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雪の雫石  作者: 六華優羽
純白の光
28/46

28話 次に向けて

───午後7時


───ヴァイス学院中等部、食堂


「ねっ?シンってスッゴいでしょ?」


漫画的表現であれば「ムフー」といった擬音が相応しいのだろう…向かい側の席の少年2人にどうだと言わんばかりに胸を張る左隣の少女の姿に、今日一番の頭痛が僕を襲った。


「いや、まあ…それはぼく達も知ってるけどさ。」


「なんでお前が威張ってんだっての。当の本人はすんげぇ溜息ついてるし。」


溜息くらい吐きたくなるよアサヒ。


「あはは…お疲れ様シン。」


「お前もお前で色々隠してたからだっつーの。しかもヒカリにだけ教えやがって。」


ジト目で睨んでくるアサヒに「隠していたつもりはないよ」と苦笑し、夕食後のコーヒーを口に含む。


『マナのコントロールをヒカリに教えたのだって、暴走の件がきっかけだしねー。』


言い変えれば、暴走がなければ僕が彼女にマナのコントロールを教えることは無かったはず…というか、今こうして隣同士に座って食事を共にする事もなかっただろう。


「それに、マナのコントロールの仕方は人それぞれの感覚によって違うし、僕が直接教えられることは何もないよ。」


ヒカリの場合は、彼女のマナを体感したが故に教えることが出来た例外中の例外なのだ。


「結局自分達でコツを掴むしかないってことか。」


「そういうこと。」


「けどそれが出来ればお前みたく強くなれんだろ?」


「…僕は強くなんてないけど…アサヒの場合、ライカの能力は僕とウィズの場合とは比べ物にならないほど高まるはずだよ。」


「勿論、ソウマやヒカリもね」と言葉を付け足す。


「え?そうなの?なんで?」


『そりゃ君達が属性持ちでスピリットのレア度も高いからに決まってるでしょ。』


「向上率は概ね同じとされているから、元々の能力値…謂わば潜在能力が高ければ向上後の能力値は自ずと高くなるよ。」


「…なるほど。」


ソウマは頷いてくれたが、ヒカリとアサヒはよく分かっていない様子。


『簡単に言えばものすんごく強くなるってこと。シンと同じくらいマナの扱いが上手くなれば、の話だけどね。』


簡単に言い過ぎではないか…?あと後半が妙に強調されているような気がするしたけど…と思ったもののアサヒはそれで納得したのか「だったらやってやるぜ」と燃えていた。


「アサヒってばフロウ先生が言ってたこと忘れんじゃないかしら?」


最後の、と言うと…あれか。あの余計極まりない一言のお陰でクラスメイトから対抗心を向けられ散々である。


「はぁ…先生が最後に言っていたやつは僕を揶揄いたかっただけだよ。」


確かにマナのコントロールには少々自信はあるが、だからといって先生やミッドサイオン先輩より上手いとはとても思えない。


「ええー、絶対そんなことないって。フィアもシンのマナ操作はとんでもないって言ってたもん。」


「…仮にそうだとしても、逆に言えば…そこまでやっても僕は並に届くかどうかでしかない。総合的に見て特段賞賛されることではないよ。」


「この話は終わり」と意を込めてコーヒーを口に含むためカップを持ち上げて─


「ほ〜ん。ってことはお前に負けた俺は並未満っつー訳だ。」


「…!」


金髪の一部にメッシュをかけた、ピアスが特徴的な一つ年上の少年…


「あっ…!」


「ミ、ミッドサイオン先輩…!?」


「ち、ちわっす!」


「おう。隣いいか?席があんま空いてなくてな。」


「え、ええ…どうぞ。」


右隣の椅子を引き、先輩を促す。


「サンキュー。」


ハンバーグ定食をテーブルに置き椅子に座した先輩はハンバーグを切り分け口に運び…はせず、ジロリと彼から見て左隣に座る白髪の少年を睨んだ。…他人事のように言ったが僕のことである。


「んで?誰が並に届くかどうかで称賛されることではないって?」


「ん?言ってみ?」と爽やかな笑みを口に浮かべ目は全く笑っていないという器用な表情を浮かべる十席集第八席。ヒカリが怯えているのでやめていただきたい。…僕のせいだと言われればそれまでなのだが。


「ま、まあまあ。シンは謙虚というか、自分をやけに下に見ているというか…そんな感じなんで…。」


客観的に自身の力を判断しているだけなのだが…ここは口を挟まずソウマのフォローに助けてもらうことにする。幸い、先輩は「ふーん」と一拍置き、「ま、そういうことにしといてやるよ」と一応納得してくれた様子だった。


「ただ、自覚は持っとけ。お前が偶然だかマグレだか思ってようが、俺に勝って歴史を変えちまったんだ。二年はもちろん、三年にもお前に目をつけてる奴がいる。そん中には、当然十席集もいるぜ。」


「………………。」


「それと、俺がリベンジするまで負けんのは許さねぇからな。」


「いや、無理ですから…。」


無茶ぶりにも程がある。


…とはいえ、彼の気持ちも分からなくはない。偶然が重なったまぐれとはいえ、十席集に連なるものが下級生…それも無属性相手に黒星をつけてしまったのだ。その黒星をつけた相手が他の誰かに敗北した場合、間接的にではあるが、自身も低く評価されてしまう可能性が─


「やっぱそうっすよね!男として負けっぱなしってのは我慢ならねーっすよ!」


「おっ、分かってんじゃねぇかお前。負けっぱなしで黙ってるってのはやっぱ男としてあり得ねぇよな。」


違うな。ただの負けず嫌いだこれ。


「ってことは、やっぱ先輩はシンに再戦申し込みに来たんすか?」


アサヒ、余計なことを言わないで…と内心焦ったが、幸い先輩は「いんや」と首を横に振った。


「再戦したいのは山々だが、俺もちょっち色々忙しくてな。もうすぐ一年のイベントもあっし、そのスケジューリングとかよ。」


「?一年のイベント?」


きょとんと首を傾げるヒカリ。


「一言で言うと遠足だな。」


「遠足…ああ、確かテール山でハイキングでしたっけ?」


「それだそれ。」


テール山…スノープレシャス領において最も緑豊かな山と言われており、高原には美しく、また珍しい種の植物が咲き誇っていると聞く。


遠足の目的としては、中等部の生活にも慣れた一年生同士の親睦を深めるためということもあるが、もう一つ目的…というか意味がある。


「えっ、テール山!?テール山ってあの花畑で有名な!?あのテール山ですか!?」


「お、おう。」


この言い様だと、


「…花畑に興味があるの?ヒカリ。」


「うん!一回行ってみたかったの!スッゴい綺麗なんだって!」


脳裏にその情景が浮かんでいるのか、アメジスト色の瞳は正にうっとり状態。


「そっか。よかったね。」


「うんっ!」


色々と大変な目に遭ってきたのだ。楽しんで欲しいと心底願う。


「花畑の何がいいんだか俺には分かんねー。」


「こういうのはやっぱり女子特有だよね。」


反対に、アサヒとソウマはあまり心惹かれない様子。


「むぅ…アサヒもソウマも分かってない。これだから男子は。…あっ、シンは違うからねっ。」


「え、あ…う、うん…?」


違うって、僕、男として見られていないのかな…?いや、妙に距離間が近かったので薄々そうでないかと思っていたが…。


『そうじゃないと思うよ。』


「…思考を読まないでくれるかな。」


『顔に出てるんだよ。』


少なくともヒカリは何のことだか分かっていないようなんだけど。これも長年の付き合いの賜物…否、代償か。


「あー、俺が一年の時の男子と女子もこんな感じだったわ。温度差が凄えっていうかなぁ…。まっ、着いたら着いたでなんだかんだ楽しかったし、お前らも楽しめると思うぜ?」


「それに」と先輩は言葉を続ける。


「これが終わったら一年は新人戦目指して一気に忙しくなるからな。」


新人戦…クラス対抗戦が終わった数日後に担任から聞かされたが、ノースダイヤに存在する12のスピリット専門校中等部の一年生達によるコンバット個人戦のことを指す。無論、ヴァイス学院に所属する僕達もその参加対象であり、2週間前から始まった実技の授業もその大会に向けて…といった意味合いがあるとのこと。


「だったらなおさらハイキングじゃなくてトレーニングしたいっすよ…。」


「あはは…実はぼくも。」


なので、大多数の一年生が新人戦に向けて意気込んでいるといった状態。放課後のアリーナも一年生が占める割合が多い。


「そう言って新人戦前に無茶なトレーニングして余計な怪我する奴が例年いんだよ。だから一旦そういうこと忘れて、ゆっくり気分転換して来いってこった。」


「あ、なるほど。」


「…なら、しゃーねーか…。」


無茶しそうな心当たりがあるのか、ソウマとアサヒも納得したとみていいだろう。


「焦る気持ちも分かんなくねーが、お前ら2人ならいいとこまでいくさ。嬢ちゃんもな。」


「ほえ?私もですか?」


いいとこどころか、最近のヒカリの成長速度を加味すると優勝もあり得ると思うが…。


「おう。優勝も十分狙えると思うぜ?他所の高ランクの一年は、秋の学院対抗戦に向けて手の内明かしたくねぇのか新人戦出てこねぇことが多いしな。」


…逆に言うと、その高ランク勢が出場してきた場合、ヒカリ達でも厳しいということか。


「んー、でもそんなの関係なくないですか?だって優勝はシンで決まりですしっ。」


「ないから。」


冗談にはとても見えない純度100パーセントと言わんばかりの眩い笑顔の少女の誤解をどうすれば取れるのか…頭を悩ます僕をよそに夜は更けていった。




to be continued

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