3話 依り代とスピリット
「……こんなものかな。どう?立てそう?」
自身の名を明かした後…僕と博士が真っ先に行なったのは、少女─ヒカリ・フィールセンティ─の挫いた足首についての治療。といっても、湖の水で濡らしたタオルで患部を冷やし、スピリット達がくれた薬草を当てた状態でテーピング代わりにハンカチを巻くといった簡易なものしかできないが。
「………うんっ、大丈夫みたい。」
「本当に?」
「ホントホント。ほら!」
大丈夫だとアピールするためか、ピョンピョン跳ねるその仕草に自然と頬が緩んだ。
「骨にまで影響はないようでよかったわい。ただ、応急処置にも満たないものじゃから無理はせんようにの。」
「はいっ、ありがとうございます!えっと…」
「ミナト・アーカムじゃ。よろしくの。」
「ヒカリ・フィールセンティです。本当にありがとうございました。貴方も、ホントにありがとう。」
博士だけでなく、僕にまで頭を下げてくる彼女。危ないところを駆けつけてくれた博士はともかく、僕は礼を言われる覚えは無いのだけれど…と、顔に出ていたのか、フィールセンティさんは言葉を続ける。
「スピリット達から助けてくれたことよ。それに治療までしてくれて…。だから、ありがとっ。」
「い…いや、いいよそんな。なんとかなったのは全部博士と彼が来てくれたおかげだから…。」
気恥ずかしくなり、ウィズに助けを求めるように視線をやる。幸い、彼は誇らしげに胸を張ってくれた。
「ふふっ、そっか。君もありがとね。」
『どういたしまして。』
「…白くてふわふわで可愛いね。お名前教えてくれる?」
『ウィズ。あとぼくは可愛いじゃなくてカッコいいのっ。ここ大事。』
「あははっ、うんそうだね。すっごくカッコよかったよ。」
『当然。』
…さすがスピリット界最高峰のコミュ力の持ち主。もう打ち解けて始めている。
「…アーカム…アーカム……ミナト・アーカム…。」
ん?
「……ああ〜〜!!もしかして、じーさんサウスハートのミナト・アーカム博士か!?」
なにやらずっと考え込んでいた少年であったが、回答が得られたらしい。博士をビシッと指差した。
「サウスハートのアーカム博士…?って、ああー!ホントだ!テレビで見たのと同じ人…ってアサヒ!人に指差しちゃダメ!」
「あっ、わ…ワリっじゃなくてすいませんっ!」
「ほっほっほ、構わんよ。君達のような将来有望な若者に知ってもらってるとは…儂もまだまだ捨てたもんじゃないのぉ。」
元サウスハートのアナー・ランクの一人で、現在はスピリット研究の第一人者に挙げられる方が何を仰っているんですか…。
「お、俺アサヒ・ヴィレイズ!…って、言います!」
とはいえ、博士が他国の同年代であろう少年少女に知られていることは素直に嬉しく、自分はそんな凄い方の研究を微力ながらも手伝わせてもらっていることを再確認す─
「──そこで何をやっておる!!!」
「…!」
空気が震えたかと思えるほど怒号が辺りに響き渡り、和気藹々と博士と会話していた二人は肩を跳ねて硬直。反射的に二人と博士を庇うように、ウィズと共に前に躍り出……たところで、聞き覚えのある声音であることに気づいた。
案の定、僕が来た方向…街方面から雑木林を抜けて足早にやってきたのは、白衣を纏った威厳感漂う人物。
「ナイブス博士…。」
「む?…君は………ミナト君、何故君までここにいる?」
「お久しぶりです。何故と言われると─「ゼスト博士!待ってください!」む…?」
再び雑木林の中から声が響き、僕と同年代に見える黒い短髪の少年が林を抜けてナイブス博士に駆け寄った。
「遅いぞソウマ。」
‘ソウマ’というらしい。…念のためウィズに視線をやると『大丈夫。』とのこと。詳しくはわからないが、ここは依り代以外の立ち入りは好ましくない場所の様子。にも関わらず、スピリット達が静観しているということは…ナイブス博士は当然として、彼も依り代と伺える。
「お前今ゼスト博士って言ったか!?」
「へ?」
………えー…と、
「ってことはじーさんがヴァイスの理事長になるっていうゼスト博士ってことかよ!?スッゲェ!スピリットの博士が二人もここにいるとかスッゲェ!!」
…ヴィレイズ君、お願いだからもう少し丁寧に話して。ナイブス博士の反応が恐い…。
「…どういうことかね?」
ナイブス博士の眼差しが一層鋭くなる。…相も変わらず、凄まじい威圧感を出す人だ。ヴィレイズ君は再度硬直、フィールセンティさんは涙目で僕の背中に隠れ…ナイブス博士の同行者の少年は顔を引きつらせた。…というか、そんなに引っ付かないで…。
とりあえず、このまま沈黙というのは非常によろしくない。とはいえ、巻き込んでしまっただけのアーカム博士に説明を任せるのもよろしくない。
意を決して、沈黙を破るべく口を開く。
「あの、」
「なんだね?…シン・クオーレ君。」
僕を知っている…?いや、とにかく今はナイブス博士への状況説明を優先するべき。
この場で起きたことを自分が知っている範囲で言葉にしていく。といっても、
・ここから悲鳴が聞こえたので駆けつけると、二人がスピリットに襲われていた。
・二人を連れてこの場を離れようとしたが中々上手くいかず頭を悩ませていたところに、博士達が救援に来てくれた。
・なんとかスピリットと会話できる状態に持ち込み、二人が誠心誠意謝って事態は終息。
・襲われた際に怪我したフィールセンティさんの治療をしていた。
と、簡便なものでり、あくまで僕視点である。
「それと、二人がこの場所に来たのは…」
言葉を切り、さっきから僕の背中に引っ付いているフィールセンティさんを促す。ここは彼女自身で伝えた方がいいだろう。
「え、えっと…」
「大丈夫。落ち着いて。」
「う、うん。…その、明日の依り代の儀式で…依り代になれますようにって、スピリットの友達が出来ますようにって、守り神様にお祈りしたくて…ジュンと一緒にここに来ました。それで、危なくなったところを彼が助けてくれて…。依り代じゃないとここに入っちゃいけないのに入ってきて本当にゴメンなさい!」
ガバッと頭を下げる彼女に、あらかた事情が分かったのかナイブス博士は数度頷いた。
「……なるほど…しかし、だからといって依り代でないのに守り神と守り神を守護するスピリット達がいるこの場に足を踏み入れるとは…。クオーレ君が駆けつけなければどうなっていたか。」
「「ご…ごめんなさい…。」」
素直に反省し、しゅんとうなだれる2人。いや、僕も博士とウィズが来なかったらどうなっていたか分からないのですが…謝った方がいいのだろうか。
しかしながら、ナイブス博士は僕の謝罪は必要でなかったようで…咳払いが一つ落とされ、話の路線が変わる。
「…それで、君達は依り代になりたいのだな?」
「あ、ああ!もちろん!」
「はい!私スピリットの友達が欲しいです!」
友達…か。
3度目となるその言葉にウィズ共々自然と頬が緩んだ。
「…もう一度聞こう。君達は依り代となってスピリットと共に生きる…というのだね?」
「何度聞いても同じだぜ。俺達はスピリットが好きなんだ!なあヒカリ!」
「うん!」
ナイブス博士の目をしっかり見て答えが返される。その眼差しから感じられる強い≪感情≫と≪意志≫。
「ふむ…。」
それでも博士は何か思うところがあるのか…二人が固唾を呑む中、十数秒程思案がなされ…、
「君達のスピリットに対する気持ちは認めよう。」
「しかし!」強い口調で言葉が続けられる。
「依り代でない人間がこの場に立ち入ることを禁じる…これはここの守り神やスピリットと人間が交わした契約だ。それを知りつつも君達は立ち入った。…スピリットとの契約を反故した…そんな人物に依り代となる資格があると君達は言えるかね?」
「うぐっ!」
「そ…それは…。」
これ以上なく痛いところを突かれ、両名共に答えに詰まってしまった。
「…明日行われる依り代の儀式、スノープレシャス領の監督は私に一任されている。私には君達を参加させて良いか見極める義務がある。」
それにしてもナイブス博士も御人が悪いというか…。
「……じゃ…じゃあさ、俺はいいからヒカリは参加させてあげてくれよ。」
「えっ、アサヒ!?」
「ここまで入ろうとしたのは俺だけで、ヒカリは俺が無理矢理にっつーか…。だからヒカリには…」
「そんなのダメ!アサヒが参加しないなら私も参加しない!」
仲がいいんだな。それに2人共、他者を想える優しい≪心≫の持ち主だ。
『…シン。』
「クスッ、分かってるよ。僕も同じ考えだから。」
静かに事を見守るアーカム博士に視線をやると…博士は微笑んで頷き返してくれた。ありがとうございます。
だから…少しばかり力添えをしよう。
「発言よろしいでしょうか、ナイブス博士。」
「…なんだ?」
「確かに二人はスピリットとの契約を破り、スピリット達もそれに憤慨しました。それは事実です。ですが、その彼らをスピリット達が赦したこともまた事実です。」
「む…。」
依り代の博士や僕がいるならと彼らは言った。だが、たったそれだけでフィールセンティさんに薬草を贈り、治療が終わるまで留まることを認めることはない。スピリット達が二人を赦したのは…ただ単純に、その想いが彼らに届いたためと僕とウィズは思っている。
「…ならば、問おう。君はこの二人に依り代となる資格があると言えるかね?」
「言えません。」
「何…?」
そんなこと、僕程度に分かるはずもない。何故なら、
「それを決めるのは、スピリット達ですから。だよね?」
『うん。』
「…!」
僕が依り代であれるのは、ウィズが僕と共に在ることを選んでくれたからなのだから。
「従って、僕に答えられるのは一つだけです。貴方の求める答は…依り代の儀式を行う場所、そこにあります。」
…さて、僕から言えるのは以上なのだが…。まあ…ナイブス博士もただ試すためにあんなことを言っただけであろうことから、おそらく、
「…なまいきを……分かった分かった。試すようなことをしてすまなかった。」
やはりか。学会の時も見ていてそうだが…この方は期待している者にほど厳しいというか…誤解される言い回しをするというか…。思わずアーカム博士共々苦笑してしまう。
雰囲気を緩めたナイブス博士の眼差しが、固唾を呑んでいた二人に向けられた。
「君達の参加を認めよう。」
「!本当か!?」
「い、いいんですか…?」
「あくまで参加を認めるだけだ。依り代になれるかどうかは彼の言った通り、スピリットらが決めること。…それを忘れないことだ。よいな?」
「「は、はいっ!」」
ノースダイヤが誇るスピリット研究者の言葉にしっかりと頷くヴィレイズ君とフィールセンティさん。
「よかったのう。」
「はい。」
笑顔を咲かせる二人の様子に安堵の息をつく。
「…あ、…博士。博士の先輩である方に失礼な物言いをして…その、申し訳ありませんでした。」
「ん?ほほっ、何、謝る必要など全く無いし、ゼスト博士も気にしとらんよ。…寧ろ、嬉しかったわい。君は儂の誇りじゃ。」
「い、いえ…僕なんて─『シン。』え?何ウィ──っ!」
───ざわり…、言いようのない、今まで感じたことのない強大な気配が辺りを支配した。
気配が伝わってくる方向…湖の中央に反射的に視線をやる。
…光を纏う、乙女がいた。
ハーブを携え、こちらを見やり微笑を浮かべる…女神と称する他ない美貌。息をするのも躊躇われるほどの神威。
「……スピ、リット…?」
───ポロン
「…!」
…ハーブが一度撫でられ、神々しい音色が鼓膜を震わした時には…その姿は消えていた。
場に吐息が一斉に零れた。…全員、あれを見たらしい。
「…ウィズ。」
『…レア度A…どころじゃなかった。属性は言うまでもないよね?』
…属性に加えてあそこまで強大な気配を発し、あの姿…文献の記述が正しいのなら、
「もしかして、守り神様…?」
フィールセンティさんの呟きに、二人の博士が答えた。
「…そうだ。ルーメン湖の守り神…、」
「光の女神と謳われるスピリット…ルナじゃ。」
言い伝えでしか語られておらず、姿を見た者は少なくとも現代では確認されていない伝説のスピリットの一柱。…しかし、
「スッゲェ!!なんて言えばいいかわかんねぇけどとにかくスッッゲェ!!あんなスピリットもいるんだな!!」
「まさかルナをこの目で見れるなんて思いませんでした…!ですよねゼスト博士!」
「…うむ。…だが、何故…」
そう、何故ルナは姿を見せた…?それにあの眼差し….一体、誰を見ていた?敵意等は感じられなかったので、害はないと思うが…。
「……ウォッホン!ともかく、皆落ち着きたまえ。今見たことについて他言は一切禁じる。いいかね?」
「えっ、なんで─「いいかね?」わ、わかったよ…。」
伝説のスピリットを目撃したことを自慢したかったのか、抗議の声を上げたヴィレイズ君であったがナイブス博士のひと睨みで黙殺される。
「さぁ、いい加減戻るぞソウマ。君達も付いてきたまえ。」
短時間に様々な出来事があったが、フィールセンティさんの怪我の治療は此処で出来うることは既に終えているし、これ以上の長居はルナを始めとするこの場のスピリット達に悪いだろう。
先導するように雑木林の中へ入っていくナイブス博士の後を、二人の少年が続き…僕と博士、フィールセンティさんもそれについていく。
「ねぇねぇ、」
「ん?」
「さっきのゼスト博士のなんだけど、なんで守り神様のこと言っちゃダメなの?」
「別に言いふらしたいとかじゃないけど…」と小声で聞いてくるフィールセンティさん。
「…多分、あの湖の守り神がルナであることを知るのは、一部の人間だけなんだと思う。」
アーカム博士に視線をやると、博士は黙っていて悪かったと言うように苦笑交じりに頷いた。もちろん、事が事だけに教えられなかったことをどうこう言うつもりは全く無い。
「仮にルナの存在が一般に広まって…人間が殺到してしまえば、ルナは彼処をを去る可能性があるだろうね。」
「えっ、そんなの絶対ダメ。うん、絶対言わないっ。」
…彼女は本当にスピリットが大好きなんだな。自然と微笑が零れた。
「ほほっ、君は優しい娘じゃのう。」
「そ、そんなことないです。私なんか…彼の方がよっぽど優しくて…。今だって…」
「彼は彼で少々無茶をする気もあるのが玉に瑕なんじゃがな。」
「あははっ、なんとなく分かります。私もビックリしました。でも、スッゴくカッコよかったです。」
確かに、少しばかり向こう見ずなところはありそうだが、責は自分一人にあると言い、彼女を庇ったヴィレイズ君も本当に優しい人物なのだろう。そんな二人だからこそ、依り代となれるよう応援したい。
アーカム博士もヴィレイズ君のことを気に入ったらしく、フィールセンティさんと「彼は凄い」やら「彼は思いやりがある」やら会話を弾ませていることが後ろからの声で伺える。…少しばかり嫉妬してしまう僕はやはり心が狭い人間なのだろうな、っと…この枝は避けておいたほうがいいかな。
…ウィズ?どうして可哀想なものを見る目を向けてくるのかな?え?鈍感?…気づいていたのなら早く言ってよ。…何をって、彼女の足のことでしょ?僕はついさっき気づいたんだけど…。
「…もう街に出るし、そこからは彼に任せたほうがいいよね?」
『鈍感なんだか敏感なんだか…。ま、それが無難だと思う、…けど、』
「?けど?」
何か問題があるだろうか?湖でのやり取りを見る限り、ヴィレイズ君とフィールセンティさんは友人関係…もしくは恋仲であるやもしれないし、彼に任せれば…。
『肝心のアサヒ君がもういないっぽい。』
「……………………。」
既に雑木林を抜け、僕、アーカム博士、フィールセンティさんを待つ…ナイブス博士と黒髪の少年。…金髪の少年の姿が見当たらないのは何故だ…?
雑木林を抜け、辺りを見渡すも…ヴィレイズ君の姿は見当たらない。まさか何処かで逸れたのか?
フィールセンティさんも疑問に思ったのか、首を傾げる。
「あれ?アサヒは?」
「彼なら─明日の依り代の儀式、期待しててくれよな!最強のスピリット使いに俺はなるっ!─って言って帰っていったけど…。」
……一体どこの海賊王を目指すゴム人間だ…などとツッコミを入れられるべき人物はもういない。どうやら彼は極度のせっかちのようだ。
「…我々も帰るとするか。フィールセンティ君、明日の依り代の儀式…彼もそうだが君にも期待している。頑張りたまえ。」
「は、はい!」
「良い返事だ。…では帰るぞソウマ。ミナト君、クオーレ君も着いてきてくれるか?」
「え?シンも…?」
「そうだよ。元々ミナト博士と彼は、ゼスト博士との用事の為にノースに来てるんだから。」
「……そう、なんだ…。」
……どうする…。非常に心配…というか、薄暗くもなってきたし、こんな状態で街中とはいえ一人で帰らすのは気が引ける。…だが、今日会ったばかりの異性にこんなことをされれば不愉快か…?いやしかし原因の一因は僕にもあるのだから……、
「…じゃあ、ここでお別れ…なんだ…。」
───少女の…どこか悲しげに揺れる瞳を目にした刹那、心の中で揺れ動いていた天秤が一気にその均衡を崩した。
「…ナイブス博士、アーカム博士。」
「む?」
「ん?」
「お急ぎのところ、非常に身勝手と承知の上で…お願いがあります。───彼女を自宅まで送る時間を、自分に下さい。」
「ぇ…」と、隣の少女が頭を下げる僕に茫然とするのが分かった。
「…なるほどのう。顔をあげなさいシン。寧ろよく気づいてやれた。」
「そういうことか。それなら荷物はこちらで預かった方がよかろう。ソウマ、持ってやりなさい。」
「へっ?……あ、そういうことですか。」
…皆も気づいたか。ただ、
「い、いえ、自分の荷物ですし自分で─「いいから、ほら。」…ごめん、重いけど…えと…」
「ぼくはソウマ、ソウマ・ケントレッジ。因みにゼスト博士の助手をやってるよ。」
「シン・クオーレです。ありがとう、よろしく。」
「構わないって。あ、来て欲しい場所なんだけどマナフォンとかの端末持ってる?このホテルなんだけど…。」
「そのホテルならこちらが予約していたのと同じだから…。」
「なら問題ないね。しっかりお姫様を送ってあげなよ王子様?」
「は、はあ…。」
非常に絵になるウインクをしたケントレッジ君に曖昧に返事を返し、状況についてこれていない少女に向き直る。
「え、えと…どうして…」
「…足の痛み、振り返しているでしょ?」
「!」
よく観察すると、スピリットに襲われた際に挫いた別足に不自然に体重がかかっていることが見受けられる。応急処置を施したから大丈夫だろうと高を括っていたが…
「雑木林の中、歩きにくかったんだよね?ごめん、もっと気をつけるべきだった。」
一応彼女が歩き易いよう、足元の石や枝は目につく限りはよけるようにしたつもりだったが、不十分だった……いや、それ以前にもっと早くあの場に駆けつけていれば、彼女は怪我など…。
「ち、違う!貴方の所為じゃ…!」
「………どちらにせよ、日が暮れてきた中…足を痛めた女の子を一人で帰らせる訳にはいかないよ。…迷惑なのは分かっているけど、送らせてほしい。」
「…そんなの、全然迷惑なんかじゃないけど………でも、いいの…?」
「頼んでいるのはこちらだよ。」
とはいえ、僕の行為は今日出会ったばかりの女の子の家を特定しかねないことに変わりない。客観的に見ても、主観的に見ても最低の行為と思われても仕方ないのだ。
よって、断られる可能性は高く…、その場合は博士達或いはケントレッジ君を頼る他ない。博士らはもちろんのこと、ケントレッジ君もナイブス博士の助手という信頼出来る立場の人間であり、三名とも誠実な人格者であることは彼女とて理解しているはず。
従って、
「じゃあ、えと…よろしくお願い、します…。」
───おずおずと僕の服の袖を握ってきた少女の姿に内心かなり驚いた。
「お、重くない…?」
「全然…って、何度も言っていると思うけど…。」
もう十回は下らないだろう。
僕の背におぶさった格好で、すっかり黒ずんだ視界の中でも分かるくらい赤面している少女に対し苦笑する。なんとかしてやりたいが、生憎これについてはどうしようもない。
当初は僕とて隣を歩くまたは肩を貸す程度に考えていたものの、彼女一人で歩いてみれば時折足を引きずる…と、思ったよりも足の痛みが酷くなった有様。
なので、両博士より「おぶってやりなさい」というお達しが来るのは当然といえば当然であり…
「うぅ、だってぇ…。」
まあ、年頃の女の子としては今日会ったばかりの異性におぶられるなんて、非常に抵抗があるのは言うまでもない。…それ以前に状況が状況だったとはいえ横抱きにもしてしまったし…。
「どうにかしてくれ」と、助けを求める眼差しを前方を歩く長年のパートナーに向けるが、彼は全く気付いてくれない…フリをしているだけだなあれは。
「…ごめんね。博士のユニなら君を乗せてあげれたんだけど…ユニは基本的に博士しか乗せたがらないというか…。」
『気が難しいんだよねー。』
「あ、謝らなくていいよ!…別に、嫌とかじゃ…ないし…。」
「…そう言ってくれると助かるよ。」
社交辞令なのは分かっているが、博士が評したように彼女は本当に優しい娘だとしみじみ思う。
『!シン。』
「?…どうしたのウィ─あ。」
日が落ち、黒で彩られる景色の中…ふわりふわりと舞い散るは…白い花弁。
「雪…?」
北国であるノースダイヤモンドを象徴するものの一つが、静かに…ゆっくりと降り注ぐ。
『もう春なのに、流石雪国…。』
雪を見るのは初めて…というわけではないのだが、今までにこんなにも真っ白な雪はなかっただろう。
…無意識に目を奪われ、雪花を目に焼き付け…そうになったが、今は状況が状況。背負っている存在に振動が伝わらないよう気をつけつつ、歩を進める速度を上げる。
「…珍しい?」
雪が、と判断し答えを返す。
「少なくとも、僕らのいたサウスでは滅多に降らなかったよ。…こっちではやっぱりよく降るの?」
「うん。特に冬はたーっくさん降るんだよ。綺麗…だけど雪かきは大変なの。」
「だろうね。」
「時期も時期だから、もう最後の雪じゃないかなぁ。えへへ、そういうの見れたってことはなんかラッキーっていうか、いいことあるかも。」
「クスッ、そうだね…っと見えてきたね。」
彼女をおぶって歩くこと約三十分。住宅街に到着である。
…さらに彼女の案内で、雪降る中歩むこと十分弱、目的地である一軒家に到着。さすがに家の中にお邪魔するのは気が引けるので、玄関前で彼女をそっと降ろす。
「…足、響かなかった?」
「うんっ大丈夫。…今日はホントに…ホンットにありがとう。シンのおかげで助かったし、ゼスト博士を説得してくれて、庇ってくれて…送ってもくれて、スッゴく嬉しかった…。」
大切なものを優しく包み込むかのように合わせた両手を胸に添え、ほんのりと頬を朱に染めてはにかむ少女。
その姿は…背景を彩る雪花も合わさり、とても神秘的に見えて…
「い、いや、別に…。」
いけない、思わず見惚れてしまった…。
いや、実際彼女はどこからどう見ても「美少女」と呼ばれる部類に入るほど、容姿が整っているのだが…なんというか、それだけでは─
「…また、」
「え?」
「また、会えるかな……?」
「…………………。」
……正直に言っていた方が、いいよね…。
「…彼…ケントレッジ君も言っていたけれど、僕はアーカム博士に同行して、ナイブス博士へご挨拶に来ただけで…。だから…その…」
それ以上、言葉が続かない…。
「サウスハートに、帰っちゃうんだ…。」
…何故彼女がこんなことをわざわざ問うのか、僕には分からない。…しかし、少なくとも…その表情と声色は、悲しそうに見えて…。
「け…けど、すぐに帰るわけじゃない…から…。」
『明日の依り代の儀式も見学する予定だし、また会えるかもよ?』
「!ホント!?」
「う…うん。だから…ね?」
「うんっ!」
満面の笑顔となった彼女にホッとすると同時に、優柔不断且つ不明確な約束しか出来ない自分に嫌気が差す。
…だが、それでも。
「…それじゃあ、僕らは行くよ。冷えてきたし、家に入って?」
「…分かった。…またね、シン。」
「…うん。……また。」
また会いたいと願う≪心≫は、紛れもなく本心であった。
to be continued