27話 授業風景
5月…新年度の生活にもある程度慣れ始めた今日この頃。ヴァイス学院中等部が保有するアリーナの一角にて、2体のスピリットが攻防を繰り広げていた。
「ライカ、“インフェルノ”!」
『おらぁっ!!』
片や、希有な複合属性を備える二足歩行のスピリット…ライカは、依り代である金髪の少年の指示に従い、右腕から灼熱の炎を放出。
まともに受ければ大ダメージ必須のそれは、対象者である白い毛並みのスピリットに迫り…
『シン。』
「“速化”。」
速さにものを言わせて炎を掻い潜ったウィズは1秒かけずライカとの距離を潰し、そのふわふわとした毛並みと小さな体躯という愛くるしい姿には相応しくない獰猛な笑みを浮かべた。
『ちょっ、待っ─』
『“スマッシュ”!』
アリーナに鈍く痛々しい打撃音が響き渡った。
「っだぁぁぁ!!また負けたーーっ!!」
3分後。試合終了のコールと共に両の手で頭を抱えて天を仰ぐアサヒの姿がそこにあった。
そんな彼に苦笑しつつ、僕の右肩に飛び乗ってきたウィズに「お疲れ様」と言葉をかけてから、次に試合を控えているスカイフォール君に場を譲る。
っと。勝ったからフロウ先生に報告しないと。
「…勝ちました。」
「ええ、見事でしたよ。…これでヴィレイズ君に対して5勝0敗ですか。彼も懲りませんねぇ。」
「ですが、着実に力を伸ばしてきています。」
「ええ。私も彼の才能はかなり高いと見ていますよ。」
クラス対抗戦から今日で二週間。スピリットに関する授業として組み入れ始められたコンバットの実技において、彼とは多く試合を行なった。現状はなんとか白星を連ねているものの、少しずつ試合時間が伸びている。クラスの中でも既に彼とライカの実力は上位に入るだろう。
…しかしながら当の本人は納得していないようで、
「なんっで勝てねーんだよ!これでお前に5連敗なんだけど!一回も勝てねーっておかしいだろ!?」
報告後、試合を終えて待機しているクラスメイトの下へ戻ると、いの一番に件の少年に吠えられた。
「えっと…そう言われても…。」
「アサヒもそうだけど、クラス全員君には一回も勝ててないしね。いやまあ、簡単に勝てるなんて思ってはなかったけどさ…。」
ソウマの目もなんか死んだ魚のようになっているのだけど大丈夫だろうか…?
また、二人だけでなく、クラスのほぼ全員が各々のアクションで見据えてきており、居心地が悪いというかなんというか…。
視線から逃れるように、僕らが試合を行ったフィールドとは別のフィールドにて攻防を繰り広げている、とあるコンビに目線を向ける。
依り代である青みを帯びた黒髪の少女と、少女を依り代とする桜色の体躯のスピリット。複合属性以上に希有な属性を有する彼女らは、ネーナ・テルマーサとスーウェンというクラス上位組の中でも一際上に位置するコンビ相手に優勢に試合を進めており、この様子だとそろそろ…
「フィア!」
『“ホーリーレイ”!』
…決まったか。
『アサヒの成長も確かに早いけど、やっぱりヒカリのはズバ抜けてるね。』
「ああ。」
属性やレア度に恵まれているのも確かだが、試合における指示出しも非常にセンスがある。正に天賦の才。加えて彼女は才にかまけて努力を怠る…といったことも全くない。
『才能もあって努力もする。しかも容姿端麗で性格も天真爛漫。あの噂も全然聞かなくなって、今やクラスどころか学年のアイドル的存在ときたもんだ。』
…客観的に見て事実であるので否定はしないが、何が言いたいのウィズ?
『いやいや、あのぼっちだったマスターがそんな人気者にずっと一緒って宣言されるなんて、ぼくっ本当に嬉しくて…!』
君は僕の保護者か…?
「はぁ…何度も言うけどそういう意味じゃないでしょあれは。」
『じゃあ、対抗戦が終わってすぐに治癒系のアーツを習得した件については?』
「…単なる偶然─「シンー!勝ったよー!」っ。あ、ああ…おめでとう。」
一直線に駆け寄ってきたヒカリ。「イェーイ」と両手を突き出してきたので合わせてハイタッチを交わす。いつものことだが、何故試合が終わると一目散に僕の方へ来るのだろう?言葉のボキャブラリーに乏しい自分では、毎度「お疲れ様」や「おめでとう」くらいしか言えないのだが。
しかしながら、彼女はそれで良いのか今回も「えへへ」と…少なくとも僕目線では、満足そうな笑顔を浮かべているが…え?だったら偶には別のアクションしてあげたらって?頭撫でるとか…あのねウィズ、今この瞬間も男子勢から殺気めいた視線を送られているのにそんなことをした日には物理的に刺される気がしてやまないのだけれど…?
「シンも勝ったんだよね?お疲れ様っ。あ、怪我してない?痛いとことかあったらすぐ“ヒール”を…!」
「だ、大丈夫だから…。」
「ホント?…まあアサヒ相手だし態々シンが前に出ることないかぁ。」
「おいコラヒカリっ!」
「い、いや、危ない場面もあったし…次はどうなるか分からないから…。」
「!だよなっ!流石俺が見込んだライバル!俺の秘めたる力をよく分かってんじゃねーか!」
「あ、あははは…。」
機嫌が治って何よりなんだろうけど背中叩かないで結構痛いから。
「仲がいいのは何よりですが授業中なのであまり騒がしくしないように。これで全員試合を終えましたね。お疲れ様です。」
?…まだ授業時間は残っているが、今日はこれまでのように就業の鐘がなるまで試合を繰り返すわけではないのか?
皆も疑問に思っているようで、生徒達が首を傾げる中、眼鏡をかけた担任は座るよう指示してきたので、指示に従いその場に腰をつく。
「さて、実技の授業が始まって丁度二週間になりますかね。皆さんにはお互い一回ずつは試合をしていただいたと思います。ああ、因みに一応勝率でランキングをつけてますが誰がトップか気になりますか?」
…ニヤニヤと嫌らしい笑みをこちらに向けてくる担任。今日もドSっぷりが輝いているようで何よりです。しかし何故そのドSがいつも僕に向けられるのでしょうか?
周囲の視線がまたも集中し、流石にげんなりしてしまう。誰がトップとかどうでもいいので早く話を進めてください。
「はっはっは。まあ誰がトップかは皆さんも分かりきってると思うので敢えて言わないとして…対抗戦も含めてこの二週間、皆さんの実力を確認させていただきました。」
通りで試合ばかりさせられたわけだ。
「贔屓目無しで全員非常に優秀で才を感じました。嬉しい限りです。しかし、そんな皆さんでもほぼ全員が二年生には勝利することは出来ませんでしたね?」
二週間前に味わった敗北の悔しさを思い出したのか、大多数が顔を俯かせた。
「敗因はなんだったと思いますか?」
「…そりゃ、やっぱ実力が違ったし…」
マッケンジー君。
「具体的には?」
「…経験の差。」
サイファー君。
「それもありますね。他には?」
「他には…スピリットの成熟度、とか?」
パーパシィさん。
「他には?」
「「「「「………………。」」」」」
大体皆が共感する意見が出たと判断したのか、担任は「心配せずとも今出た意見はどれも正解ですよ」と微笑んだ。
「特にサイファー君の言った経験の差は大きいと思います。スピリットの成熟度もそうですが、経験というのは基本的に時間をかけて積み上げていくものですから。ですが、そうなると例外が一つ。依り代になって間もないにも関わらず白星を上げた子がそこにいますね。皆さんも彼女にはこの二週間、大変苦湯を飲まされたでしょう?」
言わずともヒカリのことである。対抗戦もそうであるが、クラス内での試合も彼女は負け無しである。
『ぼくら以外はね。』
黙ってようかウィズ。
「…お言葉ですが、ヒカリが勝つことができたのは…その、光属性で、才能も非常に高いからなのでは?」
「勿論、彼女が努力しているのはもう知ってますし並大抵の努力ではなかっただろうということもわたくしが保証しますがっ」とヒカリを気遣うテルマーサさんは良い子だとしみじみ思う。ヒカリも嬉しそうに笑ってるし。
「言いづらいこと言って下さりありがとうございます。ええ、確かに彼女の才能は高いです。それは事実であり、生まれつきの部分も多いので中々埋めようがないでしょう。並大抵の努力ではなかっただろうという点に関しても同意見です。どんなに才能があろうと、努力なくしては開花しませんからね。では、どんな努力をしたのか…才能以外で彼女と皆さんの違いはなんなのか、気になりませんか?」
…この先生は言い回しが上手いというか、否が応でも興味を惹きつける状況を作り出すというか…。
「という訳なのでフィールセンティさん、依り代になってからどんな練習等をしてきたのか、皆に教えてあげて下さい。」
「ふぇっ…!?私がですか!?」
「ええ。貴女が一番…かは微妙ですが、よく知っているでしょうし。」
「うぅ…。」
皆の視線を浴びて萎縮し、こちらへ助けを求めるような眼差しを向けてくるヒカリ。しかし、ここで僕が口を挟めば絶対面倒な事態になるのは火を見るより明らか。それに、おそらく暴走以後、暴走を起こさないようどのような処置をしてきたかの報告も兼ねているのだろうし。心が痛むが「頑張れ」と小声でエールを送ることにする。
ヒカリも観念したのか「えっと」と言葉を発し始めた。
「フィアと契約して、最初にシンから教えてもらったのはマナのコントロールで…」
またも視線が一気にこちらへ集中。僕の名前は出さないで欲しかったなぁ…。
「入学してからはシンと試合したり、シンがプログラムしたエレメントと試合したり…あ、入学してからもマナのコントロールの練習はシンにやるように言われてたからちゃんと毎日しました。あと勉強もシンが教えてくれて─「はい、そこまででいいですよ。」あ、はい。」
もう少し早く止めてもよかったのでは…。男子からの視線に込められる殺気が過去最高に濃い。
「さて、何か気づいた人はいますか?」
「…気づくも何もというか、」
「どこかの誰かさんが本当にずっと一緒だったということはよく分かりましたわ。…それが違いだなんて言いませんわよね?」
アリーセさんとテルマーサさんのどこか冷ややかな視線が僕に突き刺さる。
「いやぁ、仲睦まじく微笑ましいエピソードでしたねぇ。」
「!あぅ…。」
ヒカリも漸く気づいたのか頬を赤らめ俯く。僕も似たような状態だろう。
「話を戻しまして…フィールセンティさんはちゃんと言ってくれましたよ?皆さんと彼女、またクオーレ君との違いを。」
「…違いっつっても…あ、練習相手のエレメントがシンのプログラムしたエレメントってところ…ん?エレメントって自分でプログラム出来るもんなのか?」
「はっはっは、そこは気にしたら負けというやつですヴィレイズ君。あと残念ながらハズレです。」
「……まさか…マナのコントロールですか?」
「ケントレッジ君、正解です。」
「フィールセンティさんが練習した理由には諸事情も含まれていますけどね」と言葉を付け加えつつ、にこやかに拍手をし始めた担任に全員が言葉を失っていた。この学院に入学したのならば、マナのコントロールなんて基礎中の基礎は元々出来ていて当然。そんな動作を今更練習する必要などない…と考えているのだろう。
「…あの、マナのコントロールなんて出来て当たり前だし、態々練習する必要があるとは思えないんですけど?」
サナ・フローライトさんが挙手し予想通りの意見を上げる。皆もやはり同意見の様子。
「ええ。マナのコントロールは基礎中の基礎、依り代であれば出来て当たり前のことです。では、皆さんはアーツを発動する際、どうしてますか?代表してヴィレイズ君答えて下さい。」
「え…そりゃ、アーツを発動するためにマナをライカに送ってっけど…。」
「どう送ってますか?」
「どうって…普通に。いつもより多めに、とか。」
「ありがとうございます。ヴィレイズ君と同意見の方、挙手して下さい。」
生徒同士顔を見合わせながら、手が上げられていく。最終的に、二人の生徒を除く全員が手を上げた状態となった。
「?…シンとヒカリは違うのかい?」
「え?あ…うん、私はもうちょっと、なんていうか…一応フィアに合わせるようにしてるから違うのかなって。」
「合わせる…?」
「あっ、でもでも、しようとしてるだけで出来てるか分かんないし、シンに比べたら全然でっ…!」
「そんなことないよ。少なくとも僕から見てだけれど、君はフィアに十分合わせられるようになっていると思う。」
『右に同じ。』
「ホント?えへへ…。」
…しかし、そうか…予想はしていたが、マナのコントロールに関する認識が僕と皆とでこうも違うのか。ヒカリのソウマへの返答や、僕とヒカリの会話はクラスメイトにとっては聞き慣れぬものだったらしく、「え?」「どういう意味?」等の呟きが聞こえて来る。
勿論、ヒカリにおいては暴走のこともあった故、マナのコントロールを重点的に練習させたことは間違いではなかったと思う。それに、僕に依り代とスピリットにおける基本を叩き込んでくれた先輩の教えが間違っているとは思わない。
「思考に耽るなとは言いませんが、フィールセンティさんが質問攻めにあって困ってるので助けてあげては如何ですか?」
「シ、シン〜…!」
「!あ、ごめん。」
って、僕が答えるのか…?
「では、クオーレ君に質問です。君はアーツの発動時、どのようにマナを送っていますか?」
「…あくまで心掛けているだけですが、発動するアーツの種類、威力、ウィ…スピリットの状態に応じて、マナの波長及び振幅を可能な限り最適化して送るようにしています。」
「……………えっと…よく分かんねーんだけど…。」
『簡単に言うと、シンはマナをそのままぼくに送るんじゃなくて、ちゃんとぼくに合うように、やり易いように調整してから送ってくれてるんだよ。』
出来ているかどうかは僕には分からないが、ウィズ曰く「パネェ」とのこと。
「?…なんで態々?面倒いだけじゃねーの?」
アサヒの言う通り、工程が増えるので場合によってはアーツの発動が遅れる。しかし、
「メリットは様々ありますが、まずマナの消費を大きく抑えられます。現状、ヴィレイズ君が1の威力のアーツを発動する為ににマナを2消費しているの対し、クオーレ君のマナの消費は1以下です。」
「マジ!?」
言い過ぎな気がするが…。
「マナの消費が抑えられるということはやれることが増える、といったことにも繋がります。また、依り代のマナがスピリットに最適化するほど、スピリットの能力は勿論、アーツの威力、発動するまでの速度も向上します。スキルも似たようなものです。」
「!………だから、彼…は、」
「はい。卓越したマナのコントロール力が土台にあるからこそ、属性、レア度以上の実力をスピリットは発揮し、アーツやスキルの連発、同時発動、スピリットとのコンビネーション、そしてオールラウンダーというスタイルを可能にしているわけですね。」
「ですよね?」…まるで確認してくるかのような眼差しが眼鏡の奥からこちらに向けられる。隠していたつもりはないが、ここまで見抜かれていたか…。やはりこの人は─
「はいそんな彼に拍手ー。」
させなくていいです…本当にしなくていいからヒカリ。あとアサヒとソウマ…は面白がってやっているだけだなあれは。…エストワールさんまで何故…?
…兎にも角にも今日の授業はいつも以上に疲れる…。
「おっと、そろそろ時間が迫ってきましたね。…さて、皆さんが認識している通り、マナのコントロールは基礎中の基礎、出来て当たり前のことです。しかし、その基礎も磨き上げればどうなるのか…対抗戦とこの二週間でクオーレ君とフィールセンティさんが示した通りです。新人戦も近づいてきましたし、この機会に、皆さんが当たり前、どうでもいいと思っていることに着目してみるのも、何かのきっかけになるかもしれませんね。」
…それでも、なんだかんだ良い先生なんだよ─
「とはいえ…特にフィールセンティさん、マナのコントロールに関してクオーレ君を意識し過ぎないように。」
ん?
「ふぇ?なんでですか?」
「はっきり言って、彼のマナを操る技術は異常です。私も、皆さんご存知のラインハルト・ミッドサイオン君も、ことマナ操作に関しては彼には遠く及びませんし…ね?」
───やはりドSな先生である。
to be continued




