!」
…そんな、ちぐはぐな状況下だというのに…澄み渡る青い空と静かな風に舞う花弁を背景にして、満面の笑顔を浮かべる彼女の姿は…とても
『見惚れてないで早く行ってあげなよ。』
「っ!?……わ、分かっているよ。」
図星をつかれた挙句、ヒカリ以外の女子三名にも気付かれたであろう…気恥ずかしい気持ちを振り払う様に数度首を振り、彼女の傍に寄───!
「っヒカリ!」
「ふぇっ!?」
───バチバチィィン!!
…二度の鋭い炸裂音と共に発生した衝撃で、周囲の花から花弁が散った。
追撃は……ないか。ただの流れ弾的なものだった様だ。
アーツを弾いた各々の右手と尾を数度振り、揃って安堵の息を吐く。
「…っ!だ、大丈夫かいヒカリ、シン!」
一拍後、状況─男子勢が行っているコンバットの方から、ヒカリ目掛けて飛んできたアーツを僕とウィズが割って入り弾いた─を把握したアリーセさん達が駆け寄ってきたので、「僕らは大丈夫」と伝える。
ヒカリは…咄嗟に背に隠した彼女に振り返り、怪我等がないか確認。…無さそう……だが、本人への確認は必須。
「ヒカリは大丈夫?」
「う、うん。…ゴメンね、いつも護ってもらってばかりで…。」
「謝る事なんてないよ。」
告げることはできないが、ナイブス博士から頼まれている以上、彼女の力になることは僕の仕事みたいなものだし。
しょんぼりと顔を伏せた彼女の頭を、先程の衝撃で散った花弁を払うついでに優しく撫でる。
「ぁ…。」
「怪我がなくてよかった。」
「っ…………あ、ありが、と。…えへへ…。」
…硬直してから少々間があったが、笑顔を浮かべているし問題ない…か?顔が紅潮しているのは気になるが…。
「わりーわりー!」
「大丈夫ー!?」
!彼らが先程の流れ弾の主…アサヒとソウマだったのか。
「本当ごめん!怪我は…あ。」
「なんだお前らか─「なんだお前らかではないでしょう。」あてっ!?」
ゴチン、とアサヒの背後から落とされる手刀。気配も感じさせず後ろをとったフロウ先生であった。
「怪我はないようですね。ナイス反応でしたよクオーレ君。」
「あ、いえ。」
それよりアサヒが痛そうに頭を押さえているのですが…と、彼を哀れんだのは僕だけだったようで、
「あんたねぇ!もうちょっとでヒカリ怪我するとこだったかもしれないんだよ!?」
「…シンとウィズ、が…反応、しなかったら…危なかった。」
「この場は自由行動ですし、コンバットをするなとは言いませんが周りに対し少しは配慮して頂きたいですわね。」
「うぐ…だ、だからわ、わりぃって言ってるじゃんよー…なんで俺だけ…。」
ソウマは非常に申し訳なさそうに謝ったからじゃないかな。
「あっ、つか!!」
ビシィッ!と効果音が聞こえた様に錯覚するほど鋭く、アサヒの右手人差し指が僕に向けられた。
「来んのがっ!おっっっせーーよシン!!」
凄い溜めたな…。
「あ、あはは…ごめん、ちょっと道に迷って。」
無論、嘘である。「のんびりしたいので態と遅く来ました」など言えるわけもなし。ヒカリ達も分かってくれており、何も言わないでくれた。
「どうすんだよもう結構試合進んでんだぞ!」
「そう…なんだ。えっと、アサヒもソウマもまだ勝ち残っているんだよね?頑張ってね。」
「おう!…じゃねぇーー!!こうなりゃお前はシードってことにしといてやっから!!」
「い、いや、そんないきなり参戦というのは気が引け…………………………」
………また、この感じ。
『シン?』
気のせい…と断じるのは簡単だが、明らかに先ほどより強く…何かの存在を感じる。
今回は気配だけでなく視線も感じ取れた。それも、正確には僕を見ているのではない。
この視線は…
「?…シン、どうしたの?」
「…いや。」
感知に優れているウィズが何も感じていないことから杞憂である可能性が高いが…確認して損はないだろう。
ヒカリやアサヒ達に気づかれないようマナフォンを操作し、文字を入力。ウィズ、並びにフロウ先生にのみ画面を見せると、両者は微かに眼差しを鋭くし小さく頷いてくれた。
「……いきなり参戦というのは気が引けるから遠慮しておくよ。あと、少し散策してくる。」
「え?散策って?」
「…さっき登ってくる時に気になる場所があったから、行ってみようと思って。」
「じゃあ私も─「少し急斜面だったしとりあえず僕らが先見してくるよ。」う…うん…。」
どこか寂しそうに見える彼女の姿に≪心≫が痛んだが、「ごめんね」と振り払い、ウィズを肩に乗せて僕はこの場をあとにした。
────────
なんだったんだろう…?
「勝ち逃げすんのかよー!!」とアサヒの声にも振り返らず走り去っていくシンの…去り際に浮かべていた表情に何故か不安が宿る。
笑ってたけど…白銀色の瞳には、この間ラインハルト先輩と試合した時のような…なんていうか、警戒しているような色が見えて…
「ヒカリ、どうしたの?」
「え、あ…ううん、なんでも…。」
…ソウマもみんなもなんとも思ってないみたいだし、私の気のせいなのかな。
「心配せずともすぐ戻ってきますよ。ほら、あちらの花畑など行ってみては如何ですか?」
「あ、はい。」
先生もこう言ってるし、大丈夫…だよね。ウィズも一緒なんだし。
他の女子達が花冠とかを作って楽しんでいる花畑の方にレミリア達と一緒に歩いて行く。
そして私は…シンを引き留めなかったことを、彼を追わなかったことをすぐに後悔することになる。
────────
……嫌な予感ほどよく当たるというが、どうやらそうらしい。
マナで強化した脚力にものを言わせ、やや切り立った崖を登り木々を抜けた先…視界に捉えた平原には、テール山特有の緑豊かな景色が広がるだけで、特に誰かの姿が見えるといったことはない───ということはなかった。
蒼穹の空、色鮮やかな平原…そこに佇む、双眼鏡を持ち、ヴァイス学院一年生達の集まる花園の方向を見遣る十人程の大人の集団。
『…全員が依り代だよあれ。それに、あのリーダーっぽい男…』
「…ああ、あの時の男だ。」
見つからぬよう木の影に隠れ、その様子をマナフォンで撮影。写真を添付し「目的は不明ですが怪しい集団を発見。監視されています」とのメッセージを位置情報と共にフロウ先生に転送する。
数秒後、サイレントモードとしたマナフォンに着信が来た。相手は当然フロウ先生。息を潜めて通話ボタンをタップし音声による通信を開始。
〈彼らの素性は分かりますか?〉
「いえ。しかし添付した写真の中央…金髪の男は、以前ナイブス博士を恐喝した者の一人です。」
〈……分かりました。切り上げて帰還します。君もすぐに戻って来てくだ─「時間だ。ミッションを開始するぞ。ターゲットは光属性の女子生徒。全員顔は覚えてるな?少しくらい傷ついても構わないとのことだが絶対に殺すなよ?スピリット共々生かして捕獲し、共々依頼主に引き渡す。いいな?」………。〉
あの日、ウィズによってスピリットを一撃で叩きのめされた男がやはりリーダー格らしい…が、そんなことはどうでもいい。男が述べた言葉に頭の奥が冷え、マナフォンを握る力が自然と強まった。
『冷静に。』
…落ち着け。今、僕がしなければならないことを考えろ。
最優先は彼女や生徒達の安全。その為には、皆が麓まで帰還するまでの間、動き出した奴らを何がなんでもこの場に押し留める必要がある。
「…ありがとうウィズ。いけるよね?」
『当然。』
「先生。」
〈……決して無理はしないように。時間を稼ぐだけで構いません。〉
「了解。彼女をお願いします。」
通信を切断し…一年生達が集まる方向へ動き出した集団目掛けて僕らは飛び出す。
「なっ!?」
集団の一人が気付き、伝染するように他も僕達の存在に気づいたが遅い。
「シッ!」
『でやぁ!』
スピリットを顕現される前に掌打等の体術で男達を地に伏せ、一部顕現したスピリットはウィズが一撃で顕現不能に陥れる。
「っ連絡しろ!ガキに気づかれた!」
この場にいる者以外にも居るということか。ここに援軍を呼ぶにせよヒカリ達の元へ行かせるにせよ…どちらにしろ、連絡などさせない。
一人の男の手に取られた無線機らしき通信機を“弾”で撃ち抜き、
「このガキ─がはっ!?」
跳躍した勢いを用いて脳天に踵を落とし意識を断つ。
残り6。
止まることなく左右の手の人差し指と中指をそれぞれ合わせた状態で腕を真横に広げ、僕を挟み込むように切迫して来た2人の男性に照準を合わせてマナを射出。昏倒させる。残り4。
『シン!』
「セット、」
「『“ウェーブサージ”!』」
ウィズを中心に全方位に放出されるマナの波動。全体攻撃といえるアーツがスピリットと依り代を纏めて襲い、残り全てを地に伏させた。
『…終わりかな。』
「とりあえずこの場はね。」
先の言葉から他にもいるはず。
周囲の警戒をウィズに任せ、俯せに倒れ込む指示を出していたリーダー格らしき男に彼らの素性や目的、他の連中の居場所を吐かせるべく、腕挫手固の要領でその肘を極める。
「答えて下さい。貴方達は何者ですか?目的は?何故彼女を狙うのですか?他にも仲間がいるようですが、どこで何をしようとしていますか?依頼主は、何処のどいつですか?」
「っまた、てめぇかよ…!教えるわけ───ぎぃ…!?」
「≪命≫を奪う…なんてことは出来ませんが、腕の一本くらいなら僕は容赦なく折ります。それでも答えないのなら爪を一つ一つ剥いでいきます。」
…本当は出来ないけれど。
しかし、相手は信じてくれたらしく顔を青ざめさせ口を開い─
「───へぇ。」
────「黒」がそこに在った。
僕らの来た林とは逆側から微かに聞こえてきた嘲笑。
そして、茂みの影から溶け出すように現れたその人物の黒金色の瞳と僕の視線が交わった瞬間、これまでにない悪寒が全身を駆け抜けた。
理屈もなく唐突に理解した。
「妙な気配がすると思って来てみりゃ、おもしれぇことになってんじゃねぇか。」
ウィズが感じられず、自分だけが感じることができた気配と視線は、この少年のものだったのだと。
姿を視認すると同時に痛感する、ドス黒い殺気。
やらなければ─
「───とりあえず死んどけ。」
────殺られる。
そこから先の行動は思考を放棄した本能によるものであった。
「っ!」
純白の髪、剣を彷彿させる白銀色の双眸、白を基調とする衣を纏う少年。
その指先が、黒に向けられる。
「ハッ。」
漆黒の髪、刃を彷彿させる黒金色の双眸、黒を基調とする衣を纏う少年。
その指先が、白に向けられる。
次の瞬間、集約されたマナが同時に両者から放たれた。
to be continued




